2010年2月 1日 (月)

あれれれ。。。

気にしていながら小ネタすら書き加える気力も無く2月になった。

年明けの一ヶ月ばかりの間に道楽遠征と仕事の出張が二回ずつ。
日々の案件を始末するのに加えて来週も出張で資料をこれから
編集するとなれば今週も暇無しだろうと思う。

昨日早朝に香港から羽田に戻り実家と床屋に立ち寄ったまでは
良かったのに自宅に戻る頃には鼻水と咳&喉痛が止まらずマズイな、と。

手元に食料在庫が無くなった時のために非常用保管していた
ポーク辛口C&Cカレーのレトルト。これを晩飯に。京王線の
先頭改札から小田急に抜ける横の店で5ヶ¥1000ナリで売ってるやつね。
こいつに卵落として食うのはどこのどんなカレーよりも一番好き。
家の冷蔵庫には卵が品切れで代わりにMARIE SHARP'Sの
赤ハバネロソースをぶちまけて。体調不良で味が分からないのに
出てきた汗をシャワーで流してバッファリン+を飲んで布団の中へ。
あとは頭の中を勝手に流れる何曲かの音楽にあわせて身体を
モソモソと30分ほど動かし、いつの間にか寝たものの
風呂上りの身体を拭き忘れたような寝汗で目が覚める。
水分補給で冷蔵庫から取り出した野菜ジュースを飲んで
また寝汗で目が覚めてを三回繰り返す。

元々がたいしたものではなかったのか馬鹿げたほどの発汗が
奏効したのか24時間で復活の気配。
体調はともかく身辺全般が落ち着くまではもうしばらくかかりそうだ。

<本日の一枚>
多少、口惜しい話でもあるけれど自分で一晩手間隙かけて作ったカレーより
¥200で5分のこっちの方がウマイと思ってしまう時がある。

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2009年12月31日 (木)

2009年末迷想

あともう少しの時間で2009年は終了。
洗濯の乾燥機が仕上がるまでのひとときに
コーヒーなんぞを飲みながら。
明日の今頃は実家に戻って年寄りの話を
耳にいれつつ一杯やっているのかもしれない。

暮れゆきて 月の出(いずる)を待つ際(きは)に 
先にそ映る 星華(せいか)上がらむ  by 庵主

この解釈は
今年も暮れて厳しい年だったが来年は仕事も
景気に左右されるとはいえツキに頼る気ではなく 
水際の状態からでも先に成果を上げよう。
となる。

母校で国文を教えている山本師が見たら文字のつかいが
なっとらんと怒るかも知れぬが自分としてはソコソコに
気にいっている。
なんでこんなものを一首ひねったかと言えば毎年の事で
来年度の昇給査定の為に本年の業務目標やら総合職人事考課表を
報告する事になっている。
自分自身を技術屋と思っているけれど並行して自職場の
業務に関する経費対成果の数字にも随分とこだわりを持っている。
売上げというのは製品全体の価格で表現されるから構成する個々の
受け持ち部分での成果を算出するには原価ベースになる。
目標としては人員構成比の2.5倍の成果を得る事でつまり
自分の部署が全体の4%の人数ならば目標は10%の成果になる。
売上となる利益率はそれぞれの部分で異なるので完全に一致は
しなくてもこの程度の数字になれば間接部門の食い扶持を捻出するのも
自分のワガママを通すのもどうにかなるということで。
大体、12%ほどで推移してきたその数字が今年は初めて9.58%
と目標を下回った。
受け持ち分野の主軸になってる原油の方は自動車燃料だけじゃなく化学製品や
各種産業のネタになる材料ではあるけれどこういう所に不景気を実感する。
業務目標はともかく総合職の考課というのが相変わらずどうしようもない
設問で全く様になっていない。まさしく不様というしかなく
こんなものでプロのスタイルなり器を推し量ろうとするのは被考課者に
失礼だろうが会社組織とは不思議なもので時折ある名目上の形骸化した
しきたりでも弊害が顕在化するまでは放置される例の代表だと思っている。

建前は適宜用いれば差し障りも無く世の仕組みを動かすのに役に立つ。

しかしこんなものに殊更、虚飾の美辞麗句を並べ立てたところで
バカバカしいものだと思う。身近な組織の人間は若いのから上役まで
日頃の自分を見ているわけだし月次の報告の中で(これは自分でも
真剣に考える)それが本来の評価になるだろう。
他の個人的な趣味ならともかく自分の糧にする仕事で体裁を取り繕う
ような書き方をするのがどうにも嫌で結局、考課表の自己評価欄には
詠んだ一首を記すのみ、とした。
まあ、シャレのようなものだし設問がやはり馬鹿げているだけの話。
二次考課者が役員なのか誰になるのか知った事ではないがとりあえず
提出はしたから年明けの面談で「お前は何を訳の分からんことを書くのだ」
となるか、或いは風雅を解していただけるかはその時の話で。

つまりは単に自分が体裁の為に実質を置き去りにするのを好ましく
思わぬ性分であるだけのこと。それに自分の評価は自分自身でするものだ。

櫻井よしこ、とは全てに共感するわけではないが「なるほどなあ」
と感に入る事が比較的、多くある。新潮社刊「日本が犯した七つの
大罪」で、もしもタイトルが「日本人が」となればそんなに自虐的に
なるなよと思うけれどこの場合は行政なり国策を指し示している。

民主党、この頃どうかなあ。。。と思う。
あのタバコの増税ね、 それはそれで文句ないさ。
だけど理由がね。
喫煙者の健康保護のために、だと。そうじゃないだろ。
財源のためが主題だろうに。変だね。
増税でタバコを値上げする
→その上りで喫煙者の健康維持を目的として検診体制を充実させるか
 或いは受動喫煙者を保護するために分煙化の施設設備を整備するか。
政府からしてコンナ言い訳けされると喫煙者だけじゃなく
国民の信頼を損なうと思うが。
子供手当ては所得制限が無くても良いと思う。が、手当て支給には
一律とするより必要とする家庭の比重に応じた段階的区分を設けても
良かったと思うがなあ。

民主党ではないが亀井某なる議員の天皇陛下に話をした件ね。
あれはどうかと思うぞ。そもそも、、、ソコに居る天皇陛下に
対して皇居=江戸城を権力の象徴と言うセンス自体が絶句。
偶然の同姓の人には申し訳ないが亀井という政治家には
どうしようもなく、どうしようもないという印象がある。
昔、福岡県知事で亀井光というのがいた。(当時の自分には
すでに選挙権は無かったが)建築専攻の友人から聞いた話で
県庁改築の折に建物を六角、井桁の形にソーラーシステムと
しやがったとか。つまり自分の名前を県庁の建造物にしたとか。
意匠デザインを請け負った業者も発注者もひどいなあ、と思ったっけ。
今回もね、「まったく、井の中の亀公が、、、」って感じだよ。

この迷想、大晦日らしく紅白歌合戦を観ながらポチポチと書いている。
何年ぶりだろ。前回に観たのはまだ20世紀だったような。
いつの頃からだか演歌ってのも良いなあ、って思うようになっていた。
普段、TVを見ない生活なので歌い手には疎くなるばかりだけど
アンジェラ・アキって1曲聞いただけでも好きになった。
嵐ってのはよくわからん。それゆえのオヤジでもある(笑)
こいつら30過ぎたらどんな路線で売ってくんだろうか?
うーーん、小林幸子の印象は相変わらず人間打ち上げ花火やね。
和田アキ子とか石川さゆり(実はとても好き)や北島サブちゃんね、何であれ
同じところを一筋で随分、ってのを出来る人間ってのは凄いや。

まあ、いいさね。  ほい、今年も終わり。

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2009年12月22日 (火)

それで いいのか?

民主党と今の自分。

ようやく放浪過去帳をモ一つUP。

何かしているとすぐに次の日になってしまいそうだ。

PCの調子がいよいよおかしい。

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2009年12月16日 (水)

暮れゆく今年の物思い

今年もあと二週間ほどになった。

もう頭の中でつぶやく口癖の様に、歳をとるにつれて
事有る毎に月日の過ぎ行く速さを思い浮かべれば
それだけで何とも心にしみる侘しさがある。。

路を歩くのに例えれば何かにつまずき、そのまま転ぶか
おとっと、とそいつを勢いにしてスタタタと走ることが
できるだろうか。
何事も無く一年を歩いて来たようなつもりでも最後に
「旦那、背中にケチャップが付いてまっせ」と言われ油断して
振り返った隙に上りをかすめ盗られていくようなのは嫌だな。

明日はFF13の発売日。先週にこれまた勢いで予約してしまった。
当分は暇つぶしに好適かも知れないけれどそんな暇の使い方で
良いのかという疑問もある。なんか、自分の世界を益々狭くしそうだ。
まったく時間の経過は速くなるばかりなのに動ける空間は
小さくなってしまうようで「人生のローレンツ短縮」やね。

正月にやらかした交通事故で示談は過去の迷想のとおり、夏ごろに
自分の過失割合はゼロで決着した。
人身じゃなくて物件事故限定であれば迅速処理を広告文句にしている
保険屋でもそれは予め判例タイムスのような事例集に沿った割合で
当事者が納得できる場合のみ。互いの保険屋が折り合いをつけた
過失割合に不満があれば契約者本人がどうにかしないとならない。
(こうなるとまず、保険会社はアテに出来ない)

