はへ? この前、週末で休んだと思ったらまた週末でもう日曜も終盤だよ。
三月は誕生月休暇だからズル休みじゃなくて堂々と休日(ズル休みでも堂々、だけど)
だったのにそれも消化して今月が半分過去の事になってしまったね。
<子供の頃と比べたら、の不思議数題>
そんなわけで先日、休む分だけ少しだけ仕事もやって、なんて思ったら
夕飯を作る時刻には遅くなっている。
帰路に食材を仕入れるのだけれど閉店や消費期限が近くなると何割引かで
売っているので4割引表示(とりあえずそれがMAX.割引)のを主題にして
購入して晩飯とする。 面倒くさいから食パン、レタスと焼いた豪州輸入牛肉を
サンドイッチにしてもう一つ、冷めたピザ。
あとは寝るだけで良い夢を見たら文句も無かったのに夜中に腹痛で
目が覚める。なんだろなあ、これ。過去にも割引三昧で購入した
晩飯を食ったら同じ事があった。生鮮食品でもないだろうしその痛さは
胃潰瘍でもなったか?って感じだったけど自分の目と手で選んだわけで
自己責任だろうが何が自分の腹と相性が悪かったのか全くワカラン。
ただ一人の「自分」なのに人から受ける評価は相手の見方によって様々なもので
それでも共通意見として「お前は何でも食うし何を食っても大丈夫」と
言われていたのが(但しインゲン豆とフキは、、やっぱり好まない)
もうこの頃は少しの事で体調と言うか腹調を崩すようになってしまった。
最古の友人は家業が牛乳屋で小学校の時には遊びに行くと必ずその母上が
まあ一本あげるから飲んできな、って感じで御馳走になっていた。
最近は足が遠のいてしまったがそれでも以前に尋ねれば毎回昔と同じ様に
一本が一杯に変化しただけで やっぱり「まあ、飲みな」って。
今の暮らしなら晩酌ばかりが たまには昔の習慣で牛乳にするかと
500パック飲むと100%、数時間後にはトイレにいる事になる。
頭だけでなく腹の方も衰えたか?という気分はドウシヨウモナシ。
(それはともかく科学的、医学的、統計的根拠を無視して自分が思うに
この友人兄弟と言うのは自分以上に随分と体格は見事なもので自分も
同年代のオヤジ衆から較べたら恵まれていると思う。コイツは成長期に
友人宅に散々寄り道したおかげだろうな。身体は親から貰う最大の財産と
思うね。実際、体重はある程度の調整が出来たって身長はどうしようもない。
幼稚園くらいの子供がいるなら絶対に毎日牛乳を飲ませる習慣を持った方が
良いだろうな。絶対に甘味飲料の味を親が教えるべきじゃない、と。)
先週には大学時代の同好会で近い世代の集まりをやるというから上京する。
飲み会と言うのは理解していても地元を出発する時からいつもの習慣で
駅ビルで一本買って車中でチビチビと。この頃のツマミは当地名産のワサビ漬け。
以前に気まぐれで実家の土産にしたら何十年も知らなかったが親父の
好物だとかで喜んで泣きながら食っていやがんの。その味と言うか、質ゆえにね。
空のビール瓶を逆さにしてチュウチュウと吸ってみた時と同じく
子供の頃はこんなもののどこがウマイのか全く理解できなかった。
だけど今になるとドッチもナカナカで。味覚は年齢に関係なくそれほどの
変化をするものじゃないと思う。しかし嗜好違いはナゼだろう?
ともかくワサビ漬けと地酒をやりながら移動する。
新幹線での事。それ程の客もいなくて一杯やっていると近くのオッサン、
席を向かい合わせにして足を「で~ん」と投げ出してね。
昔は、、、子供時分には空いてる車内だと自分も得意になって
そんな振る舞いをしていたっけ。「大人になってから」は何か
見苦しいなって感じがしてやってませんよ。
「恥」と意識するようになったのはいつからだったろ?
