2009年7月 5日 (日)

少しだけの週末迷想

先月末の給料日も似たような展開だったが 明後日はBONUSだから
とりあえず手持ち銭を散財しとけ、と思ったら全く違う展開になって
何にせよ悪くないけど世の中の結果はだいたいがどうであれ思う方向とは
違う作用を生じさせる何かが在るんじゃないか、と時折思う。
磁石のN/Sみたいに互いに排斥するみたいなやつね。

この不景気でもとりあえず、もらえるんだからありがたい。
少し前には今回の二倍チョイ出た時があった。この時に会社は持ち株購入とするために
引き落し元の社内預金化することを推奨していた。
ところが昨今の株価下落で6割くらいに目減りしている。
例えば250万が150万、丸々100万が何もしなくてもどっかに消えた事になる。
自分は目先の銭を株投資で増やそうなんていう小細工は出来ない性分だから
結局、社内預金無縁で道楽に使ってしまった。 
有るなら好きにすればよい。無ければ無いなりにやればよし、だと思う。
銭に限らず持っていても、いなくても。先の見えない欲や文句だけが
膨らめばその分、心の中で余裕が無くなって苦労するのはアタリマエ、かもね。
人間の心理空間は目に見えないけど無限ではないと思う。

もう少しすると BS-hi で故・戸塚洋二氏の番組が始まる。
こいつを見て今週末は終了。
あと10年、長生きしていたらどうだっただろうと思うけど
「人間のこと」は全くどうなるか分からないものだなあ。

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2009年7月 4日 (土)

この頃は土曜日であることだけで幸福感

明日は当県の知事選挙なんよね。
政治の重要行事ってより何だかSHOW TIMEとでも
表現した方が自分の感覚には合う様な気がする。

昨日にこの話で別部署の人と休憩時に一服しつつ
雑談をするに。。。(県民としては重要項目のはず
だけどなぜか雑談になっちゃうんだなあ)
当地の空港は業界癒着主義の土建屋重視知事方針の結果に
出来上がったONE OF THE 税金無駄展示場という声も在る。
その知事は任期満了以前に辞めてしまったし。
(他県の事は知ったこっちゃないが背景や理由がどうであれ
本気で放り投げるつもりなら宮崎県民は怒るべきだと思う)

そんでもって、その先の雑談なんだけど弁護士やお笑いと来れば
次は何だろね?という枕の話に乗せる庵主の見解として
「そりゃもう、次は当県出身者でもあるし分野としては
ピンクレディしか無いですよ」「ロクナ政治家がいないから
二人で一緒に知事やれば少しはマシじゃにですかね?」だ。

そっから少し延長して出した話にだけどカナリ大昔に流行した
「ピンポンパン体操」ってのがあった。
ピンクレディの曲と振り付けをメドレーにして「ピンクレディ体操」
ってリバイバル企画しても悪くないと思うんだけど。
あれって結構、関節と身体中の筋肉を動かしてるなあって気がするし。

このシャレが分かるの、多分、1960年代生まれ迄だろうな。。。

<本日の一枚>
日本の農政がこの先どうなるのか。 という話はともかく会社の
近所に地元作物を販売している場所がある。
これが名目上の宣伝文句は抜きにして自分が判断する限り
実に良いものばかりだ。(第一にとにかく安い。生産者の住所個人名まで
明示して産地については偽装する余地が無いと思う)

農作物とは別に色々有るけどポテトチップ。
日常で副食無縁の自分だってこの10年で4回くらいは買った。
でも店で見かける包装の写真で判別するのはジャガイモを直接、
スライスしたんじゃなくて粉砕したカスを寄せ固めた感じなんよね。
昔の湖池屋ポテトチップみたいにバリバリと口の中に刺さる感じのが
好きなんだけど。
で、これは地元のジャガイモ、駿河湾の深層水の塩とか。
食ってみたらウマイというより(実際、味は悪くない)
なにか懐かしい雰囲気で夕食前に空としてしまった。
結果的に晩飯の食材は明日に持ち越し。
地元産のバジル、マシュールーム、舞茸、アスパラを白ワインで
仕上げたパスタのオリーブオイル炒めのつもりで結構、気合入れて
いたけどポテトチップの一袋でどうでもよくなっちゃて。

090704

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2009年7月 2日 (木)

忘れ三昧

先週末の旅先トラブルは「忘れもの」の類でこれは解決済みのつもり。

一昨日に出社途中で腕時計を忘れた事に気がついた。
自分の場合は唯一、無いと落ち着かない道具で携帯や財布の中に
銭が無くてもそれほど気にならないが時計だけはダメ。
学生の頃に親父から出た文句の一つに「人前で時間を気にする仕草は
絶対に止めろ」というのが有った。(自分も勤め人になってそう思う)
現在では寝る時とか風呂には外すけど、しばらく前までは
何ていうか、まァその、一種、情緒を楽しむという時以外は
年中身につけて手首から離れる事が一瞬も無かった。
なのに、だもんなあ。落ち着かない一日になってしまった。

本日は会社でしばらく仕事をしていたうちに携帯を忘れた事に
気がついた。自分の場合は基本的に鳴らない電話、来ないMAILで
日常生活では目覚まし以外には それほど機能してないし
触らないと落ち着かない性分、でもないからどうでもいい。
ただ、業務上の記録として写真を撮るのに便利なので手元に無いと
不都合な時もある。

これで明日は金曜日。終わればまた週末。早い。
本当に時が経つのも忘れそう、だ。

NHKのニュース後にそのまま観ていたら盲目のピアニストの番組。
すごいな。生まれた時から「見えること」と引き換えにしたから
得られた才能なんだろうか?
この頃の自分は見えているはずなのに何も見ていない気がする。
役立たずのような自分の眼でも、TVの演奏を聴いていたら
涙が出てきた。

<本日の一枚>
先週末、北京の友人と再会した時の放浪過去帳没ネタ。
「しゃぶしゃぶ」とは今まで日本料理だと思っていた。
Wikipediaによると戦後のものらしい。

今回は晩飯に正統中華モノを食わせてくれるというので行った店が
しゃぶしゃぶ。 「???」で これって昔から中国にある料理なの?
と質問したら「あったりまえでしょ!」って言われる。
で、Wikipediaによると北京の火鍋料理が起源という説も有るとか。
あの独特な鍋で筒のような中には焼き炭がビッチリと詰まっていた。
汗をかきながらのビールもウマイ。俳句の世界で
この料理は夏の季語らしい。ふ~ん。なるほどなあ。
日本の胡麻タレと似ているが少々濃いのもウマカッタ。
普段の生活とは全く違って旅先では忘れられない面白さばかり、かね。

090702

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2009年6月28日 (日)

苦笑というより、まア微笑の週末迷想

旅先でパスポートを紛失するのは論外で どうしようもないが
そういうのとは別に「ソレは無しだろ」という失敗を今回は
初めて自発的にやってしまった。

案内役の友人には随分と面倒をかけてしまったが とりあえず
どうにかなって日程終了。

無事帰宅の電話連絡で互いに「お疲れ様でしたア」と同時に
言ってしまうのが終わってみれば良い旅だった。
友達はこれで良いんだと思う。日常は全然関係なくて時々思い出したら
そういう連中が存在していた事自体にどっか自分で安堵感がある。
たまに会ったときには「俺らも何とかやって生きてるよなあ」って感じも。

日常生活的には少しだけ痛い失態であったけど(いつか思い出す放浪過去帳ネタ
としては悪くないが)明日が月曜という日常の倦怠感はあまり無い。

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2009年6月25日 (木)

継・全く個人的に

これは高エネルギー物理学の分野の話で、何年か前にノーベル賞を得た
ニュートリノに係る実験は突き詰めれば「偶然の産物」だったけど
暗黒物質というのは日常の宇宙にいつも存在していて単に人間が
その正体を論理的に解き明かせないだけ、という性質のものとか。
だから分かっていないだけに本質が暗黒かどうかに関係なく
ダークマターとも言われる。(初めて自分がその文字を見たのは
FF(知ってる人だけ)の世界だったと思う。情け無や(苦笑))
分からなくても常に存在しているから偶然の散発的な出来事に
頼るのではなく適切な方法で探れば理論や法則性を確立できる
可能性があるらしいがその実験施設がようやくこの秋以降に
完成するらしい。(断定できない、が)

と、ココまで書いて本日の後はどうでも良くなってしまった。
首尾良く行って成果が得られたらまたその時に。
ただ基礎的な実験からもう9年近くになる。
最初に描いた絵図面の日付けが自分で信じられん位だった。

つまり「時間とは利息がつかない減るばかりの貯金」みたいで
個人の元本どころか残高までも所有者自身、把握ができない。
という気がこんなのに限らず、何につけ最近はしている。

¥百は¥100。¥一万は¥10000。金額的な数字はただ
それだけでも遣い方によってその数値以上の価値があるのだろうか。

週末に再会予定の友人と電話で話をしたら空港まで迎えに来てくれて
観光プランや晩飯ネタまで色々と説明してくれる。旅先はいつも気の向くままで
何も考えないのが面白いのにいつも世話になるばかりで自分らしくも無く
申し訳ない感じがする(これは国内の一部も)。土日は48時間。実質滞在は24時間。
これが自分の価値観として結果がどうなるか。
とりあえず週末は朝便の関空発だから明日は前泊で大阪。だから留守。
晩飯はタコヤキに今から確定よ。こんなもんでも、これだけでも今から楽しみ。

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2009年6月24日 (水)

個人的に全くどうでもいいこと。と そうでもないこと。

だから分かる人だけの全く個人的な話。
昔の例と同じく宇宙戦艦ヤマト化したエヴァンゲリオンは
劇場映画がまた公開されるらしい。
会社の帰り、明後日で給料日だし今月予算使い切りのつもりで
久しぶりに「場外版」を見てみようかと。
これ自体は、 かつての「村」で古参常連だったあの人が言う
表現で「2kも使わされて20k発しか」戻ってきませんでした、だったから
いい加減、帰宅して晩飯にしたいのにと言う頃合を過ぎて退場させてもらい
やれやれの境地。最近、不慣れな結果だけに首が痛いし肩がこる。

