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2005年3月17日 (木)

北京@中国 <2005.3.4-6>

北京で中華三昧 <2005.3.4-6>

<きっかけ>
まだ節分を過ぎたばかりであれば室内から見る日差しが暖かそうに思えたところで
一旦外に出たものなら陽光を浴びるよりも温泉に浸かりたくなるような週末の朝食。

「だからさ、上手い事に誕生月には1日休暇をくれるってんでどこか出かけるつもり」
どこへ、とも決める前に独り言のように言えば行き先の問いかけが戻ってくる。
「う~ん、ちょっと今思うのは北京に行ってみたいかな。世界遺産の万里の長城と
紫禁城をこの目で見たい。あとは北京ダックも。それから足ツボマッサージは
絶対外せないな(笑)」一応は考えていた場所でも言い訳のように説明しながら。

「ただ問題はどうにも中国は自分にとって実際、正体不明の国だからどうなるか
ワカランけどね」「まあ行くならこのあたりかも。月末は忙しくなるだろうし」
コーヒーカップに伸ばすつもりだった手には手帳、目はそのカレンダーを注視。
「うん、やっぱりどうするかワカラン」と苦笑して移す視線の先には微笑。

気晴らしから日常に戻れば時折、次は何処に行こうか、などと考えつつも普通に
しばらく毎日が過ぎる。驚くような物事は唐突に起きるからこそ驚く。
「一緒に行く? ってどういう事だい?!」

庵主が一人で行くと女の人に騙されるからだって?そんなに怪しい国なのか(笑)
ともかく日中韓英語自在で現地事情に詳しいとなればこれ以上の案内役はいない。
単に曖昧な予定であったものが決定となり自分の答は「じゃあ、行くか。一緒に」

<前準備>
中国放浪は前から視野に入っていたものの躊躇していた理由の一つに航空運賃の
割高感がある。正規割引運賃でもソウルの3倍、欧米の2倍以上で北京より
ロンドン、NYの方が安いなんてどういうことだろう。
これが空港送迎のみの完全フリープランツアーになると五つ星ホテルでも
格安感が大きい。自分が宿泊したのは王府飯店。悪くない宿だったがツアーか
そうでないかの価格差はどうにも理解できない。
印象として中国訪問は絶対に旅行会社のフリープランツアーが良いと思う。
単に価格の問題だが個人旅行は推奨できない気がする。

今回は各種の手続きや現地の「法律の問題」(多分、人口抑制政策が絡んでいるかも)
で旅行会社とのやりとりにドタバタとした展開でFlight時刻の関係で仕事が
終ってから自分もアタフタして出発前夜に東京へ移動。前日移動の放浪も初めてだ。
地元駅では予想外に混んでて切符を買ったら発車ギリギリで珍しく走る。
いつもの晩酌も買わずにホームへ。結局晩飯も抜き。
車内販売でウィスキだけは買うが新幹線も食堂車、ビッフェ(旨い物ではないが
ソレナリに風情はあったのに)が無くなりカウンタ販売からワゴン販売へ。
惜しい事に普通の店では滅多に見られない日本酒、大関の「大坂屋長兵衛」が
数年前はひかり号の社内で購入できたのが今ではそれも昔の事になってしまった。

<出発&到着>
新宿朝七時過ぎの成田特急。車内で案内役の友人から放浪プランを聞く。
本来なら自分で気ままに着いてから決める行動も今回は庵主の希望を
覚えていて事前に計画してくれたようで全てお任せとする。
実際、内容に文句のつけようも無いからタマにはこういうのもイイだろう。

空港カウンタではツアー受付でしばらく待たされる。どうやら前方の客が
長い事、なにやら係員と話し込んでいる様子。みどりの窓口でも時折
見かけるが相談しながら購入なり搭乗の手続きをするのはやめてもらいたい、
と思う。事前に段取りをつけてもう少し手際よく済ませられないか、と。
全てが慣れた客ではなかろうが実際、JRで数人の行列で20分以上待って
時刻の関係で諦めた経験も有って客側も学習するか要領よく希望をまとめて
から買えと言いたいのだが。(勝手ながら本当の感想)

ともかく庵主が乗るANA905は成田から北京へ。到着近くになると
ダダッ広い茶色の原野のような風景が眼下に見えてきて大陸の雰囲気。
到着ロビーで「ほよ?」と目にしたのがサーモグラフ。モニター画面には
色別の温度分布が表示されるやつね。チョイ前の中国名物と言えばSARS。
以前、流行時に別場所から帰国した際に日本では入国時に非接触型温度計を
係官から向けられたけど何しろ人口から言えばそんな事を一々やってられない、
と言う事だろうか全体把握する方法を採用したか?
それでも騒ぎが一段落したためか特に常時監視ではなかった模様。
面白半分で写真に収めるも一種、スパイ行為とでも勘違いされると厄介なので
さりげなく電話を掛ける振りして撮影。(VODAFONEは中国で使えないけどね)

