« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »

2017年6月27日 (火)

だからぁ、忄(心)を亡くすと書いて「忙」となる

文字にするのはともかく。人に言うのは何か嫌なんよね。

他所から時折、挨拶代わりにそう尋ねられると。
大体がヘソ曲がりなんで「主観的な感覚とは別に、客観的
事実として時間が足りない、ってもんだな」と答える。

結局のとこ、意味は同じようなもんだが気持ちの中の
落ち着きは保たれているのさ。

好きな様に好きでやってる仕事だけど現在の状況みたいな
ものは随分と長いこと続けてきた内で二回あっただろうが
三回以上の記憶は無い。

今年は間もなく半年経過。
その今年あたりから自分自身に気が付いたのは滅多な事で
怒らなくなった。いや、ホントに怒りの感情が全部どっかに
消えてしまったみたいだ。

そういうのとは違う不快感を覚える物事ってのは、世の中を
見ていると「しょっちゅう」なんだけどね。
これとて「しょうがねえなぁ」で終わり。

昨年、遠隔地に住んでいながら親族間の揉め事に巻き込まれて
随分と始末が面倒だった。多分、あれが免疫を造ったのかもしれない。

先月に決定済みの金曜は羽田から久しぶりの米子と松江泊で出雲。
厳しい状況だが自分のトコだけの話なら、こんな時こそ
ズル休みの醍醐味があるし先に決めた予定優先さ。
旅先献立も決定済み。後の事は、その後になってからの話よ。

そう思っていたら先週突然に実家から済んだはずの厄介話が
一年以上経過してから全く別の場所へ飛び火したと連絡が来た。
対処法は既に計算済みだし親への説明で明後日は定時切り上げ。
前泊地移動としてしまったが仕方ない。

来月はどうなることやら。ただ。インゲン豆と面倒臭せェなあ、
が苦手の自分を自己分析するならば。

絶対に「人事を尽くして天命を待つ」じゃないんだよね。
つくづく「果報は寝て待て」なのだなあ、と思う。
そんでもって一区切りしたら何処に行ってやろうか、だ。

こんな感じで何十年かすれば好々爺の雰囲気を醸し出すのか
あるいは単にボケ老人となるのか。
それもまたその時のこと、かね。 ははは。

2017年6月20日 (火)

必殺の0.6秒と回避

簡単な計算をしようか。

物が落ちる速さは引力で加速されていく。

おおよそ人間の身長くらい。ある高さから落ち始めて
1.8m過ぎるまでの時間は空気抵抗を無視して約0.6秒ね。 
つまり 2×1.8m/(重力加速度9.807m/秒・秒)の平方根よ。
時速が100km/hなら0.6秒に16.7mほど進む。

だからさ。
先日報道された東名高速で分離帯の向こうから飛んできた車が
バスに衝突した話。映像を見た人も多いと思うよ。

乗用車はバスの屋根に刺さる形で乗っかっていた。
そもそも分離帯を突き破って反対車線に飛び出す事故は
稀に有るけれど、この事故は本当に「飛び」出してきた。

事故の発生自体は良い話じゃない。
けどね、衝突地点の通過があと0.6秒遅かったら。
車はバスのフロントガラスと車内直撃で現実の結果と違う悲惨な
状況になっていたはず。

運転手は60を幾つか過ぎた年齢らしい。
何十年と過ぎてきた人生というものが僅か1秒にもならぬ時間の
分岐点の通り方で不意の終焉となった可能性が有ったわけで。
運という名の偶然に助けられた、というものだと思う。

JAL123便もそうだ。離陸前の滑走路上ならまだしも。
普通なら飛行中の旅客機が山に墜落すれば生存者の期待は出来ない。
哀しい事に極く僅かな人を除いてそういう結果になってしまった。