示談交渉の資料とするために県警へ開示請求した事故報告書は
殆どが非開示とする決定だった。不服として県に審査請求した
結果の答申が本日にようやく来て一部は開示が妥当となっていたけど
内容は他の都道府県で既に示されている決り文句みたいなもので
ホントに個々具体的に検討したものかいな?と思う。
大体が半年以上要するのもバカバカしいが役所の仕事とはつまり
こんなスタイルに落ち着くのだろう。
民間の保険屋を相手にする方が実感として遥かに楽だったし
交渉術の勉強と思えば収穫でもあった。
自分が請求した開示文書でも現在では何の意味も無いから放置。
余分な手続きをしたところで自分の時間と税金の無駄だろう。

ただ少しばかり憂げた気分になるのはこれの始めは一月だったこと。
本当に一年が早い。

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2009年12月14日 (月)

本年の予定終了。

今年最後の旅道楽から帰宅。
夕刻の打ち合わせに出社しようかという気持ちも
あったけど結局、夜行便の疲れで寝床にて
午後の時間を使ってしまった。

出掛けた先では なあるほど、とか面白いな
などと感じるのは それなりにあってもそれはそれで
一つの出来事のようなもので終わるのが大半。
だけど稀に強烈な一撃の様に心に刻まれてしまう
人間に出会うのがある。
不思議な事に予め計画しようとか何か工夫を
試みたところでどうにかなる性質のもんじゃなくて
今までの極僅かな前例は全部、突然の偶然みたいなもの。
それでいて普段の生活に全く関わらないそんな相手とは
必ず幾度か再会して「旅の味」になっている。
今回はどうだろうか。いつかまた会えたら嬉しいものだが
うまく行くも行かぬもそれが縁というもので。

この今つぶし場所も丸6年。
働くために遊び、遊ぶために働き、と書いたのは
最初にネタとした一品考での話。でもこれが
つまりは最後まで自分のテーマのようなものになるだろう。
今回の旅の供では夢枕獏の陰陽師を持っていった。
そのあとがきで作者は動けなくなるまで働き、起きることが
出来なくなるまで遊ぶというようなことが書いてあった。
ふふふん、まったくなあ。

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2009年12月 6日 (日)

久しぶりに冬の迷想

選挙から3ヶ月余り。

政権交代というのは政権が交代するのだから(アタリマエか)
今までと全く違う政治、国家体制の仕組みになったって不思議じゃない。

例えばフセインやチャウシェスクが処刑されたり
或いは半島国家の総書記が失脚するとか軍事政権の後に
スーチー女史が元首になるとか。
少なくともそれくらいの出来事と同列と考えたって
間違いじゃないと思ってる。

自分にとって国会議員の編成が変わった程度位にしか
印象が薄い日本の場合はどうなんだろう。
やはり自分の感性が鈍いのだろうか?

官房機密費の話なんかもさ。
NEWSで見た範囲で国家にとっては重大な根幹作業の
予算仕分け以外に表面的に報道される部分とは少々分野が
違う方面はどうなのだろうかと。
天下り万歳状態で一体、どれだけ作られたか知らない
正体不明形態の法人組織とか、そこへの補助金とかね。

あとさ国家財政にしても国民への扶助、手当てってのは悪くないよ。
でもね半面、控除を弄繰り回して帳尻あわせをするようなのは
どうかと思う。
取られ放題の民間企業社員としては税収の事を考えるなら
むしろ脱税の厳罰化を望むがなあ。
ついでに言うと薬物犯罪についても。ただこいつの場合
どうしようもないバカ芸人(便宜上の表現で決して能ある芸能人じゃない)
が事件後も芸能(無芸能なれど)NEWSネタになるのについて世の中全般は
特別な違和感が無い様子だし。なんか甘いんじゃないかと。

先日、友人に子供が産まれ役所に名を届ける際にその文字は使えない、と
少しばかり揉めたそうな。大抵の日本人なら戸籍上の名前は漢字が
用いられている筈だ。漢字とはその文字自体にある程度、固有の意味がある。
ところが法律で人名に使える漢字というのが限定されて、それ以外には
親が子に対してどんな気持ちがあって命名しようとも許されない。
変な話だと感じたのは人名漢字とは特別の根拠は無いみたいで
それゆえに昔、子供に悪魔と本気で届けたバカ親も実際にいた。
民主党が何で夫婦別姓をやりたいのか良く理解できないが現実的には
戸籍にまつわる命名に関する法律を見直すべきじゃないかと思う。
(別に自分がこれから子孫を増やそうというつもりは全く無いが)

それから空港の話。
福岡市には特別な思い入れがある。が福岡県となると少々違ってくる。
北九州空港の滑走路拡張計画が留保となった際に、市長だか誰かが
拠点となる国際空港化に必要、などと噴飯ものの談話を出していた。
一体、あんなところを拡大して何が国際線の拠点になるものか。
周辺環境や都市形態を考えてみろ、だ。
端的に悪い意味での地元偏重意識でこんな地方政治屋ばかりだと
国会議員が少しばかり入れ替わってもなんにもならんだろう。
当県にも今年、空港が完成した。建設推進派の知事は途中で辞職という
形で後の面倒見を放棄してね。出来たものは仕方ない、作りかけだから
止められない、じゃ猿の頭でも政治は出来るということだろうか。
道路にしても欲しがる地方に対して自民党、麻生前総理はそういうのにこそ
さもしいという表現を使うべきだっただろう。なぜか?タダで何でも
整備できるなら全く何の問題も無い。
しかし「現実の費用+維持経費」対「成果」を考えればどうか、だ。

道路についてもう少し迷想するなら実情に不相応なものを建設するより
普通の地方市中道路に右折レーン&右矢印信号の設置を推進した方が
余程にマシだと思う。どんなに高速道路を作ったところで国内のどこだって
出銭ランドの様にはなれんよ。少なくとも観光事業に寄与できるなどとは
夢物語だ。それより地域住民の日常の事を考えた方が遥かに実効的だ。
それと自転車専用道路の整備だな。ロクに国土交通省を筆頭に役所は
考えていないから現在の様に歩道を自転車通行可能なんて標識が
おかしくもアタリマエになっている。
ボチボチ色々書くのも面倒になってきたがこれは趣味嗜好とは全く別に
積極的に予算を確保しても良い事業になると思う。

事業仕分けの報道を見るにつけまあ、それはそれで悪くは無いが
快哉を叫ぶほど特別、賞賛するほどの物でもない気がする。
何かその裏では予算凍結なりの対価として別の動きがあるんじゃないか
あるいは別項目で「御目こぼし」みたいなものの存在さえ疑うのだが。

ともかく自民党と民主党では違うには間違いないだろうが
その違いというのがもう一つ分からん。

<本日の一枚>
冬だねえ。12月だよ。
最近さ、酒肴はこれが多い。
生食用の殻つきのやつね。
でもね、焼くの。少々の日本酒を落としてオーブンで。
身がキューっと縮まって後は少しばかりレモンの汁。
精力補充に良いとか。しかし自分の場合はどうしたものか(苦笑)
とりあえず見た目は関係ナシに食って旨かったら
それでTHAT'S ALLの全てOK。
北海道に「かわ☆ちゃん」さんという人がいて稀に思い出した時に
料理がテーマとなっている当人の場所を訪問させていただく。
自分と同年代と推察するけど実に盛り付けから上手く作ってるんだな。
来週に本年最後の外出。来月にもう一つだけ出かけたらそれで
一年間は潜伏状態のつもり。ただ地元空港(旅には随分と航空機を
使うようになったが未だに使う予定も気分も無い)から千歳路線が
有ってかわ☆ちゃんにお会いしたのは相当昔のh社イベントだったけど
いつかはもう一度料理の話など聞いてみたいと思う。
どうも、どうやら自分が最後に行き着くところは
食い物の方面かもしれない。

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2009年11月29日 (日)

11月末の迷想

残りの1ヶ月だってそのうちに気が付いた時には
今年がもうギリギリに終わる頃合になっているはず。

そんな最近に買ったものは年賀状。
本当は自分がふと思い出した時に自然と思い浮かぶ
遠い人たちに書きたい気持ちがあるのだけれど
いつのまにか それが自分で出来なくなった。
年季節の区切りにさえこうなのだから普段は尚更の事に。
いつか呼びかけても届かぬところに皆、必ず逝き去って
しまうのになあ。自分でそれが分かっているつもりなのに。
習慣的に買ったのが もう少し後になると毎年と相変わらず
白紙のままの年賀状を手元に残す事になるのだろう。

滞っていた放浪過去帳のタイ BANGKOK編を追加。それはともかく
年末と年明けで今後の訪問場所を少しばかり予約してしまったが
これ以上、書きとどめるのかどうかも自分で分からなくなった。
来年は相当に強く考える事があって出歩くのは極力自粛しようかと
考えているものの思う事と現実の行動がやるもやらぬも
とかく不一致なだけにどうなるのだろうか。

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2009年11月26日 (木)

また暇ナシの季節

まあ、そんなわけで いずれまたそのうち。

ネタは思いつくけどね。科学技術予算の仕分けとか。

暇がなけりゃ 暇つぶしになるわきゃねェや。

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2009年11月16日 (月)

よしよし

半期に一度のイベント終了。
転移や再発の兆候は無いと説明されて
普段の場所に戻ってくるとこれこそが
無事に帰宅というやつになる。

日常は離れてたまに訪問すると尚更、九州の
食い物はウマイ。いつもの二倍は食ったような。
贅沢はしていないけれど訪問の本題を忘れて
食うのを楽しみに行った気分だ。

いつまで続けられるのか、いつか事情が変るのか
本人も知らんが半年後がとりあえず楽しみ。

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2009年11月 3日 (火)

