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2016年8月30日 (火)

放浪過去帳番外編 旧友再会と揉み療治<熱海&バンコク 2016.8.26-29>

だから随分と前に週明けの月曜をズル休みとしてバンコク企画としたその前週の話さ。
友人との雑談MAILやり取りの中で「花火見ながら一杯?どう?
一番近く海見えるところは熱海?」ということで26日に来日希望の展開になった。
偶然かどうか調べてみれば熱海の花火は最終日だった。
 
そいつには約2分間考えた。正直なところ週末を挟んだ前後で有給取得は
前例がない。長距離型の旅日程ならばどちらか片側の数日間にする。
結局、自分の流儀に従って5分後は計画立案と予約手続きの開始。
仕事の大半はいつでもできる。
が、出来事にはその時だけの機会ってものがあるだろうしね。
 
金曜日。ゆるゆる起きて昼過ぎ着の便を出迎えに羽田へ。
それ程待たずに到着口で再会。
相当長い付き合いになるけれど相棒のワンピース姿は今までに記憶に無い。
「海を見たいから似合うのを考えてみたの」と。
そういうセンスを持たぬ無粋な自分だって悪くないかなあと思った。

002

 
宿は小田原HILTON。昔に友人と最初に泊まった宿で雰囲気は良い。
北京というか中国へ初めて行ったのは放浪過去帳2005年3月の話だ。
その訪問計画について話をしたのが朝飯を喰ってる時だったっけよ。
 
若さと勢いをもって現在に充実している生き方の20代半ばの人達は10年後に
どういう暮らしをしているかなんてあまり考えないだろう。
これは良し悪しの問題じゃない。
オヤジ年代だって十年以上経過してからの展開なんか。
理想とする想像と現実の将来を結び付けられるなんて、、、できるわけがない。
時系列として別の世界の話だ。
だが人間は生きていく時間の中で理屈だけで話す筋とは違う場面があるのかなあ。
なんとなく、良くも悪くも そう思う。

001

 
熱海に行って寿司喰って花火見て。
砂浜で裾めくって波遊びに随分と喜ぶ姿に何か安堵する。
花火のあとで混雑行列に入り熱海駅まで歩いて湯河原へ。
(渋滞を予測して湯河原駅前の駐車場を使った)
温泉入って寝るまで一杯やりながら色々の話で。朝起きてまた温泉。
新横浜に移動してラーメン喰ったら成田への移動時刻になっている。
そのまま横浜から成田特急で空港へ。
友人は自分の数時間後の便で帰国するからと一緒に待合室へ。
 
それでサヨナラ、また今後。
来日して爆買いでもなく観光でもなく、瞬間芸訪問にはありがたくも申し訳ない。

003

 
<聞いた話の一部>
北京の空気はかなり良化したらしい。
車が多くて銭は持っていても許可制から購入するのは難しいそうだ。
渋滞事情により相変わらず車のナンバーで運転日規制があるそうな。
最近の国内旅行は「泰山」だったらしいがゴミと人の多さに嫌になったって。
万里の長城も人混みらしい。夏に行くのは止めた方が良いと。
(これは自分も経験的に同意。斜面を歩くなら汗がどうしようもないだろう)
北京、上海の一部では行列にて中国流の割り込み作法が変化しつつあると。
でも地方都市は早くて割りこんだら勝ちらしい。これには友人も怒っていた。
航空旅客として向こうの金持ちは不動産バブル関係が多いそうな。
(ならば近い将来の雲行きは怪しいもんだと思う)
友人の業界関連の話は。。。 とてもココには書けない。
 
これは会話の中で自分の意見だったけど。
最近の日本人は「挨拶」をしなくなったと思う。
何かのサービスを受けてもアタリマエ風(それはそういうモノにしろ)英語で言う
THANKS的な「会話の返し」が少なくなった様な気がするのさ。
それでね、成田の待合室では隣席に家族連れ。
子供が飲み物をひっくり返して場内係の娘さんが後始末をする。
それも業務とは言え、母親は見ているだけで何も言わないんだな。
ケチな事を言うつもりは無いが「ありがとう」とか「すみませんでした」程度に
口を開いても損は無いと思うのだが。
(自分には関わりなくても旅の途中で嫌なモンを目にしちまったって感じ)
北京での、あるいは友人も一種の接客業だから体験する礼儀作法については
人により両極端な場合があるんだって。
(自分も他人をとやかく言えたもんじゃない。が、これに国は関係なかろう)
 
そんなこんなで搭乗口での見送りを受けNH807便はBKKに出発。
現地着は21:35なり。
 
宿はHOTELS.COMから予約のメトロリンク マッカサンは朝食付きで¥5671。
価格からすれば立地、特に到着して寝るだけならマッカサン駅から至近で文句なし。
以前にもスワンナプームを早朝発の便で使ったことがある。
スタッフも友好的。朝食内容は十分に合格範囲。鶏と野菜炒めが旨かった。

