2017年10月20日 (金)

また同じ夢をみた。

この夢とは。
欲望も含めて将来の希望とか、そんなんじゃなくて
寝ている間のやつ。
 
一体、何の深層心理が作用しているのか自分でも
分からないけど DREAMじゃなく、NIGHTMAREの方。
目が覚めてから記憶の向こうに消えたのだって幾度か
あるだろうが、過去に少なくとも三回は覚えている。
だから ああ、またか、と。

全部が同じ場面なんだ。
大学で研究室か何か、いつも同じ。
「今年も卒業できない」「かといって職にも就けない」
「何もできない」それで陰鬱な気分になる。

どうしよう、どうしようか。
目が覚めて ああ、夢だったんだなと。
夢だからこそ尚更にその中では悶々と苦しむ。

現実の過去は。
それと似たようなもの。

全ては自分のバカ加減から。
だけど「未熟な若さ」とでも言うのか。
当時の自分が何も悩まなかったのは
その日暮し性分で先々を考える意識が無かった。

若さだけじゃどうしようも無かったから黙って家を出て
最初に就いた会社は一年もしないうちに倒産して。
かといって職安に通うでもなく何ヶ月かナニモしなかった。

倒産した会社の上司が(今はこの世の人ではない。
だが生涯の恩人だった)中途採用情報を教えてくれて
再就職先の面接となる。それは今の会社なんだけど。

相手方が「これはダメだ」風の表情をした時に結果を
心配するより「嫌な奴だな」程度の気持ちしかなかった。
(それは今でも記憶に残っている)

森田一義は偶然に赤塚不二夫との遭遇がなかったら「タモリ」に
なれなかったはずだ。

面接の待機休憩みたいな時にその会社の別の人と雑談をした。
そのホンの数分で。それが自分の将来=現在の生活を決定させた。

社員となってからの後日、採用に至る経緯をその人から聞いた。
一応は現役でやってる自分なので今はココに書くことではない..

人生全て運と縁、ってのは自分の言葉よ。
それは心底恐ろしいものでもある。

何か一つで何かが全く違う方向に進むのを実体験した。
自分の過去は自分のこと。だから自分が十分に承知している。
本当なら、この歳になって形式上の住所が在っても不定職な
暮らしになっていたと思う。
あの時の愚か者には、それが普通だったはず。

何年か毎に繰り返す突然の悪夢は もはや現実とは無縁だ。
溺れて藁を掴む手を開いてみたら。
握ったものは鳥のクソか宝玉か。
この歳になるとその幸運の鍵とはどんなもんだか
おぼろげながらに輪郭が分かる気がする。
それは雑誌広告に出てくる黄色い財布を持つことではない。
歩きながらでさえスマホを手の中に持つ生活習慣でもない。
間違いなく良かったと今更振り返って思う事が一つだけある。

元々のス~ダララッタ性分が幸いしたのだろうか。
学生時代の仲間が大手企業に就職する中で、うらやましいとか
妬むとか、何で自分だけ取り残されるのかとか。
そんな的外れなNEGATIVE感情が自分には全く無かったことだ。

自分自身がこの程度のもんだと納得していれば。
他人と比べる意味は無いし、ロクデナシ器を大きく
見せようとするツマラヌ虚言に腐心する必要も無い。

現実生活の自分。
田舎暮らしが染み付いて職場の窓から遠くの山を見てると
理由も無く「ありがてえなぁ」と呟く時がある。

何に感謝しているのか本人が分からないのだけれど。
今の自分に仕事や道楽はどっちも価値の上で同じ。
両方とも自分の意思を反映して、まず不自由しない。

あの悪夢。本当にその場面では苦しい。
ホントなら、お前の時間は違うものだったのだと識域下に
在る戒めの声みたいなものが夢に出たのかも知れない。

なんだろうか。
寛容でも妥協でもなく。当然、各種の宗教観とは違う。
歳をとったせいか良くも悪くも「これで良い」と
「ありがたい」の感覚に何か想うものがある。

けどまあ、悟っているわけでもなく。
俺ャあ この先に俗物と煩悩SETでお気楽暇つぶしを考えて。

いつかまた同じ夢に遭うのだろうな。
けれど、辿って来た道筋の対価なら文句を言えるはずが無い。

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