飛び石連休の迷想

そんなわけでまあ、帰宅。
北緯38度というのは日本だと新潟のチョイ上あたりになるらしい。
そうなると本州では比較的温暖な当地から比べれば随分と
冷えるのも当然で「現地」の気候は尚更、日中なのに歩いて耳と手が
痛くなってくるような按配だった。
それより一層痛々しいのは生来の面白半分モノ好き嗜好から
しばし立ち寄った場所にて独り、眼にした風景で
これはもう今書こうとしてもどうにもまとまりがつかないし
後日の放浪過去帳で整理してからだな。
日付け変更線を越えてしまったがこれで朝になっても
もう一つ休み、ってのはありがたい。

<本日の一枚>
肉を普段、食わなくなって久しい。これは別に嫌いになったわけじゃない。
たまには、と出掛けた先で骨付きカルビってのね。
質として良いものだったけれど食い慣れないだけに腹に重いなあと。
そのせいか、あるいは辛モノが多い食事だった為か それとも朝から
晩まで水割り三昧の天罰か少しばかり帰路途中から腹痛感でね。
こういうのも随分と食さなくなった。
日常の食生活は質素なもんだが他と比べてしまうと
とんでもなく贅沢になってしまうのだなあ、と思う.。食だけじゃない。

人が生きてく場所と言うのは。。。

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2009年10月29日 (木)

どうしようもない旅前の木曜迷想

(一種の定番化したような書き出しで)
まあ、そんなわけで明後日には早朝から外出。
48時間後にどこの寝床にいるのかは全く未定で
今回は出掛けた先の成り行きまかせ。

明日の内には旅道具を揃えないといけないのが
何だか面倒になってきて、となるのも会社から戻ると
帰宅したその事だけで疲れを伴う満足感のようなものから
晩飯を作るというそれ以上の事をするのも「マア、いいや」
になってしまう。

実際、荷物を持っていくのもどこか億劫で手ぶらにするかなあ、
って感じになるとホントにそうなるのだろう。
必要なものと要らないものは現地で調達or廃棄にすりゃいいし。
万一の収納品が発生した時の為にコンビニの袋を丸めてポケットに
入れときゃどうにかなるだろう。
ただ以前にそんな感じで行ったら帰国時の税関で荷物を多く持ってる
連中よりも色々と質問されて一層に面倒なことがあった。

そんなのよりもっと面倒なのは少々の小物で例えばタバコ、携帯電話、
自宅の鍵、旅先で使わない国内通貨の小銭入れ、ティッシュに小タオルや
洗面具の類とか。こういうのは全部ポケットに入れると全く様にならない。
カードに紙幣、IDなんて本物の貴重品は手帳に入れてチャック付き
内ポケットだからどうにかなるけど。
余分な小物はウエストポーチみたいなのに入れる事になるのが
これまた片方の横腹が膨らんでもう一つ。
実際に旅の教本で示されている話だとこういう収納方法は貴重品の所在を
アピールしているようなもので好ましく無いと。自分もそう思う。
万一に旅先の市中や空港の到着口から出る時に中途半端な
犯罪者から銭を入れていると勘違いされてマークされるのも困るし。

以前どこかにかいたとおり(話は違うがこれもまた便利な言い回しで
これだけ随分と迷想も続くと実際に書いたか書かなかったかに関係なく
話の切り出しとしてはやりやすい)何かの景品の類でミシンを貰った。
面倒では有るが市販品ではないオリジナル小物を加工するには都合が良い。
今なんとなく作ってみたいのは腹回りに付けるポーチじゃなくて
ホルスタ-(脇下に拳銃を入れるようなやつね)のようなもの。
少しばかり縦長に加工すればそれほどに目立たず収納するのに都合が
良い。事実、腕と胸横の空間はそれだけの余裕が有ると思うし。

でさ、そいつについてはその前にどうしても欲しいのがあって。。。
何かというと ブラジャーね。あれはもう一つからだの横に
モノを付けるのを参考にするには適した形状だろうなと。
いや、これは単に創作意欲とか研究心からくるもので。
ただ感覚的には簡単に自分で買いに行ける代物じゃない。
店頭で見るだけだって売り場の前で観察しながらたたずむなら
周囲からの眼が痛いに違いない。
職場では一応、女性はいるけれど謙虚に「中古でいいから一つくれ」
などと言ったらとてもじゃないが「あんたバカぁ?」では済まないだろう。
それに万一、首尾良く乳手、じゃなくて入手しても独り秋の夜に
手にとって観察する自分の姿は想像するだけで自分も嫌だ。
加えて見知った人からそんなものを譲り受けたと仮定したまえ。間違いなく
本来の目的であるオリジナル小物を考えるより余分な妄想の方が前面に出るだろう。

当然、そんなものを改造して身につけようなんて意図じゃないよ。
たださ、薄手の皮革生地を裁断裁縫するにも写真や自分のイメージじゃ
身体に装着する際に形状寸法の立体的な感覚ってのがどうにも掴みきれないから
モデルが有ると便利と思うだけの話。それに常人の感覚ならば何であれ重要なんは
入れ物より中身、だよなあ。。。。おっと。

うーん、こりゃ やっぱりこの週末は手ぶらでイイヤ。

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2009年10月27日 (火)

火曜日の迷想

うーん、今回のタイトルは特別、意味なし。

度々書くけどさ、自分の携帯ね。
鳴らないんだよ。 いや、壊れているんじゃなくて
単に着信が来ないだけ。

それでも便利なもので番号表示っての?たまに電話が
来ればどこからかの番号だか表示されるし記録も残る。
この半年に実家の親は別として友人関係の4人から
何回かと言う程度でさ。

それがね、この三日間に3回も違うトコから電話が来たんだ。
全部知らない番号でさ。だから着信表示もタダの数字、
090***とか080---なんてね。
大抵の人たちは知り合いならば番号じゃなくて名前や一種の
愛称で登録して誰からなのか分かるようにしてるんじゃないかい?

自分はね、登録外の番号が表示されたら無視。
もしかして本当に知っている人間からだったとしてもね。
どうせしばらくすると留守電に切り替わるから実際に
何がしかの用事があれば一言残してくれるだろうし。
でもここ数日のやつは全部、それ以前に切れたみたい。

単に間違い電話だったかもしれないけれど もしかして
「何だろな?」でコッチから掛けてみて怪しげな商売関係だったら
迷惑だしね。 ふう、なんだか簡単に人間を信じられない
嫌な世の中だなあ。本日のNEWSだと結婚詐欺みたいなので
銭だけじゃなく命まで持っていかれちゃった哀しい話も有ったし。

単に間違い電話の類だとしたら知らん顔で放置しておけば
無駄や面倒も無くてこれはこれで良いと思うけど世間一般の人々は
こういう未知の番号着信にどう対処してるんだろうか???

<本日の一枚>
これはね、モズク酢っての。結構好きなんだな、こういうの。
あとさ、納豆とかオクラ、山芋トロロ、メカブ。何だかネバネバ系
ってのが喜んで喰うわけじゃないが食材を選ぶ時に多い気がするね。
人は自分に欠けているものを求める、なんて話を見聞きした気がする。
実生活じゃ性分として粘りみたいの無いしなあ。
「はぅ、もうダメ。これでイイヤ」って風に。
いつの間にか執着する気概をも失ったような。

この頃ね、少食傾向なのか寝る前に空腹感がある時が多いんだ。
でも時間帯から「やめとくかなあ」なんだけど時折には
どうしても何か食いたいな、と。
そういう時にコンナ小物は便利かも、と思ったんだけど。
でもね、ダメ。 一説によれば酢の物は食欲を増進させるらしい。
最近は一層のこと選別眼とか判断力ってのが悪くなってる気配濃厚だ。

まあ、腹が自然にへったと思う程度には元気よ。
で、次週は変則連休もあることだしズル休みを絡めて遠征に
してしまった。正しい選択かどうかは分からんけれど再訪の国でも
国境線近くの未踏地域と無節操行動のつもりでね。
とりあえず自分の「計画」だと2012年頃まではデタラメ活動で
あとは少しばかり静かにしようかな、と。

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2009年10月18日 (日)

今年は読書の秋、かなあ で週末迷想

そんなわけで帰宅してからしばらくの午睡の後に
本屋なんぞに。

長門裕之と南田洋子夫妻の本が目に付いて少し立ち読み。
以前に認知症になったという話をどこかで聞いた事がある。
昭和後期になるまで、あるいは有吉佐和子が恍惚の人を
発表した頃と現代では全く家族風景が違って老齢者のみの
世帯比率がおそらく増えていくだろうし油断のならぬ
話には間違いないと思うもののあまりにも問題が重すぎて
例えば自分が行政に期待する内容すら具体的に思いつかない。
これは今のところそういう世界に直接、関わるような事態に
直面していないからでもあろうが親の状況を考えたら
いずれは自分にも避けられない可能性があると思う。
その時に果たして覚悟ができるんだろうか。

親でなく自分が呆けた時にはどうだろうかと思うと
その時の日常感情や心理と言うものが想像できないだけに
これはこれで怖い。もしかして記憶とは別に思うという
機能自体を喪失してしまうのだろうか。
が、もしもそうなればそれまでの自分ってもんを
捨て去ってしまったわけでもあろうから当人そのものは
案外、御気楽なのかもしれない。だとしても嬉しくないな。
何冊か買った本の一つは 知っておきたい認知症の基本
(集英社新書 川端信也)っての。

