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2017年10月31日 (火)

好きな運動競技選手の三人目=本田真凜

普段の暮らしの中で、NEWSとSPORTS中継、時々のドキュメンタリ物以外は
TV番組を観なくなってからもう随と経つのよ。
だから世の中の動き、とりわけファッションて表現される服飾の分野、
あるいは芸能界では何が流行だか全く分からないんですね。
 
現代では「死語」になったピンクレディやキャンディーズならば、
そいつを鼻歌混じりに晩飯を作ることが出来る。
だけどAKBはダメなんだなあ。曲と顔を全く知らないのさ。

それでもオイラは生きている。まあ、それでイイジャナイか。

さてね、表題にした話。

世相に疎い庵主でも好きな運動競技選手がいるってこと。
筆頭はサッカー「なでしこJAPAN」の宇津木。
フランスのチームからシアトルに移って現役をしている。
何となく思うに二十代という人生の時間は。
一生の内でもKEYになるもんだと思うのさ。
宇津木はそれをサッカー選手としてフランスからアメリカに
移住して現在進行形みたいな暮らしをしている。
これは才能がどうこう以上に、当人の精神力みたいなものが
なければ何年も継続が出来ない世界じゃないかな。
 
守りに足が遅いという印象=弱点はあるけれど
なでしこJAPANの試合をTV観戦すれば得点となる攻め始め。
それの前は宇津木の蹴りがキッカケになっていた場面を何回か
記憶している。なんだろう、異国で修行する日本女子って感じ。
 
もう一人は高梨沙羅。
この人は努力の人やね。それは自分と全く無縁の世界よ。
競技に向き合う姿勢は外野から文句言えない。
でもね、それが真面目すぎる感じで弱点になってる印象なんだな。
先のソチ五輪では開会式に参加せず、練習していたと。
自分の感覚からすれば「それじゃ勝てるわけない」だ。
陳腐な例えをするなら、入試の様な受験会場で。
それまでに身につけて蓄えたものを持っている人間が
間際に問題集を手にしてどうする?って感じだったのね。
 
そして本田真凜。
先日にNHKの特集番組を観たっけ。
競技履歴でなくて普段の暮らしを紹介するようなものだった。
本人が競技の中の時間そのものに飽きっぽいと語っていたし
WEB記事では練習しないと批判が多かった。
けどさ。俺は天賦の才がある娘だと思ったよ。
 
次の冬季五輪代表になれるのかは分からない。
二年くらいすると今の宇津木や高梨並みに身体能力と
競技センスを身につけるかもしれんなあ。
 
二ヶ月半ばかりすればSKIジャンプW杯の札幌。
これは確定、予約済み。
 
2019女子サッカーW杯はフランス。
これも日本が出場するなら現地観戦を考えている。
(もしもそうなるなら、の前提。今の日本代表では???だ。
後世代に引き継がせる鍵として出場予選に川澄を呼んで欲しいが)
 
今週末は三連休。
フィギァスケートは中国大会だそうで「自分の賭け筋」が
どうなるか緩々と楽しむかね。

2017年10月20日 (金)

また同じ夢をみた。

この夢とは。
欲望も含めて将来の希望とか、そんなんじゃなくて
寝ている間のやつ。
 
一体、何の深層心理が作用しているのか自分でも
分からないけど DREAMじゃなく、NIGHTMAREの方。
目が覚めてから記憶の向こうに消えたのだって幾度か
あるだろうが、過去に少なくとも三回は覚えている。
だから ああ、またか、と。

全部が同じ場面なんだ。
大学で研究室か何か、いつも同じ。
「今年も卒業できない」「かといって職にも就けない」
「何もできない」それで陰鬱な気分になる。

どうしよう、どうしようか。
目が覚めて ああ、夢だったんだなと。
夢だからこそ尚更にその中では悶々と苦しむ。

現実の過去は。
それと似たようなもの。

全ては自分のバカ加減から。
だけど「未熟な若さ」とでも言うのか。
当時の自分が何も悩まなかったのは
その日暮し性分で先々を考える意識が無かった。

若さだけじゃどうしようも無かったから黙って家を出て
最初に就いた会社は一年もしないうちに倒産して。
かといって職安に通うでもなく何ヶ月かナニモしなかった。

倒産した会社の上司が(今はこの世の人ではない。
だが生涯の恩人だった)中途採用情報を教えてくれて
再就職先の面接となる。それは今の会社なんだけど。

相手方が「これはダメだ」風の表情をした時に結果を
心配するより「嫌な奴だな」程度の気持ちしかなかった。
(それは今でも記憶に残っている)

森田一義は偶然に赤塚不二夫との遭遇がなかったら「タモリ」に
なれなかったはずだ。

面接の待機休憩みたいな時にその会社の別の人と雑談をした。
そのホンの数分で。それが自分の将来=現在の生活を決定させた。

社員となってからの後日、採用に至る経緯をその人から聞いた。
一応は現役でやってる自分なので今はココに書くことではない..