いまでも生存者はどうして生存者になれたのかを知りたい。
だがそれは土台、無理と言うもので。人は偶然の仕組みを説明できない。
(余談になるが読ませていただいてるブログの123便事故に関する
書籍紹介で知った話。1予約しながら乗りそびれた人。
「幸運」に喜んだがその夜に風呂場で滑って頭を強打して亡くなったと。
これもまた「運」について考えてしまう)

人智を超えた何かに助けられる、救われるという話は在る。

人間が予測や計算できない偶然の事柄や展開を「運」と表現して
いるのだろうが、時としてそれは「神」とも呼ばれるのだろう。

自分は宗教観からの神は考えない。
現世で人の姿をした貧乏神や疫病神の存在は疑わないけど。

だが信仰心としての祈りは意味があると思う。
向かう道筋を求めて探すために自身の潜在意識に刷り込む儀式とでも
言い換える事ができるだろうか。

心の中にともした灯台に向かって櫓をこぐ様な努力は暮らしにあっても良い。
けど何かの偶然が絡めば全く違った方向に進む事だってあるはず。

バス事故は報道価値として多くの人に伝えられたが一瞬の時間差
(或いは距離)が全く違う結果を見せるってのが他にも現実の知らない所で
多く有るんだろうなあ。

2017年6月18日 (日)

最近の週末。予想外に使えるAMAZONプライム。

会費だけ払ってるけどロクに使わない例が自分には多い。
今迄にAMAZONプライムがその一つ。

それがね、最近は映画を観る様になった。昔のTV番組もさ。
これがナカナカ、休日には面白い。

洋画の場合、二作目以降がツマラナクなってしまうのが普通。
そう思う。初作の当りから安直に二匹目を狙うような。

ハムナプトラは例外的に「2」がまた続編の面白さ、だった。
怪奇物とコメディの融合と言うのか屈託無く楽しめる。
(物語の終盤、一場面には哀しい心を感じるけれど)

それでもって。「ダーク・クリスタル」まで出てきた。

CG全盛の現代映画。
「ダーク・クリスタル」はセサミストリートと同じ「人形劇」だ。
公開当時に学生だった自分は漫画雑誌の映画紹介をキッカケに
劇場で観た。独りじゃなく付き合っていた彼女と。
「出てくるのが(当時の彼女に)似てるんだよ」と誘い文句で。
(同じ時間に同じ場所って何年も続いたが、、、最後には別れた。)

流行と無縁の自分に娯楽作品物は60-80年代が記憶の主流となる。
娯楽少ない時代だったからTVが媒体だったんだなあ。
必然的に演じる俳優、声優さんにも刻まれるものが有った。

野際陽子さんが亡くなった。キー・ハンターも観てたっけ。
久しぶりに主題歌をYOUTUBEで聴いた。
反面、現代のTV芸能人を殆ど知らない。それはそれで良いと思う。

今の子供たちなら娯楽ネタはスマホアプリかゲーム機か。
まあ、それが「時代」という奴なんだろうなあ。

AMAZONプライムのアニメもまた魅惑だ。
BLOOD+、地獄少女、化物語、他にも色々。
これらの番組を知るキッカケはTVとは全く違う共通項からだが
(惜しいことにEVAはまだ視聴できない)それはそれとして。

ホントに便利な世の中だな。
将来に曜日と関係ない老後の余生を楽しむなら。
自分で何かをするというのも当然にあるけれど
昔の番組を観ながらボケない程度に受身の暇つぶしも
また悪くない気がする。温故知新ってか。

2017年6月14日 (水)

久々数題。庵主の夢と目覚め。

昨日は久しぶりに本社に出向いての打ち合わせだった。

本題の後の雑談的に山中の実験装置が20年になるって。
迷想の極く初期に書いたとおり、その前身のモノに自分の
職業どころか現在の暮らし、もしかして生涯まで。
学生時代につかの間、目にした雑誌で決定する一撃の
刷り込みを受けたのだから人間は万事、何に出会って
そいつがどう作用するかなんて分からんものだと思う。

