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2016年9月21日 (水)

残念と自分の迷想とは違う物想い

これは自分の体験から面倒を見て貰った医師の話。
過去に記した別場所記述をそのまま転載。
 
 >主治医との面談趣旨として今後は肺と骨への
 >転移を見ていくらしい。
 >もしもそうなれば現在の医学(あるいは医療技術
 >というのか)では抗がん剤の効果は十分に
 >期待できないのが現実らしいから延命よりも
 >生活の質に重点を移すことになるようだ。
 >確率というよりも単なる統計的に何十人かに一人が
 >そういう事もあるという程度の話だ。
 >無理に意味をつけるなら時として現実というのは
 >タダの冷たい数字ひとつで表現されてしまうものだなあ、
 >という程度。
 
首尾よく行けば、それは結果として前回の迷想とした様に
生きて楽しんでの気まま暮らしが暫くできるはず。
 
しかし世の中には当人の意思とは関係なく知る機会や
転機を逃して別の方向に行く人がいる。経験則としてそう思う。
 
技術だけの事柄なら。
先人の識を洋の東西に関係なく学び一層に洗練するのが
日本の技だと思っている。自身が怠け者でもそう思う。
現時点で最終的に欧米ブランド製品だろうが医療診断や
石油探査の検出技術の最先端は日本に在ると思っている。
もしかして宇宙の生い立ちと成り行きを紐解く暗黒物質の
解明だって先鞭をつけるのは日本かもしれない。
 
そんなものとは違うところで。
 
自分の体験について同窓生の泌尿器科の専門医から
言われたのはオマエの為に本当に動いたのはDr.KTだから
それを忘れるなっての。
 
彼は「なんとかしちゃるけん、心配しやんな」と言い切った。
事実、繰り返しになるが人には終わりが来る。
しかし納得できるところまで奴の世話になった複数の
同窓生親族の話を耳にした。でもそいつは当事者の後日談。
 
職業上の守秘義務があるんだろうが本人からは
自慢や得意になる話が全くない。一切無い。時々に福岡へ
行って聞く言葉は「んなら一緒に飯食って飲むかね」だ。
 
どうにかなるかもしれないものは
どうにかなるうちにどうにかできれば。
 
それがどうにもならぬことに。
そうなる場合があるのだろう。
 
WEB上の芸能記事で「肺と骨転移」って文字を見た。
 
これが本当なら正直、厳しいだろうし切ない感じ。
他人事ながら想うことをこの場で全て表現できない。
自分の健康問題については色々と奇縁から幸運だったと思う。
 
しかし医療行政や受診機会格差って問題は実在するだろうが
そいつは難しい話になると思う。

2016年9月18日 (日)

奇貨

それは「置くべし」あるいは「尊ぶ(たっとぶ)べし」とも言う。
 
直接的に金銭なら紙幣と違う貨幣というものがある。しかし所詮は小銭だ。
だから変な10円玉より普通の万円札が好きってなそういう個人的趣味の
話はさておき。
 
冒頭のね。機を逃すべからずという意味が一つにはあるらしい。
 
それはそれとして。
 
既に向こう側の人。LIVING ON THE OTHER SIDEってのか。
夏目雅子、田中好子、本田美奈子。他にも。
 
昔っから好きだったんだけど。でも手遅れ。
歌舞伎役者の奥さんが暫く後にどうなるのか。知ったことじゃない。
だって乱暴な言い方だけど自分には分からないもの。
 
循環器系のは難しい。
が、田中好子さんのはもう少しどうにかなったんじゃないかと思う。
 
俗に命の火を燃やすって表現がある。
前にも書いたとおり生命活動は化学反応でそれは一種の継続的「燃焼」だ。
ところが水を浴びせるような疾病、足で踏み消すような事故に犯罪被害。
そういうもので続くはずが不完全に燻ったり消されてしまう事柄は世の中に実在する。
 