その対価としては悪くないや。

自分が「庵主」となった「村」については。
一つの大樹に満開を咲き誇っていた花びらが今はそれぞれに散って
地に還った様に心のうちで呼びかけたところで戻る声を聞くあても無い。
それは それでも良いと思う。

大昔に♪明日という字は明るい日と書くのね♪という歌があった。
小学生の頃、寝られぬ夜に親父と11PMを観ていたら大橋巨泉が
「サンデーの次はマンデーだ。ウッシッシ」と言っていた、と思う。
日曜の次が月曜である事の何が面白いのだ?が当時は理解不能
だったが二回転半ヒネリ位で歪曲して考えると今は何となく分かる。
どうでもいいことだか個人的にはNHKで19時のNEWSにくっ付いてくる
天気予報の山本さんと半井さんのファンで半井さんはどこかで
見た顔だなあ、と思っていたら自分で納得する記憶の根源は
11PMの朝丘雪路だった。
しかし現在でも明は日+月だから曜日的にはそれほど明るいものとは思わない。
が、こうしている内に中間点の水曜日。週末が楽しみだ。
時折、日常生活を離れて会う友人は自分の本名を知っていても呼ぶ時には
ANSHだし。ただそう呼ばれるのが嬉しい。と同時に自分が庵主なりANSHを
やめたらこの場所もそれで終わり。それもまたそれで良いと思う。

ただこの点で最近の気がかりは自分のHNを創ってくれた場所から
出てくるはずの製品を全く触れるどころか見かける事すら無くなった。
以前に居住地の当県、特に西部は営業基盤が弱いという事を聞いたことがある。
もうこの先、廃村になったから一生「村」母体になった上野の営業本部ビルに
出入りする機会は無いはずだが今は尚更これが気になる。
ANSHとして表現しきれない恩を受けただけに何とかしてもらいたい。

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2009年6月21日 (日)

週明けになってしまう。。。の週末迷想

しばらくと同じ事を書くが 別に何があるというわけでなくても
金曜に帰宅するってのは、そんでもって飯が炊き上がるまでに
一杯やりながら何も思い煩わずに夕方の涼風に身を任せるのは
タダもうそれだけで説明できない幸福感がある。
実際には思い煩うというより色々と考えるべき事柄は多いけど
家に帰ればどうでも良くなり考えなくなってしまった。
本当は意識がそういう方面に向けば悩む問題もあるのだろうが
どうしてもそんなのより悟りとなるのか淡々とした感じ。

郵便受けには県からの通知で一月の交通事故について情報公開を
請求した案件で県警本部と公安委員会からの意見書なるものが届いている。
修理費はとりあえず全部払ってあるから心理的&経済上の精算は
完了しているようなものだし後は「不定額」給付金みたいに
相手の損保会社からどれだけ返してもらうか、だけど相手方損保の
言い分どおりだって一回フラリと出かける事が出来る中身になるので
それ自体は今となっては目の色を変えるほどのことでもない。
届いた意見書については自分が内容に対して意思表示するなら任意に
提示すればいいだけで文章表現を考えるという頭の体操として
暇つぶしには悪くない。
県警の言い分は子供が大人のマネをして作文能力以上の無理な文章を
書いたなあ、という読後感想で簡単に考えていたけど実際に意見陳述を
書き始めたら穴の無い論旨にするのが結構、大変で考えるのが難しい。
途中のを読み返してみたら何だか皮肉な表現(と読み手に感じさせない程度に)
が迷想の原稿みたいになってしまった。
首尾良く行けば体験記みたいなネタになるだろうが役所の偏屈さと言うか
融通の効かなさはどうしようもないから どうなることだろうか。

しばらく前にコンビニで面白半分の酒肴として魚肉ソーセージを買った。
中身がピンク色で駄菓子屋の包装みたいに赤い袋に入ったやつね。
炙ってワサビマヨネーズ付けて食えばそれなりに良くも悪くも無く
ただ腹の中に収まっただけ。
最近は食品材料で卵、小麦、牛乳、蕎麦、その他幾つかアレルギー物質
なる表示がされている。食えばどういう症状になってしまうか未体験なので
分からない。大体が自分の場合は何食っても大丈夫と思っていたから。
なのに、だ。
夜中にどうしようもない痒みで目が覚める。やぶ蚊の団体襲来被害を受けた感じ。
他の食材は日常使っているものばかりだから原因とすればコイツだろう。
子供の頃は結構、平気で食っていたような記憶があるけど体質が変化したのかなあ。

職場の親方衆の一人が入院したという連絡が来て網膜剥離の手術の為、だそうな。
体験的に思えばしばらくは大変だろうがいずれどうにかなるだろう。
ただ間違いなく自分の身体が何も変わってないつもりだって
毎日、毎日に必ず一日分の変化をしているわけで長期的に見れば自分らの年代に
それは老いというものなのだろう。

最近はNEWSネタにもそれほどならず、その気になればWEBで調べる事ができるだろうが
インフルエンザはどうなったんだろうか。
バイ菌というと何となくまだ生きてる気がするけどビールスってのは生物と言うより
なんだか化学物質のような感じがする。写真で見たら至ってシンプルな形なのに
それが増えて人体に迷惑をかけるのだから不思議なものだなあ。
ところでバイ菌の「バイ」ってどんな意味なのだろう??
(と調べた限りでは 「カビの仲間」ということらしい)
H1N1が話題になった頃にも覗いてたWEB場所で国立感染症研究所というのがある。
元々はいつだったかの夏に放浪過去帳ネタにした甲府を訪問する時の参考に見た
場所だったけど訳の分からぬ病気が多くあるものだな、と思う。
特段に衛生事情が優れている日本でもコンナので落命するのは気の毒だし
そもそも人間が訳の分からぬバイ菌、ウイルスやアメーバ、原虫とか
あるいはキノコ一本やフグ一匹でさえ危ういものになるのがどこか
納得できないのだけど化学反応ってのは想像できないという点で怖いものがある。
http://idsc.nih.go.jp/iasr/18/207/dj2077.html

このところアジア圏に行くようになって今のところ食や水にアタル経験とか
厄介な病を持ち帰ってきた様子は無いから油断しているわけではないけど
健康面に限らず自分を自分で守るってのが基本なのだろうなあ。
と、今月末まで特典券が割引キャンペーンとのことで次週は遠征としてしまった。
久しぶりにCASINO無縁で目的は現地の交通機関調査と夏物安物の着る物を
調達してあとはやはり晩飯。さあて一体、何を食ってやろうか、だ。

しかし目前の問題は 明日が月曜日という事実である。

<本日の一枚>
生野菜集合。つまりただのサラダ。
ドレッシングについてはイタリアンとか言われているのが好きで
こればっかり。サラダの「かけ汁」は幾多の味と種類が売られているようだけど
多分、一生かかっても全部の味見をする事は無いだろう。
で、コレだけじゃなくて少しばかり玄米黒酢とマヨネーズを加えるの。
微妙にヨロシイ具合なんだな。

090621

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2009年6月17日 (水)

週半分の迷想

昨日は久しぶりの夕立で帰宅する頃が丁度ピークだったみたい。
ゴロゴロじゃなくて閃光とピシッ!!!とか喪黒福造よりも
強烈なドーン!!ってな(ん、ヤッパリ知ってる人だけ)
乾いた音が同時発生で何回か。

家に入ってとりあえず急いで(苦笑)焼酎の水割りを片手に
持って窓から雷神演舞を鑑賞するの。 
どういうわけだか安全なトコから見物する雷風景が好きなのよ。
(こればかりはどうしても山の尾根筋とか見晴らし優先には出来ない)
もしかして近隣の揉め事を知らん顔しながら高見の見物ってのに
似た心理かも知れない。
でもまあ 現実にはいつ直撃を受けるかわからんような
厄介事の真ん中に自分がいたりするんだよねェ。。。

<本日の一枚>
元々、嫌いではなく好きな方なんだけど日常生活に鶏は別として
食材は魚介類ばかりで牛豚の肉類を食する事が殆ど無くなった。
二ヶ月に三回程度かなあ。野菜はサラダにするけど最近は
どういうわけだか菌類、つまりキノコが妙に気に入っている。
自分の食生活が原始の方向に退化しているみたい。
で、アスパラとシメジのグラタン。 こいつをオーブンに入れて
焼きあがったら溶けたチーズ&パスタとグチャグチャに混ぜてね。
見た目はともかく味は上々。
家では100%玄米食で白米も随分と買ってない。これは炊くのに
時間が必要で夕食準備に時間をかけたくないに日はこんな晩飯でも
十分に満足だ。食い意地に関しては相当なものだったはずだけど
食生活嗜好が何でこうなったのか自分でも分からない。
まあ、だからこそ たまに出かける旅先では普段の生活で無関係と
なった食う事が道楽になってしまうのかもしれない。
(普段の生活で無関係だから旅の楽しみとするのは食だけでは
ないかもしれないが)

090617

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2009年6月14日 (日)

あっという間に一週間で週末迷想

なんだかね、 この頃 金曜も18時過ぎになって帰宅すると
「はァ、今週も終わった終わった。気分イイなあ、御機嫌だなァ」
って気分なんだよ。

これはね毎週の区切りの充足感とかソンナもんじゃない。
ただもう、、、これでしばらく休憩だぜい!って。それだけ。
だから月曜の朝に「さあて今から今週も始まり始まり!」って
爽快に起きるかと言うと絶~対、そんなこと無いんだな。
別に平日ならば月曜だけの話じゃないがなあ。

仕事の方はネタに困らないし、やっていればソレはソレで
面白いものがあるけどね。どっか違うんだよなあって感じ。

あのさ、生物って(なまもの、じゃないよ「せいぶつ」ね)
大体が子孫を作ったら、あるいは鳥類と哺乳類の場合は
もう少し延長して自分の分身になった「子」が独り立ち
できるとこまで育てたらその個体の役割は終わったなって思うのよ。
これは人間のみが例外的に持つ社会的にって意味とは違って
生物=生命を持つ物の存在している目的としてね。