004

 
翌日はユロユロと行動開始。
散策後に一芯で毎度の昼飯。定番「あんまや」で90分の足マッサージ。
店内には日本のコミック本が並んでいてやって貰う間にも退屈しない。
未読の「超人ロック」が並んでいるのがまた嬉しい。
やがて穏やかな気持ちになって本を横に置いたらウトウトと。
その後は市中の店でタイマッサージ90分。
買い物ビル見物やSOI24あたりで現地娘に冷やかし会話なぞして散歩したら
また「あんまや」で日式マッサージ90分。
バンコクでは必ずコレと足をセットでやるのだけれど相当に良い。
(大抵の場合、自分は何かの評価でも「悪くない」と表現するのにホントに相当良い)
 
もう数か月間に渡って肩の痛みが続いている。
寝相の悪い自分はその痛さで毎夜の途中に目が開くんだな。
台にうつぶせになってさ、肩に触れられた開始二秒後くらいで
店の姉さんから言われちゃったのよ。
「右が堅いですねえ」 と。状態を一発で御見通しってのが凄い。
強制的にパジャマを脱がされてコース変更。
タイガーバームみたいな膏薬を持ってきて首から背中の右上半身を徹底的に。
 
勿論、簡単に完治するわけでも無く動かし方で痛みは残る。だが驚異的改善だ。
寝床では肩の痛みで腕の置き場所を色々と変えてみるのだけれど昨夜は
全く気にならず。本日も先週には痛かった腕の動かし方が楽に可能で。
ただしこういうのは放置すればまた少しずつ悪化していくのだろう。
かといって毎週通うのは無理ってものよ。
 
それにしても何の分野でも達人は居るものなのだなあ。
 
後悔するのはこの店は総じて上手いのだけれど姉さんの名を聞かなかったこと。
本当に指名して次回の機会があるならお願いする価値があった。
左半身や腰側は一、二割程度。殆ど右上半身を徹底的にって感じなんだけど。
それも広範囲でなくピンポイントで押さえる。
いててて、痛!なのに普段の動きでの苦痛、不快感ではなくどこか心地よい。
人体ツボの仕組み(そんなものが実在するとして)を知っているのだろうか???
どこでどうやって学んだものだか旅の野次馬として知りたかった。
(店に陳列のコミック本「蒼天の拳」を読みました、ではないはず)
 
あとはまた一芯で晩酌と酒肴。今度こそは水族館と昔にANAの旅掲示板で
アンソニーさんから教えてもらったレンブラントホテルのタイ飯屋に行こうと
思っていたのに。放浪過去帳にコメントを頂いたmarioさんが持つギリシャ情報も
気になっている。興味深く読んでいる「地下掲示板」(2CHではない)でも
最近の話題だが場所的にギリシャは高難度で一生、無理かもしれない。

005

 
まあ、それでも良し。 とにかくバンコクは急ぐ事無く自分の時間で好きに楽しめる。
 
ふとこの週末に想った。 それこそ不定期な日々の迷想というものだ。
 
独り暮らしの難しさ。
職場ではどうにでもなろうと帰宅してみれば「会話」というものがない。
だから何を言ってみても所詮は独り言。
「咳をしても独り」とは誰の句だったか うまく表現したものだ。
世の中にTwitterという便利な道具はあるけれどあれは全く「烏合の衆の独り言」
みたいなものだと思っている。自分には合わないからやらない。
 
むしろ一つのテーマから(自分にとってのそれは主に現実逃避としての旅道楽だけど)
雑談が広がるような場所の方が面白い。
 
10年後には現役引退で銭は不如意でも時間には不自由しないはず。
どうなっているのだろう。
 
久しぶり(?)に出社すれば友人からの連絡で 
「本当に楽しかった。ま、庵主と一緒のときはいつも楽しかったけどね。
これで気分転換できて、また頑張れる気がする。また遊びに行きますよ。
ありがとう!」と書いてある。ん~、日本語の表現としても そう悪くないか。
よく勉強したものだなあ。
 
西の姫様もそうだけど実生活の名とは別に自分へ呼びかけてくれる時は
ANSHなんだよなあ。これが嬉しい。
 
普段の暮らしとは違う呼び名が自分にも定着しているってのが
随分と気に入っている。 ならばその名前でこれから何をするのか。
 
楽しみの枝葉はまだ今しばらく枯れないだろうが。
本筋のところ。そいつは自分の意識次第だろうかね。

2016年8月29日 (月)

帰宅して

暑い !