時折に書くのは行く末の結果が知れていて、原因が分かるなら
そいつを早めに始末してしまうのが良いものがあるはず、ということ。
でもこれは健康面だけの話じゃないんだよな。
 
さあああァ。
二年ぶりのPET検診をやってデータ類が届いた。
 

1

 
相変わらず血糖値が駄目。それでも少しだけ改善している。
五月G.W.までの食生活改善遊びが奏功したのかもしれない。
これで酒を止めたら上出来なのだろうが。
 
それでも悪化転換していなのは夕食時刻が早いこと。これは良いかもね。
だいたい7時前には終わっている。しかしその後に何か食いたい時だってあるさ。
常備食は豆腐一丁。夜食とするにはこれで冷奴。容器のまま軽く水洗いして
鰹節乗せて少々の味醂と醤油(時には蕎麦つゆ)でバクバクとね。
食ったら翌日には補充する。豆腐はコレステロールに作用する成分を持つらしい。
昨年の社内定期健診では中性脂肪/善玉HDL/悪玉LDLが300/52/178だった。
今回は165/58/137でこれだけは劇的な変化と判断できるだろう。
 
脳については前頭葉と海馬の萎縮がいつ始まるかとビクビク生活だが今のところどうにか。
 

3

 
世に右脳/左脳型人間というのが言われている。画像は足の裏側から見たものなので
右が左半身、左が右半身となる。コントラストからすれば自分は左脳型だろうか。
 
そういう右脳/左脳判断のWEBサイトがあっていくつかやってみたら
たいてい右脳型と診断。でも左7右3とかになったり。
内省的に自己評価するなら日常場面にも事実の検証に努めて論理的に筋を
考える一面を持ちながら真逆のス~ダララッタで感覚的成り行き任せ場面だって
同じ程度に。 人の性分は外見のみならず頭の中を画像化したって簡単に分からない。
 
だから他人(この場合は診断する医師かね)から見て外観形状や活動程度が
分かってもソコから産み出される思考や意識が正体不明だってアタリマエ。
それが良いか悪いかの事はともかくそういうものだろう。
 
おれはこの頭で明日には何を思い浮かべて行動するのか自分にすら想像外で
知ったことではない。その明日の思考なんて分かるわけがない。
 
中身については不思議でありアタリマエでもあるか。
9年前の部分摘除痕がそのまま残っている。
 

2

 
表面の皮膚なら瘡蓋になっていつかは再生される。
そうでなきゃいつまでもヒリヒリしてかなわん。ところが内臓の他、各種の機能臓器だと
こうはいかないらしい。それでもどうにか生きていけるもので遠藤周作は過去の手術で
片肺の相当部分を失ったままだったし職場の中には胃の大半を切除したのもいる。
 
しかし四肢や女性なら乳房の摘除術を受けた場合は切ないものが残ると思う。
これは身体の仕組みだろうが意識と共にある難しい話だろう。
 
春前からの肩痛まで指摘されるとは思わなかったが技術の進歩で画像診断の
検出器自体は世代が交代して(設計者もそうだが)性能は自分の時よりも
一層に進化した。それでも今後にこの手の疾病は増加していくはず。
(発生自体と診断は別の話だ)

4

 
当面、特別の問題は無さそうでも必ず自分には終わりが来る。
誰に限らず個人の身体状況とは別に国全体の医療費と各健保組合で財政の問題。
これが非常に重篤な状況になっていると思う。政治家や役人はキッチリと直視して
大仕掛けの手術をするつもりがあるのか?自分にはその様に感じられない。
 
年金問題にも通じる部分があるはずだ。分かっていながらどうしようもなく手遅れ。
比喩的に人間社会にも悪性腫瘍を持つ場合が有ると思う。 

2016年9月14日 (水)

築地市場移転と食い物

だからさ、小池都知事は一旦、棚上げする可能性を示唆している。
 
70過ぎて今も仲卸と仕入れに関わる叔父は反対の意思を
この夏に伊東旅で身内が集まった時に語っていた。
理由の一つには間口が狭くてどうしようもない、ということらしい。
 