俺ャあ 歳をとるのもいずれ死ぬのもアタリマエだと
思うからそんなのは別にどうって事は無いと思う。
日常の中でフト感じる衰えていく侘しさはあるけどね。
生命の終わりは自然の成り行きでも怯えるものがあるとすれば
そこまでの自分が自分だった頭の中身を喪失してしまうのは嫌だな。

政治家なんかはその老齢年代的に相当数の割合で痴呆的愚政策ってのを
やりたがるのがいても不思議ではないが前出の購入した本に
よると痴呆、じゃなかった、現代用語で認知症による脳機能障害の
結果として意欲の減退というのが有るらしい。
政治家の場合は一部あれだけ利益や権力に固執しているような
様子があるならばボケ防止になっているのかも知れない。
反面、選挙毎に公約とは違う演説で投票者ウケするような話が
「忘れられたように」実現していない気がするし。

<本日の一枚>
だから、この週末は留守にしていたのだけれど
普段は出掛けた先で見知らぬ他人を写す事はありえない。
でもまあ、カジノ入口で広告案内活動をしていた娘さん。
他の通行人は耳を貸すこともなく通り過ぎるばかり。呼び込みに
少々応えてあげないと可哀想かなと親切心で話し掛ける。(ウソかも)
ちゅうか旅先の美術館巡り等で目にしたものを良いと思う感性を
大切にしたい自分としては絵画に描かれたような腰上の細さと
その上下の曲線バランス造形美に軽い衝撃を受けてしまったのね。(これはホント)
幸いな事に拙い英語が通じた上に勢いで言った軽口にも
腰を屈め加減にして笑ってくれる。と、打ち解けたところで記念に。
なるほど感動や意欲ってのは大事だろうが自分の行く末は色ボケ爺だろうか?

Ansh

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良し良し、の週末迷想

朝帰りで無事に生活場所に戻る。
最終日は帰着の移動時間で時間を使うことを考えれば
休み一杯ギリギリに使うよりこんな日程の方が楽だ。
訪問先としては随分と回を重ねているものの
今回はコリャ初めて、という面白場面が随所にあった。
なんだか久しぶりに十分すぎるくらいの満足感だよ。

予定的には一区切りのつもりだったけど実際には
他の動き出した案件を全部放擲しての週末だったから
明日からが無事で済まないのだろうなあ、と確定的な予感。
まあ、それでも道楽しつつ自分を引き絞るってね。

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2009年10月14日 (水)

身辺バタバタ

先月で手持ち課題が一区切りになったはずなのにどういうTIMINGだか
別案件が途切れも無くやって来る。

これは放置ネタでも書いてそのままだからいつか同じ事を繰り返すだろうが
そもそもが会社と言うか民間企業は社員一個人に対して「あなたのために
コンナ商売を準備しました」なんてことは絶対にない。
継続的繁栄の為に収益を確保して事業を成す為の手段として人材が
必要なのである。だから人材確保のために社員採用をすることになる。
ただそれを実行される人間=社員の側が生業に対して何の意識も無く
結果としての報酬のみのために働くとしたらこれ程に空しい事は無い。
職業観としてどれだけのものがあるかという点では自分自身で
相当なプロだと思っている。逆にそれくらいに好きで無いと
民間企業の一社員だって何十年もやっていけない世界である。

ではそれの真髄はどこにあるのかというと結局のところ自分の
スタイルを身につけて崩すことなく保持する事に尽きる。
会社の為とか利益の為だとか、あるいは私的な世界で生活の為なんて
思ってると絶対に仕事の中に存在すべき自身に対する価値観が埋没する。
アマチュアはそれもアリなんだよ。一発勝負で評価されようとか
トーナメントで負けたらオシマイとかならね。これは微分的なものだ。
プロは違う。つまりは引退=定年か退職するまでの長い間にどれだけの
結果を遺せるか、だろう。いわば積分的でもある。
当然、その間には凡退や失策が生じても不思議ではないし必要な
経験だとさえ思う。

プロとしてのスタイルとは矜持とも表現できるが唯我独尊とも書ける。

だから時として風当たりも強ければ、こちらの説明力不足以上に
不条理な相手方の思考力不足につきあわなければならぬ場面もある。
例えば設計なり仕様規格を論ずる場合でも大抵の場合、具体的な
検証の前提となる条件が抜けていたり設計者の着眼点や発想への
考察がないままの抽象論に始終したり。

会社というFIELDの中で全体の目標となる業績と、それとは別に
職業観とも言うべき自分の意識やスタイルが異色のものでも
方向性が一致しているなら結果というものは組織と個人に対して
共に勝手についてくるものだろうと思う。
そうでなければプロとして働く上で(そんな意識を持ちながら、ならば)
単純な幸福感だってありゃしないだろう。

それゆえに今の派遣業とか業務請負という製造業のシステムは
結局のところ雇用(つまりは失業と裏腹)の問題を内包しつつ
どうにも難しいところまで来てしまったのかもしれない。
が、これは雇用する企業だけでなく働く個人にも本当のところは
要因がある問題でもあると思う。

ともかく、だ。最近の状況からスッキリしない感じだけど
明日は半分で終了して別場面への展開。
これもまた自分の一つのスタイル、と どうにも今回は言い切れず
後ろめたい感じがどこかに。

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2009年10月 7日 (水)

一休み継続

んんーーー、この頃の気分そのままに更新停滞中。

一応ね、思い浮かぶ事を自分で そいつについて
も一つ深いとこまで考えてみれば結局のところ 
あいもかわらず思った事の保留ネタってのは
これで「言って聞きあう相手」がいるのなら小中学校の
小僧が下校時に悪童仲間と連れ従れに他愛も無い戯言で
笑いながら歩くのと似た様なもんだ。
(浦沢直樹はそういう情景を上手く描いたものだと思う)
ただ現実には独りだけの物思いだから何とも間抜なことが
浮かんでは消えての繰り返し。

この頃は(主に男性に)肉食系だの草食系って比喩的な
分類を使うのもあるらしい。 下らんなあ。
青魚を好んで喰う自分は無理矢理に区別するなら魚食系
だろうがそういう分類もまた有るようで何だか妙に生臭い感じがする。
便乗するなら自分の場合は干物になったもんかもしれないが
一つネタがあれば派生してそういう分類も使われている様子。
何か勝手に枠組みを作らないと落ち着かないのかどうか
いいかげんにしやがれ、だ。

悪ガキ共がもう何年か後になってから見ればいい大人の真似事をして
大人は子供じみた流行の綾に喜んで、だ。

こいつはもう世間全体の中で随分なところが自分以上に
退屈しているのかも知れねえなあ。

<本日の一枚> 

この時季の青魚は秋刀魚だね。 大根とセットで買って。
普通の晩飯でも十分な味覚的価値がある。
これをね、もう随分とやってないけど七輪と炭を車に乗せて
星空の下で誰もいない山中に車からCDの好きな曲ガンガン鳴らして
(そうしないと静かに天空の光を楽しんでフト横を見たら
熊さんが座ってましたって状況はマズイと思う)
喰うってのも夜の趣を味わうには面白いんだな。
常識的には変だが秋刀魚でキャンプファイヤー!って。
とりあえず自宅の台所で焼いても十分にウマイ。
あえて言うなら「旬食系」だぜ!ってな。
ざまあみやがれ。この言葉はYAHOO!の検索では他にHIT無し。
と、書きながら自分だって世の流れに乗せられてるわけか。

秋刀魚がもしも春先のもので名も春刀魚だったら何とはなく
ナマクラな語感が否めないがヤッパリ今のもの、だな。
それにしても秋刀魚については随分前に迷想ネタにした
北海道のうめさんが送ってくれた奴と比べたら当地でいくら
銭払ってもアレ以上のものに会うことができない。
何に限らず情の微妙を理解できぬ人には到底、分からぬ話だろうが
物事の価値は目の前に映る現物以上に、その背景にある心持が
決定的なのだろう。
さてと、来週は少しばかり厭世詩家になりつつあるこの頃から
転換を図るためにも遠征しようか、の展開。来月は定期訪問で
九州とくれば長崎あたりに寄り道して何を食ってやろうか、だ。

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2009年9月19日 (土)

迷想去来ス 白雲ノ如ク

見上げれば 青い空。
頭の中も空になる。
秋だねえ。

今週はズル休みじゃなくてもまた三連休だよ。
世間は5連休らしいけど。
少しはネタの整理が出来るかなあ。

本日初めて知ったのは予定から随分と遅れて
マグリット美術館が今年の六月にOPENしたらしい。

こりゃマズイな、と思うのは間違いなくいずれその内
ベルギーに行く事になるだろう。
この一年、八月以外は毎月遠征してたけど世間の休みに
合わせて出かけるのは心理的に不可能だったから実際は暇の
都合でアジア圏ばかり。一回の睡眠時間を超えるFLIGHTは苦痛だし。
旅道楽の四要素(非公開)と言う点で中国、韓国、タイに
シンガポールはいずれも失格で、ハワイ、英米国本土やオセアニアもダメ。
かろうじてマカオが合格するかもしれないが香港も落第。
しかし中、北欧に近い地域はカナリイイ線を行っている。

日程的にあと二年以上先の永年勤続表彰休暇ってのまで待たないと
ダメかもしれないが知ってしまった以上、あるいは違う展開が有る予感。
旅の締めくくりとするにはこいつが丁度良い題材だけど
それまで自分が庵主でいられるかの方が問題かもしれない。

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2009年9月14日 (月)

