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2008年11月27日 (木)

腑抜ける

と、タイトルは本日の印象で以下の本文に関係なく。

思い出したまま放置していてどうしようかと
しばらく考えていたのが眼科検診で。
この夏、久しぶりに昔の手術をしていただいた医師の
病院を再診してもらった時に11月頃にはもう一度
来てちょーだいって言われていたのが一仕事区切りでも
あったから午後はズル休みとして受診する。

この場所を開設して以来、何人かの同病に関わる方から
問い合わせの類を幾度か頂戴した。
間違いなく断言できるのは同じ症状を患っても手術をして
見える状態になったならその後に定期検診の保守作業を
している限り何も心配する事はない!ということだ。
その後に異常があればその段階で十分に対処できると思う。
つまり放置して厄介な展開となる再発自覚症状以前に
定期的なメンテナンスをしていれば見ることについては何とかなると。

事実、網膜剥離はそのままならば大半が失明に至るものであるから
(てか、そうなると一時的でも盲目になってしまうんだけど)
いずれ放置して何も分からなくなる以前に是非とも治療より
発症前の予防診断で「手軽に」片付けて欲しいものだ。
そんな病の予備軍の人たち、特に庵主のような強度近視者にはそう思うのよ。

ともかく土壇場になる以前にどうにかできるなら、という事で
連想迷想的に少なからず思っていた全く関係ないこともついでに。

もうしばらくすると受験季節になる。
噂の類は根拠無くイイ加減であるから噂なのだけど別部署の仕事仲間が
午前中に職場へ来て今週に出荷する製品の話をしていたら雑談交じりに
自分が鹿児島県の私立高校出身なのか?と尋ねてくる。
これは入社以来、随分何度も質問されてきてウンザリなのだけれど。
(実際にその学校の実態は知らないが偏見的に進学の為の受験勉強学校
というイメージしかないので好きではない。不愉快になる)
何でそんな事を何回も言われるのか第一に自分がわからない。
だから九州、特に福岡が好きな自分は その高校の名をいう事もないし
実際の母校は当地の人に理解できるはずがないから話をしたことがない。
妹は高校時代一年間だけ自分の後輩でもあったけれど親の仕事で東京に
戻った時、親父と同じく都立西高に編入して「ははん、お前は学校の
勉強だけは出来て頭はイイかもしれないが俺ャあ最後まで福岡で
卒業したからね」と自慢していたら結局、妹は東京の大学より九大の方が
絶対だと下宿生活する事になった。九大に落第した自分は最後に逆転された
口惜しさより天晴れと喜んだし親もよく納得したものだが余程に
福岡の良さを何年か生活する内に十分、理解していたのだろう。

しばらく御無沙汰だった福岡を同窓会等で時折、訪問して旧友らと会う度に
この歳になっても皆、地元や他の都会で生きてるのを楽しんでるねえという
連中は例外なく勉強以外に別種類の面白さを当時から知っていたよなあ、と。
逆に受験の為にかガリガリしていた奴らはあまり話題にならないし
消息も多くは不明になっている。これは不思議だが必然かもしれない。

WEBで高校受験ナビとかいう場所を見るとかなり当人や保護者あたりも
心配なり苦労しているのだなあ、と。
通り過ぎた過去には今更何の関係も無い世界ながら本項の要諦としてひとつ。
「無理したところ結局つまりはその程度のもの。楽しく無いモノに得も徳も無し」
高校受験に関しては自分も妹もロクに塾や受験勉強というものをしなかったし
当時は親から一度も言われた事が無い。好きに参考書や問題集を買って
やっていたら勝手に成績だけは良かったという感じで。
ではどうして、という回答として見聞した他者を含め経験的に間違いない
だろうという点は物心ついた頃から
「文字がわかる歳には読書(+百科事典なら更也)に親しむ環境があること」
「母親は自分の手で素材から食事を作ること」
「目には形として見えない音楽があること(歌でもビートルズでも
ベートーベンでもいい)」これだけ。
その因果関係は面倒臭いからいちいち説明しない。

バカバカしいと思うか信憑性に欠けると思う連中は当然いるだろうが
おそらく同窓生の中には納得できる人間が多くいるはずだ。

ただ本当に重要なのは。
人それぞれの性分は世の中の一つの枠で収めるほどの簡単なものじゃないから
取り得のある才能を見つけてそいつの面白さをわかるようにしてやることか。

<本日の一枚>
これは海老芋というもの。しかし海産物ではない。
勤務地は平成の合併ブーム以前の自治体区分は村だった。
当時の電話番号は0*****-****というやたらと長い市外局番の後に
いきなり4桁の番号のみで。これが結構、面白い風情だったなあと。
現在も会社近くで農産物を地元生産者が持ち寄って店舗にしている場所がある。
産地の町名と生産者が必ず記されていてかなり商売手法として上出来と評価している。
普通の店より何割か安くて&安心なのよ。こういうのが普及すれば
JAなんかいらないかもしれないって思うの。
地元特産品の海老芋は本来、ジャガイモのように大きいのだけれど
これは普通の店で商売ものにならない切れ端のようなのを集めて
小銭で買えるようになっていた。味覚的にはサトイモに似ている。
こいつを少しばかりの塩と一緒に茹でると至福の酒肴ですな。
醤油をチョイと付けるつもりが試しに皮をプイっと剥いて
口に入れたらあまりのウマサにそのまま全部喰ってしまった。
半端者でも十分に良い味があるんだなあ。

081126

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