週末が終われば週明け、の迷想
久しぶりのズル休み付き週末も終われば明日から普通に月曜日。
日々の経過は少しずつなのにふと体力の低下を実感して
やり切れぬ思いになる時がある。今回は日頃の運動不足の反動なのか
少し前から具合が悪かった股関節を一層痛めてしまった。
歩き方がぎこちない事を自覚する。
旅そのものは十分な楽しみで無事に終了しても疲労度の具合が
若い頃と全く違って帰宅してから夕刻まで昼寝して夜には近所の
スーパー銭湯へ。客は家族連れの他に老人層が目立つ。
休憩時にロビーにて一種のバラエティ番組なぞ。
石原都知事の身内らしきのが出演していたけどダメだなあ。
粗野なところが芸人としてのウリかもしれないがそのまま
人相として良くない(苦笑)
都知事の方は銀行の問題について歯切れが悪いが
あれは失敗だな。おそらくアノ制度をウマク使って
計画的な借り倒れをした奴がかなりいると思う。
昨日には首相が「桜を見る会」というのを催したのか
1万人からの人間が招待されたとかいうのをnewsでみた。
実際の主催者は知らないが国の関係だとしたらひどいもんだね。
それの費用も税金、である。
ただ国というかそれを運営する官僚、政治家が市井の納税者の
ために働くべきだと言うのは幻想の類で銭を納める側とそいつを
集めて使う側は全く違う世界の話なのだろうな。
制度や法制の中でどうやって予算を使うかは彼らと議員連中を
飼いならす資本家の御都合次第のようなもので一般国民はそうやって
出来上がったところのものを単におこぼれのように享受できるか
否かという程度に過ぎぬかもしれない。
いずれ選挙があるのだろう。何がバカみたいかと思うのは
その時期になれば他人様の生活信条等はお構いナシに無差別的な
後援会勧誘や電話等での選挙運動が来る事で候補者(あるいは
その取り巻き連中)には普段からしっかりと自分のやっている
活動を示せばいいじゃないか、と思う。
巧言令色満載の政治家個人HPとは別にこれだけ情報手段が
発達しているのだから。。。
どうであれこの先の国民生活というのがマシな方向になるのかは
分からないが少なくとも「桜を見る会」などという馬鹿げた
趣向の催しと(比べるまでも無く天皇陛下の園遊会や歌合せは
全く別物だと思う。でこれについては全く否定しない)参加頭
である首相の言葉には古に滅亡したローマ帝国での宴にどこか
似たものがあるような気がする。
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/133733/40873371
この記事へのトラックバック一覧です: 週末が終われば週明け、の迷想:
コメント
最近、この手の主張がブームの一つらしいですなァ。
で、 キミはワシに何を言いたいのだ??と。(苦笑)
それにしてもこんな場所まで。
どういう生活を重ねたらこういう発想ができるのか
「閉じた輪の外側」にいる人々には現代日本の世相を
考えるネタになるかもしれないから(ならねえか)
とりあえず庵主的には「記念碑的存在」として
残すとしませう。
投稿 庵主 | 2008年4月21日 (月) 00時23分
天皇家と取り巻きが犯罪を犯しまくって栄耀栄華を楽しんでいる。公務員と共謀した彼らは、何の罪もない新井泉さんをむりやり監禁虐待して、すべてを奪い取ったあげく虐殺している。新井泉さんの人生も健康も強制的に破壊して、彼らは移動監獄に閉じ込めた新井泉さんを毎日二十四時間中昼も夜も暴行して破壊した。そうしておいて、てめえはずるく立ち回って優雅な人生を楽しんで、園遊会などでうまい酒をのみまくってでかいツラだ。こんな残虐な犯罪がとぼけた日本人によって犯されているのだ。チベット人を楽しんで惨殺できる漢民族になれたと日本人どもは思っているらしい。犯罪組織に入れてもらってタダで優雅な人生を謳歌している馬鹿天皇や公務員どもは、凶悪マスコミ人を犯罪に引き入れることで、新井泉さんを口封じしたとたかをくくっている。しかし、彼らに強制的に死に追いやられて餌食にされても、神聖な新井泉さんは必ず神の怒りをもって彼らに復讐するのだ。
投稿 寛子 | 2008年4月20日 (日) 18時26分