帰宅後に迷想

昼過ぎに日常空間へ復帰。
行ってみたなら面白い、行けば行くほど新発見って
場所は確かに在る。
暇、銭、体力が不十分な今くらいが丁度良いのかもしれない。
もう10か15若いうちにこんな事していたら
自分の性分からとんでもない事になっただろう。

インフルエンザは流行しているのだろうか。
帰路で隣席のマスク顔したオッサン、クシャミ連発で
自分に影響あるかどうかは来週にもなればわかるはず。

乱雑でも自室の窓をあければ涼さ染込む風の流れが心地良い。
春夏秋冬ってのは

とここまで書いて夕刻前に寝てしまった。
習慣からかこの頃の睡眠時間と同じ程度経過してから
目が覚める。
宿のプールサイドでゴロゴロした時は日光を背にして
いたのに体の所々が生焼けハムのような色に日焼けしてヒリヒリ。
それから部分的に筋肉痛。
自分の場合は無駄に寝た分だけバカになる、という気がする。
今週はそいつが1.5倍進行したみたいな感じだ。
頭脳と身体の能力衰退に日常の自覚が追従していかないのが哀れだなあ。

春夏秋冬ね。日本の恵みであることには間違いないと思う。
今年の秋は何の秋になるのか。

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2009年9月12日 (土)

とりあえず出発

旅の儀式で成田にて朝から一杯やりつつ。
昨夜は前泊の名古屋で少し飲みすぎた感じなのに
結局、こうなってしまう。
ただ、この夏以降はいわゆる休肝日ということで
48 or 72時間晩酌ナシと言う週が続いている。
悪いことじゃないだろうがその分、以前のつもりで
飲んだ時の反動が大きい気がする。
経時的な体力の低衰があるにしたってそれでも
以前の生活内容に比べたらマシというもんだ。

乗り継ぎ機内で読んだ新聞だと台湾の前総統が
収賄と資金洗浄の罪で無期懲役判決になったとか。
殺人でも無期懲役が「アタリマエ」でもない日本からしたら
台湾国家がこの犯罪を憎み、重罪が総統でも相当という事になるのだろう。
国によっては麻薬の持ち込みや国家への体制批判で
死刑になる場合もある。
国内で死刑以外の選択肢がない外患誘致罪が一度も
生じたことがないくらい日本の国民生活は海外諸国から
比べたら平和なのだろうが犯罪に対する刑罰観は
その国の一種、国民性に加えて政府の体制とか感覚というのが
関係しているかもしれない。
ともかく日本は世界の中でも犯罪者に対しては正体不明の
人権主義というのとは全く切り離してもかなり甘いと思う。

もっとも、日本で収賄、脱税、不法な政治銭の類を台湾並みに
重罰化したら役人や政治家が刑務所常連になってしまうのだろうな。
立法、行政の姿勢が量刑に反映するとしたらこれは実体の無い抽象的な
感想であるけれど「日本のスタイル=自民党的」という気がする。

ともかく自分は骨休め。骨どころか関節の具合だって万全ではないが
さあて、今から合法的にどんな悪遊びをしてやろうか、だ。

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2009年9月 7日 (月)

有朋自遠方来 不亦楽

そう以前でもない休日は夕刻から午睡するのが習慣になっていたのが
この夏に気がついたひとつに日中も起きていること。心身の状態は
悪くないという事だろうか。その分、夜更かし&寝坊になってしまった。

朝に携帯が振動している様子に目が開いてしばらくしてから何事かと
寝床から見れば着信と留守電記録。
いつもは鳴らない電話の何が嫌かというと最初に親族の訃報でも
来たんかいなと自然に思ってしまう。
これは自分の親も含めて候補者数が十分なだけに仕方ない。

その正体は前回、三年程前に会った福岡時代からの変人旧友で
東名高速を走行中だという話から地元P.A.で合流して再会。
軽い朝飯とコーヒーで二時間以上の雑談となってしまった。

彼の縁故地だそうな松阪に向かう姿を見送った後で少しばかり昔へ
意識を向けたら出てくる、出てくる。
結局、生涯に残る自分の趣味嗜好の随分多くが彼から教えて
もらったようなもんだ。
ただ若い頃に奴の場合、いわゆる彼女というのが多かった様子だったが
これだけは自分に全く縁が無かったな。別にモテなかったと
言うんじゃなくて野郎共と遊ぶが面白くて忙しかっただけだと思う。
女子高の生徒から封書貰ったり後輩の女の子が突然家に来たりとか
あったけど「ふ~ん、、、」だったっけ。今思い出すと実に惜しい。
そんな彼も奥方様を四年前に手遅れの病で亡くし子供さん二人を
育てて偉いものだなあ、と感心する。

一体なんで「他人は他人」の自分に中学二年の時、名古屋から
転校して来たというこいつが色々と影響を与えてくれたんだろうか。
現在の自分が趣味道楽の筆頭とするのは現実逃避の旅姿、であるけど
本当の所は乗らなくなった現在でも「自転車」だと思っている。これも彼から。
翌春休みに二人でツール・ド・九州をやろうと長崎以外の各県を
走破企画をした。初日に日田、最終日は水前寺のユースホステル以外は
成り行きとして阿蘇の農家?に偶然の縁から一泊を世話になり、宮崎の
青島海岸でスパーカブで旅行中という二人組みの兄さん達と野宿。
霧島のドライブインでは物置小屋の宿と飯を世話になった対価に皿洗いの
手伝いして¥500を旅の軍資金にもらい、人吉で目にした竹林の中に
たたずむ古風な旅館に押しかけて中坊の無知と厚かましさから庭に寝かせてくれ
とデタラメ言ったら女将さんが「あんたたち、家出してきたの?」
っていうもんだから話を通したところ破格の値段で素泊まりさせてくれたりで。
(実際、旅の後半で小銭しかなかったような)

思うがままに書いて「ん?」と思い出したらやっぱり放浪過去帳の
壱岐編に奴の事を遺してある。迷想の方にも三年前の事が少し。
ネタにしなかった能古島砂浜野宿&夜間海水浴なんてのもあったっけ。
つまり俺は俺で俺だから俺なのだ、と自分の事だと思ってみたところで
結局は知らない内に誰かから受けるものが相当にあるんだろうな。
常々思う一つの人間全て運と縁、ってのは多分、どっかそういう部分が
かなり絡んでいる気がする。

今の自身に問題が在るなら普段の生活でそれほどの感銘を受ける機会が
無いのは周囲との人間関係の問題なのか自分の感性が鈍っているのか。

<本日の一枚>
付いてた苔も枯れた石。
阿蘇の噴火から生まれたのだろう他人には無価値な軽石。
旅先で良い知己を得られるならそれは面白い、と思う原点。
今回に写したという事は中学時代から東京の大学時代も、転居を重ねて
四ケ所目の当地でもずっと自分の傍らに有った事になる。

以前の迷想に記した気もするがいつの事だか忘れたし書いてないかもしれない。

寝場所をどこにするかと話ながら自転車の灯火しか明るさが無い阿蘇高森から
外輪山を越えた日没後の山中で人影を見て話し掛けたのがキッカケだった。
5分ばかり前後にずれていたらこんな展開にはならなかったはず。
反面、何にしろ偶然というのが良い方ばかりに作用しない場合は怖いものだ。
宿、飯、風呂の三点セットを世話になり翌朝の出発時に物珍しさから庭に
転がっていたのを譲り受ける。

勤続15年目のリフレッシュ休暇で旅の目的はこの家に改めて礼に伺う事だった。
記憶の頼りは家の前に木郷という名のバス停があったことだけ。
何となく面影残る場所で車を停めて傍らのオバサンに当時の風情を尋ねたら
当時は農家の嫁風だったその人で忘れる事無く当時を思い出していただけた。
用意した土産の品を渡せば夜道でボロ乞食のような二人連れ道中の小僧に遭遇
した時の感想や親から後日礼状と一品が来たという話を伺う。自分は忘れていたし
そんな事は知らなかった。そういう事だったのか翌年の正月に阿蘇の風景が白黒で
印刷された年賀状を頂いてありがたい言葉が書いてあったのは記憶していた。
「よくぞまあ こんな峠の一軒家に訪問いただいて」と連絡の術も無かったから
突然の再訪でありながら昼飯を恐縮しつつありがたく頂く事になる。
時が経ってもホントに集落と言うにはあまりにも寂しく開発とは無縁という場所だった。
ただ日本の豊かさとは全部が全部、広い道路やダム、空港を作り新幹線を
走らせる事では無いと思う。箱モノ、土木モノ、銭ばかりの豊かさばかり
広げようとすると「素朴」とか「ふれあい」なんてありきたりの陳腐な表現じゃ
形容できない全く別の価値観が二者択一のように絶対、失われる気がするなあ。
どっちでもいい、じゃなくて都会の雑踏とは異質の場所では十分に意味のある
何かがね。もしも自民党が失政だとするなら、日本どこでも同じ様にTVに
映る世界のように均一化しようとした所も少しはあるんじゃないだろか。
地方の一部もそんなのを望む部分があったとして。
場所、地域の違いを示す尺度を使う結果に時として用いられる「格差」という
表現自体が正解だったのかなあ。

再会した変人旧友が「なあ、また二人で旅にでもでるか」などと口にする。
御遍路さんをやってみたい、と言うが亡くなられた奥方様の事がどこかに
あるのだろうか、そう思うと脈絡も無く「俺たちゃあ、どう生きたって
結局、こんなもんだよなあ」という気がしてくる。 こんなもん、というのが
具体的にどんなものだか分からなくても、やはり「こんなもん」なのだ。
強烈な誘惑だけど今の日本で何が困るかって こんなオヤジコンビが下手に
郷愁で野宿でもしようものなら純粋宿無しと勘違いされて襲われる可能性が
否定できない事で。随分と悪童ではあったけれど他人に危害を加える
刑法犯になるような暴力沙汰は嫌だったな。

