もう九月中旬、の迷想
これで9月になって二週間近くか。早いもんだよ。
特にコレと言う事も無く過ぎてしまった。
例えば貯金が1000万あったとする。(自分には縁&¥の無い数字)
今日び何かすれば=買い物でも旅行でも何でもイイが¥10万、20万
ってのは簡単に消えてしまう金額かもしれない。
貯金から捻出したとして仮定した貯蓄額の1or2%相当だな。
可能性としての1か2%とは およそ現実味に乏しいけれど消費比率
としての話になれば無視できないものが有ると思う。
(消費税が5→7%になった場合を考えてみれば分かるかもね)
これが財布の中身のような既知の数値でなく確定的な予測の出来ない
将来の時間について考えたらどうだろうか?
もしかしてあと三、四十年生きるかもしれないし何かの事情で5年位かも
しれない。何気なく1ヶ月が過ぎたとして前者なら1/360or1/480だろうが
後者なら1/60。この比率は侮れないな、きっと。
自分の持ち時間というのはその元本が自分にも分からないだけに
何にしろ難しい。かと言って「だから毎日を精一杯頑張って生きる!」
なんて気負ってしまうとそんなの自体が寿命を縮めてしまうに違いない。
(少なくとも自分はね)
同じ所属部で昨年から療養休暇だった人の訃報を今朝に聞いた。
リンパ腫だったとかで別種同類のようなものだった自分が書くのでも
不謹慎かもしれんが人の生き死にの分岐はどこにあるんだろう?
実際、入院直前までは全く普通に見えていたのに。
死ぬほうが生き続けるよりも簡単で楽な感じすらする。
(それでも自分は自分の道楽を知り尽くす迄、終わりにする気は全く無い)
と、話は別路線でこの頃NEWSネタになる政府の元締め親方。
テロ対策法案とは事実上、テロ組織への直接的な対峙をするものではなく
単に米国派兵援助法案だったように感じる。
敗戦後以来、代々の首脳、政権で日米間のみ絶対に表面化しない密約の
ようなものが存在するような気がするなあ。
正直なところそんな事よりも不本意に略取誘拐された自国民の為に
あらゆる法制化でも何でも全力を尽くして行動して欲しかったね。。。
最初はそういうのも一つの看板にしていたはずだけに。
憲法上の主権は国民に在るはずだがたとえ名目上でも主権者を護れない
政府を国民が信頼して頼りにするものだろうか???
拉致問題は解決済み、と定型句の返答のみの国。解決済みということは
過去に解決したと言うその事実があったのは明白で。ではなぜ解決済み
なのか? すまんが誰かソレを知ってる人がいたらTOP頁のMAIL宛先から
是非、教えてくれ。自分には何が解決したのか全くわからん。
(同時に自国政府の方針も。国民の台風、地震等の被害対策以上に
人道的支援との名目で物資援助の「義理」があるかについてもね)
今なら直ちに内閣総辞職&衆院解散で選挙をすれば同情票から
どうにか党としても体裁を保てたかもしれない。(後ならどうかは分からん)
少なくとも死する者(アノ人の場合、地元or縁故支援者は別として政治生命
と言うのは。。。)に手向ける意識と言うのは現代でも日本人のうち幾つか
残った最後の美の内の一つだと思うのよ。もしもそうだとすれば美しい国と
いうのが相当に捻った皮肉になるかもしれないが。
<脈絡無く別件の一枚>
マスクメロンてのは「高級果実」という印象があったけど当県は全国一の
生産量だとか。先週末にスーパーに行くと1コインで半切りが売っております。
随分と家で夏にスイカを喰うと事も無く何となく代替品として衝動購入。
賞味期限ギリギリでもこの方が甘味があってナァるほど結構うまいもんだ。
土地の名産品とはありがたいもんだな。
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