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2017年5月29日 (月)

後の話はまた今度いつか。 帰宅。

東京の床屋と福岡の旧友再会は旅と違う
日常生活の延伸みたいなもの、かも知れん。
 
それにしても福岡の良いことったら。

2017年5月26日 (金)

あとの話は また来週

明日の今頃は福岡さ。
 
こういう記録場所の良いところは前回がいつでどんな感じだったか。
読み返せば「過ぎた日の微笑み」が戻ってくる。
 
どんな感じもなにも。
毎回、福岡は変わり映え無いけどね。
自分にとって福岡=それだけで全て良し、だもん。
 
ただ一泊目は少し離れた初めての場所。動機の刷り込みを受けて
「いつかは」と思いつつ丁度10年が経過してしまった。
これが自分にとって重大な目的だし「遭遇」できるのか予測できない。
 
二泊目は世話になったDr.KTの自宅に歩いて行ける毎度のSEA HAWKさ。
中州あたりで活イカ喰ったら晩酌は一緒に、などと思うがどうだろう。
 
そういう成り行きで月曜は必然的にズル休み。
これで本年前半は終了。
 
後半はナニモナシ。本格の夏が来るまでに考えるかね。

2017年5月25日 (木)

コレで中央官庁の最高官僚とはね。。。の迷想

自分が普通の会社員であるのは以前から時々に書いた。
 
民間企業でさえ文書類管理は徹底している。
文書のみならず品質に関わる全般に管理運営要領が明文化され、
電子化保存とされる大半の文書以外に紙の伝票でさえ保管期限が
定められている。
 
だけじゃない。
顧客と会えば面談報告書、出張報告書。
打ち合わせや会議ならば議事録。
思いつきで個人の覚えとする設計趣意書だってMAIL添付で
関係者に配信する可能性を考えれば日付と自分の名は必ず入れる。
 
文書名、日付、作成者名のいずれを欠いたら文書とは言わない。
好意的に表現したって字を書いたメモだ。
文書としての価値が担保できない。
 
大阪の学校問題では近畿財務局と当事者のやり取りに関する
文書が紛失したか作成していないか、で存在しないという。
 
今般の四国の方では首相の意向なる文書が在るとか無いとかで
揉めている。そんなことは文書が文書たる体裁を保っていれば
一発で分かることだ。
 
クビになったとは言え、在職中は最高官位の事務次官が
「訳の分からんメモ程度のもの」を見た、と今更に騒ぐのが
情けない。
 
官公庁にしてみれば業務に関わる文書を管理するという
意識そのものが欠落しているのだろう。
そう感じざるを得ない。
 
これじゃ国民が生活の中で持つ財産を守れるわけが無い。
「管理」とは財産の保守の意味を持つ。
 
子供の頃に「お役所仕事」という言葉を知った。
常識的な人ならそれが持つニュアンスを掴めるだろう。
あれから何十年も経過した。つまりは「長寿言葉の筆頭」だ。
 
この先に世の中がどう遷ろうとも
当分「死語」にはならないのだろうな。

2017年5月22日 (月)

ホントに書けねェ。 の、迷想でなく雑談。

今年度になってから暇つぶしの暇が暮らしの中に無い。
思いつくままを書く余裕が無し。
 
実際は漫然と過ごす時間は持っているけれど気分的な問題だ。
そうしている内にさえ、自分が何かを知ることが出来るはずの。
そのために何かをする天地が過ぎ行く時間は勝手に進む。

過信として。あと10年は生きているはず。20年は出来るかもしれない。
だが。30年となれば怪しいものだし。40年は無理だろう。
歳月は当たり前に経過する。人が何と感じようとね。

どれくらい後だか分からないが幾年かすれば親の葬式始末を
どうしたものかと考える場面に必ず遭遇する。
(人生の幸運があるとすれば、自分が先に「やられない事」だ)

場面転瞬。

全く違う話をしようか。自分は過去記事のとおり、旅先には
必ず何かの本を荷物になろうと持参する。
それは小説の類が最近は漫画でもOK。

昨夜のYAHOO!記事で見たのは「超人ロック」生誕50年だと。
これは驚いた。

サイバー・ジェノサイドから読んでいた自分の想像外のこと。
だって50年前=1967年。 ようやく自分は小学生。この時代。
TVではエイトマン、鉄人28号、仮面の忍者赤影、実写の忍者
ハットリ君(ケムマキは杉良太郎)、金子伸光の悪魔くんやら
ジャイアントロボ、サンダーバードや謎の円盤UFOが飛来して。
これ以上に多くを思い出す自分をケムール人が笑って走り去る感じさ。