でもまあ 文字で見ると何か分かりやすいけど冷酷だなあ。
生き物って言うけど「生きている物」でそこから生命が消えると
タダの物になっちゃう。
種の保存と育成と言う点で自分の任務は中途半端でも
完了しているから後は社会生活上の人として余生を
どう生きていくかってことになるんだろうな。
なァんて思う日々が過ぎて気がつかぬうちに少しずつ自分の中で
細胞とかDNAってのも壊れて最後には自分が自分として
機能しなくなるまで残りはどんくらいの時間があるのだろう。

先日、白髪になるメカニズムというのが少しばかり解明された
という記事を目にした。つまりはDNAの変異が関係するらしい。
癌というのも細胞の複製情報の欠陥が原因らしいし。
アポカリョープスってのはゲームに出てくる敵役のことで
細胞が自分で死ぬように出来ている自己死も似たような
名前だったとおぼろげながら記憶している。(正確な名は忘れた)

つまりは老化というのも成長(生長)と紙一重みたいなもので
育っていく過程の中で一種の臨界点みたいなものを超えると
ハイ、アンタの舞台はコレで終了。次の出演者の為にサッサと
引っ込んで下さいと自然界が生物に用意した仕組みのようなもの
だとしたら個体の意識とは無関係に形を変えて存在する事だけが
生命の目的みたいで生きてくことは、ただそれだけだと何か
辛いものがあるような感じだなあ。
知能と言うか意識が進化した人間だけが宗教観というのを
持っているはずだけど それがどこかこういう自然界の仕組みに
つながっている気がする。なのにもう一つ奥まで自分の想像が
入り込めないでハッキリと結びつかない。

まあいいや。自分は哲学者じゃないからソレより明日からの
仕事ネタの始末を考えないと。こんな事は隠居してから考えよう。
老いて自分の中身が壊れていくのはアタリマエだが
NEWS記事の中では若いうちから社会の中で「人間」として
壊れてしまう例も散見されるわけで。人の世は自然界とは別に難しい。

<本日の一枚>
好きでありながら焼き鳥屋はもう随分と御無沙汰。
ネタとしてALL OKだけど多分、鳥皮が一番かな。
近所のスーパーで皮だけ売ってたのを面白半分購入して
アルミホイルに胡麻油を敷いて塩コショウやって
オーブンで焼き上げる。安くてウマイ。上出来、上出来。

090611

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2009年6月 9日 (火)

アレもコレも、それも迷想

足利事件と呼ばれる冤罪。17年以上ね。。。
警察が信じられるか否かは「その組織の中にいる
人間次第」だがこれは何も警察に限った事じゃないな。

銀座で試供用?屑ダイヤに行列で貰い損ねた連中が
BOO!BOO!だと。
ソンナモンに行列したがるのがワカランが文句を言うのは
群がりたがる連中ならでは、だろう。
麻生総理は低額(ん?誤字か??)給付金に関わる国民に
「さもしい」という表現を使ったがその意味は良く分からない。
しかしコンナ行列記事には「あさましい」という言葉が思い浮かぶ。

議員の世襲を認めるか否か、とはこれはまた下らぬ約束事を作りたがる。
日本の政治は戦前から現在まで世襲同族経営型みたいなものだと思う。
事実、どれ程に世襲議員あるいは政治家系が国会に居座っているかを調べて
みれば政治に無関心な人間でも少しばかり考えるところが有るかもしれない。
本来、世襲がそのまま悪いわけではないはずなのに「お前ら、いったい
親の何を見て育ってきてソコに居るのだ?」というのがね。
あるいは官僚横滑りや企業癒着代表みたいなの。

民主党の小澤代表秘書が西松建設絡みの献金で叩かれていた頃、
麻生総理は会見で「国民にキッチリと説明義務を果たして頂きたい」と
明快な見解を述べていたがその後に熊谷組からの政治資金で自民党議員の
名が出てくると何も言わなくなってしまった。
あと議員特権でJRパス使って熱海へ他人の奥さん連れて行く話とかにね。

国民は放任された鵜のようなものでとりあえずは民主主義の河中で
好きなように泳いでいても、どこかしら流されていたり鵜飼の連中に
気がつかぬ内に紐で操られているような気がする。
モノの本で読む限り、政治家の頂点というか総理大臣として自分が思うに
例外的なのは高橋是清と広田弘毅くらいで高橋是清が総理から
降ろされたのは政治的に銭集めが下手だったところが関係したらしい。
(日銀総裁としての手腕は相当なものだったらしいが)
広田弘毅は存命中の当時を直接に知っていないので尊敬とは
少し意味が違うが日本の総理大臣として一番に思い浮かぶ名前で
自分の「心情的価値観」という個人的尺度では二番目以降が居ない。
つまり唯一。(大昔の庵主を知る人には理由が分かるだろうが)

あ?今、コレを一杯やりつつ書いてNHKのNEWSを横では見てるけど
基礎的財政収支の黒字化を10年先送りするって。
そん時には自分は引退している。会社の中で在職していても職業として
自分の楽しみより後進連中の為に残り少ない時間を使うと言う意味で。
しっかしまあ、今が青春時代というやつでこれから手前の腕で
飯を食ってこうという若い衆には厳しい時代になるのだろうなあ。
それ以上に本格老人となる自分へどんなに痛い「国の鞭」があることやら。

もうしばらくすれば衆議院選挙が始まる。
相変わらず名前を連呼するだけの広報車が走り回るのだろうな。
いっそのことこういう選挙活動を禁止して日常定例定期的に
国と民の為に何をしてきたかを報告させる義務を課したほうがイイや。
でもまあこんな事は迷想の域を出ない。万が一にそんな事になったら
投票率がガタ落ちして選挙の態を成さなかったりして。。。

鳩山総務相と日本郵政社長の話。
人相観を趣味とする自分が日本郵政の西川社長をTVで見たときの
第一印象は「あ!、、、ぬらりひょん!!」だった。
知らない人は水木しげるの妖怪大事典でも見てくれ。
暴発的な言葉も時にあるがこの点では鳩山氏を自分は支持する。
鳩山大臣は自己の信念に従って、と言う。
ならばソレを担保として次回の選挙で結果というか選挙区国民の
判定を受ければ良いのだろう。

別のチャンネルにしたら鉄道旅行の番組にてDBの文字を目にして反射的に
あ、ドイツ国鉄だ!と独り言。いいなあ、こんな(車窓と車内の)風景。
くっそーー。どっか行きたいな。
昨秋に予約までしながら何だか嫌な感じで取消料没収でキャンセルした
欧州再訪計画(結果的にそれは正解だった)は日程的に当分無理。
つなぎでココしばらくと少し違う別方面も良いなあ、とWEB旅画面ばかり。
今月は給料日の後にしばらくすれば棒ナスでもあるし誘惑に負ける予感。
結局のところ世の動きとは全く関係なく自分はこんなもんで良いんだろうと。

<本日の一枚>
面白半分で酒肴にハマグリ。
アサリと比べたら随分とデカクて一つで十分。
こいつを網焼きにするけど大味だな。
どうせやるならサザエの方が好き。

090609

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2009年5月31日 (日)

やれやれ、どうにか の週末迷想

思う事があり今回の目的はヤケクソ心理や誘惑の罠に
陥落しないセルフコントロールを冷静に試す、って。

そんなところから少々、予定外的に留守にする。

んーーー、自己制御という事なら週末にフラフラ出歩く事自体が
入口を間違えている気がしないでもなかったけど一応、無事帰宅。

最後の方は集中力が消耗してスジが荒くなった結果、少々崩れて
しまったけどそれでも総じて十分に上出来な収穫だった。
いつもこういう場面で無謀な挑戦をしたがるんだよなあ、とか
自分がダラダラとした気分の中で目先ばかり追ってハマッていく、とか
何となく分かっているつもりでも自分の心理に逆らえない負けの
パターンを冷静に見て「負けたがる自分」を何とか抑える。(これはカナリ難しい)

普段、¥を外貨にする時に色々と計算をするのに外貨を¥に戻すのは
あまり深く考えず次回用に持ち帰るか現地の空港で再両替ばかりだった。

今回初めてやってみて「ほっほう!」と思ったのはソウルのカジノでは
¥→Wにすると両替証明というのをくれて収穫が有ったらコレと
一緒に窓口に出せばW→¥(但し¥1万単位、端数はWで返却)にしてくれる。
何とレートは東京外為と殆ど変らない。
これなら帰り際に¥に戻したい分だけ現地通貨は全部ここで
両替してしまった方が良いな。

ただ今回のように寝坊して予定が狂うというのは余程に疲れているのか
普段からの集中力が欠如してきているのか。
とりあえず目的は達成できたから この路線は当分、休止で夏場は
プールサイドで一杯やりながら読書を楽しむって方向に気分が動く。
そうなると あのあたりでアンナ感じで、と妄想が膨らむ。
そこまでの仕事だってアレをコンナ風に片付けて、などとね。
と、そいつも冷静になれるか、だ。

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2009年5月30日 (土)

朝起きたら

予約した空港行きバスの時刻を過ぎていやがんの。

しょうがないので自分の車を使う。

久しぶりに長距離走行して降りたら自分の運転で酔ってしまった。

平衡感覚がおかしくて足が浮いてる感じ。

出発から疲れてしまった。。。

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2009年5月26日 (火)

ふ~ん、の単に個人的落書き

発音は全く同じでSTORKとSTALKって単語。
それぞれ発音記号ではORとALが逆向きの c と : の組み合わせ。
但し前者は「R」がeのひっくり返った発音記号の場合もあるらしい。

だから文脈を読み取って理解するならともかく単語だけを聞いただけじゃ
少なくとも区別がつかない。
実際、語彙不足の自分は後者の単語を本日に辞書をひいてみるまで知らなかった。
多分、自分には全く関係の無い世界の言葉だからね。

しっかし関係ない、と思ったらそうでもないらしい。
普段の地元で日常生活の仕事場関係や個人的な道楽範囲ならともかく
知らないトコから勝手にコッチの領分に入り込まれると不愉快なものだが
知らぬ顔で無視する事もコッチが分かってしまうものは面倒臭い。

ということで当面は「アタリサワリの無い程度」で隠密行動。

Fng(この発音は フ と ンを同時に出して鼻から笑う感じよ)

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2009年5月22日 (金)

馬鹿じゃねえか?

