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2017年12月31日 (日)

さあて 戻るかよ。

グズグズしている内に昼過ぎとなってしまった。

親には元日の朝一で移動すると伝えているけれど

実際は都内の宿で年明けにする。

だからまあ、急ぐ必要は何もないが、とにかく本日で今年の仕舞い。

総じて悪くない一年間だった。

2017年12月30日 (土)

本年任務完了

29日が仕事の最終日。つまりは冬休み突入だな。

いやね、最後の締め日は午後半休で実質的には昨日からってもんよ。
とにかく朝に目が開いて、そこからの時間を気にする必要がない。

普段の平日なら布団の中でしばらくはグズグズするのに、気持ちよく
さあて爽やかに起きてみるかね、なんて気分になってしまう。

petroleumってのは自分の仕事ネタね。こいつの市場価格と商売具合には
相関関係がある。だけどね、この分野は輸出モノが殆ど100%だから
中国はともかく、欧米方面のはクリスマス休暇の事情で師走半ばから
一段落って感じになるのさ。

その間にも年末の原油価格は上昇傾向で、正月明けにノンビリと
雑煮なんかを食っている内にも現地法人からの話が職場のPCに
来ているのだろうと思う。
年始の初日には開けてビックリの展開になるのは容易に想像できる。
秋口からその商売自体を処理するのに厳しい状況だったし。

勤め人というより、思い浮かべたものを形にして飯を食う技術屋として
もう二つのネタがある。実現させるかどうか。
それは企業の成果利益には貢献するだろうと経験則から感じるものはある。
でもまあ、 もう どうでもイイか。なんて思うところも。
あとは次世代の連中が好き勝手にやってくれ、って。

今年に幾度か書いた叔父の話。
癌というのは限界線を過ぎたらどうにもならない病だと思う。
腎細胞癌体験記のとおり、まさか当時の商売ネタ作品が自分自身に
関わってくるとは予見できなかった。

総じて紆余曲折の果てに、ここまでの自分は能力以上の「儲け」を得たと思う。

いよいよ来年からは隠居準備で、若い衆にその先を託すって形が完成したなら
万事、極上だろうな。来年に望むものがあるならば。
他人と関わる中で老害に なりたくない。

同時に自分自身だけの世界では好きなだけ存分ってのをやれれば
何の文句もない。

さて暦は明日に区切りとなる。明後日には2018年だ。

<本日の一枚>
相変わらず冬季には暖房無縁で換気のつもりからか(この理由は自分にも
説明がつかない)少しばかり網戸にさえして隙間風が入ってくる。
寒いんだよなあ。それも当たり前だ。

サトウハチローさんの歌みたい。
♪お部屋は北向き 曇りのガラス。
うつろな目の色 溶かしたミルク
僅かな隙から秋の風♪

いやいや、冬の風は一層に厳しい。

20171228

世間の一般家庭で室内気温がどの程度なのかは知らないが
数日前に当地も随分と冷え込んで、いよいよ夏物の薄貧しい
綿シーツの上に毛布を一枚。

これがまた室内の冷たい夜気配とは別世界で暖かく心地よい。
そうして温々と寝られること自体に幸福感がある。

以前の記事にした伯母は一族の中でも富貴栄華を自在にした人
だったけど、桃は喰わぬと存命中の昔に聞いた。
終戦直後時代に亡くなった祖父が最期に桃を食べたいと
言った望みを時代の背景から叶えられなかったことから
自分が以降に口にすることは出来ないとしたそうな。

冬場に暖房は使わない自分。その本当の理由は。。。

ま、今はどうでもいい。明日は親元への帰省。
ともかく皆が今年の一年無事でありがたい、ってもんよ。

2017年12月25日 (月)

2017年、旅と雑感の迷想

終戦後に生まれた世代で日本の高度成長期社会に乗れなかった人は、
海外旅行解禁って時から旅してます!(ビシッ!)と自慢するのが
旅行記者を肩書として生活の糧になったかも。