20年前には職場のパソコン画面が液晶になって記憶媒体が
安価な固体素子に置き換わるなんて想像できなかった。

PHSから携帯電話に移行してやがてスマホに転換していく。
当時から街中通話をする連中はいたけれど。
ここまで歩行、運転中にさえ情報機器を手放せなくなって
しまう人たちを目にする風景は無かったわけで。

どうであれ古典的な電磁気学から出てきたものを実用社会に
応用、発展させた。マクスウェルの波動方程式から150年。
今尚、世の中で物の道理=物理として正体が分かって
いるものはエネルギー換算で1割にもならない。
(らしい。正体不明だけに推測値だろうと)

ヤシマ作戦程じゃないが高エネルギー物理実験には
相当規模の施設と歳月が必要になる。
暗黒物質が何者かを話の道筋として見当を付ける位は
眼の黒い内に見聞き出来るかもしれない。

だが来世紀以降に未知、既知を問わず素粒子が
日常生活にどう関わるかなんて体験は不可能だが
必ず何かに応用されているはずだ。

iPS細胞を使う再生医療もそうだけど尊皇だ攘夷だと騒いでいた
連中は150年後の社会生活様相を想像することすら
許されなかっただろうに。 現代人もまた同じ。

問題が有るなら将来にまで人類が健全に存在しているか?だろうな。
晩飯抜きで早々に寝る。

AM03:00から女子サッカーなでしこJAPAN Vs.ベルギー戦を
BS日テレで観るためにね。2019年はフランスW杯だ。
現地観戦用に来年はマイル稼ぎの旅を久々にして良いかな、
などと思いつつ終了後、迂闊にも横になってしまった。

眼が覚めたらAM08:00。  間に合うわけない。
いっそ午前半休にしてしまえと電話連絡さ。

起きた気分でズル休みしてもホントに寝坊も久しぶり。
自己管理がなってない。

<本日の、、、>
そんなわけで昼前に会社近所の地場産品店に寄り道。
いやあ、玉ネギと人参が見た目にイイ感じなのよ。
 

001

あのね、栄養学的に人参は断面積に対して茎というか
芯の部分が小さいのを選びたいわけ。これ重要点ね。

002

晩飯はカレーにしてしまった。自動的に明日の晩も。
 
無駄に半日有給を使ってしまったがこのしばらくと
これから当分は職場で最後まで居残りになるはず。
不本意な休息もこれで良かったのかもしれない。

前向きに≒都合の良い解釈でやってく。これだってあるいは重要さ。

2017年6月10日 (土)

世には分からぬことばかり。 著作権の話。

最初にWEB掲載された記事を<>に引用しておく。
 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170607-00000131-jij-soci
6/7(水) 19:31配信 時事通信の記事である。
 
<日本音楽著作権協会(JASRAC)は7日、東京都内で
記者会見を開き、ピアノなどの音楽教室での演奏について、
来年1月から著作権料の徴収を始めると正式に発表した。
 
同日、文化庁に使用料規定を届け出た。
 
規定によると、JASRACが管理する作品を教室で演奏した場合、
受講料収入の2.5%相当額を徴収するなどとしている。
当面は楽器メーカーが運営する教室を対象とし、将来的には
個人教室からも徴収する。
 
音楽教室からの徴収をめぐっては、ヤマハ音楽振興会など
200社を超える事業者が7月にも、支払い義務がないことの
確認を求める集団訴訟を起こす方針を決めている。
 
JASRAC会長で作詞家のいではく氏(75)は「クリエイターに
対する敬意を持ってもらいたい」と説明。理事で作曲家の
渡辺俊幸氏(62)は「著作権の大切さを理解してほしい。
訴訟は避け、話し合いで解決したい」と語った。>
 
引用以上。
 
著作権保護に関する法律はある。他人が利用するなら補償金
と言うか、利用料というか。それ相応のものを払わにゃ
イカンだろってのも何となく理解できる。
 
半世紀ほど前、ヤマハ音楽教室は自分も幼稚園の頃に通った。
聴くや歌うのは好きだが「教育」の甲斐無く音符は全くわからん。
(だが今でも♪小鳥がね、御窓でね♪のメロディは覚えている)
 
しっかしね、音楽教室の本質は当時から変わっていないはず。
なのにナゼ今になって著作権料の徴収なのだ?
 