本人がそのまま発言するとマスコミから叩かれるだろうから
庵主が代わりに今回の題目としておく。
騒ぎすぎじゃねえの?って位はnewsで言ってたけど予想どおりの
コメントだよなあ。

と書けば昨今のインフルエンザで石原都知事の話だな、
って分かる人がいるだろうね。

ただ「自分が思うに」妊婦さんは例外的でこういうウイルス性の
疾患がこれから生まれてくる子供達にどんな影響があるかは
ハッキリ全てが解明されているわけじゃないと思う。
だからこの場合だけは(インフルエンザに限らず)健康状態に
注意が必要なのだろうな。

それにしても報道の内容を見ていると 
つまり一言の感想は「バカだな」と。

何が?って日本で確認される以前に数千人が南北米大陸他で
感染確認されていて症状の傾向がわかっているのだから元々、
季節性のインフルエンザと比較したらどう対処するかってのを
冷静に考えてみれば良い筈だが過剰報道、大袈裟演出が
本当の病毒性以上の演出を作ったと思う。
厚生労働省の大臣あたりはTVで「緊急事態を宣言」なんて
言っていたが日本語の意味を軽く考えてるんじゃないの?
(役所官僚の原稿かもしれんが結局、賢く考えてないと思う)
事実、季節性のインフルエンザがどれ程に流行した結果に
そいつから来る死亡者数がどれ位なのか調べてみればいい。

今回のも海外では死者が出ている。しかしそれはこの種の
流行性疾患から統計的に一定の割合で亡くなる人がいるのも
自然な事で 至って普通の事だと思う。
罹患者に失礼ではないかと非難する表面的良識派の人が
いるとしたって そもそも流行性に限らず疾病とはそういうものだろう。

自分の世界観として大前提の憲法みたいなもんだから何回も
このところ書くけど 生きて楽しんでこそ人間。
日々の中でどんなもんでも具体的にコレだというのでなく
漠然としたものであるにしろ幸福感ってのが無いとツマラナイ。
だから予定外の病気で寿命を終了するのもツマラナイだろうし
「自暴自他棄的」な思想を持つ極く一部のテロ崇拝者を除いて人は
満ち足りた心持の中でホントは皆、生きたいのだろうなあ、と思う。

だけど、ね。こんなので非常事態だとか緊急だと言っているなら
ここ数年、三万人以上の自殺者を出す世相はどうなんだね?
と行政庁や政治家に聞きたいもんだ。

こんな流行り病をどこか別の物事から目をそらさせる道具にはしてないだろね?

随分昔に店頭からトイレットペーパや米が消えた時があった。
今回はマスクが普通に入手出来なくなったそうな。
知識智慧を身に付ける努力はしなくたって風評のような情報は
いくらでも周囲に流れてくる。で、いつの間にか勝手にどこかに
流れ去っている。正に流行、だ。

今はこの世の人ではない忌野清志朗があと一年長生きしてたならば
「踊らされるなよォ~」と言いながら新曲を一つ、創っただろうなあ
と確信的に思う。

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2009年5月19日 (火)

バラバラな一つの迷想

半年振りの定例行事から帰宅。

先月末頃に何とは無く温厚でありながら所々に真っ直ぐな
歪みの無いヒネリを知っている職場のCHIEF INSPECTORの奴に
「お前さんの雰囲気は清志朗だよなあ」などと戯言を。
連休にその引き合いにした御本人が逝去した記事を目にする。

だから常々思うにアノ手の病気は治すより先に見つける方が
どうしようもなく重要なんだ、って。
治療せにゃイカンくらいで「見つかる」よりもね。
ただ、どれ程に注意していても どうしようもない場合があるから
天命というものは だからどうしようもないのかもしれない。

日本ではここ数日でインフルエンザAの罹患確認数が急増したとか。
特に日本が流行地と言うよりも実際の世界各国で「真実数」は遥かに
多いと思う。
日本の場合は保健衛生環境が他国と比較して格段に優れていて
(保健衛生行政が、というのと少々ニュアンスが違う)患者数が
表面に出てくる背景が全く違うんじゃないかなあ。
ただ、最初の一人は一体どんなトコから誰が持ち込んだのだろ?
思うにこれも連休中の話だったけど日本が伝染性、感染性の
疾病流行発祥地になることはカナリ稀有だと思う。
もしもこんな事例が海外で今後出るなら消極的自衛策の一つとして
流行国方面の航空会社使用は避けるべきじゃないかなあ。
自分が搭乗する前に一体、どこの路線でどんな連中が同じ機内空間に
いたか?という観点で。今回成田着の最初もNORTH WEST便だったような。

インフルエンザの報道では介護サービスも一時休止とかで世話を受ける
老人姿が映し出されていたがコレは目にする方だって痛いものだな。

名誉棋聖の藤沢秀行も連休中に逝去した。
一般会社員と全くタチが違う世界の人だから破天荒な「伝記」を
とは別に「死ぬ時までは生きている。死んだように生きたくはない」
との言葉は理解できる気がする。

別に誰から教わったものだか分からんが 人は自分が正しいと
思う事を探して、その道すがらにそれを楽しめなきゃダメだもん、てね。
「生きて楽しんでこそ人間」ってのはそういうこった。

それにしたって思うがままに生きるのも死ぬのも難しいもんなんだよなァと。
とりあえず馴染みの福岡から戻ってこれでまた半年程は普通にできるのだから
悪い事じゃないが明日が今週の初日。すぐに週末になりそうだ。

<本日の一枚>
中洲川端の商店街で見かけた風景。トマトは好きなんよねえ。
でも普段の地元で会社帰りに立ち寄るスーパーでは1ヶ¥100では買えない。
福岡の良い所の一つは総じて食材が安い事だと思う。

090519

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2009年5月 7日 (木)

中途半端に連休記録

先週は就業カレンダーが全部出勤設定だったから世間の連休関係ナシ。
今週はようやくに一休み。かと言って何をするでもなし。
ETCは持ってないから車で出かけるでもない。
(第一にそれじゃ旅先でチョイと一杯なんて出来ないし)
ゆるりと本棚から好きなのを手にして寝床でゴロゴロ。

何が違うって いつもの週末だと倦怠感から昼寝が(というか夕刻の仮眠)
定番なのに今週の連休は気分良く早寝早起き。いつもより1時間以上早く
自然と目が覚めてしまう。

久しぶりに中断していたFF12なんぞを。
このテーマメロディはイイナア。

時折、連絡を取り合う友人から良い話を聞かせてもらい心地良さに
気がついたら時差の関係で日本の本日はいつの間にか夜更かし。
朝になれば恒例行事の先輩宅で麻雀して夜には帰京。
その次の朝には連休締めくくり遠征で休み一杯は留守になる。
旅の支度でもしなくちゃ、と思いつつ時刻が夜半を過ぎると
何だか面倒臭くなってまあ、出かけるときでイイや。
好きな道楽でも(或いはそれなればこそ)意気込みというのが
全く無くて自然体の振る舞い境地まで来てしまった感じ。

職業的モノ書きではないから気分のままにこの頃は一層、
この場も中途半端な記録しかしないが それもよし、だ。

<本日の一枚>
と思ったけどコレも面倒臭くなってしまった。
また今度。

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2009年4月27日 (月)

好きこそ、の週明け迷想

通勤路の途中にはレンタCD屋が二軒。
物色してみようかとも思うがハンドル少し回すのも
面倒で寄り道をする事が無くなった。

家でPCをいじりつつフト思い立って幾つかのYOUTUBEなんかを。
まいったなあ。 ホントに便利な世の中になったもんだ。

身近なトコで洋楽を耳にした最初は小学校の時、田郷岡くんってのが
近所に住んでて遊びに行けばBGMは彼の兄貴が好きという
解散したばかりのビートルズ LET IT BE。「軍人将棋」をやりながら
BGMとしてアンバランス感が何とも良かったか。
ただビートルズは最近、耳にする事が無くなった。

その後、福岡に転校してからしばらくの後に観に行った映画が
ウィリアム フリードーキン監督のエクソシスト。
以前の迷想に書いた憶えが有るけどサントラ曲を作ったのが
マイク オールドフィールド、その曲はチューブラーベルズ。
製作意図は自然を讃える趣旨の曲だったそうでオカルトものに
転用されたのは流行しても当人は手放しには喜ばなかったらしい。

この人が自分にとってスゴイと思うのは「のど自慢」に鳴る鐘を
何十年も同じテーマにして曲を作ってきたことで。
それからシンプルな主旋律を軸にしてソコに様々な色を付けて曲にする事、と。
ラベルの「ボレロ」みたいな感じ。

何部作かの内でチューブラーベルズ3のLIVEを見つけた。
その中で「朝の頂点」っての。夜明け直前の目覚まし曲に良い感じ。
http://www.youtube.com/watch?v=Gbr7SI-UxyI&NR=1

完結が「遥か雲の上」で
http://www.youtube.com/watch?v=5BSGdX7eNn4&feature=related
初作のチューブラーベルズは多重録音を繰り返して一人で演奏したらしいが
これはビッグバンドになっている。
出だしも、締めくくりもどこか初作品のようだ。
それにしてもEVAで虚数空間を作り出す使徒のようなシャツ着て(分かる人だけ)
ギターを持つ本人の姿がどうにも好ましい。
嗜好は人それぞれだから真価の有無がどんなもんでも好きなものは
どうしようもない。

