もう嫌になってしまった
しばらく前からマズイな、と感じつつ。
誰かに相談して答えをもらう事では無いから
自分で自分に最後まで問わねばならない。
学生時代の自分を知っている人ならどれだけ
怠惰で落第生だったかを承知しているはず。
その自分が余程に性分と合ったのか今の仕事で首位打者では
ないにしろプロとして相当なアベレージを残したと思う。
長い間には凡打や併殺を喰らった事もあったはずだか結果として
とりあえず納得できる成果と立場を得た一番の理由は
プロとしての自分のスタイルを絶対崩さなかったからだと思う。
それは物事を捉える時の視点、考え方、行動を決める価値観、
緊張から逃げる時の術、その他身につけた感覚から表に出す振る舞い。
だから敵(自分を快く思わぬ連中)や上司からの訓戒も人並み以上に
多いがそれは全体の調和を保つために遵守すべきものを受け入れるか
否かというのじゃなく単に根本の世界観が違うだけの話として
そんな事は問題にしない。
あるいは会社の成果や製品の出来は自分の意思で決めた結果の
ようなものだからどうであろうとそれだけの話。
モノや数字が相手なら自分の受け止め方次第でどうにでもなる。
その自分のスタイルに絡む話だから難しいのは「人生全て運と縁」
と常々思うだけに人と人との関係の話。
了見が狭いと言われ様とも嫌う相手なら無視どころか軽蔑すらする。
が、縁あって関わる人間には皆互いに好意をもって接して欲しいと思う。
必ずしもそうならないのは人それぞれにやはり自分の世界があって
受け入れられる領域の閾値が違うのだから仕方の無い事だ。
自分自身のことは自分で決めればよい。それは簡単だし楽なもの。
今回は誰にも譲るつもりの無い自分のスタイルを曲げてまで
自分と関わる他の人の話に決断しなくてはならない。
決めた事の責任は全部自分にあるから誤解されたり非難や批判は
自分が受ければ良いだけ。
これ自体も自分のスタイルの中にあることだから気にしない。
自分にとって無価値で嫌悪する人間は自分の意思で眼に映る世界から
排除できるし歯牙にもかけぬから問題ない。
そういった連中でなくて少なからず内側の輪に在る相手には
自分がどうやっても解決はできないだろう話に結論を出した時
関わるそれぞれの人の心持はどうだろうかと思うと苦しくてつらい。
結局は組織の中で自分の力量が足りなかったのだから申し訳ない。
これでしばらく正月休暇で職場から離れるのが救いのような。
誠、人と人との関係は難しい。明日には決断を示さねばならない。
こんな心が痛いという感覚は初めてだ。
自分だけの事ならいくらでも冷淡にできるのに。残念だ。
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