以上、終了。

ただ自分の記録として放浪過去帳番外編のネタには十分だった。

2016年8月24日 (水)

身体のこと

ふと思うところが有って平均身長を調べてみた。
10~15年くらい前をピークにして現在では
僅かながらその数値が低くなっている。
 
但しデータとして重要な「分散」は不明。
説明が面倒なので省略するけど「平均的」なのが集中して
いるのか、チビもデカイのもそれなり多くての平均なのか。
 
自分の場合、生まれ年代のデータを見れば平均値より6cm高い。
だが遺伝的体質と「巨人の星」世代での悪影響で足が短い。
(膝に負担をかけるウサギ飛びは絶対にやってはいけない)
クレオパトラの鼻の話以上に自分の膝下があと3cm伸びていたら
違う人生だったかも、なんてね。  んな事ぁ無えか。。。
 
幼児期以降に身体を作るのは適度な運動と睡眠。
それに並ぶ決定的要素は食事だと思う。
そういう点では親に感謝している。
 
前の迷想で五輪レスリング女子選手のことを書いた。
吉田さんは承知の結果だけどあれは技量より心の中の
問題だったのかもしれない。惜しかった。
 
それとは別に初戦敗退の別選手。
自分らのような一般人が体形、体格がどうこう気にするより
競技者は瞬発力や持久力も試合運びの中で重要だろう。
盛り上げ映像の中で焼肉バクバクってのを見た時に
駄目だと思った。
 
生物の活動は全てが化学反応。イメージとして肉食とは
強いものだろうが身体が財産の競技選手には害が多いはず。
そういう方面で「負ける食事」というのは必ず存在する。
 
次の五輪は日本で。
種目毎に修練を重ねるのは必須だろうが栄養士のアシストが
ホントに重要になると考えている。
 
うまいもの食ってカロリー摂取すれば良いというものじゃない。
栄養学を研究した人が「ゴールド・メダリスト達の食事」って
分析的で読み物にもなる書籍を出版したら次の四年後までに
相当、売れると思うのだが。そこには一定の傾向があるはず。
 
あのシンクロチームはどういう食生活だったのか。
それを知りたい。野次馬魂から本当に気になる。
 
まあ、それはそれとして。
結局、今宵の俺はいつもと同じく晩飯前の晩酌ばかり。

2016年8月23日 (火)

休み明けでどうなるかと思えばどうにか、の独り言。

二十四節気「処暑」となるらしい。
ホントかよ、って思うくらい帰宅して西日の
厳しさが当分は続く気がする。
 
次の土曜からズル休み企画で国外逃亡。
 
道楽場面は独りが基本だが時々の会話をして
旅相棒となる友人からその前に会えないかと
唐突に連絡がくる。
 
それがまた各就航先の面白話的なものを
聞かせてくれるというので断る理由がない。
結局、もう一つ別件追加で4連休にしてしまった。
 
いささか手前味噌を食わせる話。
何年か前までは交代で互いの場所を訪問していたのに
面倒臭くなって(と共に渡航費用に割高感)こっちに
来てくれるのばかりが続いている。
空港で出迎えた後は帰る日にじゃあまた、で
見送るばかり。
 
自分のHNの基になった上野村連中とはこれで16年。
始まりの日は2000.8.8だった。
これから先だって「機会の場」というものがあれば
少しばかりの懐かしさを加えて昔と同じく普通に
会えると思う。一生モノだ。
七ヘボ店長は今、どうしているんだろう。
 
友人は留学生暮らしを卒業して帰国日の前日に記念品よ、
と当時の学生証をくれた。今でも手元にある。
ただ友人にしてみればそれは終わったこれまでのこと。
これから先に何の関係もないって冷静な心持で捨てるより
マシって程度だった気がする。
 
十年一昔というがそいつは過ぎてしまうと瞬間芸だ。
当時からすれば今でも暇つぶし相棒になるとは
想像できなかった。
数日後の自分ができるもてなし方を考えている。
随分と忘れていた「誠実」って文字が頭に浮かぶ。
 
最古の旧友、羽無雲長氏は以前に記録したとおり
「そういうのは相手を背負うじゃなくて手をつないで
いくものだ」と言っていた。
 
自分にはわからない。
わかる気がするけど本当の感覚は何だろうかと考えてしまう。
本来の予定だった週末イベントには出発時点で
何か燃え尽きてしまっている予感がある。
 
人間相手の話はなんだろうと難しい。
それだって今日が終わって晩酌やって明日が来たら
また自分の仕事して時々のずる休み。
 
二回休んで少し進んで振り出しに戻る。
双六ゲームみたいなもんだ。
そいつが「上がり」になった時が怖い。
 
誰しもが どこで暮らすも それぞれに
戻る故郷は 皆、冥土。
 
これは達観なんてものじゃない。

2016年8月21日 (日)