今現在の自分余暇を楽しむ一つは旅道楽で粗食淡飯の
日常から重要な要素は喰うこと、だ。
女性の柔肌に触れて感動するなんて場面はもうとっくに無理。
 
築地に関しては、、、なるようにしかならない。そう思う。
だが将来に移転して見かけがどうだろうと個人的印象からは
ただ一言。 「嫌なもんだな」だ。
 
理由は豊洲という場所。
現代の都会事情は全く知らない。
だが地方暮らしでも「昔の東京」ってのを十分に知っているつもり。
 
住んでる人にこういう発言は不快感があるだろうが隅田川の東西じゃ
全く東京の顔、形は違うと思うのさ。江戸川、江東あたりだと特にね。
 
江東区の一部に築地市場が移転する話に限定して何故そんな
偏見を持つのか?については夢の島、若洲、潮見って町名がKEYになる。
 
非常に乱暴な表現をすれば原爆落とされて戦争が終わって10年かそこらの
うちに都市が形になって15年後には東京五輪。25年すれば大阪万博。
その動きは進まぬ東日本大震災の復興状況とは比較にならない。
 
同時にそれは振り構わずと終戦混乱で利権を獲った者が勝ちの構図だったはず。
 
実際、1970年代以降の人は背景を知らないだろうが「夢の島」とは
あらゆる種類の東京ゴミ捨て場の別称で町名以前の固有名詞。
 
自分の認識では正体不明のあらゆる廃棄物を使って埋め立てられた土地。
 
現代では何の分野であれ製品を売って飯のタネにしている製造業には
ROHSやREACHの他、非常に厳しい環境負荷物質への規制がある。
 
夢の島地区近所の地面の下には何が埋まっているのか混沌の世界だろうな。
最近の報道では豊洲でベンゼンがどうこう、と目にした。
ベンゼンはプラスチックにも作用するから正体不明の化合物だけじゃなく
アスベストや現代で規制されている様々な物質、あるいは小銭や札束の
ようなアリガタイモノだけではなく発見されない死体だってあると思う。
 
かつての水俣病は海への垂れ流しが元凶だった。
土壌であれば事情が違う、とは感覚的に言い切れない印象を持つのさ。
 
五輪については大勢の流れから4年後までは何だろうと開催して閉幕したら
それ自体は「はい、オシマイ」ってもんだろう。
しっかしまあ、土地の人には乱暴な言い方だが豊洲については嫌な感じ。
小池知事は一応の名目上、選挙結果から都民の代表となるのだろうが
この話をどう扱うのかに興味がある。
 
60年代の映像NEWSで夢の島の様子を目にした記憶がある。
勿論、現代の風景とは別物だ。
日本の埋め立て造成技術はすごいもので福岡あたりだとドーム球場や
HILTONシーホークあたりの街は高校時代、単に「海」でしかなかった。
 
築地市場は築地だから良いのであって浜離宮あたりの近所でうまいこと
手を加えて拡張して。ついでに一大海産食堂街を作ってくれた方が
個人的にはありがたい、などと迷想するんだがなあ。

2016年9月12日 (月)

ホントにまあ

俺ャあ普段の平日は朝起きて一日何をしてやろうかと
課題が有ろうと無かろうと漠然とした不安を持っているようで
そうでもない様に感じるまま夕方までの時間が過ぎて家に
帰れば寝るまでの暇を持て余すのは間違いない雰囲気の
毎日で週に一度の週末が来ても何ということもなくまた次の一週間に
なってと句読点が無いまま読む話と同じくらい面倒くさい毎日で
退屈している気がするのに実際は色々と面倒事まで出てくる。

