2017年12月10日 (日)

日曜終了

連夜、洗濯をして風呂場で漬けといた奴らを起き抜けに
すすぎ流してから外に干す。
「やれやれ」と油断していれば勝手に朝の時間が過ぎていく。

今日こそ床屋に行くかよ、と身支度をして移動開始さ。
前回は夏の話だった。毎回に始末がつくと見かけの侘しさ程度が
進むような。これじゃ床屋の旦那も仕事のやりがい、ってもんが
無かろうと申し訳ねェ感じだな。

正月前に師走の床屋は恒例行事。
今回はもう一つ気になる所があった。

老父の兄、つまり亡伯父の最期は愛知県の春日井市という
場所だったらしい。
この人は西日暮里の開成から早稲田で政経を学び、知識は
冴えていたけれど酒で身を持ち崩すという典型例をやらかした。

末妹の結婚式には伯父も来たのだけれど、当時に元気だった
祖母は凄まじい剣幕で伯父を玄関の中に入れなかった。
自らの長男なのにそういう感情はどういうことなのだろう?

明治生まれの祖母を生涯、世話したのは両親。
親の福岡時代は一足先に自分が大学進学で戻ってきていた。
祖母の面倒を看るという条件で当時の生活費は伯母が出して
自分と二人暮らしをしていた。
昔の東京話などを聞きながら飽きることの無い晩飯時が
続いたけれど祖母の(これは亡伯母も同じく)伯父に対する
感情については一生、質問できなかった。

多分、背景には戦争という、戦後生まれの人間には空想したところで
当事者の真実や事情、本当の事がわからない難しい時代が何かの形で
関係していたと思う。
事実、自分は「戦争を知らない子供たち」なんだけど杉田ジローの
唄を今になって感じるところは結構、好き勝手に作ったもんだな、と。

老父の兄姉でもう一人の伯母は一族の酋長みたいなもので
戦後の混乱期から一代で様々な経験をしてきた人だった。
厳しくも情に深く、男児は親族の中でも自分のみからなのか
幼少時には随分と様々な体験をさせてもらった。

しかし昭和の後半に占い屋みたいなのに騙される事になる。
あろうことか代々の墓を何の縁も所縁も無い土地に移してしまった。

この占い屋連中の根城に自分は学生時代、伯母に付き添って
同行したことがある。当時は理工系だった自分。
自然の摂理から技術を得るものと考えていたさ。

抽象的な話ならテクノロジーはサイエンスから生まれるってことよ。
およそ占い屋の類はそいつに都合の良い脚色を加えて騙し物語を作る。
世の中を丸で知らない学生だった自分にも「こいつらは信用ならねえ」
となる人間の存在を示す最初の教材だった。

とにかく御先祖様からこっち、世話になってきた菩提寺の住職が
示した不快感は。伯母の方面とは無縁になった菩提寺は幸いな事に
自分の家系筋と親しい付き合いが続いている。
空の墓になって30年以上になるのにそれ以前の昔から管理費の類を
求められる事もなく。

伯父は昔に言った。「俺はあんなトコの土になってしまうのかなあ」と。
両親と時折に話していたのは伯母がこの世の人では亡くなったなら。
それは現在がそういう状況なんだけど。墓を元に戻そうということだ。

平成になって墓参りをした記憶は一度くらいかもしれない。
先祖不孝で水木しげるならどんな非難をするだろう。

床屋の帰りに大江戸線で新宿から少しばかり。
久しぶりに寺に寄った。事前の相談なしの訪問と随分な御無沙汰を
住職に詫びる。そしてこれからの展開筋に思うところを話せば
心善い受け答えで、ありがてえことったら。

今まで心の中で澱んでいたものが晴れる気分さ。
久しぶりに墓所へ行けば昔と同じままだ。

現代はWEBで様々な予備知識や情報が得られるけれど改葬というのは
実に難しいものだと思う。

だがこれが日常の会社勤めとは別に、自分が義務として実行する
最後の仕事になるはず。人間は終わってしまえばそれっきりよ。
矛盾した感情みたいだけど第一にこれをやらなきゃ「あの世」で
自分の居場所がない。亡き伯父の遺志、両親の意志、自分の願望。

唐突な思い付き行動は何の場面でも毎度のことさ。
しっかし本日のこれはこれで良かったと思う。

ほほえみで 皆を迎えよ 姉仏 by 庵主

と書いたら無意味に少し泣いてしまった。俺も老けたもんだ。

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