夏休み終盤

夜更かしして少し寝たら朝から五輪中継観て。
飲んで昼過ぎに午睡で日暮れからまた起きて。
夜更かしして、、、の繰り返し。
出鱈目な生活の連続だ。週明けからの日常リズムへ
戻るには心身共に相当な苦労をするかも知れない。
 
それでも掃除計画は半分程度の進捗。床が広くなっていく。
 
金曜日は初めて先輩宅ではなく街中の雀荘にて麻雀。
この30年程続いている恒例行事で記憶する限り
半荘10回で一度もTOP無しだった。
異国のCASINOで手捌きディーラー相手のBLACK JACK
とは全く違う。
勝負の場ではなく自分にとっては親睦会でガツガツ
行くよりも純に仲間内の場を楽しむ感じだが珍しい。
 
幾つかある種類の欲が年々に薄くなると実感する。
会場の場所柄から夕食会。
自分の道楽から旅情報を様々な場で参考としている。
先輩連は業務上の経験と現地法人連中との付き合いから
宿や食事、その他諸々に市販のガイド本とは別種の
情報を持っている。これを聞くのがまた面白い。
 
飲んでフムフムと耳にする話を手帳に書いて
翌朝に読めば自分の文字なのに判読不能。
かろうじてスペイン→***カバ(読めない)
ドイツ→ゼクトと書いてある。
(どうやら場に相応しくワインの話かもしれない)
イタリア、アレーゼ、アルファロメオ。意味不明だ。
 
五輪TV観戦には「く~!泣けるぜ!」ってのが幾つも。
そうであるが別次元の驚きがシンクロ団体。
日頃にどれ程の修練を重ねてきたのだろうか。
立派な結果よりそっちの方に想いが行く。
 
三井選手は地獄の様な、と語っていた。
あれは誇張でなくてホントにそうだったのだろうな。
間違いなく自分が真似したら二秒で溺れる。
ロシアの非公開特訓はどれ程のものなのだろう。
 
ロシアとくれば。ふと、ドーピングの事も考える。
世の中の進歩には軍事技術、素材からの転用例が
少なくない。
ドーピングに関してロシアと中国は国威発揚以外に
兵士の体力維持にどのような効果を得られるかを
目的にして選手を使った人体実験的臨床試験では
なかろうかとふと思う。
 
マトリョーシュカと同じで見た目の器から
幾重に重ねた最後の中身に何があるのか
分からない国って印象なんだよな。
 
<本日の>
夏休み課題だった桜上水に立ち寄っての床屋は任務完了。
昨暮れに伯母が他界して面倒な話から更地になった
実家跡は自分が生まれて育ったという形は何も残っていない。

Photo

目にして何か感慨深いものがあるだろうかと
行ってみれば何も出てこない。あっさりしたものだ。
俺は半世紀以上生きてきてここまでの紆余曲折から
結局、自分は在るがまま。
醒めた感覚のようなものまで身に染み付いてしまった。
 
髪始末一つに東京まで日帰りするのも近年一層
薄くなってコストパフォーマンスはよろしくない。
綺麗にしてから羽無雲長氏を訪ねる。
不在だろうなと思ったとおり。
母上としばらくの雑談をして手土産の鰻佃煮を渡す。
元気でなによりだ。
 
物や銭はどうでもいいんだな。そんなものを欲にしたところで。
名声の類さえそうだ。欲しがらない人間には何の意味もない。
こうして暢気に暮らせるのさえ今まで働いてきた結果だ。
得られるモノは後からついてくる。
自分に必要なのは「人間」なのだとこの歳になって感じる。
 
それにしてもシンクロ水泳チーム。
練習内容がどういうものなのか分からんが正に想像を絶する、
というやつだったのだろう。
あの娘たちの太腿をいずれナデナデするのはどんな野郎だか。
これはハナッから自分の知ったことではない。

2016年8月18日 (木)

どうだろか。五輪と自分へのギャンブル

女子レスリングの吉田選手。
行くも行けぬも自分次第。
でも勝つと思う。
もう一人は渡利という階級が違う女子選手。
だめだろう。食い方が良くない。
その理由はNHKの番組を観たこと。
自分の旅テーマは食うこと。
そういうのに関係なく食べるから生きてくんだけど。
今、8/18の21時前。
結果はどうだろうか。

2016年8月16日 (火)

続・悪しき生活習慣

これは少しばかり前。今月になってからの話。
 
<本日の一枚>
それは後回し、ってね。
<前説>
現在の場所に転居した当時は新築物件だった。
それとて築十三年くらいになれば少しずつ
くたびれていくのは入居者と同じだ。
 