その後に旅行が娯楽の一つになってから「わああ、スゴ~イ」なんて
体験者崇拝みたいな雰囲気になったんだろうけど。
とりあえず記事と本にすれば売れた出版業界の黄金期だったのか。

でも今は誰でも片手一つの操作で旅アプリと情報、実体験訪問者の
記録が手に入るから、かつての昔体験は旅のバイブルにはならない。
書き込みの状況次第ではピアスも驚く「悪魔の辞典」旅版にすらなる
例があるだあろう。

人がやる旅も生き物。その相手は時代と共に変化するのが当然さ。
今までの自分が通ってきた「道」すらこれからの連中には単なる
無意味な記録になるのは間違いないはず。

誰かにとって将来の旅がどんなものか知った話じゃないがWEBの
旅話を探る中で知った人々の情報は(今も別場所で)自宅に
居ながらにして旅路の話を楽しむって感じで。
これは自身のネタ探しとしても面白いんだな。

でもそれとは違う、つまりは自分が何かを感じる場所以外で目にする
記事や掲示板の類では主観的に全てが教訓や知恵とならない場もある。

宝玉あれば 石や糞も 入り交じり。これがWEBで目にする風景かね。

さて。 

ここ何年か、自分の行動を師走の時期に振り返って整理している。
今年は出かけない一年だった。
夏場に聞いた叔父の入院と訃報が関わっているのだろう。

 先日に親元へ電話すれば老母は相変わらず終電夜中の帰宅に
なるそうで留守を預かる親父と話をした。

 昭和時代の声優さんは現役で耳に馴染む役をこなしていると思う。
人間、年齢と共に容姿は変化しようとも声はそれほどに
違いが出ないのでは無かろうか。峰不二子の実年齢は???
いや、それは話題としては駄目だ。

 その電話で言ったさ。
「こうして正月が来るって事は、何にしろ一年を無事に
過ごせたんじゃないかい」ってね。

老父は言う。
「そうだなあ、でも来年はどうかなあ」と。
その声質は間違いなく父親のものだが張りがない。
これがイケナイ。弱気発言より「声」は呼吸と肺の機能から
出てくるものだろう。

本日の迷想をどう〆にするか。
人は想うところを元気に声に出来なきゃ、面白くないか。

んん~、随分ともう、腹の底から気持ちよく歌うっての
やってないな。独りカラオケは未体験だけど。
あれはあれで何かの効能があるかもしれない。

あと一週間後には「明けまして」なんてね。
そんなこんなで今年も暮れる。これだって人生旅かよ。
何を自分は見て、やってきたもんかなあ、だ。

分からんけれど、気分はそう悪いものではない。
特別な満足は無いけれど、後悔や反省すべき処もなく。
(だとしても今更、どうにもなる話じゃない)

年々に「まあ、いいじゃないか。あるがまま」って感じやね。

2017年12月17日 (日)

世の中、そんなに甘くない。でもまあ。。。

甘モノ駄目の自分さえ、そいつに関しては辛いなあ、とそう思う。
(これをカライと読むか、ツライとするか)

それが今の浮世ってもんだ。

↓は本コーナー「不定期な日々の迷想」の過去記事。

http://ansh.cocolog-nifty.com/ansh3/2008/02/5000_0732.html

文中の社会保険庁LINK先は既に消えている。

年金制度は仮にも現代日本の中で、老後生活上の基盤と
なるものであるはず。しっかし当の担当役所がどれだけ
いい加減なものなのか、ここで例示するまでもない。

おそらく公務員の中で最も職務に忠実なのは国税庁だろう。
連中は容赦なく、納税側が干からびていても更に一絞りを
入れて持っていく。

自分自身の老後は生きている限り、間違いなく到来する。

区切りをいつ、と考えるなら会社員としての現役生活を
終えた65歳の時だろう。その前に還暦になれば役職定年で
職制加給が無くなるし、能力給は二段階下がって高卒相当の
額になるそうな。これで年収は二割近く減るはず。
それはそれで構わない。同世代からすればマシな方だろう。
第一に無駄な支出をする機会自体が生活の中で減るはずだ。