奇縁の知己となった一人、西の姫様から先日に誕生日大全なる書の話を
伺い本屋で立ち読みすれば自分のKEY WORDの一つは「旅」だと。
それから「先送り主義」だとか。苦笑するとはこういうもんだ。
どうであれ自分の行く末なんか自分にだって分かるもんじゃない。
あの峠の一軒家はどうなったのだろう。

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2009年8月29日 (土)

さあて 夜更かし夜更かし

特に何が、じゃないけど 嬉しいのはただ金曜の夜に家にいることが。
もうホッとするよ。今週も終わった、って。
一週間が終わって喜んでるくらいなら自分自身が終わっちゃたら
どうすんだろ?って感じだな。ははは。

今宵も日付け変更線を越えたから明日の話になる。選挙ね。
コリャもう、日曜夜はTV見ながら夜更かし確定だろう。
この頃は公約とでも言えばイイのに何でも横文字を使いやがんの。
内容を語感で誤魔化している気がしないでもない。
党の宣伝的「魔乳増えスト」(公約という意味だろう言葉を
入力したらPC所有者並の間抜変換だけどよく分からん不気味さと
言う点で共通性があるから まあ、いいや)じゃなくて
議員自身の世界観をもう少し有権者に知らしめて欲しいが
候補者のHP見たら結局は美辞麗句の個人広告みたいなもんだし。
爺婆の集会に来賓で出席して挨拶しました、なんて訳の分からん
活動とかさ。元総理の子供連とはウマク言ったもので
ガキの使い並のような印象以上のものは無いし。
文句言いたい人も居るだろうが丁度、地元で明日の候補者が
そのひとつで(ひとり、じゃないよ)実際そう思うもん。
アンタはそれじゃこの四年間に何をしてきたかね?だ。

いずれにしても結果は48時間後、ってか。

<本日の一枚>
個人的に直接、庵主を知らない人でもこの場所全体のリピータに
なれば(いるのか?(苦笑))何となく理解していただける
趣味嗜好というのに気がついてもらえるかなァ。
なんかね、絵画の類を観るのが好きだと思うのよ。
理由は自分でも知らないし別に、見て楽しむのは美術、芸術名画の
類に限らずでも。ふふ、うふふふ。
どうもね、 ○○館ってのに一種の刷り込まれた感じがするな。
字を読めるようになって最初に自分が読んだのは福音館書店の
「いやいやえん」。漫画はマガジンよりサンデーの小学館。
今でも全部憶えてる高校の歌は校歌じゃなく館歌だし
道楽で出かける目的が美術館や博物館とかね。
あるいは旅先で予定外に遭遇したそんな施設へやっぱり
フラフラと吸い込まれたり。えーと、秘宝館テノは最近、
目にしてないけどまだ存在してるんだろか?

あれさ、ただ目にするだけの絵も有るけど「イイナア~」って
思うやつは自分の中で解説や感想も何も無くって ただ
「イイナア」って染込むような感覚なんだよ。
こう書いたけど本当は文字にならない不思議な感じなんだよね。
ホンワカしたのとは違う電撃的に頭にビシっと、しかも優しく
来る時もあるの。よくわかんないんだけどね。

月並みだけどゴッホやルノワール、レンブラントも好きよ。
それ以外のも日本画も。でもね、どういうわけかルネ・マグリットに
行っちゃうんだね、最後は。だから理由は自分でも知らないって。

そんなわけでまあ、日常は画像や写真の類を見るには見るが
最初にこれを目にした時に「え”?」って随分な衝撃だった。
ある!一目惚れとは何にでもある。無防備なままに一撃喰らった。
いつもは自分で適当に写したネタを使うのだけど今回は
例外的に一度だけオリジナルじゃないのを転載させていただく。
まあね、今まで色々下らん記録を残したのが、今までに無い
それだけ自分にとっては唯一の例外価値として定番の画像に付ける
一言も無し。

だから実際の撮影者は自分じゃなくて、んー、、、この自場所では
便宜上(?)「しーちゃん」と呼ばせていただきますが強引に
転載する事を御願いしたもの、であります。

(ここへ無理に転載したものでオリジナルの雰囲気が上手く残せないのが惜しいけど)

夏の風景だろうけど。青空の中に乗り重なった雲。
そいつを木々の緑が指を広げて両方から抱いている。
下にある石の様なのは何だろか。

吸い込まれるくらいの衝撃の理由を付けるならマグリットそのものなんだ。
もう40年も前にこの世で描かなくなった彼が見たらこいつを
ヒントにもう一つ作品を遺したかもしれないって思うくらい。
マグリットのモチーフには青空と雲、木と無機質な石ばかりだけど
これ、もしも地面だけが夜だったらもう一つの「光の帝国」だろうな。

自分にとって何とか理由をつけてみても、本当に凄いのは
こういう写真を撮れる感覚だと思う。いいなあ。
多分、もしも今の自分が同じ風景を見たところで何も気がつかずに
通り過ぎてその日が終わるんだろう。

そうだなあ、今回はオチもつけられるわけもないが。
同じものを見て美(陳腐な表現だけど)と思うか、思わないか
それは人それぞれの話。
今の日本国で明日に選ぶ人と選ばれる人は何を見て何を思うのだろか。
さあて投票、だな。

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2009年8月25日 (火)

晩夏の迷想

とりあえず頭の中に浮かんだ事をネタに書こうかと思ったら
色々出てきて夜更かし不可避になってしまうだろうからヤメ。

しっかし、一体、今の自分は何でまたこうなったんだろ?と思う。
これは悪い意味ではない。
後から浮かぶ空想の世界では多くの現実的な可能性が有ったろうに。
例えばアノ頃にもう少し勉強していたら、アレについてはもう少し
積極的だったら、あるいはアッチを選んでいたなら、なんてね。
そうしたらこうなっていたかも知れんと物事が思い浮かんだとしても
その思った仮想結果のそのまた将来がどうなるかなんて想像できないし
全く非現実の世界だから真剣に考えるほどの価値は無し。

無意識のうちに運命の分岐点をどちらかに選んだか、運と縁の歯車を
回し回されての結果が現実の現在でも辿ってきた経路から「今」は
相当上出来部類だと主観的に思っている。
(客観的にどうか?は自分が考えることじゃない)

不思議なものだなあ。人を導くものってなんだろか。

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2009年8月23日 (日)

逝く夏の週末迷想

自分の会社は土地柄か自宅で農産物を楽しむ人が多くて
こちらの独り暮らし食事情というのを察してくれるのか
時折に頂き物をする。野菜とか漬物の類でこれがありがたい。
職場のおかみさんが週末に庭で作ったというゴーヤをくれる。

1

特別、好きというほどのものじゃなかったから特に調べる事も
しなかったが沖縄の植物という感じでニガウリの仲間らしい。
薄くCの字に切って種とスポンジ状の中身を包丁で落し
豚肉&舞茸と一緒に胡麻油炒めに。
苦い。しかし、ありがたや。味のわりには腹具合が良い。
実際にそんな効果があるのか知らんがこの苦さから一種の
薬を思わせる暗示にかかったのだろうか。
残りは更に薄切りにして豚肉とゴーヤのコンソメスープ。
本来はキュウリを使うけど似た物でもあるしやってみたら悪くない。

3

毎年自宅の窓から見ている花火大会。
今回は入社した時から仕事上の付き合い以上に世話になっている
バンド親方の会社でBBQやりながら花火見物はどうか?の誘いを貰う。

2

社員の一人に中国から来ている人がいて以前に話を聞いた
自家製の酒を持って来るというからこいつを楽しみに。
密造酒の類じゃなく一般家庭が季節に梅酒を造るのと同じ感覚だね。
なんとなく中国で飲んだ白酒(パイチュウ。透明でウヲッカに
近い雰囲気だけど別物)の風味で実に「場」に合う。
週末にチビッとやるつもりで残った分を頂いてきたが
結局、その夜に空けてしまった。。。

4

好き嫌い、人見知りの激しい自分がいつも思うのは仕事は人柄
だよなあ、と。 誘いをくれた親方や同じ会社の中でも
「なるほど」という人は知識とか技術とか経験なんか関係無に
そういうところが違う。徳のある人は必要なものが
後から勝手に集まってくるのかもしれないなどと思う。

派遣の話、本日は終戦後にソ連が日本人をシベリアへ抑留する事を
決定した日であった話、なんてのもネタに下書きしたけど没ネタ。

八月残り一週間。 今年の夏も終わったなあ。始まらないうちに。

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2009年8月20日 (木)

選挙? しかし特に主題無し

NEWSの類だってそうなんだけど世に流される情報ってのは必ずしも
物事の本物の部分を正しく伝えているかというと相当に怪しい方が
多いんだろうなあ、って思うわけよ。身近な噂話だけじゃなく
メディアの様にそいつで商売している連中の場合は尚更にね。
どっかしら誇張や歪曲した演出があったりして。
史上最大のマヤカシ情報としては大本営帝国陸海軍発表だろうな。