今だって間取り広さには十分に満足している。
これは住人の責任だけど部屋の掃除、安全衛生状態には
相当な問題がある。
 
しかし4世帯分の小振りなアパートの二階という好条件からか
住んでからゴキブリを目にしたのは今までに三回程度なので
守備は堅いかもしれない。
 
<本題>
自堕落な暮らしは自分そのものだから今更仕方ない話よ。
しかしこの夏は今まで体験しなかった面倒事に。
普段はこれで洗濯しようかってのを籠に入れてその上に
次の着替えを放り投げる。そいつはいつものとおり。
 
異変は突然に来た。
朝起きての脚に違和感。
蚊ではない。咬傷のようなもので「あ”っ!」と思ったよ。
ダニなんだな。
 
心当たりはある。先月に薮や草っ原の中を歩くってのを二回やった。
布団を干しても駄目。いつの間にか傷が脚や時には腕にも。
これね、滅多にない自然の中を歩くってのが原因でどこかから
拾ってきたんだろうな。次の着替えと一緒にして置いたのが
奴を移住させたのかも。。。
 
<対策と結果>
普段の暮らしで怒るって感情が出てこないんだけど
これには「アッタマくるなあ、もゥ」って気分だよ。
毎日の仕事場では建物掃除で業者の人が廊下やトイレの世話をして
くれても自職場には入ってこない。
 
その職場に掃除機は三台くらい有ったはずだが一ヶ月に一度も
職場連中は使っていない気がする。
だから丁度の夏休み。会社備品の掃除機を拝借したって
問題なかろうでダイソンのを。これは夜に使えば近所に
申し訳ないくらい「ウイーーン」って五月蝿い。
シーツや上掛け。昼に干して更に寝る前にも吸引作業ね。
どうやら問題は解決した様子でこの数日は安眠状態だ。
 
<教訓>
例えば必ずしも。。。
日常生活で蚊に食われたら日本脳炎になるわけじゃない。
東南アジアで何か食ったって赤痢になるとは限らない。
でも人間がやる犯罪とは別種のリスクは自然の中に
間違いなく存在する。
 
限局的な分野の話だけだって・・・
特に北海道、欧州アルプスの山渓で渇きから湧き水が綺麗に
見えても絶対に飲まない。(アラスカ、礼文から広がった
北海道、アルプスは特異的なエヒノコックス流行地)
中南米、アフリカ(これらは訪問計画が当面無い)、あるいは
東南アジアの一部や中国南部で自然の水遊び淡水に触れない。
(今のところ国内では撲滅された住血吸虫。過去帳ネタに
したが何故、甲府地方で悲惨な風土病になったのか
その理由を知りたい。これは一生、わからないはず)
 
淡水魚の料理を出す店では海水魚も刺身で食わない。
生命の不思議で淡水生物は人間に悪作用をもたらす
寄生宿主となる例が多い。
包丁や調理道具に付着した寄生虫卵、幼生危険因子が
そのまま海水魚の料理に使われる可能性がある。
 
<つまりは>
いつもの暮らしとは違う「危ういもの」を
日常に持ち込んではイカンってことだろうか。
漠然とした感覚ね。
 
WEB記事では脳炎のようなものでダニ咬から落命した人が
いたそうな、
日本国内では島国という事情が幸いしたか。
太古からそういう災厄を喰らった人がいるだろうが
生き残った子孫は日本の害虫に対して一種の免疫とか
耐性を遺伝という形で持っているのかもしれない。
でもこれからは油断できないだろうな。
害虫が害虫である能力を不慣れな異邦人に発揮したりして。
こういう形の国際交流はありがたくない。
 
でもそれは何故そうなる? 生物の不思議よ。
仮に宿主へ恩恵を与える形であれば。。。
吸うや咬むだって宿主に「あひょ~!気持ちいいねぇ!
もっとやって!!」ならば互恵関係が成立したかもしれない。
でも違うんだな。不快感があるから何かへの予防意識がでる。
つくづく生き物ってのは不思議なもんだ。
 
で、本日の一枚。
教訓として日常と違う身につけるモノがあったなら。
その日のうちに洗濯しろ!だ。
いつの間にかやられた、って感じ。
 
fさん、とはベルリン編で情報を読ませてもらった人。
風光明媚の「花の谷」だってダニは忌まわしい展開になる
事を書いていた。(その時の自分は ふ~ん、、、程度)
ふとそんな話を思い出したよ。
 
国内の話なら日本は島国だから御先祖さんからの疫学的耐性を
お馴染みのものとして持っているかもしれない。
異国の病には慣れってものがないだろうから
コロリとやられてしまうのかもなあ。
これは画像記録として見せられるもんじゃないが
この夏に初体験だからなあ。

20160816

 
明日は掃除と洗濯を楽しむ。これを目標にしよう。
で、身につけたものとこれから着るもの。
分けておくべきなのだろうなあ。教訓として。
これが今宵のツマラヌちょいネタね。

2016年8月13日 (土)

夏休み初日~! とは無関係な中国迷走(迷想?)