問題は本格老人になってからさ。
日本年金機構のHPで将来の年金額を試算してみた。
老齢基礎年金+老齢厚生年金+基金代行部分(これが最も
大きいが将来は違うシステムになる)合計の年額は、、、
¥240万程度。10年間の企業年金は年に¥120万あるかどうか。
いずれ妹たちと均等配分しようと思っているショボイ家作の不安定な
収入をアテにしても合計額は現在の半分以下になる。

だけどさ。 やはり、そんなもんで良いのだろう。
毎度の毎回に「生きて楽しんでこそ人間」だけどね。
6,70代以降は今までと同じ活動内容にならないはず。
静かに枯れて行く楽しみを探すのも面白いかもしれない。
50代前半までには想像すらできなかった発想の転換さ。

<本日の、、、>
衣食住。 衣はボロ姿に慣れているから気にしない。
食は自分で好きに造れば何でも楽しい。

問題は「住」だね。
随分、気に入っているけれど現在の賃貸アパートに
いつまで居るか、居られるか。

実家は昨年に引き払って老親は別の賃貸集合住宅に
暮らしている。既に自分が戻る場所は無し。

新宿区には今世紀になって造った鉄骨構造の貸し建屋住宅が
ある。首都圏直下型のデカイ地震さえ来なければ何とか生きてる内は
使えるだろう。最悪の場合、自分自身がソコの住人になる手もあるが
積極的に考えたくない。

親が昔の実家から引っ越す際に手続きで色々とやった。
伊豆半島の山中に土地があって所有権登記の住所変更を
やる際に一度は現地を見てみたい、と好奇心から行ったのが昨年の話。
そいつは初夏前の頃で、下手に入れば蛇の穴か蜂の巣を踏んで
とんでもない展開になるだろうから単に外から見ただけ。

その時に正直な感想は手に負えない、だった。
200坪、600平米チョイ。原野商法が世に出てくる以前、
そして自分が生まれる前の1950年代に取得したもの、
と電子化される以前の権利証、登記簿謄本に記されている。

これは実家を引き払う際に仏壇の地袋下から出てきたのを
今の自分が持っている。

あらためて現地中身を見るなら爬虫類、昆虫類が不在の冬しかない。

そして自然アウトドア好みの自身が将来の隠遁生活が
可能かどうか見極める意味でもね。

確信=こりゃ無理だ。現地の固定資産税は無し。
つまり土地の評価額が¥30万に満たないものは非課税扱い。
早い話、それほどの価値が無い。

いくら物好きな自分だって、ここには住めぬなあ。。。

一応はやってみたよ。
車両のすれ違いが無理な細道を通って。

到着して着替える。会社の防災用ヘルメット、使用期限を
過ぎて捨てるクリーンルーム用の防塵服を廃棄物場所から
拾うつもりで貰ったやつ。当然に保護メガネも。
思索の末に買った作業靴、のこぎりと高所剪定ハサミ。

G20171201

もう完全装備ってもんよ。 とにかく路上から自分の背丈
175cm以上に段差がある土の壁をよじ登り、一面の雑木林を
日頃の憂さ晴らしの様に切り倒す。

三時間ばかり、とりあえずは少しの視界が開けて視線の下に
自分の車が見える。本日の収穫があるとすれば。

G20171202

どれ程に自分が日頃に運動不足なのか分かったこと。

足はガクガク、手指は作業後の一服するにも「つるような」
感じで自由に動かない。

だがなあ。一体自分の人生始末は。
どこで何をしながら終わるもんだか。と勝手に思い浮かんだ
言葉は「まあ、よかたい。どげんかなるやろ」なのね。

バカみたいに阿呆でも、つまり自分は自分。
それはそれでイイちゃないと?なんて感じさ。

それでも10年後の自分はどうなっているのやら。

2017年12月15日 (金)

