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2006年12月 3日 (日)

とりとめなく週末迷想

馬鹿馬鹿しい事でも自分の「覚え」として。

この週末は少しばかりの買い物をするつもりで上京の予定が
朝に目が覚めればどうにも頭が痛くってなあ。

金曜晩には所属部門合同の忘年会で自部署の若い衆が幹事だってんで失礼は
出来ねぇだろという気持ちもあるから久しぶりに参加したわけよ。
以前なら年中行事の中でも最重要課題のはずだったのにここ数年は
欠席の方が多かったもんね。

そりゃ今年は色々と仕事ネタには困らないどころか多すぎて困るってのも
あったからまァ皆よくやったもんよとそれはそれでテーマとしては良いんだけどさ。

俺ャあ、普段の自分がどんだけ無節操で出鱈目かってのを十分に心得ちゃいるよ。
だがね、目に入る見苦しい飲み様ってのが嫌になってなあ。
下着だか上着か分からんようなキャミソール姿で職場の老嬢が田舎ホステスの
ように注ぎまわって侍り侍らせ喜んでるオヤジ衆を見てると
「っだらねぇ、こんなんは俺のやり方じゃねえや」ってね。
自分から羽目を外す時にゃこんなナマヤサシイもんに収まるどころじゃない。
それでも盛り上がり方が違うだろうってなっちまうのが痛てぇんだよなあ。
人も四、五十くらいになればソコまでに積み重ねてきたモンの違いってのが
立ち振る舞いってのにさ、そいつになって出てくるんかも知んねえぞ。
ほれ、あのホリエモンな。若いウチから銭だけ見てるような暮らしに浸っちゃあ
そりゃ「品」てものを身に付けるには目が行かねえだろよ。持ち上げてた政治家連中も
所詮はそんな程度のもんさね。たっ、んな事を俺が言っちゃイケネエか。

自職場の女将さんと時折に出入りする娘は都合で欠席だったものの
こういう時にこそ酔いに包んで日頃の感謝と尊敬の気持ちを伝えたいものだと
思ってたから少々残念よ。
それでも若い野郎連中とは話す事そのものを十分に楽しめたつもりだからまあ良いか。

解散後にさっさと帰宅の地元私鉄で自分より随分と年長と若いのに乗り合わせりゃね、
へっ、面白れえもんだ。同んなじ事を言いやがんの。が、俺がそういう感覚を
持ってるとは思わなかっただと。なるほどなあ、見かけで判断されるって危うさ
ってのはあるもんだ。会社なんかで同じ事をやってたとしても人の心の型てものは
一つで収まりきれるもんじゃ無いってね。

量から言えば日頃の晩酌の方が多いはずなのに土曜に起きるとココしばらくは
無かったような頭痛が著しくって。一体、アノ酒は何を成分としたんだろ。

土曜。
結局は駅に向かおうかと出て数分歩き突然に何か気が乗らず踵を返して家に戻る。
友人との待ち合わせも気まぐれの様にキャンセルする。この頃はその辺の呼吸合いも
上手い事飲み込んでくれるが正月はどうなるだろう。京都、大阪で出来心のような出来事が
丁度もう一年にもなるかと思うと例えば子供時分には暮れになってから たかだか数週間の
正月までの長さを待ちわびていた頃が本当に遠い昔のようだ。
ふと思えば同じ季節が来ている今は一年間がそれこそ「夢幻の如くなり」で。

郵便受けに叔母から先頃急逝した叔父の件で賀状を辞退する旨の葉書が届いている。
この忘年会数日前には職場仲間の一人が父の葬儀で参加不可能となったが
自分もそのうちには同じ事をやらねばならんのだろう。
段々とそんな事をおぼろ気ながら考えるようになってきた。
やがては自分自身の最期の店仕舞いをどうやってやろうか、というのが生きてく中で
最後の目的になるのだろうなあ。

日曜。
湯沸しの 注ぐ先惑う 茶か酒か by 庵主    
しかし迷うまでも無く何しろ御湯割がビタリと自分の腑にはまるような季節となった。

で、月曜がやってくる。

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