人生全て運と縁、ってのは自分の言葉よ。
それは心底恐ろしいものでもある。

何か一つで何かが全く違う方向に進むのを実体験した。
自分の過去は自分のこと。だから自分が十分に承知している。
本当なら、この歳になって形式上の住所が在っても不定職な
暮らしになっていたと思う。
あの時の愚か者には、それが普通だったはず。

何年か毎に繰り返す突然の悪夢は もはや現実とは無縁だ。
溺れて藁を掴む手を開いてみたら。
握ったものは鳥のクソか宝玉か。
この歳になるとその幸運の鍵とはどんなもんだか
おぼろげながらに輪郭が分かる気がする。
それは雑誌広告に出てくる黄色い財布を持つことではない。
歩きながらでさえスマホを手の中に持つ生活習慣でもない。
間違いなく良かったと今更振り返って思う事が一つだけある。

元々のス~ダララッタ性分が幸いしたのだろうか。
学生時代の仲間が大手企業に就職する中で、うらやましいとか
妬むとか、何で自分だけ取り残されるのかとか。
そんな的外れなNEGATIVE感情が自分には全く無かったことだ。

自分自身がこの程度のもんだと納得していれば。
他人と比べる意味は無いし、ロクデナシ器を大きく
見せようとするツマラヌ虚言に腐心する必要も無い。

現実生活の自分。
田舎暮らしが染み付いて職場の窓から遠くの山を見てると
理由も無く「ありがてえなぁ」と呟く時がある。

何に感謝しているのか本人が分からないのだけれど。
今の自分に仕事や道楽はどっちも価値の上で同じ。
両方とも自分の意思を反映して、まず不自由しない。

あの悪夢。本当にその場面では苦しい。
ホントなら、お前の時間は違うものだったのだと識域下に
在る戒めの声みたいなものが夢に出たのかも知れない。

なんだろうか。
寛容でも妥協でもなく。当然、各種の宗教観とは違う。
歳をとったせいか良くも悪くも「これで良い」と
「ありがたい」の感覚に何か想うものがある。

けどまあ、悟っているわけでもなく。
俺ャあ この先に俗物と煩悩SETでお気楽暇つぶしを考えて。

いつかまた同じ夢に遭うのだろうな。
けれど、辿って来た道筋の対価なら文句を言えるはずが無い。

2017年10月15日 (日)

ワケがワカラネェ内に今月の二週目が終わった。

先日は前回記事の出来事で身内連中に会ったのさ。
 
一組の祖父母から出てきた孫は11人。
つまりは従兄弟妹同士。
 
この場は自分の迷想だから他人は関係ない。
色々と面白いと思っただけのことだ。
 
ウンコビルの会社に働く従兄弟は昨年から単身赴任で
大阪地区に在という。
自分の父親が福岡転勤となったのは当人が35歳の時だった。
従弟の場合は50を幾つか過ぎていて今更にそんな展開と
なるのが何とも言えぬ。会社員とは必ずしも気楽な稼業じゃないね。
 
従妹は、その従弟と競合する会社勤めで今年から大阪だと。
三十代前半の独身で女の身一つとは言っても東京から
大阪転勤ってのは凄い話だと思う。
 
先住のウンコビルの従弟はそれを知らなくて社内の営業
担当者から「アッチの会社にコンナのが東京から来た」と
噂話で初めて知ったそうな。
 
自分のような隙間産業と違う業界の情報網はどうなってんだろ。
従妹の兄も今年から大阪転勤で単身赴任だと聞いた。
こいつら三人の単身生活者は申し合わせたわけでもなく
偶然に互いの住まいが同じ私鉄沿線で5分と掛からぬ所らしい。
 
孫頭の自分としては身内同士で仲良くやってくれれば
これほど嬉しいことはない。
 
別の従妹は双生児で片方は在米生活につき流石に会えなかった。
もう一人は保育士の資格を持っていて現代社会の絵図を
観る様な話だった。
 
あのね。 規制緩和や「何とか特区」ってのは悪くないよ。
だけどさ。そんなのに必要なものは獣医学部だったのかな。
 
これからの子供と育てる親のために保育関係の環境整備の方が
重い課題のはずだと思うんだよね。
 
勿論、もはや自分には育児の事情は無縁だ。
しっかし、そんな話だけじゃなく。
どっかの誰か衆だけがウマイトコの汁を吸って、残りの出汁殻に
塩をまぶした程度のものを食わせてる様な気がするのよ。
 
自分自身を含めて国民全体の活気とか向上心とは
どういうものなんだろうか。
 
<本日の一枚>
チョイと気まぐれに食うものだって自分で遊んでみたい。
先日に喰い残して硬くなった餅を揚げてみようか、で油鍋に入れてね。
箸でつつく内に突然、破裂した。
 