「現場」で自分の眼や耳で入力したのを自分の感性で判断できれば
文句無いだろうが人はなかなか興味の場に居合わせるというのは
難しい。だからこそ情報商売というのが存在し得るのだし野次馬
根性とは直接に知ろうとする「人の本能的欲求」に由来するんだろうな。
何にせよ情報自体は人為的に伝播する一種のネタのようなもので
それ自体に普遍的な価値があるんじゃなくて意味なり、内容の重さは
全て受け手が決める事になると思うわけよ。
だからガセ物を掴まされて本気にすると混乱迷惑ってことになる。
振込み手法を使った詐欺もこいつの一例になるかも知れん。

だからNEWSの類はどれほどアテになるか分からんのだけどこの頃、
選挙時期が近くなるにつれ自分の中ではどうも民主党の不明さと
いうのを感じてならない。日の丸で党旗を作ったって話な。
鳩山兄のコメントがホントだとしたらこういう政党を盲信するのは
危ういなあ、と。それなら自民党はどうかというと論外でこれは
戦後に江戸時代をうまく再現していると思う。年貢を納める側は
活かさず殺さず。そういう庶民の不満と眼を誤魔化しつつ旨みと
絞りカスを配分する領域を磐石の体制で区分けしている。
民主党は亡国の政策、自民は三代限りの繁盛で破産のツケを未来に後払い。
(世代=ジェネレーションとは本来、30年を区切りとするそうで
そうだとすれば2030年頃が破綻の年となるか?)
個人的には改革クラブが好きなのだが、さて月末はどうしたものか。

昭和40年代だったと思うがTVの普及に伴い「一億総白痴化」と
言われた時があった。今では白痴というのは差別として死語に
なったらしい。じゃあ白痴となった我ら世代の子供達はどうか?(笑)
その自分らが二十世紀少年だった頃、TVで夏休期間中は昼前から
「子供向け番組時間帯」ってのが在ったんだよ。
毎夏、再放送ばかりで宇宙家族ロビンソンとかバットマン、スーパーマン
あるいは、じゃじゃ馬億万長者とか。わんぱく大将なんてのも
あったな。ナゼか全部、実写物アメリカ番組で。もしかしたら「終戦後の名残」
という奴だったかもしれない。
わんぱく大将は40年近く前に一度見たきりでも強烈に憶えているのは
大陸横断鉄道だったかの貨車の下でハンモックを釣って本を読みながら
旅の移動をする場面。それから常連出演者の黒人女の子が何かの拍子で爆発(!)
して顔中ススだらけになり髪がリボンを付けたままヒマワリの花のように
広がって映るところ。同じ様なオチはアニメのトムとジェリーでも何回か
出てくるが子供心にこのギャグのミソは黒人が演じている点にあると思った。
今では人種差別に通じるらしく公共放送で再見は不可能だろうがそういう
「差別」が笑いの元になった時代もあったんだな。

当時、いやいや今になっても唯一、アメリカ的番組内容と思うのは
巨泉前武ゲバゲバ90分で短編連発の内容は現代で時々目にする三文芸能人の
いわゆるバラエティ番組とは全く発想や構成が違っていたと思う。
それは時代背景の違いでもあるから白痴二世の視聴者にウケるかどうか
分からんが機会があれば自分はもう一度見てみたい。
その平成版ゲバゲバ90分で、いかにもありそうなネタとしては
女性患者と医者の会話で、ん~、この場合に医者役は「いかりや長介」だな。
患者「かぜ、ひいたみたいです」
医者「じゃあ薬をだしますね」
患者「あ、ワタシ薬はダメなんです」
医者「。。。」
患者「のむと取り乱して何日か行方不明になっちゃうし」
医者「んんん じゃっ まあ なるべく風邪を引かないように」
患者「う”、う”反省してます。。。(涙)」
医者「ダメだ、こりゃ」
患者(オチとして医者に背を向け舌を出して笑う)
患者役は あの酒井さんしかないだろうがTVでは「ワカメちゃん」みたいな
短髪で黒髪の護送報道だった。毛髪検査を想定して切り髪と測定精度の攪乱を
意図した黒髪への重ね染めだったとしたら準備万端、用意周到でたいしたものだ。
が、今後の出演は一般人の目に触れぬ裏舞台で勝手にすればヨロシ、だな。

五木寛之はしばらく前の世相を作品中で風刺的に「政治のせい」としていた。
サザエさんの長谷川町子も本来はギャグ漫画中で「政治の貧困」のセリフ。
昨今はテロ対策が世界各国の課題で自由主義陣営の共通問題でもあると思う。
が、日本はやってはいけないはずの失策を現実にやっている。
だからどんな大義名分を言ったところで世界他国からは信頼回復が難しいだろうし
敵対立場(例えば国民を自国内で拉致されてしまった相手)からは
相当になめられていると思う。
これはダッカ空港のハイジャック事件の話だけど福田内閣での超法規的措置と
いう名目で法治国家がその矜持を自分から放棄したのは。。。
自民党の体質がここに象徴されていると思う。では民主党なら?
やはり自票を投じるに値しない。田中真紀子は何となくミャンマーの
スーチー女史と重なる部分を感じるけれどどこか違う。

難しい。実に難しい判じ物だ。

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2009年8月19日 (水)

時差ボケ

先週夏休期間中は例外無しの夜更かし寝坊生活で
二時、三時過ぎに寝て九時十時過ぎに起きるの
毎日だったから今週は生活メロディが随分と不協和音。

ようやく今宵は早寝ができるかもしれない。

疲れた。

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2009年8月16日 (日)

夏休の反省

何かにつけ幾度となく想って書くのは終わってしまった
物事は長いようでいても思い出す時間は少しだけのことで。
そいつは断片的で記憶の奥から不意に出てきたやつを
もう一度頭の中でナメてみてもウマミがあるとは限らぬ。
「後味の悪い」のも表面的な意識とは関係なく無造作に
出てくる場合だってある。

一週間チョイの夏休みもこれでオシマイ。
イベントとしては先輩宅の麻雀だけだったなあ。
惰性のように続けているような感もあるけれど
それでもまあ「続く」というのはこれ以外の色んな物事だって
良い感覚の方が多いと思う。
ただ、左右対面に並んだ顔を見れば手役が何だろな
と読むより不意にボチボチ皆、年食ったもんだなあ、なんて
思えば振り込んでしまったりしてして。。。。
今回は長い麻雀歴で初めて最初半荘第1局目にチョンボを
してしまった。集中力欠如がいよいよ極まったか。
(チキショウメ、こんな時は皆、喜色満面で若返りやがんの)

洗濯はしたけど掃除は全く進まなかった。
当地で次の本格な地震がいつ来るかワカランだけに日頃から
身辺は整理しておかないといかんのだが。
先日、この頃の様子を確かに変、と友人に伝えたら言ってみるもので
最終日にEVAシンクロ率120%込みで合計19回(分かる人だけ)
図書ボランティアをしているという(偉いもんだと内心、尊敬している)
西の姫様から夏休の読書宿題を拝領したのに本屋に行く暇なし。

とにかく今週を内省的に見れば感想は時間の使い方という点で
「何かもったいなかったな」という印象が強い。
明日から平常営業。しかし仕事の中身を考えたら来月一杯までは
どう考えても時間が足りない。頭と意識が追従できるだろうか。

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2009年8月13日 (木)

放浪過去帳のこと

夏休みだから、 という事で暇つぶしに自場所の見直し。
NIFTYのシステムは何だかなあ、って感じで もう一つ
使いにくいのだけど旅の記録=放浪過去帳の構成が
書いた自分でさえ訳が分からなくなっていたから
少々の思いつきで改編。 なんとなくスッキリした感じだな。
(一部、削除したり、あえて掲載を避けたのもあるのよ)

出かけることについては今のところ国外偏重でいくつもり。
パスポートの実質的な有効期限はあと丁度一年だし。
現役引退後なら体力&気力的に長距離移動は厳しいだろうし。
その後に本格の爺になったら国内をユルリと漫遊して。
そもそも10年、15年後に自分が生きているか?だって
相当に疑わしいものなあ。だから行けるトコまで道楽三昧。ふふふ。
こいつについちゃァ隠すつもりの笑いがこぼれてしまう感じだぜ。

人生の時間は未知、思い出は一瞬。そんな境地だね。
分かるかな?わっからねえだろうなァ。あはは。
さあて何をするにも今のうち、ってか。

<本日の一枚>
来た。香港国際空港のFVCカード。しばらく訪問予定もないし
更新資格は有りながら手続きを忘れていた。
ただいつか訪問するつもりなら持っていても損は無いというか
間違いなく便利だ。入国時の行列を横目に外交官と同じ待遇の
チャンネルで待ち時間ゼロだと申し訳ないが気分がいい。
思うに旅先到着地で入国審査で何がガッカリするかというと
行列の前の連中が中国のパスポートを持ってるやつらの時。
とにかく想定外の時間を要する場合が多い。
外観からだと日本人とソレほどの区別はつかないし。
これは差別偏見じゃないよ。パスポートの信用性という点で
日本国民は世界の中でも相当な上位に有ると思う。
対して中国の場合は「その国」を中国大陸全体として見るか
北京の共産党本部として考えるかで全く意味が違うと思う。
少なくとも言論、報道統制をやろうとする事自体が60年以上前の
日本のレベルだと思う。

Fvc2009

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2009年8月11日 (火)

天地人 怪し

本日の当地は近海を台風が通過したらしいが途中の雨も無く
今は(もうボチボチ昼と夕方の間くらいの時刻)空も薄青い。
それにしても国内で場所によっては雨災害が随分と驚異的な
脅威になった様子で。記録は破られる為に存在するというのは
SPORTS分野だけではないが、そういう感動を伴う観戦と違って
新記録達成の場に居合わせた人たちは気の毒な事だなあ、と。
都市伝説の類じゃなくて何かで知った話だけど東京駅は豪雨だか
何かの災害から守るためにプールのような貯水槽の上に
浮いたような構造になっているらしい。二十三区西部の
環七あたりじゃ地下にバカでかい雨の誘導水路トンネルがあるとか。
(これは実際、自分もTVで観た)いつの事だったか忘れたけれど
過去には神田川が氾濫して水浸しになった区域があった。
無駄に渋滞を招く通行車にとって無意味な道路工事よりも
防災工事の方が大局的に有益じゃないかい?