尖閣諸島からそう離れていない公海上で中国漁船が他国タンカーと衝突して沈没し、
乗組員は海上保安庁に救助されたという報道を目にした人は多いだろう。
 
漁業自体に関しては協定の類やら制約があるかもしれないし
タンカーからの燃料流出で海洋汚染が発生すれば非常に困る問題だが
公海上で漁船一つの事故の類には何処の国からも文句は出ないはず。
 
救出にあたった日本の海上保安庁の活動を一文字で表するなら「義」かなあ。
でも本日の迷想はそういう話じゃない。本筋になる所は終盤で。
 
自分の暇つぶし旅で意思疎通が正確にできるか関係なしに、なるべく現地にて
土地の人と会話をするのを心掛けている。その中には中国人も。
別に○○人ってのは関係ないさ。善いも悪いも、人間の印象はその人次第だろうな。
ただなんとなく、地理的距離感から欧米に比べたら善し悪しの幅の広さを感じる機会が
多いのかもしれない。
 
個々の人に対する印象なら男女の性別に関係なしに「惚れるねえ」って相手は
間違いなく存在する。
現実の面識が無くてもWEB記事を読むと好ましい人柄だなあって相手の意識を
「受信」するような感じ。 これに居住地や国籍は無関係。
対して嫌なのは徹底的なまでに嫌悪感がある。これは相手が日本人でも同じ。
 
それでさ、中国人。
体験的なところから相手が日本人の場合と同じくらい親しみを感じる人と
「なんだ、こいつ」の差が大きいと思う。これは「人」の話。国としては。。。
まったく信用していない。もう少し正確に書くなら共産党本部の政治姿勢だ。
南沙諸島、言論弾圧、チベット問題、ハニートラップで自殺した日本の役人、
いくらでも危険な国というイメージを持つネタが出てくる。
 
以前に60年前の日本みたいだと書いた記憶がある。
自分は生まれてないのでそれこそイメージとして、って感じだが。
現在では7,80年前の日本と同じような。これまた迷想だろうと。
連中にしてみればあれほどの大人数を食わせていかなければならないので
なりふり構わぬ、って意識になるのかも。
遠いか近いか分からない将来に様々な名目でアジア、アフリカ圏は昔で言う
植民地支配とは全く違う形で中国の「外地田畑」に組み込まれる国が
出てくる気がするのさ。
で、今回の中国漁船事故で海上保安庁の救難活動ね。
最初に書いた様に「義」だろうが「事の起こり」は何だろう?
 
そう。公海上の事象だからね。日本の管轄権は多分、及ばない。
 
「アジア船籍は後が面倒だから よその国で手頃なデカサのがあったら
簡単に沈むのをぶつけてこいや」
 
「ちょいと擦って漁船の沈没工作も完了しましたぁ」
 
「ヨしヨシ。あとは救命胴衣つけて海に飛び込め。こっちは日本の海保艦船が
どの程度の機動力と指揮系統を持ってるか情報収集してやるわい」
 
「了解、タンカーに救出されないように全力で逃げます!」
 
「海保に救助されたら艦内を十分に観察するのを忘れるな!」
 
「何人かが行方不明と伝えて時間稼ぎするつもりです」
 
なんていう指令が有っても不思議ではないと思うんだけどね。
考えすぎだろうか? いや自分も考えてない。直感的にそう思うだけ。
 
報道情報自体が断片的なので分からないんだけど
海上保安庁が公海上まで出向いて救助するまでの時間に
衝突相手のギリシャ船籍タンカーは「中国漁民」に対して
手を打てなかったのだろうか? その時期、相当数の中国漁船が
操業(?)していたとWEB記事では目にしていた。
漁業無線を通じて同胞に助けてもらうことは可能だったと思うのだが。
 
なぜ公海上にまで出向いた海保が活躍したのだろう。
自分は「海の漢」じゃないからこれがよく分からん。
 
床屋に行くつもりが寝過ごしてしまった。
明日に早起きが出来るだろうか。 これが今宵の課題。

2016年8月11日 (木)

悪しき生活習慣。

過去記録のとおり今年になってから食生活改善にTRYした。
健診結果はそれまでの各種、赤文字数値が全て改善方向で。
 
ところがその後にまたデタラメ状態。
最たるものは酒。
なんでそうなる?って事を自己分析すれば
退屈こそ諸悪の根源、って感じがするのさ。
 
<本日の。。。>
MLBでイチローが3000安打。素晴らしい記録でそれ以上、自分が
何も書くことはない。
 
達成後のWEB記事コメントで凄いな、って思ったのは記録までの
足踏みに「経費を使わせてしまった」ってのを二度目にしたこと。
自分の感覚からすれば野球選手の言葉とは思えない。
 