この時季になった。 鍋だよ、鍋

季節到来だね。中身は何でもOK。

自分の場合。
寝室なら布団にくるまっていれば、どうにでもなる。
居間は台所と一緒になっているから鍋料理は暖房装置を
兼用したみたいなもので都合が良い。

難点は下地が厄介ってこと。
平日は帰宅してその何かを造るのは億劫なんだな。

とりあえず今宵は豆腐鍋さ。


つまり単なる湯豆腐ってことね。

ふぁあ~        上出来、上出来の満足。

こんなもの一つにだって俺は生きてる、ってのを実感できる。

しかも週末到来だぜ。少しばかり想うものがあって
日曜は伊豆半島方面に、のつもり。

さァて どうなるか。どうだろうと今年は残り半月さ。

2017年12月14日 (木)

納税で みんなニコニコ 明るい未来

本日の冒頭一言。

ばかやろー! だ。

会社員の年収850万以上の控除見直し。
出国時に観光振興の税、森林税で住民税に上乗せ。

納税は国民の義務だ。それ自体に文句は出ない。

しっかし、徴税対象とその使途は???

中央省庁の天下り先がどれだけあるのか知らんが
そいつを廃したら、職にあぶれた連中が世に溢れる。

受け入れ先の組織に、一体どれだけの補助金、助成金
名目で税金が流れているのか。
特にそうして下ってきた理事、役員肩書連中の人件費。
民間組織の自助努力とは異次元世界だろう。
(元から採用、配属されている一般職員に矛先を
向けてはいけないのは勿論だが)

特に出国税だよ。
観光振興、利便充実でこれだけのコストが掛かる、
税収でこういう事を実現させる、そんな説明無しに
新税設定が起点になってる感じ。

東日本大震災で既に復興税名目の所得税とは別に
追加徴税されてから随分と経過する。
その復興の現実は?(少なくとも税の投入効果として)
これがこの先、次世代まで続く。

民間企業で役員とは違う、自分のような「使用人」の
立場なら年収850万というのは相対比率として上位かも
知れないが絶対的に高所得者層ではない。
そういう言い方は増税名目上の勝手なものだ。

所得税や社会保険税の源泉徴収税以外にも消費税、
その他各種の間接税が加わってくる。
モノ一つ買っても製造元が支払う法人税、材料購入の
消費税、その他が価格構成の中に含まれているはずだ。

江戸の時代、四公六民は一揆スレスレとなるライン
だったそうな。
現代は累進課税の制度だが収入、消費支出の中で
御上への年貢はどれだけのものになっているのだか。

公務員は税収によって生活の糧を得ている。
人間の生活を営む以上、それ自体に文句は言えない。

民間企業だって、何のために会社に居るのか(or 要るのか)
分からん連中は存在しているさ。
ただ自分は怠けながらでも働いた結果、企業が得た収益から
報酬を得るなら、もう少し余分に貰っても良いとさえ思っている。
そいつをどう使おうと自分の勝手ってなものさ。

だが税金は全く違うだろう。

本日の、、、躊躇するものはあるけれど会社員が年収1000万以上
だって世に言うほどの高額所得層ではない。そう思う。
現役引退後への備えを考えれば非常に厳しいのが現実だ。

先週は冬のボーナス。明細の上納金で¥48万以上。
重ねて書くけど納税は国民の義務だ。
しかし「ピンハネ」という言葉も同時に連想する。

見えない国の浪費税、などと思ったりして。

20171214

ポパイとはトムとジェリーに並ぶ米国の古典アニメ。
子供の頃、TVで観た場面さ。
ポパイが何かで少しばかり儲けた紙幣を
手にした所へ、税吏に扮した
ブルートが来て何々税と言いながら一枚ずつ抜き取っていく。
ブルートが「これはゼイゼイだ」と最後の一枚をポパイからふんだくる。

うむむ、なぜか幼少時代の一場面を思い出してしまった。

2017年12月10日 (日)

