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2016年12月31日 (土)

大晦日

冬休み初日の夜半を過ぎた。
つまり自動的に本年最後ってことだ。
 
最近特に自覚しているのはこの場所、迷想が迷い言でも
モノを考えるのではなく単なる日記化しているということ。
 
世の中にはこの程度の自分だって色々と考えさせられる
出来事が日々にある。そういうネタには思い浮かべる所まで
行くのに「思いつき記録」としてココに残すまで至らない。
 
生来がモノグサ性分に加えて一種、意欲的な生活が年々、
難しくなっているのだろうな。
 
随分な老齢となっても政界の他、各分野に居座る連中ね。
あれは自負心ってより何かの欲が無ければ出来るもんじゃ
ないだろうなあと思うのだが。
自分には無理だ。煩悩を多く持ちながら似て非なる「欲」って
もんに欠けている気がする。これはいけない。
石木の心境というか解脱の境地に至るにはまだ早過ぎる。
 
来年はもう少しどうにかならんかなあと思ったところで
これは一番難しい課題になるかもしれない。
 
それでさ。この迷想場所にはアクセスカウンタってのがある。
最下段で久々目にして、こんな場所にすればそれなりの数字だ。
多分、何かの成り行きで立ち寄った人が失意のままに去っていく
ってのが繰り返された結果だろうが来訪者がいたってのは
面白いもんだな。
 
さて来年の自分は?
 
<本年最後の一枚>
多分、おせち料理用のものだろう。
店先で見てフフーンって感じだったのがチョロチョロと
足を動かす姿に惚れて買ってしまった地元の車えび。
 
オーブンで素焼きにして食えば旨いのだが連中にしてみれば
受難には違いない。だが人の手に渡らず海に逃げ出しその後を
生きたとしても結局は魚の餌か寿命は終わる。
 
宗教観や信仰心なんてものとは別に度々に書く自分の内に
持っている真理として生命は化学反応の塊ということ。
食物連鎖の言葉のとおり、生命は別の生命を摂取しないと
生きていけない。石ころだけ食って満腹するなら食費は
随分と楽になるだろうが。
 
そして生き物として普通に認識するけどそれは植物と動物に
分かれていて一部の肉食獣を除き植物もまた身体のバランスを
維持するためには必要になっている。
 
インフルエンザを喰らうのも、薬である種の病が治るのも。
それもこれも全ては化学反応で元は宇宙がどれほど広くたって
自然界では100に満たない元素の振る舞いだしそれだって
基本の元は同じ。陽子の数の違いがモノの違い。
周期律表が完成する以前、中世の錬金術師が金の材料として
原子番号が一つしか違わない水銀を多く選んだのは何故だろう。
 
生命の迷想はきりが無い。
そしてどこかでわけのわからぬ壁にその先を妨げられる。
 
まあ、そんなこんなで今年が終わる。
暦で一年を区切るなら来年は何を思って何を見る?
何を見て何を想う? そんな気分さ。

20161230

2016年12月29日 (木)

本年仕事納め

これで明日から10連休よ。

とりあえず大掃除か。
いや毎度、呪文のように書いたって成就しないって。

大晦日から親の様子を見に帰り、あとは恒例の麻雀。

他にはナニモナシ。もうそれで十分さ。

しっかしなあ。
年を越える毎に俺ャあ。
何も考えぬままに馬鹿の階段ってのを
転がり落ちてく感じがするね。

 OK OK。

すべて在るがまま、だ。

数日の内に謹賀新年さ。
その前に、こうして一年が終わるのも良い感じよ。

2016年12月18日 (日)

本年の全日程終了

今週もまた久しぶり、の場所でした。
出歩きならではの体験や迷想も色々ありましたよ。
 
前に変わらないものへの感慨みたいなことを書きました。
しかしですね、歳月と共に万物流転は当然の話で
実は変化に対して自分がただ気がついていない
というのが本当のところかもしれません。
 
生物学的な慣性の法則の内には生活習慣の類も
含まれるでしょう。
何かを変えようとすると案外に時間や精神的な
エネルギーを必要とする場合があるわけで。
 
自分自身を変えないと駄目だとこの頃は
一層に強く感じながら現実の動きになりません。
 
二週間の後には新年を迎えますね。
本年の残りは反省に意識を向けたいと願っても
現実の中でどのように反映されるのか
全く見当もつきません。
 
自分自身でも やれやれ、、、 という感じです。

2016年12月15日 (木)

日露首脳怪談、じゃくて会談げな(なぜか福岡弁)

約束相手を待たせても手土産無しで遅れて来るのがスラブの流儀。
 
ビアスが悪魔の辞典に「ロシアの経済協力」なる項目を載せたなら
「甘言を聞かせて相手の財布から中身を抜き取る手法」と書いたに違いない。

2016年12月11日 (日)

無事に帰れりゃ儲けもの

これもまた後日の放浪過去帳ネタさ。

前回の訪問記憶は持っているけど5年ぶり。

そんな実感が無いんだよね。

ホントになぁ、ついこの間までは猿股Tシャツ姿にて
部屋の中をウロウロしてた気がするのに今では
上着を脱ぐ気にならない。

そりゃそうだ。師走も1/3経過だもんね。

いささか疲れた。だが良い現実逃避だった。

2016年12月 4日 (日)

国産の世界女王と日曜迷想

昨晩にはNHK BSのFIS SKI JUMP中継を観た。
高梨選手の二本目。
 
着地で飲みかけウイスキを吹いてしまった。
 
凄げぇなあ、だ。
 
才能とそのための活躍場面に恵まれた人だなあ。
 
世の中には「それをやれば頂点に立つ」という
資質を持つ人が多くいるかもしれない。
 
実際はそれを現実化する機会が無かったり当人が
その能力に気がついていなかったりって在野に
埋もれる例が相当に有るのだろうなとフト思う。
 
とりあえず高梨選手に足りないのは英会話力
くらいだろうな。
(外人相手にbe excitingは駄目よ)
 
12月だ。次週からの内外一本ずつで本年道楽は終了。
 
2017年の一発目は札幌で現地観戦を予約済み。
4年連続の年始行事になる。
自分にとって興味深いのは過去三回の移動日に
機内で隣席になった地元の兄さんと再会するのか?だ。
 
日ごろの暮らしや仕事ならば凡その展開筋に見当がつく。
普段の場を離れたなら見知らぬ誰かと縁が付く可能性が
高くなるだろうしその予見は不可能だ。
 
今年も残り四週間を切った。
だが外は穏やかな陽光で師走感が無い。
インディアン・サマーってやつやね。
 
どんな感じで本年の〆とするのだろう。

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