それはそれとして。

000

 
先週末は年に一度の慰労会。
福利厚生の一環で会社施設になった地元繁華街の割烹で会費¥1000
(差額は社員への還元で部署経費)コース料理と飲み放題。

001

 
料理や店(?)の構えが好い。所属は総務部の福利厚生Gでも
出迎えてくれるのは本物のソムリエ資格の人。酒の知識が凄いんだなあ。

002

 
好きに飲んで勝手に騒げ!だ。
ただ、、、この一年。経費に対しての成果がどうしようもない。
仕事の景気も季節と同じくアツいサムいがあるものだろうが。
考え中の新ネタだって景気の悪さからの怠け癖に浸ると鈍くなるばかり。

003

 
でも、もういいんだな。全部が全部、自分のアイデアで勝負する年代じゃない。
これからの事はこれからの世代に頼めば良いし仕事の話でも残すとか伝える
なんて中身は受ける相手の若い衆が役に立つかどうかを勝手に判断すれば良い。

004

 
それにしても飲んだもんだ。若いのが久保田の萬寿持ってきて~なんて
言ってたような。。。今回は途中から記憶がまったく無い。
気がついたら家にいる。どうやって帰宅したのだろう。

005

 
酔っ払いの帰巣本能は凄い。
電車中の酔客、こいつはどこまで乗り過ごすかと思うときがある。
でも下車駅直前にビシっと目を開けてフラフラしながら車両から出て行く例を
多く目にする。

006

 
週明けの職場で姉さん連に最後まで食事した記憶が無いって言えば
他人の食事までバクバクしてましたよヲ、だって。
(やはり食うのが自分のテーマなのだろうか)
若い野郎は自分の肩をバシバシしてハグしちゃいましたって。覚えていない。
 
酒飲みも記憶を無くすまでになったらオシマイ。
前の迷想で家系的なものを書いた。健康が維持できる限り道楽にも
なるだろうが本当のところ何がどうだという以前に自分が普段の日に
退屈している気がする。 これが良くない。
 
明日が終われば9日間の夏休み。この夏の自分は何をするのだか。
 
床屋と職場麻雀。 そんな程度で特別の予定は無い。
でも時差を気にせず五輪競技。こいつは楽しみさ。

2016年8月 9日 (火)

五輪雑感と八月の太陽を

だからさ、会社の食堂で向い合せに座るのは同い歳のオヤジなんだけどね。
そいつと昼飯雑談で五輪競泳の池江は凄いなって話。
 
準決勝インタビューで「メダルよりも自分の記録」って語りのこと。
五輪競技なら尚更誰だってメダリストを目指すだろうさ。
幾ら日本記録を更新しても壁が高いってか、その壁までがまだ遠い感じ。
 
オヤジ連の共通見解として感覚的に「聡明な女の子」となった。
目指すものが他の何処かにあるんじゃなくて自分の中に目標が存在してる雰囲気。
柔道だとね「金メダル」取れなくて悔しいってインタビューが多い気がする。
実際、そういう結果だけど。
 
だけどね、、、試合直後とは違って現地特設スタジオなんて場所で
しばらくしてからのインタビューは清しい。 
 
柔道は日本のお家芸なんて時代じゃない。
そんな文字を見聞きすると「へ、くだらねえ」みたいな気分にすらなるんよ。
 
今では世界中の国でそれこそ「心を磨き技を練り」の世界競技になっている。
応援する気持ちとは別に銅ならそれでもイイジャナイカって気がする。
 
メダリストは確かに凄いもんだ。
だが世界中の競技者がどれだけいるのかを考えたら「参加すること」
じゃなくてその場に「参加できること」それ自体が凄いと思うんだな。
 
昨晩は暑くてさ。夜中の二時過ぎに目が開く。
シャワーで寝汗を流せばその後はウトウトするばかり。
そうしてつまりは体操競技をTV観戦。
ホントにドキドキさ。タダのTV観戦客なのに失敗するんじゃないか?
って不安心理はどこから来るのだろう?
 