とは別に結局、次週の連休は遠征としてしまった。
これもまた好きなら仕方なし。

<本日の一枚>
これまた好きな人だけ(?)
パッヘルベルのカノンは好きな曲。自分がただ一人だけで居る時に
(それは別に、いつもの事だけど)ホントに自分が想う事は何なのだ?
と自身に問い掛けるBGMとしてこれ以上のものは無い気がする。

まあ、喧騒ばかりの店内で通常絵柄でも許そうか、ってなもんだ。

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2009年4月22日 (水)

ふむふむ、、、どんなもんだろか。

うぬぬ、来週が終われば いわゆるG.W. 若しくは鉄屑週間。
5月は定例訪問で九州に行くし7月には日食観望遠征だから
コレと言ってソレというものも無く自重しようかと。

しっかし誘い水を向けられるとそいつにザップリと濡れてみようか
ってところが意志の弱さ。。。
日程的に現時点で最安値の空席はあるしでどうしようか?だ。

そんなのよりむしろ、しばらく随分と毎月一度は普段の居住地を
離れねば気が済まぬようになっている自分自身が何か危うい。

<本日の一枚>
暖かくなり恒例行事となった会社の自職場がある建物入口にツバメの訪問。
しかし、、、総務の連中は歓迎しないらしい。
(自分はツバメって一種の縁起物だと思っているから来訪は気にしない)

で、巣を作らないように棟の玄関先に見苦しくぶる下げてあるのを
見てみれば「磁気応用鳥類追払い装置」と書いてある気がする。

なァにが装置なもんか。 丁度良い、とばかりにツバメが
巣作りの休憩にいつも羽根を休めているんだな。(苦笑)
磁気応用って、、、そいつで何か鳥類の飛行感覚に警戒感を発動させる
のだろうか??? しっかし実証的写真としてあまりアテにならぬ。

以前、出張した最初の頃に現地の奴が運転する車中の雑談で「俺ャあ日本なら
知らぬ場所だってあまり道に迷った事が無いがコッチじゃ全く方位の
感覚がワカランよ。もしかしてMAGNETIC FIELDの違いかね?」
って言ったら相手も「有るかも知れんなあ」って否定しなかったっけ。

真贋は不明だけど高圧送電線の下を走るとアイデアが浮かぶって「俗説」を
子供の頃に読んだ事がある。電流があれば磁界が発生するのは明らかな
法則だし。でも、磁場が脳にどんな具合に作用するのか?所詮は俗説、だな。
(何回か受けたMRI検診中は眠くなるばかりだもん)

それにしても暖かな時候になってから以前にも増して全く冴えなくて
仕事に関しては一層のこと鈍るばかり。
もしかして勤務等の玄関にコンナモノが吊られてある故に
毎日通る自分の脳に何かしら仕事を追い払うような作用をしているのだろうか。

まァ、良いわけが無いか不明でも言い訳けであるのは明らか、か。

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2009年4月19日 (日)

平穏に つまり何も無く週末迷想

桜も終わった。
この先当分は使わないだろう長袖モノ収納準備の為と
ローテーションの限界になった日用衣料をまとめて
コインランドリーへ。

仕上がりの待ち時間は備え付けの雑誌なんぞを。
やたらと女性自身てのが置いてあって、てか近所にある
このコインランドリーは隣の美容院が副業?でやってるらしく
暇つぶし雑誌の類はそれしかなかった。
これが床屋だと待ち時間の新聞雑誌には事欠かない気がする。

手にしてみるが何が何だか全体的に記事というより
広告雑誌みたいな内容でサッパリ分からん。。。
毎号、韓国スターと皇室の記事は必ず掲載されている。
で、占いと痩身術の広告が実に「多彩」で。
うーーん 悩みの多い世の中かねェ。。。

若い頃にはいわゆる大衆娯楽三流雑誌の類もそれなりに
多く好んで読んでいたから各種週刊誌への許容範囲が
広いと自分で思っていたけど、、、
雑誌の内容構成が実に支離滅裂で記事を目にしたら頭の中で
書籍類を読む回路が混乱して安全装置作動。
こりゃァ ダメだ。で、放り投げるようにしてしまった。

美容院あるいは病院あたりで待合客の暇つぶしで業務上の
必要から置いとくのはアリだろうがこんなの銭出して
買う人がいるのだろうか?と思ったが
出版歴史は長いだけに(昔は女性セブンなんてのも有ったな)
やはり愛読者がいるということだろう。
ただ、編集者は女性が主体なのだろうか???
とすればこの庵主にはやはり女性の思考&嗜好は良く分からぬとなるし
そうでないとすれば、、、まあこれ以上書くのは止めとこ。

<本日の一枚>
どういうわけだかシメジの類が最近のお気に入り。
オーブンで適当に火を通して塩コショウやバターなんかで。
単独でも十分だがアスパラを一緒にすれば見た目の彩りや味も
更に良い。残った分は鶏モモ肉と炙って一緒に少しばかりの味噌を
加えた残り飯の雑炊にすればこれもまたウマイ。

もう一つがスーパーにて偶然目にした鰹のアラみたいなの。
刺身にした残りカスで背骨に身が張り付いているのね。
煮付けにすると背骨に挟まった血合いの部分がまたイケル。
学生時代に同居していた亡祖母が好きでたまには晩飯の膳へ
出てきたやつを自分も「ん、こいつァ悪くないね」などと
言いつつ箸の先でほじくったもんだ。
自分の手で飯を作るようになって何年にもなるが一度も思い出す事無く
売っているのも見かけなかった。当然、食べる事も無かったが
先日に何気なくそんな昔の事が頭に浮かび懐かしく食いたくなっていた。
そしたら一週間とせぬ内に店先に見つけて「おうおう、婆さんが
好きだったよなあ」と衝動買いして自分で初めて作ってみる。悪くない。
結構な量で酒肴の他に晩飯ネタになるし¥100で価格対内容比も良し。

気にせず何十年にもなるのがフト突然に出てきて僅かな数日のうちに現実。
偶然とはそんなものだろうが。 
しかし、何に限らず考えている事以外に、その流れの中で突然
思い浮かぶような物事、予感直感、ヒラメキの類は もしかして
無視できない何かがあるかもしれない、なんて思ったりして。
大抵の場合は そいういうのが有っても自分で特別の意識も無く
気がつかないままに「はい サヨナラ」になっているのだろう。

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2009年4月17日 (金)

来た!医療費控除還付金

ネタはどっかしら思いついても毎度、日々の時間が流れるままにしていたら。 
とっくに記憶の地平線だか、向こう側の忘れた彼方に消えてしまって。

思う事があり放浪過去帳を読み返してみたものの、、、やはり書いてない。
昨年秋に出掛けた先は多分この先面倒臭くなるか 或いは どうでもイイや、
って止めてしまうまで当分先まで続く定期検診で九州、福岡。
もしかして小片的に迷想の方に書いたかもしれないが 

やっぱり本人が記録にしたのか忘れているから(出来事自体は自分が忘れなくても) 
そんな事は今となってはどうでもいい。この時の往路は長崎、復路は福岡から。
検診先の施設は福岡でも何で長崎なのだ?って疑問もあるでしょうが
(特に九州の地理に熟知している人には)まあいいじゃないか、って感じ(爆笑)

で、一昨年にこの件で福岡訪問となった話は別項目の「体験記」に書いて
翌年の医療費控除では申告どおりに全部OKとなったのはいつぞやの迷想のとおり。
九州の面白さはとてもこの場所の一項目で書けるもんじゃない。
自分にとって絶対的な重さを持つ福岡の他に長崎には鹿児島あたりと共に
観光地としての意味合い以上の意味が有るという点で外せない。
まあ、そんなワケで九州を訪問するなら立ち寄らぬ御無礼は出来ぬだろうと。

今年も確定「謹告」の時期が過ぎた。色々と計算してみたら大半は交通費でも
とりあえずその申告をするだけの意味がある金額になっている。

<本日の一枚>
今年も来た。還付の通知書。
帰宅して郵便受けに入っている通知書をソロソロと開けてみたら。。。

昨年の還付は本筋の大仕掛けで色々やった結果のことだから戻っても
不思議は無いだろう。 今回は少々時間もかかったし、昨年額より少なくたって
「ん~、やっぱりアレを申告に入れたのはマズカッタかな?」なんて思ったが
結果は自分の計算どおり。交通費として申告した航空機便名は偽りの
無いモノでJRの領収書だってG車料金込みの領収書そのまま。
(今回も領収書を自動機で貰うのを忘れて金額だけ申請した分が有った)
でもね、細工や作為の無い内容で出したら何の問い合わせや是正指導も無く。

元々、それなりの所得税や医療費に関わる出費(かどうかは本人も疑問、でも)
を払ったんだから戻ってきてもアタリマエかもしれんが少しばかりの
臨時小遣いと思えばそれはそれなりに悪くは無い。
しっかしまあ こんな庶民のササヤカな戻りを吟味するために労力を使うなら
スレスレの節税というか脱税モドキ(あるいはそのもの)に対して強固な
罰則法制化も含めて本腰を入れて欲しいと思うのだが。そいつが本当のところ
困窮している日本国の財政を助ける一つの救いになるんじゃないか?とも思う。

090417

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2009年4月12日 (日)

花見は無くても週末迷想

幾つかの新ネタ準備で下地だけしばらく前に作ってみたが
そこから先が全く進まぬ。

以前のパチ統計実験室は元の記事自体がBLOG版へ移設する時に
消失してしまったから原稿から焼き直すのに手間がかかる。
が、統計と銘打つだけあって作った本人もデータから
出てくる結果には納得する内容ゆえにそのうち改訂版を
どうにかしてみたいもんだが。(確率という点で自分が
凡人である事が実によく理解できる)とは言うものの
最近はデータを採取するほど入れ込むわけではないしなあ。