日曜終了

連夜、洗濯をして風呂場で漬けといた奴らを起き抜けに
すすぎ流してから外に干す。
「やれやれ」と油断していれば勝手に朝の時間が過ぎていく。

今日こそ床屋に行くかよ、と身支度をして移動開始さ。
前回は夏の話だった。毎回に始末がつくと見かけの侘しさ程度が
進むような。これじゃ床屋の旦那も仕事のやりがい、ってもんが
無かろうと申し訳ねェ感じだな。

正月前に師走の床屋は恒例行事。
今回はもう一つ気になる所があった。

老父の兄、つまり亡伯父の最期は愛知県の春日井市という
場所だったらしい。
この人は西日暮里の開成から早稲田で政経を学び、知識は
冴えていたけれど酒で身を持ち崩すという典型例をやらかした。

末妹の結婚式には伯父も来たのだけれど、当時に元気だった
祖母は凄まじい剣幕で伯父を玄関の中に入れなかった。
自らの長男なのにそういう感情はどういうことなのだろう?

明治生まれの祖母を生涯、世話したのは両親。
親の福岡時代は一足先に自分が大学進学で戻ってきていた。
祖母の面倒を看るという条件で当時の生活費は伯母が出して
自分と二人暮らしをしていた。
昔の東京話などを聞きながら飽きることの無い晩飯時が
続いたけれど祖母の(これは亡伯母も同じく)伯父に対する
感情については一生、質問できなかった。

多分、背景には戦争という、戦後生まれの人間には空想したところで
当事者の真実や事情、本当の事がわからない難しい時代が何かの形で
関係していたと思う。
事実、自分は「戦争を知らない子供たち」なんだけど杉田ジローの
唄を今になって感じるところは結構、好き勝手に作ったもんだな、と。

老父の兄姉でもう一人の伯母は一族の酋長みたいなもので
戦後の混乱期から一代で様々な経験をしてきた人だった。
厳しくも情に深く、男児は親族の中でも自分のみからなのか
幼少時には随分と様々な体験をさせてもらった。

しかし昭和の後半に占い屋みたいなのに騙される事になる。
あろうことか代々の墓を何の縁も所縁も無い土地に移してしまった。

この占い屋連中の根城に自分は学生時代、伯母に付き添って
同行したことがある。当時は理工系だった自分。
自然の摂理から技術を得るものと考えていたさ。

抽象的な話ならテクノロジーはサイエンスから生まれるってことよ。
およそ占い屋の類はそいつに都合の良い脚色を加えて騙し物語を作る。
世の中を丸で知らない学生だった自分にも「こいつらは信用ならねえ」
となる人間の存在を示す最初の教材だった。

とにかく御先祖様からこっち、世話になってきた菩提寺の住職が
示した不快感は。伯母の方面とは無縁になった菩提寺は幸いな事に
自分の家系筋と親しい付き合いが続いている。
空の墓になって30年以上になるのにそれ以前の昔から管理費の類を
求められる事もなく。

伯父は昔に言った。「俺はあんなトコの土になってしまうのかなあ」と。
両親と時折に話していたのは伯母がこの世の人では亡くなったなら。
それは現在がそういう状況なんだけど。墓を元に戻そうということだ。

平成になって墓参りをした記憶は一度くらいかもしれない。
先祖不孝で水木しげるならどんな非難をするだろう。

床屋の帰りに大江戸線で新宿から少しばかり。
久しぶりに寺に寄った。事前の相談なしの訪問と随分な御無沙汰を
住職に詫びる。そしてこれからの展開筋に思うところを話せば
心善い受け答えで、ありがてえことったら。

今まで心の中で澱んでいたものが晴れる気分さ。
久しぶりに墓所へ行けば昔と同じままだ。

現代はWEBで様々な予備知識や情報が得られるけれど改葬というのは
実に難しいものだと思う。

だがこれが日常の会社勤めとは別に、自分が義務として実行する
最後の仕事になるはず。人間は終わってしまえばそれっきりよ。
矛盾した感情みたいだけど第一にこれをやらなきゃ「あの世」で
自分の居場所がない。亡き伯父の遺志、両親の意志、自分の願望。