昨夜に大雨と地震があったとかで、今夏は戻らずコッチで
ゴロゴロするつもりと自分の予定を伝えるついでに老母へ
様子を聞けば雨で漏電して門灯がダメになった程度だと。
足立区や北区では雨の被害が大きかった様子で元々
下町エリアで東部は0m地帯とも言われている場所が多いから
そういうもんなのかなあ、などと勝手に納得する。
いずれ外から来て都区内に住もうかという人がいるなら絶対的に
杉並区がオススメだよ。日常の「水」が良いと思う。あとは世田谷、
中野くらい。隅田川から東のエリアはどうかなあ、と思う。
これは偏見じゃないよ。客観的分析ね。母方親族はナゼか
下町集中で中央、葛飾、江東、江戸川あたり皆、好ましい気立ての
連中で自分が生まれた病院も墨田区だし。
でも土地っ子じゃないなら生活環境はもう一つだと思う。

休みになってから毎夜二時過ぎまで夜更かし&飲んだ暮れ。
明け方に「ん?ポルターガイスト??」って感じで見えない手で
身体を揺すられている感覚の正体は地震だった。
最初は「ふ~ん、、、」と寝ぼけていたのが「長いなあ」から
「お?!でかいか?!」って感じ。地面だけじゃなく建屋の
組み材が動いている感覚だった。
こりゃあ当地でアパート借りるなら絶対に2階以上の方が良いな。
幸いに今のところ犠牲者は無い様子で予想されている東海地震とは
別種のものらしいが少し気を締めるには良い刺激かも。
とりあえず職場の様子を見に行く。風景としては毎日、地震が
来たような物の配置具合だからそれ以上の変化が無い事に安心。
東名高速の復旧はいつになるか不明らしいがとにかく明け方で
LUCKYだった。日中の事なら余波事故もあっただろうに。
今回のがこういう程度なら数値的に本格の東海地震は
トンデモナイ事になるのだろうな。

このところオカシイのは天変地異の自然災害だけじゃない。
バカはバカ連れ、だろうが 少なくとも自分には
「英雄や偶像は要らんよ」だ。 大衆から見向きもされなくなった
芸能人はタダの低脳人である BY 庵主
行為もさることながらその背景にある組織構図とそいつに
関わった事の方が世の調和を乱すという意味では深刻だと思う。
擁護や注目に値するもんじゃない。くだらねえ。同業類似分野で
自分が好感を持つ人はいるけどね。先日、亡くなられた大原麗子や
本田美奈子、夏目雅子(ナゼか故人ばかり)あるいは由紀さおり
や石川さゆりもファンなのよ。
でも映像向こう側の虚構の世界に熱狂するより俺ャあ、現実に
自分の知ってる人たちがいる事の方がいいな。
今朝の地震で落ち着いてから最初に思い浮かべたのは親と何人かの
友人で他の物事はもう少し後になってからだった。
土壇場になってこんな感じで思い出す相手がいるだけでも儲け物だ。
多分、普段の無意識の中から不意を突かれた状況で思い浮かべる
連中を自分は一生忘れないのだろうな。

<本日の一枚>
日常食事献立で焼肉というのが年に何回か少しは有るけど殆ど無い。
いつかそういうのを喰ってみたいとも思うが当分先だろう。
「備えよ常に」は災害やボーイスカウトだけの言葉ではなく
何にしろね。そんなわけで自家製の味付けを造ってみようかと。
STEP1:地元産の青ニンニク。結構な量でも\210なり。
STEP2:根元を切り薄皮を剥いて。
STEP3:天日でしばらく表面を乾かして。
STEP4:醤油に味醂、ウイスキーを少々。あとは冷蔵庫で低温熟成(?)
STEP5:満足確定となるか?いつか松坂あたりの牛肉を網焼きにして。

090811

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2009年8月 7日 (金)

ひとやすみ

いやもう、これで一週間の夏休み。
20年以上続いている先輩宅で伝統の一戦、麻雀以外に
ヤッパリ予定は何も無し。

少しだけ居残りして帰りの会社駐車場で一服して
日暮れた空を見上げたら理由は無いけど安堵感。
世間を騒がす事件も みんな他人事のような感じで
申し訳ないが気分がいい。

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2009年8月 6日 (木)

夏休み前の一週間迷想

先週末、職場の飲み会。
別に体調が悪いわけじゃないが一年前に比べたら良くないと思う。
会社の連中と飲む時に上司がいたら必ず愚痴文句を言ってしまう。
これが一番良くない。後で猛烈な自己嫌悪になる。
目上に対し普段から言いたい放題なんだから飲んだ時くらいはおとなしく
してればいいのに、と自分で思う。

またストーカ殺人。
別に十や二十くらい年齢が離れた付き合いがあってもそれはそれで良いよ。
しっかし、ダメな場合はどうやってもダメなのが男と女に限定せず
人間関係というもんだろうな。
行動の前に「意識」が戻れない一線を越えちゃうと悲惨だ。
だからまあ、痛くて辛くても人間関係だけじゃなく「冷静な引き際」を
心得た人は結局、破滅的な失敗を避ける資質を持っていると思う。

片山さつき。
最低。有権者の前で土下座だと。選挙に関係無い時期なら
議員活動の不明を詫びるという意味では「アリ」だろうが。
恥知らずというかこれ以上書くのもバカバカしい。
この時期になると動員とか組織票固めというのがある。
そういうのに関わっての結果に投票した、自分の意思と判断を
放棄している奴は政策、世相なり景気がどうなろうと文句を
言う資格は無いよ、と思う。
ただ、一騎打ち選挙区でなく複数立候補の場合は反自民票が分散して
自民党候補者が「漁夫の利」的な当選をする選挙区が結構、多く
あるんじゃないかなあ。

クリントン Vs. 北朝鮮
話の中身は絶対に公表されないだろうから想像したって仕方ないが
自分が知りたい一つには拘束された米国記者は本当に不法入国(越境)
という事実があったのだろうか???これが気になる。
米国は世界各国、各場面で自国民の救出作戦を展開してきた。
(国民への愛情とは異なる「政治という舞台の演出」であっても)
但し今回は単独で武力的作戦展開が出来ないのは両方の国が十分に
分かっているはずだ。

だから北朝鮮側が「お、川向こう(中国側)にいる奴らは米国記者だぜ。
米国との交渉ネタに丁度イイや。ちょっと不法入国ということにして
コッチに引っ張っちゃえ」という可能性は十分に有ると思う。
あの国の海外派遣民間人に浸透した情報力で(驚異&脅威的だと思う)
事前に米国記者が近付くのは知っていただろうし何よりも、、、
川向こうどころか海を越えた他国民さえも勝手に拉致してしまうのだから。
もしも米国記者が安直に国境を越えたとすれば、こいつらは本当に迷惑な
バカ者だ。クリントンが手ぶらで訪問するわけ無いだろうから
その手土産の中身は絶対に日本にとって迷惑な代物であることは
想像に難くない。

示談決着。
一月に迷想ネタにもした自分の交通車両事故は示談交渉が終結した。
最初に過失責任割合を聞いた時は何につけ意欲の低下した
この頃の自分でも相手方の保険屋の雰囲気というか、話の運び方が
「イヤ~ンな感じ」でそれなら急ぐ事でもないし暇つぶしに
自分のやり方で始末をつけるかね、と。
(但し事故相手当事者の若いのは非常に実のある好印象を持った)
本当は法律上の事は別にして一種の道徳律や内面的心情で自分側に
完全無欠で過失責任無しか?を自問自答したらそうでも無いと思う
部分があったのでソコソコに妥協したって悪いわけじゃない。
でも損得勘定とは全く関係無しで大抵の事に若い頃は寛容だった
はずだけど歳と共に偏屈になったのか自分が気にいらぬ相手には
「ふ~ん。。。」て言いつつどこか「徹底的」になる陰険な面がある。
最近は自分の性格の中でそういう暗い部分の比率が肥大化してるなと。

自分の過失割合が結果的にゼロで決着したから文句があるわけじゃない。
俗に両方が動いていると過失割合は0:100にならないという話を
聞くが生半可な知識から来たウソだな。単に保険屋の事務処理から
出てきた慣例にしか過ぎないと思う。こんなのだけじゃなくて
世の中の常識となっている一見、もっともらしい物事でも注意深く
中身を考えてみたら「そりゃチョイと怪しいぞ」というのが
実際には多く有るんじゃなかろか。だけどそんなの考えるほどに
どこか自分の性格がますます悪くなって行くような気がする。

それでも待ってる夏休み。
あと一日。特に予定はナニもナシ。
何も無くても十分。

と、大原麗子さんの訃報。
悲しくて哀しいな。TVで「雑居時代」を観て子供心に綺麗な人だなあ
って好きだったけど。人が死ぬのはアタリマエ。それにしたって
報道どおりなら二週間程度も過ぎてからとは。
自分の最期は独りでいいや、って思う。
でもこれは。
生きて楽しんでこそ人間、って。
でも。。。

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