BLACK JACK研究室についてはとりあえずは手を付けかけて
その手をどう撫で回すかを思案中。
ディーラーが1枚目の手札を見せた時にそいつが「6」なら
PLAYERとしてはとりあえず嬉しい事だ。(しかも自分側の
二枚合計がBLACK JACK成立でなくたって「10 or 20」なら一層)
ところがその親の「6」からどうなるか?については
ディーラーのカード展開だけで3000通り以上。
いちいち「引き筋」を読めるもんじゃないから結局は
確率というとこに落ち着くのだけれどナカナカに奥が深い。
超絶的に並外れた記憶力と暗算能力があればBLACK JACKは
カジノ種目で唯一、プロが存在し得るというのも肯ける。

もう一つの体験記。
先日の交通事故については保険屋相手に交渉の顛末がどうなるのか
自分にとって保険とは単に保険でも保険屋にはビジネスなのだから
主観的主張のみでは到底、当分先まで落着を見ないだろう。
と、収拾を図るにネタを集めてたら交渉先の相手が保険屋から
県警本部と公安委員会(調べて知ったが県警本部よりも親方の
存在になるらしい)になってしまった。
コイツは相当に手強い。しっかしまあ、とりあえず被害側の
立場なんで結構強気だけど真面目にウマイコト取りまとめたら
同類事例で「なんだかなあ」って思う連中の役に立つか、
と思えば暇つぶしネタとしては悪くない。

「某」写真館。
見たい人には懐かしい垂涎モノで会員制にするか?(笑)

週末に新入社員の歓迎会だってんで久しぶりに街中で飲めば
別職場のが「何某を覚えてますか」などと言ってくる。
「おぅ、憶えているともさ」と、聞けば内定が出て来春には
入社してくるらしい。問い掛けてきた別職場の若いのは
夜学に通っていて何某とはそこの院生として時折互いに話を
しているらしい。以前、自分の部署にバイトで来てその後に
残業帰りに近所のコンビニへ晩酌ネタを仕入れに行くと
そこでもバイトのレジで何回か会ったことがある。
「嬉しいなあ、そいつは嬉しいなあ」聞いて思わずにそれだけの
そんな言葉が出るのは苦労している以上に「おっとコイツは」
と見てしまうような「意識」をどっか持ってる奴が好きで
こういうのがもう何人かいればと思っていただけに。
向こうもコッチを憶えていてという話を聞けば尚更ありがたい。

その彼が別に自分の部門に来なくても全く構わぬが
人生へ一種の努力という形で「賭け金」を払う人間に「運」の
戻りがあるってのは悪い事じゃない。来春の再会が楽しみだ。
(しっかし そうすると今の俺ャ、一体自分の何に何を払っている)
としたって大物や小者が混じる会社の中でその内に若い衆の
咲く色がどうなるかなんぞは結局、自分が知ったこっちゃないな。

散る桜 残る桜も 散る桜 (by 越後の良寛だったか)

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2009年4月 5日 (日)

一睡の夢と幾多の酒。

旅の終わり。

思いつきの結果とは大体がこんなもんだが

それにしても「自分の生き方」ってのをボチボチ考えんと。

まあ、これでしばらくは違う方面に精進することにして

強制的気分転換としてはそれなりの意味があったか。(負け惜しみ)

んーーー、何にしてもセルフコントロールって大事だよなあ、と今更ながら。

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2009年3月30日 (月)

何となく

週始めの月曜は明日の中間決算準備でバタバタの感じ。
とりあえず今月が終了してエイプリルフールになってから定常状態に
戻る準備をしようかと(ウソかも)。

部屋の片付け話の続きで懐かしいのが「エルマーの冒険」三部作。
子供の頃に面白いと思ったものがこんなオッサンになって読み返しても
やはり面白い。別に本に限らず小僧の時代に夢中になったものが
ソコソコの大人になって冷静に見直してみたら存外つまらなかったもの
というのは見方によっては「偽モノ」かもしれない。が、これは本物か?
福音館の出版物には角川あたりと路線が違った良書が多いと思う。

自分は「そのために努力や工夫をする」陸マイラーじゃないけれど
成り行き任せがいつの間にか6万マイル余りになっている。
今月に出かけたのは帰省程度で年度改めの気分転換にも良い頃合
なのかどうか以前に持ち帰った外貨もソコソコ、と何気なく調べたら
土日の往復に空席もあるしで衝動的突発行動により特典券と交換してしまった。
今週末は さあぁてパァ~と行くかね、あるいはサッパリで散るのか。

こういう事に関して思慮分別は無関係。自分はこんなもんで良いと思う。

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休日終わって寝る前の週末迷想

しばらく前に居住しているアパートの管理会社から連絡があって
水周りの点検清掃をするとか。
こうなると業者が入ってくるわけで台所、洗面所、浴室を
連中の作業前に少しはきれいにしておこうかと掃除なんかを。

今週は改正消防法の関係で室内報知器の類を設置する事になった。
そんなわけでこれを機会に入居以来初の徹底的大掃除をした。

とりあえず見かけだけはどうにか片付いた部屋での作業後、
数年間しまい込んでいた収納箱を全部開けてみれば「こんな所に
こんな物が」と出てくる出てくる。本、CD、正体不明フィギア、
衣類に小物小道具、その他色々。銭はどこをひっくり返しても無し。
部屋に中身を広げたら前と同じく収拾がつかなくなってしまった。

見つけたものから幾つかをあらためて読むに。
驚異的な速度の技術発展はせいぜいがここ100年程度の話。
人間は遥かの大昔から空気の震えで生まれる音を工夫して楽しみ
思いついた物事を語っては伝えてきたわけで平安の時代に
語られた物語は1200年以上も前の事なんだなあ。

100年くらいなら爺様が生まれた頃は、ってな話で時間的な距離感は
そう遠くない気がするけど(それだって相当なもんだ)1000年以上
となるとこれはもうホントに大昔という感じ。
当時の情報伝達&保存技術や手段、つまり印刷術なんてのは無かったはずだし
識字率から考えてもその時の話が現代にまで随分の時を生き残りながら
伝わって、小奇麗になっては乱雑を繰り返す自分の部屋で一杯やりながら
読めるのだからこれはこれでスゴイことだよなあ。
自分のこの場所なんか、、、いずれ自分がいなくなって回線利用料を払えない
状況になればサーバーから消去されて何をどう書き遺した所で
何も無いのと同じになってしまうのに。

そんなわけで今昔物語をパラパラと。
異端の術で瓜を盗まれる話、巻二十八本朝附世俗四十話。
瓜を運ぶ連中が休憩中に割り当て分を食っていたら通りすがりの
爺さんから食わせてくれと言われる。断ればこの爺さんは種だけもらって
術のようなもので実を結ぶまでにして他の通行人にまで食わせる。
不思議な事と瓜運びの連中が気がついた時には運んでいた瓜と爺は消えて
つまりは荷であった瓜を誤魔化し盗られてしまった、という話。
この話は夢枕獏が「陰陽師」の中でも話ネタにしている。

中国で清の時代というのは1600年代から約300年位の間だから
平安京に比べたらそれ程遠い話ではない。
「聊斎志異」というのはこの頃に中国の昔話を収集編纂したものらしい。
この中に今昔物語で爺さんが道士に、瓜が梨に置き換わって内容展開筋が
まったく瓜二つという話がある。収録されたこの中国の話については
いつ頃のものだかはハッキリしないが「両者の出どこ」はどこの誰が
最初だったか分からぬけれどおそらく同じに違いないだろう。
(今昔物語として存在している以上、1200年は経過しているはずだ)

日本の昔話にはアジア圏の各地でも同類型ものが幾つか見られる。
現代では文字となってこの先も残されるだろう昔の話。
誰が思いついて語ったものかは知らないが最初に語ったその当人は
随分の場所と時間を超えてこの自分が読み知る事になるなどとは
夢にも思わなかっただったろう。
ただ、昔話とは「何とはナシに夢のある話」でもあるだろうな。

知らぬ間に広まって(しかもオリジナルの真実とは違う内容で)
一通り賑わせたら簡単に忘れられてしまう日常の社内で耳にする
「夢の無い噂話」とはエライ違いだ。
------------------------------------
もう一つ、中国 六朝時代(1600年近く前の大昔)に捜神記という中に
「神に気に入られた娘」の話がある。
神秘家列伝 其の弐(水木しげる)には明治時代に長南年恵なる女性の
話が収録されているの。両者はこれもまた非常に同質類似形のもので
明治時代の事ならソレナリに文献資料もあるのではないかと思うが
こいつについて書いてみようかと思ったらもう寝る時刻になってしまった。

さてさて明日はまた月曜日、だ。

(「長南年恵」はWikipediaにも掲載されているが記述解説は 水木しげる氏の
「作品」には遠く及ばない)

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2009年3月27日 (金)

マーキュリーはヴィーナスに なれない。

晩酌効果で思いつくまま週末の寝る前に。

おかしいな。
これは アハハハハの面白いや!じゃないの。
先週に金曜の週末だと思ったけどもうまた金曜でやんの。
んーーまあ、 時間的に一週間が経過したら
別に変でもなく当たり前なんだが。

別項の放浪過去帳で草稿をチビチビ書いていたら知らぬ間に
何週間も過ぎてしまった。実際はマカオ編だけど(コレはまだ
メモ書きから全くPCに打ち込んでいない)その前の小休止的に
書いたネタの下書きから派生して来る話で。

中世では錬金術というのに相当な時間と労力が使われたらしい。
つまりその辺のガラクタを金に変換する研究という事で
当時(現代でも)の技術力からすればそれは無駄な努力であったのは結果から
明らかなんだな。主流の方法の一つには金の元にする材質の一つは
水銀を使うそうな。=今はテルモの電子式が主流でも昔の体温計に
入っていた奴ね。うっかり割ると中から球状になってクルクル回る
T1000みたいな(BY ターミネータ2)液体状の金属。

相当昔から不思議に思っていたのは世の中の物質は何だろうと
全部同じ陽子と中性子と電子の組み合わせで出来ていて、、、
そっから出来上がった原子核の中の陽子の数で鉄とか金とか酸素とか、、、
人間世界の識別として全く違う性質のものになってしまうという事。

人間が黄金に惹かれる理由はともかく昔の錬金術師が素材として
何故、水銀に注目したのかを知りたいが当人達に直接、
聞くことは不可能だからこれは自分の中で理解できないまま終わる
疑問になるのは間違いない。
その不思議さの由縁は金と水銀は原子番号で一つ違いで単に理屈だけなら
水銀の陽子1ヶ(と電子も)を取り除けば金になるはずで。
中世に周期律表が知られていたかは知らないが錬金術師の思惑は
もしかしてマジナイの類で理不尽に世の中の因果律=物の道理=物理を
曲げるというより陽子の数を一ヶ減らす(言葉の表現は簡単でも
現代の人知だって不可能)という手段を当時ではもっともらしいやり方で
試みようとしたのだろうか?
それとも錬金術師にとっての水銀とは全くの偶然だったのだろうか?