唐突な思い付き行動は何の場面でも毎度のことさ。
しっかし本日のこれはこれで良かったと思う。

ほほえみで 皆を迎えよ 姉仏 by 庵主

と書いたら無意味に少し泣いてしまった。俺も老けたもんだ。

2017年12月 9日 (土)

田舎暮らしの不便と贅沢

不便の方は書けばキリが無い。でも悪い事ばかりじゃないさ。

第一に家賃が安い。二部屋の駐車場付きが¥5.8万ばかり。
都会じゃ無理よ。加えて、車で20分も掛からぬ通勤至便ときたもんだ。

それにしたって恵まれているつもりでも、普段の生活に時間的な余裕が
無いのだなあと改めて思う。

帰宅して晩飯晩酌で「ふぃ~」と気が抜けた状態になれば九時近く。

随分前から早起き傾向で7時過ぎには職場に到着なのさ。
今の季節では日の出前に、薄明るい内から路地の各所で爺婆が散歩していて
運転側としては危なっかしい気配だって有るんだけどね。
まあ、これはこれで渋滞無縁だし何かと都合が良い。

この頃はね、自分の生活リズムと向き合うと8時間は寝たいと思うのよ。
40代だった日々、幾らでも夜更かしOK。今では22時になると、もういけない。
布団の中で手にした本を放り投げるか、枕元のラジヲを切るまでの
時間が短くなったことったら。

しばらく前に揚餅を作ろうとして火傷した記事を残した。
あれね。結局、完全復活じゃなくて痕になって一生、残るみたい。
足には前に、自転車でぶつけて痣になったやつが今も遺痕になってるの。

皮膚の出来事一つも、もう修復できないんだな。これこそ老化そのものだ。
更に迷想するなら、表面的なものだけじゃなくて。
内部もまた、修復できない何かの欠損が積み重なって身体機能を維持するには
重大な問題を生じて、その結果が人の活動限界になるのだろう。

未成年の頃に何かで読んだ。 死は平等に来る?  
否、それは平等ではなく、誰にでも当然に来るものだ。

人生は時折に旅やレールにも例えられる。
列車に置き換えたなら、それは必ず終着駅に到着する。
そこから先は列車としての役に立たない。
だが新幹線と在来線、或いは下手すると痴漢扱いされる首都圏の通勤車両じゃ
同じ鉄道でも中身が違う。  
どうせなら駅弁喰いながら一杯やって車窓からの風情を楽しめた方がイイよなあ。

でもまあ、今になってだからこそ想う、ってやつよ。
10代の連中はそんなこと考える必要は無いし、違う方面に意識を向けるべきだろう。
若い頃から人生、重く思い込み過ぎると厄介事に巻き込まれるか怪しげな宗教に
騙されるかも。或いは「二十歳の原点」作者みたいにどうしようもねェなあ、
の結末になったりさ。

昨夜の内に風呂場で洗濯をして漬けておいたやつを日の出るあたりから干す。
日差しは弱いが風は随分で乾くのが早い。
本当ならば早朝より床屋に行こうと思っていたのが、何となく上京するのも
面倒くさくて「まあ、いいや」の繰り返し。行動力そのものが低下してんだよな。
明日は必ず行こう。

そうして閉鎖的で、ぼんやりとした田舎暮らしが抜けないほどに染みついてくる。
都会の混沌と喧騒の中に身を置くのとどっちが良いのだろう。

<本日の、、、>

居住地の良い所は納得できる産地の食材にそれほど不自由しない事だ。
しかも安い。会社の近くにある直売店では近隣農家からの野菜が嬉しい。

001

「むかご」というのは長芋の子供みたいなもので芋というより豆にも見える。
晩秋になれば旬の時期でこいつは先日に買ってみた。

簡単調理のものだけど少しばかり手を加えてね。

002

洗って塩振って、酒蒸しにして火が通ったらフライパンの上で煎り通す。
表面はパリッとして中身はホコッてね。

003

酒肴としては申し分なし。

004

こういうのには、面倒くさいって感覚が出てこないんだなあ。。。

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