 
引用した記事では「JASRACが管理する作品を教室で演奏した場合、
受講料収入の2.5%相当額を徴収する」と記されている。
 
 JASRACのサイトで実際にどのような届出だったのか見てみた。
 (引用元)使用料規程第1節演奏等10音楽教室における演奏等
 http://www.jasrac.or.jp/news/pdf/17060702.pdf
 
 それによると冒頭の記事で2.5%徴収とは 
 「年間の包括的利用許諾契約を結ぶ場合の1施設あたりの
  年額使用料は、受講料収入算定基準額の 2.5/100 の額とする。」
 からきている。
 
だが、それだけにとどまらない。これによらない場合の使用料は
次のとおりとする、と表記され受講者数毎に金額が示されている。
例えば月額受講料¥4000、受講者40名なら月額¥10000だと。
 
少し計算してみよう。
音楽教室は¥4000×40人=¥160000の月額授業料。
コレに対して¥10000払うなら ¥10000/¥160000=6.25%
 
理屈抜きの個人的印象としては「ボッタクリ」だなあ、だ。
 
更に驚く「規定」がある。 上記にもあてはまらない場合は
「著作物 1 曲 1 回ごとに定めるものとし、その使用料は下表の
とおりとする。 」だそうで
受講料¥1000で受講者30名までは一曲1回¥150だそうな。
これだと30名の場合に支払い¥150/授業料¥300000=0.5%だ。
 
0.5%なら安い? とんでもないね。 月謝¥1000だろうと
月に1曲しかやらない音楽教室や個人レッスンが有るだろうか?
10曲なら5%だ。
 
とどめの一撃。これは規定を読んで目を疑うというよりも
自分の目の形が逆三角形になってしまう。
 
「1 曲 1 回の利用時間が 5 分を超える場合の使用料は、
5 分までを超えるごとに、利用時間が 5 分までの場合の金額に、
その同額を加算した額とする。」
 
大抵の歌謡曲演奏時間は5分以内だ。
しかし6分だと倍付けになるらしい。
 
音楽もまた自己表現だと思うのよ。
3分でも6分でも一曲は一曲。
長い曲だからといって二倍の価値になるものなのかな。
タクシーのメーターじゃあるまいし何で5分毎に
利用料が跳ね上がるんだろう???
 
もう一度書くけど。 著作権保護に関する法律はある。
法律の文言自体はキッチリした決まり事さ。
書いてある内容そのもの。
 
けどね、明文化された範囲外の出来事や解釈の相違ってのが
同時に存在する場合もあってこれが争議の元になる。
 
JASRAC側の言い分として「クリエイターに対する敬意を
持ってもらいたい」という話だ。そりゃ分かりますがな。
 
分からない、というか野次馬魂として万一、徴収される
破目になったら元々の著作者はその内からどの程度を
手に出来るのだろうか?ということ。
 
著作権を持つ人には申し訳ないがこの件では
個人的な心証として是非ともヤマハを応援したい。

2017年6月 7日 (水)

当地も梅雨入りしたそうな。

と、後の話はまた今度。

2017年6月 4日 (日)

おしなべて こともなし

そんな感じだね。 この週末は。

やらなきゃ、と思っていたこともそのまま。
 
この先の週末だって 今月はコンナ感じで終わる予感。
 
そうなれば 今年も半分が終了~!ってものになるのだろうなあ。

« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »

↓庵主の色々暇つぶし