まったくそうでもしなきゃ窮屈な車内と足の長さでもあるまいに、
と思うけどこのオッサン、品川で下車する時にヤッパリそのまんまの放置。
ガキみたいな真似をするんじゃねェ、だけどこういう人は普段の
生活で相手(特に目下)にものを言う時にどんな態度なんだろうか?と思う。
口のきき方は今でも自分だって偉そうに言えないが。
とにかく東京到着して不思議体験。
車内検札で切符をいつもの手帳の収納場所に入れて内ポケットにしまう。
到着ホームで切符を出そうとしたら無い! へっ?と思って車両に戻り
座席周りや清掃員に聞くけどヤッパリ無い。ホームの待合室で全部
ひっくり返すけど出てこない。どこいったのかなぁ、と納得できないが
会合の時刻も近くなっていたことだし「しょーがねえ。もう一回精算購入
するか」と思って窓口へ。切符を紛失するともう一度再購入することに
なるから片道で往復分は痛いやと思いつつ支払いが終わった直後に
警備員らしき人が14番ホーム階段に落ちていたと精算所に持って来る。
「あ?!」再購入で告げていたとおりの列車と座席で。。。
無事に再購入のクレジット払いは取り消しにしてもらうけどワケがワカラン。
およそ切符を無くすなんてのは初めてだけどいくら物忘れが激しくなった
とは言っても落とすまでどこに持っていたのだろう???
降車直後に無いと気が付いて階段を下りる前にさんざん探したのに。
(その時に体のどこかに引っかかっていたのだろうか?)
無事に出てきたから文句も無い。5分ぐらいロスしたけどこれは
運の戯れだと本気で思った。もしもそのままスンナリ乗り換えていたら
事件や事故に遭遇する成り行きタイミングがあったかも、なんてね。
まあ何でも+思考でイイや。
隣の神田で降りて須田町の交差点まで一直線に過ぎて横道に入ると
懐かしい雰囲気のソバ屋。学生時代には注文取りの姉さんが厨房に
それを伝える時にまるで和歌を詠むような風情で面白かった。
今はどうだろうか。で、そのまた近くの交差点には一層に懐かしい
焼き鳥屋が本日貸切の札をだして会場到着になる。
幹事学年が主体になっていて他の年代はそれほど大勢でなくても
随分と賑やかしく。朝から飲んで昼間も飲んで夜も十分に楽しんだ。
帰宅の途中でこのまま帰って寝たらゲロゲロだな、と久しぶりに
飲んで歩いて遠回りの近所を散歩する。
何軒か小学校時代の同級生宅の場所に覚えのある表札が出ていると
「ああ、まだ(本人か家族が)住んでるんだろうな」とこれも
何か懐かしい。何十年も経てば景観だって変化するけれど
ショボイ空き地だった場所は区有地だったのかそれなりの
公園になっている。子供の時の視点と大分違ったためか道路も
やたらと狭く見える。てか実際、近所の町名区域は車両がすれ違うのも
不可能な幅の道が多くて一方通行ばかり。「へえ~」とか無意味に
見知らぬ道となったものに感心して歩いていたら酔っているにしても
どこにいるのか分からずにすっかり迷ってしまった。面白いものだ。
方向は何となく掴んでいるので玉川上水か神田川に出てしまえば
それきりだけどもう少し迷い歩きを楽しもうとフラフラしてたら
老母から電話が来る。知らぬ間に午前2時近く。
駅から5分もかからない所へ二時間以上歩いていた事になる。
酔い覚ましの散歩が奏効したか快眠爆睡して昼前に起きる。
昨夜の道筋は一体どんなもんだったろうかとオヤジの自転車を
借りて辿ってみたくもなるがマアやめておこう、だ。
あれはああいう風情だから面白くて昼に見たところで興ざめ
してしまうに違いない。
帰路はいつもの小田急でなく湘南新宿ラインで小田原まで。
こっから乗り換えて熱海で途中下車する。何か以前より賑やかで
不景気なれば首都圏の人は休日を近場の温泉で過ごそうか、という
意図の人が多いのだろうか。自分も相当に好きな街であるから
繁盛していることにどこか嬉しさのようなものがある。
熱海は昔から「あおきの干物」が名店物みたいな気がするが
横丁に行けば掘り出し物だって見つけることができると思う。
(あおきの干物はむしろ有名になりすぎると、の例に漏れないかも)
帰る時には実家の老母が自分に誕生祝いの土産物だとかで
新潟の酒をくれる。なるほどね、親は子供の好みを知ってるってか。
帰路にチビチビ飲んで家でも途中で自分の土産にしたイカの一夜干し
で一杯やって。
しっかしこんな生活もこの頃は少し酒も控えるかなどと
思うようになってきた。
昨年から右脇腹に時折鈍痛があって「ここって肝臓だよなあ」と。
今週に一元化検診の結果がきて数値的には健常者の理想値みたいなもの。
しかし腎臓の体験からも数値として異常の無い内が考え時で。
こういうのは一種の結果が出てからじゃ遅いのだろうと思う。
そいつについては健康面だけの話じゃないが。
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