先日、バンコクで定番的になっている足マッサージの店に行った。
(後日の過去帳記事にするだろう)

日本の漫画本が随分と並んでいる。店主の好みか超人ロックが随分と。
実はこれを読むために翌日も行って足を揉んでもらった。
少なくとも漫画喫茶より極楽気分になれるのには間違いない。

流石に千年以上も生きた主人公。後日談的なエピソードになっている。

とにかく自分の趣味からすれば超人ロックは高い評価って事。
(同時にパタリロ・ド・マリネールの将来も気になるが)

自分は不老不死に興味が有るけど生命維持より人間の世の中が
どうなっていくのか?の野次馬根性がその動機になっている。
仮に不老不死より若返りが出来るなら「若い姉ちゃんとウヘヘヘ」
の方に興味が行くのだろうが現実には無理だ。

この週末に部屋を掃除して買い物袋の中に黄緑色の「腐乱死体」が。

自炊主義だけど「まあ、今夜はイイヤ」で放置したまま忘れていた
ブロッコリ。こいつと将来の自分の間には。
それ程の違いは無いかもしれない。

それでも自分は単なるブロッコリと違うだろうとも思う。

2017年5月17日 (水)

眼に形の見えぬものですら壊れる。

いはんや 機械をや。 

昨今では戻して欲しきゃ銭払え的なウイルスが
猛威であるとか。
 

某国の関与の噂が出てるけど、だとしたら一応は
制裁の影響を受けて資金調達手段になったのだろうか。
 

日常で使うPCは二台。それとは別にノートが有るけど
非常用みたいなもので単なる置物になっている。
 

二代目のはWEB接続でこうして使用中。 

最初のは20世紀終盤にADSLの普及で買ったSOTECのもの。
OSはWIN-Me、Pentium Ⅲ 800MHz、RAM 128MB、HDD 64GB。
 

現代ならばどうしようもないSPECだが現役で動いている。
インタネット無縁の独立機なんだけどコレがまた
なかなかに使い勝手が良い。
 

何しろアプリも必要最低限機能だから操作性が快適。 

この暇つぶし場所全般に使っている画像も全てそいつで
編集しているのよ。
 

古い奴ではござんすが、古いなりの味がありまする。
おっと、決して自分のことでは、、、

電気電子部品の半導体は普通に使っていれば
理論上は人間の寿命より長持ちする可能性が大きい。
 

駄目になるとすれば以前のPS3みたいに組立上の問題か
塵、埃のせいで静電気を喰らった時だろうか。

ウイルスだってココまで古い機種を相手にしないかも。

 <本日の一枚>
独立機だからインターネット世界の出来事は関係ない。

ところが、ついにきた。
そしていじくっているうちに復活した。
面倒くさいから強制的に切ってSAFE MODEからやり直し。

WEB接続用のPCも含めて最近では別道具にBACK-UPする
のが習慣化している。

世の中万事、いつ何処で何があるか分かるもんか。
それゆえに一応の備えが必要なのだろうが。

人間そのものも同じこと。

だけどまあ、自分の場合はソノ辺が甘いんだよなぁ。

20170517

2017年5月 8日 (月)

連休明け初日

ここまでの9日間は普段以上の運動不足。
会社の階段を登っただけで足に来る。
 
前のシミラウン山や先月の話では不摂生の毎日だって
結果として幾らでも歩ける気分だった。
 
何も考えずにバカになる一直線の日々。
G.W.と無関係な現法情報見るだけで頭が痛くなる。
 
久しぶりの勤務所在地。
昼から眼がヒリヒリ、チクチク。
鏡で瞼をひっくり返したって充血どころか健康色。
半月ほど前の出掛け先で花粉症の症状は皆無なのね。
かつて世には「病は気から」なんて言葉があった。
 
それにしても、この心身の違いったら。
 
現実の問題となった過労死という言葉がある。
これとて例えば朝8時から23時までブっ続けの
マラソンをしているわけでもなく、デスクワークの筈で
身体的な負担だけなら滅茶苦茶なものではないだろうと思う。
 
以前に突然に来た橈骨神経麻痺の記事を残した。
連日、三時近くに寝て7時前に起きるの生活でね。
身体上、不都合はあったけど気持ちの上では
少々の不安と「へぇ~!}という感じだっただろうか。
ただ、その当時は仕事話が絡むものを好きでやってる
気分だったので深刻に考えもせず。
 
だけどね、「精神の疲弊」と「肉体の疲労」、それが
一個人の出来事なのに関わる社会への影響ってのに
数値や理屈で説明できない因果が実際には有ると思うのさ。
 
と、迷い想いを書こうかとする以前に疲れてしまった。
 
連休は終わった。

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