そういうモノに対して思うことは全てが不定期な日々の迷想
なのにこの頃は自分への日記にすらなっていない。

自分は生まれた時から自分なのだけれどその自分がいつからか
何かのところで昔の自分とは違ってきたような自覚が。

これは一体、どういう話のことかと自問自答しようにも。
えい、面倒くさい話だ。

最近の自分は考えること自体を自分で棄てている場合がある。
どうしたもんだか。

2016年9月 6日 (火)

夏の夢

これは昨年にも同じことを思ったんですがね。
今年は尚一層に何か違うなあって。
 
そいつは天候の話なんですよ。
客観的事実とは別に子供の頃、北海道では梅雨が
無いってのを藤子不二雄の漫画で見て夏場の北海道は
雨が少ないのかなあって。
 
そんな印象を今の歳まで持っていたわけです。
 
しかし先週からの天気は報道されているとおり。
で、最初に書いた思ったものとは。
 
今年も普段の地元で入道雲を見た記憶がないのです。
真っ青い夏空にカァ~ッ!と湧いてくるようなやつ。
 
雨降りの日も有るけど豪快な入道雲じゃなくて
空にあるのは気だるい感じの低い雲だったりね。
 
夕立を 坊主頭の 雲が呼び 雨打つ音は 念仏唱う by 庵主
 
天気の話に限らず。
 
なにか世の中、変わってきてる気がするんですがねえ。
 
環境状況の遷移に自分が追従できる内は万事、それも
「気のせい」の一言で終了できるんでしょうけど。
 
そうでないとしたら。。。

2016年9月 5日 (月)

朝帰り

羽田に5:30頃到着で帰宅。

日常では0650に目覚ましセット。
ただ、生活習慣とは侮れないもので大抵はその5分以内に目が覚める。
これはこれで健康的かもしれない。
 
帰路の首都圏では6時頃でも通勤客と思しき人々の姿が車内に多い。
みんな御苦労様だなあ。普段の田舎暮らしを実感する。
 
今回は久しぶりに初訪問の土地だった。
そういう場所では何を目にしても面白い。
 
と、余韻に浸っている場合じゃない。
午前半休で少し仮眠したら昼から出社だよ。
打ち合わせやら何やらの予定が二件。
 
激しく居眠りの予感だ。

2016年9月 1日 (木)

ふと想うに、これも一つの区切り。しかし面倒くさい。

帰宅して郵便受けの中を見たら邪魔なチラシに
混ざって一通の連絡書が来ていた。

この庵主の暇つぶし空間は昔のHOMEPAGE形式と
BLOGみたいなものが混在している。

提供元はNIFTYなんだけどね。
@HOMEPAGE.NIFTY.COMのサービスが今月で打ち切りだと。

代替手段の説明は記されていたって移行処理が厄介だ。

元々、自分がこんな日記風の記録場所をやろうと思ったのは
h社上野村からの話。
りあさん、というのは西の姫様と自分が敬う当時からの
村仲間でその人のHPを見たのが動機だった。
(今では姫様ではなく家庭内大奥になっているかも知れない)

現在でも幾つかの掲示板の類に顔を出すのよ。
そんな習性の全てはh社のやつが始まりなのさ。
他人様からすれば目にする意味もない自己満足だって暇つぶし
として楽しめるし記録の類は明らかに自身への価値となる。
(これから先は意識を文字として残す事によるボケ防止、ってより
進行を抑制する効果さえ有るかもしれない)

今月の内に始末の仕方を決めねばならんが
これは放置できない課題だろう。

時代と共に世の中の仕組みや道具は変化していくはずさ。
そいつは確かに便利。一つ次には別の新しいのが出てくる。

だけど全部が全部、そういう変化なり流行に合わせて
自分が追いかけるのは。なんだか疲れてしまう感じ。

それはそれとして。
明日は久しぶりのPET研究検診。どういう結果になるか。
終わった夜には初訪問地への遠征に出発。

戻ってきたらで、この場所をどうMODIFYするか、なんだなあ。
これが今月の課題になる。

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