久しぶりのような迷想
随分と自分の場所にも御無沙汰。
自分で分かっていながら良くないのは今までそれなりに
書いてきたこの場所も気分が向かない、乗らないというか
落書き程度にも倦怠感がある。
そんな雰囲気に慣れてしまうと日常活動全てに何かやろうとしても
気だるさの中、何となくで毎日が終わる。
とにかく何か一つ「これで楽しまなきゃね」という物事が無いと
マズイよなあ。
毎度のyahoo!ネタで以前気になった記事の結論が出た。
漫画家、楳図かずおの自宅建築差し止めを求めた近隣住民の
仮処分申請を却下したという判決ね。
紅白の縞模様と作品キャラをモチーフにした構造物を付けるってのに
近所の住民は「色彩の暴力で、景観利益の侵害に当たる」と
主張したそうだが東京地裁は「建物は法令や公序良俗に違反しておらず、
社会的に容認される範囲」で「都が景観計画で定める地域でなく、
存在する建物の色彩もさまざまで、特別の景観とは言えない」と判断したそうな。
建物に関して京都には規制する条例の類が有った様な気がする。
例えば景観と言うのをウリにしてソレを目当ての「観光客が銭を落とす」結果、
地域商業や自治体税収から地元に何らかの形で還元される場合には
規制される場合が有るかも知れないが一般的な住宅地で他人の住宅が
どんな外観でもそれほど怒る事でもないと思うが。
こんなのは裁判沙汰であってもどちらが正しい(あるいは間違い)なんて
判断を持ち出すより単にどっちが自分の感覚に受け入れやすいか
というだけの話だけど自分としては消極的に楳図氏の方を持つか。
で、記事によると『会見した住民側の弁護士は「話し合いで
解決されなかったのは残念」と話した。住民は「世界中が反対しても
建てるのだろう。心身ともに疲れ、今後の対応は考えられない」』だそうな。
まあ、アタリマエだ。話し合いとは少なからず同じ方向に向かう意識が
有って初めて上手く行くものでこういう展開になるなら話し合う余地など
最初からあるわけが無い。それにしても住民(楳図氏も住民には違いないと思うが)
の「世界中が反対しても」というのは無様な負け惜しみのようなものだな。
世界の人間がこんなことに関心を持って参加するわけがない。
何にしても心身が疲れるのはよろしくないがこんな疲れ方は馬鹿げたものだ。
この話とは関係なく先週末に帰宅して雑談の折、親父が言うには
世の中に利口ぶるのは多いが馬鹿になりきれるのは少ないからなァ、と
言う。自分もこの親と同じレベルでボケてきたのか分かる気がする。
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