結果は報道されている。連中がやってきたものに相応しいと思う。
でもって、、、薬物依存。だからドーピングのバカバカも同時に感じる。
 
それはそれとして。
自分は世に言う右翼左翼なんて思想がない。しかしセンターでもなく
その時しだいのス~ダララッタスイスイ、
 
それでね。
 
団体体操の表彰で内村選手の「声が裏返るまで唄う」っての。
正直、いいなあ、って思ったのさ。人の暮らしは人それぞれよ。
何の関わりがあろうとなかろうと。
 
歌、旗印の類へ心一つにできる「象徴」って意識を持てる集団が
あるならそいつはこの先、まだどうにかなると思うんだけどね。
そうでなきゃ、 それらはバラバラってもんだろう。
 
歌を断片的に思い浮かべるねえ。(わかる人だけ)
 
かの群小を凌駕して   「金」の誉れは 勝ち得たり
われらが胸の喜びは    ここに溢れて 八重潮の
聞けや山河もひれ伏して  日本の勝利 寿ぐを
 
<本日の一枚>
暑かった。職場建物から駐車場に向かう途中は天然温風器の中を
歩いているみたい。帰るかと車載外気計の表示は夕刻なのに。。。
 

20160809

昔は日射病って言葉があったのさ。
今じゃ日に当たらないのに熱中症。
自分自身は何に熱中しているわけでもないけど。
 
今夜もまた寝苦しい夜になるのか。

2016年8月 7日 (日)

珍道中番外編 身内連中と温泉宴会<2016.7.2-3>

6月のいつだったか晩酌時に電話が鳴り、出れば聞き覚えある叔父の声。
 
何が嫌かって親戚から電話を受けた時。
この歳になると突然、めでたい話が舞い込むなんてまず有りえない。
何事かと聞いてみれば老母の弟、妹連が伊豆へ温泉旅行宴会をやるので
オマエも参加しないか、との誘いだった。
そうなりゃめでたい話に躊躇する理由は無い。
 
JRで叔父、叔母衆の伊東駅着は15時過ぎだという。
自分は昼過ぎに新東名経由の出発。 これは随分便利よ。
 
東名なら1時間で富士あたりまでがせいぜいなのに新東名なら
沼津長泉まで楽に行ける。
五月は登記関係処理で現場物件を見るために修善寺から伊東へ
抜けるルートを走った。
車で伊豆半島なんて何十年ぶりだろうと思っていたのが二ヶ月の内に
同じ道を走ることになるとは。

001

 
14時過ぎに宿へ到着。時刻は早いから車を置いて市中散策。
海水浴客は宇佐美や網代の方に宿泊するのだろうか。
 
7月最初の週末。
ソコソコ観光客はいるけれど活気が有るの無ないのか判じがたい。

002

 
路地散歩。
随分以前に廃業したらしいストリップ屋の看板がそのままになっている。
いかにも古い温泉街って感じだ。
 
昨夜は皿一杯にグラタンを作ったもんだから腹が重くて本日は何も食ってなかった。
宴会は数時間後だが目についた蕎麦屋に吸い込まれる。
日本酒と板ワサ。 カマボコは流石だ。ワサビはそのままでなくワサビ漬になっている。
醤油は使わない。後に宿で食った料理の一つもコレでワサビ漬だった。
土地のスタイルなのだろうか?

003

 
やがて全員集合。 温泉はソコソコに良い。 
食事は悪くないのだが特に良いというものでもない。
叔父の一人は相当に不服そうだった。「これだったら次回は東京でウマイモンを
喰うために集まろう」などと言い出す。
 
永年の仕事から叔父兄弟は青果物や海産品に対して
並みの目利きじゃないと思うから仕方ない。
 

004

事実、母の里でもある叔父宅で毎正月に集合する時の料理がウメエコトったら。
贅沢なものではないが素材の選び方と料理の腕が違う。
 
それにしても母方親族は飲む。
持ち込んだ一升瓶何本かが寝る頃には空になっている。
祖母が仕込んで没後にソレっきりになっていたマムシ酒を蔵前橋の蛇屋が
随分な値で買い取った、なんて昔話を聞いた。酒については一種の家系だと思う。

005

 
自分の学生時代前半は家族が福岡に残っていたので父方の祖母との
暮らしが何年か続いた。
そのせいか年寄りが語る事は屈託なく聴くし特に自分の生年以前の話は面白い。
耳で楽しむ時間旅行みたいなものだ。
だがいずれ順番に語り部がいなくなる。自分もまた聞き手では無く老人の領域に近づく。
いつかの日にどれだけ語れるネタを持っているのだろう。
宿前でまた今度、でサヨナラ。
ドライブ趣味は無いけれど伊豆横断はどこでも山の中って感じ。
目に染み込む緑色が心地よい。

006

 
今回の発見。
昔にハトヤのTVCMがあった。電話はヨイフロってのね。
自分はてっきり海辺にある奴かと思っていたが山手に本家があるのを初めて知った。
文明堂とハトヤと舟和の和菓子は夕方になると必ずやってたCMだと思う。
広告にも時代の流れってのがあるのだなァと。
 
でもね。
次回の五輪なり異国観光客誘致って話になると。
それだけじゃなくて国内の余暇事情には何だか難しいものがあるなあって感じ。
これを説明するのは難しい。

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