自分にとって某国のミサイル以上の脅威だった。
飛んで行った餅は隣室に。油が飛散した痕跡が腕に残る。
とにかく自分がメガネの人間で良かった。
 
油料理はホント、油断できない。
ぼちぼち牡蠣フライの季節にもなるなぁ。。。

20171011

2017年10月 8日 (日)

threshold

1

今では遠い世界に住み暮らしている祖父母の家、つまり
古い言い方をするなら自分の母親の里は東京駅から
二つばかりの場所で現在では叔父の住まいになっていた。
 
春の終わりに牡蠣を目的として欧州を訪問した時に。
店で貰った現地の塩は土産とするにも丁度良い、ってんで
新幹線で帰る前に叔父のトコへ寄り道したっけ。
その時に「じゃあ、八重洲口まで送ってやるよ」と乗せてもらった。
分かれ際は極く普通に「じゃあ、また今度」と挨拶して。
(本日の一枚はその時のもの)
 
それっきり。
休日の自分なら土、日のいずれか朝はいつもと同じく
6時過ぎに寝床を出て早いうちからネットカフェで
漫画を読み漁るか、自宅からアクセスするには危うさを
感じる場所の見物をするのが常になっている。
 
今朝は何となく気分が乗らずに起きてからもう一度
ウツラウツラと10時前まで横になっていた。
 
母親から電話が来る。
なんかね。この歳になると親からの電話ってのが嫌に
なる時があるんよ。退屈しのぎの日常雑談なら歓迎さ。
 
でもそうじゃない。嫌な理由の不安そのまま。
叔父が今朝方に起きる事のない眠り続ける人になったと。
 
最後に会ったG.W.前は全くいつものとおりだった。
7月に入院した時は、当時の迷想を読み返すと骨部位まで
転移していたそうだし母が言うには数日前に脳にも
見つかったらしい。
 
叔父自身は化学療法の他、一切の延命手術を断ったそうな。
最期までケセラセラ。スタイルを曲げなかったのだなあ。
祈りの仕舞いに言うアーメンとはビートルズならLET IT BEに
近い意味を持つそうな。在るがままに、か。
 
生き物の寿命だけは順不同ということだ、
なるようにしかならない。
 
自分の今までの中で初めて「飲みに行ってゲロゲロになる」は
叔父に連れられていった人形町の店だった。
 
おそらく有史以前を含めて人類が最初に発見した
化学合成物質とは「酒類」だったんではなかろうかと思う。
 
御神酒という言葉があるとおり、そいつは古代の宗教儀式
には欠かせない小道具だったかもしれない。
 
何千年かの内に人間が進化する歴史に順応して肝臓が
最大の臓器に発達したのには何かの理由があるのだろう。
 
だが。
現代日本ではこの手の病が脳、心臓疾患以上の死因になった。
僕自身は医者、学者の類では無いから真実を示すことは
出来ないし単なる想像からのものを書くだけだ。
 
ガンの類は、およそ身体の仕組みが自然発生的に突然変異を
するよりも外部からの無自覚的刺激から誘引されるような気がする。
 
モノを作って売る製造業の場合。
今日ではROHSやREACHという環境負荷物質への規制を抜きには
商売が許されない。事と次第では、大昔の産業革命当時から目に見える
便利さと利益が何よりも優先されて現代にも引き継がれているだろう。
 
が、そいつと引き換えに正体不明の化学物質が世に満ちて
知らぬうちに人の暮らしに取り込まれているのかもしれない。
能動的に選択する食品への添加物の他、生きていく瞬間に
必要で無意識的に呼吸する大気中の空気にもだ。
 
職業上のところから思うに放射線はその作用が分かりやすい。
原発再稼動反対と騒ぐ市民団体連中には。
もう少し他のトコにも目を向けてくれんかな、って感じなのさ。
 
とにかくね、この病気は早く始末を出来るかどうかが後々の
「人生の質」に大きく関係するだろうな。それは体験的に得た確信さ。
 
でさ、保険制度上や財政面でも老人医療の問題。
何も将来の希望が無いまま病床で生かしている形が最善なのかな。
人それぞれの事情や心情とは違うところで。
 
いつか人間は終焉が来る。これは個人の思惑と違う絶対的真理だ。
そして繰り返すけどガンの類を患う or 煩う人は今後も減らないだろう。
 
衆議院選挙が近い。
僕は死に臨み、覚悟と人間が終わりを持つ生き物であることに
満足できるような、ホスピス整備について語る候補者がいたなら
無条件で一票を託して良いと思う。
 
それにしても 人の運の境界とは何だろう。
どうであれ自分には居た事自体がありがたい叔父だった。

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