自分は凡人だから疑問の持ったところで自分に回答を与えられない。

ニュートン、フェルミ、マクスウェル、、、自然界の法則を自ら創った
わけでなく人間とは関係ナシに自然界の仕組みを思うままから人に説明
できる理屈にしてそれが今では全ての凡人が日常生活でその恩恵を受けている。
(波動方程式の真意は学生時代に目にしてから今でも理解できないが
携帯やPCを使う事は自分でも出来る)

人が想う、という事は全くそれ自体が際限なく不思議なものよ。
同時に人が知ろうとしてもまだ知らぬ自然の仕組みというものが
随分と多くあるに違いないが知らぬだけにどの位あるものなのかも
見当がつかない。

人の営む世の中に限らず殆ど全てがわからぬ事ばかり、だ。 

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2009年3月22日 (日)

昔の曲で週末迷想

毎月毎週毎日、その気と機会があればユックリと聴くなり
BGMみたいに聞き流すという按配に世の中にある多くの曲を
聴けるのだろうがもう随分と前から流行の新曲を耳にして
「お?!」って感動する事もなくなってしまった。

なんとなくもったいないなあ、って自分でも思う。

発売後何年も経過してから聴いて印象的だったのは
古内東子、鬼塚ちひろ、(企画構成で)モニング娘のLOVE MACHINE
くらいでこんなんじゃ感動する感性そのものが乏しいってか。

BSのNEWS後にTVを傍らで放置してたら続けて放送したのが
吉田拓郎の番組で。。。
こんなのをつい見てしまうのが「時代の人間」だよなあ。

拓郎、やっぱり自分には「唇をかみしめて」だな。
あと泉谷しげるの「春夏秋冬」とか田山雅充の「春うらら」とか。
カメカメ合唱団でアルバム中に総理大臣が入ってるのは史上唯一
じゃないかと思われる田中角栄出演「今日はどうもありがとう」なんかも。
三十代以前の連中は知らない奴の方が多いんだろうな。
(平成の歌を殆ど知らない自分みたいに)

そうなると色々さがしてみたけどYOU TUBEって凄いなあ。。。
もう一つの自分にとって拓郎の曲はこれ。
聴くと懐かしいけど何かいつまでも悲しい。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=fcCp0a_zvWg

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2009年3月17日 (火)

どっか行きてェなあ。

ようやく本年になってからの珍道中=放浪過去帳をUP。
主観的な時間経過の早さは相変わらずでも早い分だけ
日常日々の密度が薄くなっているような。

何も無いままに毎日が過ぎていく感じが一層強い。
つまりは気力の低下やね。
だからこその現実逃避なのにそれすら余裕が無い。

先日の日食ツアー。各地発全部が満員御礼完売だそうな。
自分は首尾良く予約確保したものの今ならキャンセル料発生ナシ
ということで考えた結果、取り消しの方向に動いてしまった。

三日間の休みを取るのにもどこか抵抗があったし。
それよりこういうのは自分の趣味でもあるからツアーじゃなくて
自分の好きなように行けばイイやと。
韓国ソウル-中国杭州の往復手配がASIANA航空のHPでWEBだと
税、燃油手数料込みでW36万。JP¥なら¥2万6千というところ。
これは安い。数日考えた末に購入。
現地でシャングリラやハイアットくらいの宿にしたってツアーの半額。
ソウルへは特典券か7月には開港している地元空港から就航する
ソウル便を使えば結局、ツアーよりも総額は安く、しかも往路はソウルで
寄り道一泊できるし(HILTONに泊まればBLACK JACKもできるし
以前に持ち帰った現地通貨を使えば結果次第では旅費用が
タダになるかも知れないなんて迷想したり)何より休暇取得は二日間で済む。
皆既食が終わって日が満ち始めた半ばに現地を出れば夜には帰宅できるし。

旅の面白さはそれ自体が一番でも好きなように調べたり計画したり
だって楽しみというもの。

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2009年3月15日 (日)

疎になるばかり、の三月迷想

はへ? この前、週末で休んだと思ったらまた週末でもう日曜も終盤だよ。
三月は誕生月休暇だからズル休みじゃなくて堂々と休日(ズル休みでも堂々、だけど)
だったのにそれも消化して今月が半分過去の事になってしまったね。

<子供の頃と比べたら、の不思議数題>
そんなわけで先日、休む分だけ少しだけ仕事もやって、なんて思ったら
夕飯を作る時刻には遅くなっている。
帰路に食材を仕入れるのだけれど閉店や消費期限が近くなると何割引かで
売っているので4割引表示(とりあえずそれがMAX.割引)のを主題にして
購入して晩飯とする。 面倒くさいから食パン、レタスと焼いた豪州輸入牛肉を
サンドイッチにしてもう一つ、冷めたピザ。
あとは寝るだけで良い夢を見たら文句も無かったのに夜中に腹痛で
目が覚める。なんだろなあ、これ。過去にも割引三昧で購入した
晩飯を食ったら同じ事があった。生鮮食品でもないだろうしその痛さは
胃潰瘍でもなったか?って感じだったけど自分の目と手で選んだわけで
自己責任だろうが何が自分の腹と相性が悪かったのか全くワカラン。

ただ一人の「自分」なのに人から受ける評価は相手の見方によって様々なもので 
それでも共通意見として「お前は何でも食うし何を食っても大丈夫」と
言われていたのが(但しインゲン豆とフキは、、やっぱり好まない)
もうこの頃は少しの事で体調と言うか腹調を崩すようになってしまった。

最古の友人は家業が牛乳屋で小学校の時には遊びに行くと必ずその母上が
まあ一本あげるから飲んできな、って感じで御馳走になっていた。
最近は足が遠のいてしまったがそれでも以前に尋ねれば毎回昔と同じ様に
一本が一杯に変化しただけで やっぱり「まあ、飲みな」って。
今の暮らしなら晩酌ばかりが たまには昔の習慣で牛乳にするかと
500パック飲むと100%、数時間後にはトイレにいる事になる。
頭だけでなく腹の方も衰えたか?という気分はドウシヨウモナシ。
(それはともかく科学的、医学的、統計的根拠を無視して自分が思うに
この友人兄弟と言うのは自分以上に随分と体格は見事なもので自分も
同年代のオヤジ衆から較べたら恵まれていると思う。コイツは成長期に
友人宅に散々寄り道したおかげだろうな。身体は親から貰う最大の財産と
思うね。実際、体重はある程度の調整が出来たって身長はどうしようもない。
幼稚園くらいの子供がいるなら絶対に毎日牛乳を飲ませる習慣を持った方が
良いだろうな。絶対に甘味飲料の味を親が教えるべきじゃない、と。)

01

先週には大学時代の同好会で近い世代の集まりをやるというから上京する。
飲み会と言うのは理解していても地元を出発する時からいつもの習慣で
駅ビルで一本買って車中でチビチビと。この頃のツマミは当地名産のワサビ漬け。
以前に気まぐれで実家の土産にしたら何十年も知らなかったが親父の
好物だとかで喜んで泣きながら食っていやがんの。その味と言うか、質ゆえにね。
空のビール瓶を逆さにしてチュウチュウと吸ってみた時と同じく
子供の頃はこんなもののどこがウマイのか全く理解できなかった。
だけど今になるとドッチもナカナカで。味覚は年齢に関係なくそれほどの
変化をするものじゃないと思う。しかし嗜好違いはナゼだろう?
ともかくワサビ漬けと地酒をやりながら移動する。

02

新幹線での事。それ程の客もいなくて一杯やっていると近くのオッサン、
席を向かい合わせにして足を「で~ん」と投げ出してね。
昔は、、、子供時分には空いてる車内だと自分も得意になって
そんな振る舞いをしていたっけ。「大人になってから」は何か
見苦しいなって感じがしてやってませんよ。
「恥」と意識するようになったのはいつからだったろ?
まったくそうでもしなきゃ窮屈な車内と足の長さでもあるまいに、
と思うけどこのオッサン、品川で下車する時にヤッパリそのまんまの放置。
ガキみたいな真似をするんじゃねェ、だけどこういう人は普段の
生活で相手(特に目下)にものを言う時にどんな態度なんだろうか?と思う。
口のきき方は今でも自分だって偉そうに言えないが。

03

とにかく東京到着して不思議体験。
車内検札で切符をいつもの手帳の収納場所に入れて内ポケットにしまう。
到着ホームで切符を出そうとしたら無い! へっ?と思って車両に戻り
座席周りや清掃員に聞くけどヤッパリ無い。ホームの待合室で全部
ひっくり返すけど出てこない。どこいったのかなぁ、と納得できないが
会合の時刻も近くなっていたことだし「しょーがねえ。もう一回精算購入
するか」と思って窓口へ。切符を紛失するともう一度再購入することに
なるから片道で往復分は痛いやと思いつつ支払いが終わった直後に
警備員らしき人が14番ホーム階段に落ちていたと精算所に持って来る。
「あ?!」再購入で告げていたとおりの列車と座席で。。。
無事に再購入のクレジット払いは取り消しにしてもらうけどワケがワカラン。
およそ切符を無くすなんてのは初めてだけどいくら物忘れが激しくなった
とは言っても落とすまでどこに持っていたのだろう???
降車直後に無いと気が付いて階段を下りる前にさんざん探したのに。
(その時に体のどこかに引っかかっていたのだろうか?)
無事に出てきたから文句も無い。5分ぐらいロスしたけどこれは
運の戯れだと本気で思った。もしもそのままスンナリ乗り換えていたら
事件や事故に遭遇する成り行きタイミングがあったかも、なんてね。
まあ何でも+思考でイイや。

04

隣の神田で降りて須田町の交差点まで一直線に過ぎて横道に入ると
懐かしい雰囲気のソバ屋。学生時代には注文取りの姉さんが厨房に
それを伝える時にまるで和歌を詠むような風情で面白かった。
今はどうだろうか。で、そのまた近くの交差点には一層に懐かしい
焼き鳥屋が本日貸切の札をだして会場到着になる。
幹事学年が主体になっていて他の年代はそれほど大勢でなくても
随分と賑やかしく。朝から飲んで昼間も飲んで夜も十分に楽しんだ。
帰宅の途中でこのまま帰って寝たらゲロゲロだな、と久しぶりに
飲んで歩いて遠回りの近所を散歩する。
何軒か小学校時代の同級生宅の場所に覚えのある表札が出ていると
「ああ、まだ(本人か家族が)住んでるんだろうな」とこれも
何か懐かしい。何十年も経てば景観だって変化するけれど
ショボイ空き地だった場所は区有地だったのかそれなりの
公園になっている。子供の時の視点と大分違ったためか道路も
やたらと狭く見える。てか実際、近所の町名区域は車両がすれ違うのも
不可能な幅の道が多くて一方通行ばかり。「へえ~」とか無意味に
見知らぬ道となったものに感心して歩いていたら酔っているにしても
どこにいるのか分からずにすっかり迷ってしまった。面白いものだ。

05

方向は何となく掴んでいるので玉川上水か神田川に出てしまえば
それきりだけどもう少し迷い歩きを楽しもうとフラフラしてたら
老母から電話が来る。知らぬ間に午前2時近く。
駅から5分もかからない所へ二時間以上歩いていた事になる。
酔い覚ましの散歩が奏効したか快眠爆睡して昼前に起きる。
昨夜の道筋は一体どんなもんだったろうかとオヤジの自転車を
借りて辿ってみたくもなるがマアやめておこう、だ。
あれはああいう風情だから面白くて昼に見たところで興ざめ
してしまうに違いない。

06

帰路はいつもの小田急でなく湘南新宿ラインで小田原まで。
こっから乗り換えて熱海で途中下車する。何か以前より賑やかで
不景気なれば首都圏の人は休日を近場の温泉で過ごそうか、という
意図の人が多いのだろうか。自分も相当に好きな街であるから
繁盛していることにどこか嬉しさのようなものがある。
熱海は昔から「あおきの干物」が名店物みたいな気がするが
横丁に行けば掘り出し物だって見つけることができると思う。
(あおきの干物はむしろ有名になりすぎると、の例に漏れないかも)
帰る時には実家の老母が自分に誕生祝いの土産物だとかで
新潟の酒をくれる。なるほどね、親は子供の好みを知ってるってか。
帰路にチビチビ飲んで家でも途中で自分の土産にしたイカの一夜干し
で一杯やって。

07

しっかしこんな生活もこの頃は少し酒も控えるかなどと
思うようになってきた。
昨年から右脇腹に時折鈍痛があって「ここって肝臓だよなあ」と。
今週に一元化検診の結果がきて数値的には健常者の理想値みたいなもの。
しかし腎臓の体験からも数値として異常の無い内が考え時で。
こういうのは一種の結果が出てからじゃ遅いのだろうと思う。
そいつについては健康面だけの話じゃないが。

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2009年3月 5日 (木)

皆既日食

物心ついてから多分一番最初に、或いは「一番の」関心を持ったのが天文分野で。
宇宙とはそれ自体が生命であり人が察するあらゆる自然法則=因果律の源で
ずべての工学技術も結局は自然の法則を人智が探し当てた結果の一つなのだろうと。
思い続けるというのは一体、人間にどんな作用をするのか不思議なもので
現在になって仕事の受け持ちの一分野という意味ではそいつに関わる事が出来たのは
果報者であるけれど どこか隠された意識に導かれた必然の結果とも思う。

一度は直接に見たいと思っていたのがピラミッドと皆既日食。
前者はその気になって行こうと思えばどうにかなるだろうが日食は場所と時刻が
限定されているだけにナカナカ難しい。

今年は7月22日に日本国内で観測可能だそうで随分と前から注目していた。
が、どうも何か引っかかるものがあって具体的なプランに至らず。
その理由は皆既食が観望可能地域は国内だと屋久島から奄美にかけての
点在する離島範囲になる。

既に各種ツアーは満員キャンセル待ちの盛況だとか。
では自分で個人的に訪問しようとしたらどうなるか?
おそらく渡船場は徹夜組もいるだろうしいくら行列しても現地到達は
不可能に違いない。しかも限られた場所に各種ツアーが殺到する状況なら
水、食料、寝床の確保が困難だろうし第一に雰囲気と言うものがどうしようも
ないだろう。加えて仮に悪天候と言う結果になったらどうすれば良いのだ?と。

加えて、、、何よりもバカバカしいと思ったのが下調べで見た価格体系。
ひどいのになると宿どころか 学校体育館、校庭(野宿ですな)という場合で
20-40万と言う値段になっている。(星を見るならそれもいいが万一、
時節柄の台風か土砂降りだったら。。。)これはブームに乗る市場原理とか
相場理論と言えばそれまで。しかし自分の旅放浪スタイルとは全く合わない。

発想の転換。
皆既日食観望範囲を調べて見たら日本の離島だけじゃなく中国の杭州も
十分にそのエリアになっている。しかもコイツは万一に観望できない気候でも
それなりの観光地でもあるし。それじゃ コッチにするか、と。
中国直行便は高いから特典券を使おうかと思ってたら既に同じ事を
考える奴がいたのかキャンセル待ち。
仕方ないからアシアナ航空のマイレージ会員になって韓国の仁川発着で
杭州往復の予約と宿をWEB上で手配した。(この分で¥7万程度)
しかしながらキャンセル料発生前の時期でもあり この案は取り消し。

それというのも今週になって航空会社のツアーで上海、杭州日食観望ツアーと
銘打ったのが発売される。旅程表と宿の内容を見たら十分すぎる内容で
しかも価格は¥10万を切っている。ちなみに中国で他の各旅行会社か
個人で斡旋するような場所を見たら内容は半分以下の価格は倍近くだった。
これはあまりツアーを使わない自分も絶対的に買い得と判断して予約確保。
本日、今の時点で東京、名古屋発ではキャンセル待ちになっているが
Okの可能性はまだ高いだろう。関空発はまだ空席少し有り(日本どこでも
関空までの移動費用を加味しても十分、庵主的価値観から十分オススメ)
(渡航便の空席状況を調べて見たらツアー用以外の座席はかなり空いていた)

当日の天候だけはどうにもならないが法外な価格と現地の状況を予想したら
絶対的にコッチの方が間違いないと庵主の放浪感は断言。

https://www.ana.co.jp/travel/int_pkg/tabidachi/09a/china/sha0907niti/index_k.html
特典とならない特典としてコレを見て もしも申し込んで参加する人がいたら
当日の一夜は庵主が一杯、奢りましょかね(笑)

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2009年3月 1日 (日)

不定期な月末月初&週末の迷想

おっと もう三月だ。

例年なら どっかに行くか、の有給休暇の消化試合が
ここしばらく全く身動き取れない。
珍道中をいじっていて前回版をUPしようとしたら何をどうしたか
PASS WORD制限が解除できないでやんの。
あ、別に見せないつもりは無いのよ(苦笑)まあ、いいや。そのうち公開。

チョイとしたキッカケで衆議院議員 西村真悟のHPを見てみた。
http://www.n-shingo.com/profile/page12.html
ただ議員活動の動機付けとして政治信条は様々なものだから
それ自体に是非の話は無い。
ただ ハッキリとした意思を持っている姿勢は清々しい。

対比して 片山さつきのHPを較べてみた見た。
http://www.satsuki-katayama.com/
美辞麗句が過ぎるとあまりにも虚ろに思える。
国会議員がこの程度で食えるとなれば誰でも辞めたがらないのは
当然だろうが制度としての選挙とは別物で一般国民がそう簡単には
議員になれるものでは無い。

以前からネタとして少しずつ草稿を迷想しつつ調べてみたら
政治屋の事件で最も暗いのは文字どおり暗殺でリンカーンや
ケネディだけじゃなく日本でも幾つかの例がある。
自民党以前から政治と利権はSET物で多くの総理経験者が疑獄で
逮捕されている。近代だって佐藤栄作、田中角栄、福田赳夫、他。
そうまでしたって議員を降りないのは坊主や乞食の
「ウマミ」どころではない、という事でもあるな。
政治と企業利権の話は戦前からのものらしく これが戦後の「民主主義」
よりも古くから磐石の体制になっているのだから如何に世の中不景気に
なったところでそう簡単に変わるものじゃない、のだろう。

その裏に存在するだろう世界はとてもじゃないが迷想の範囲を超えている。
古くは政治家とある意味、対峙する検事の変死(石田事件)とか銭が絡む
事件ならチョイ前の松岡大臣や政治屋秘書の自殺とか。辞められない商売を
そんな形で終わりにしてしまう背景とはどんなもんだろうか?

こういうのは一庶民の空想迷想程度にしておくものだろう。
知りたくたって知らぬ方が良い事は幾らでもある。
第一に勝手に知ったつもりで誤解する方が精神衛生上
よろしくない場合も有るしね。

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