到着ロビーを出れば現地ガイドのお出迎え。ここから宿まで送ってくれるのだが
車は工事現場に向かう貨物型ワンボックス風。ホテルと言うより飯場に
向かう雰囲気で客は自分たち二人だけ。市街地が近づくにつれ高層アパートと
低層ドヤ街のような建築物がエリア毎に目に入る。そして歩道と並行して
自転車専用道のような所を多数走る自転車。なんだか中国の予想イメージそのもの。
地方から都市への人口流入は深刻な住宅問題を噴出させるのが間違いないだろうから
中国では国内都市移住も規制されている(されていた?)話を聞いた事がある。
あるいは女性と男性が同室宿泊する場合には結婚証明が必要とかで
これも日本とは逆事情なのだろう。

<初日の市街地見物に夕食&晩酌>
中国の街を歩いて思うに新と旧が混在するような感じ。縁日の屋台のような店が
並ぶ数十年以上前の洞窟改造のような地下街で(実際、そのくらい古いらしい)
駄菓子を買って食う横に古びた寸劇の舞台が有ると思えば一つ壁を越えると
煌びやかな買い物街。地下鉄の切符売り場は窓口のみで自動機が無い。
改札も無くて階段横に切符をちぎる係員がいてあとはそのままホームに。
労働力過剰の印象を受ける。満員の地下鉄は金曜夜ならアタリマエでも
やはり混雑は人口世界一の国だからか?と錯覚してしまう。

晩飯の頃合となり庵主が所望した北京ダックを食わせてくれると言うので
ホテルのようにデカイ(驚)「アヒル専門店」へ。
これがね、すごいの。何となく理解できる中華献立と共にアヒルの料理。
ピータン(ゆで卵みたいな前菜)から始まってレバ(西洋だとフォアグラ?)
ミズカキ(豚のミミガーみたい)や正体不明(アレは何だったのだろう?)まで。
ともかく地ビールで乾杯。北京ダックも一羽分。しかし十分に飲み食いして
日本円で総計¥4000程度。食に関しては確かに安い。


Bj1

夕食後に案内役の相棒から「ちょっとつきあって」と言う事でスタンドバーの
ようなトコに連れて行かれる。どうやら隣の店で以前に働いていた会社の
飲み会をやってるのでしばらく待っていて欲しいということらしい。
うん、久しぶりなんだからゆっくり会ってきな、と独りでバーボンなんぞを
小一時間。ちなみにジャックダニエルが日本円換算で¥290。安いなあ。
しばらくして戻ってくると一緒に来いと。昔の恋人なる人物と御対面、で
案内役は他の友人に会ってくるとかで消えてしまい庵主と彼が二人残される(本汗)
話をしてみると一種の「同業」で彼は庵主のトコよりも大規模な会社の技術屋。
案内役は職場の同僚だったとか。(以前、案内役と雑談の中でISO9001の話を
唐突にされて面食らったけれど。ようやく納得)

Bj2

話題は日中関係になるが印象深かったのは「歴史と政治は別物です。教育も
政治から作られるのだから受ける側が(その内容を)考えるべきでしょう」との言。
戦争を知らない世代でも先日のアウェー戦の様相からこれは難しい問題だと思う。
自分にとっては関わる相手が誰であれ国よりも人物本位だがこんな形で
初訪問の国で未知の人と話をする事になるとは思わなかった(再汗)

それ以上に彼にとって今は別の恋人がいるとのことだが久しぶりでも
昔の彼女が日本から得体の知れぬオヤジと突然、会いに来たのは
どうしようもなく不可解な事だっただろうに。なんだか気の毒。
誤解を避けるためにも自分はお気楽なタダの友人だと彼に伝えたものの
余程に酔狂な人間でなければこういうのは理解できんだろうなあ。

とまあ一段落着いた所で案内役も戻り晩酌としてLIVE HOUSEに案内してもらう。
これはビックリ(本当)通りに何軒も並んでいて中ではおそらく
「好きな連中」で結成したバンドが演奏している様子が外からでも見える。
しかも重金属系ロックにバラードやら。女子十二楽坊の方が場違いに感じられる。
HEINEKENの看板の店に。中国と言うより米国に来た雰囲気だった。
店に入って頼んだのはコロナ。南米の地ビールのようなもので
以前、出張で仕事上外せないHOUSTONに行った際に馴染みの奴から
教えてもらって一種独特の味がある。近所で見かければ今でも買う。
これだけは利き酒ができると思っているが この店のはどうにも
水っぽい(笑)ある意味、こういうのも中国かと納得。
しかし時差を考えると(北京は日本の1時間遅れ)日本では深夜1時。
飲んだビールとは反対に濃い初日も宿に戻り終了。

<2日目の万里の長城に四川料理と天壇公園>
マイナス時差はありがたいもので日本なら八時過ぎに起きてもまだ
-1時間の現地では七時チョイ。朝食後にロビーで再び昨夜の彼と対面。
タクシー貸切の手配を頼まれていたとの事で見送りを受けながら
万里の長城へ(以前から彼の話は聞いていたがどうにも恐縮せざるを得ない)

市街地の渋滞を抜けて途中から高速道路らしき所に入り更に一時間ほど。

ちなみに北京の印象は割り込みの街、とでもなるか。
店で買い物の際にも行列と言う概念が無いのかレジに先に出したものが
勝ちという感じ。ちょっと最初は腹が立ったけどこれも現地の習慣と思えば
気にならなくなる。
交通事情も同様で日本とは違って車優先だそうな。何回か乗ったタクシーでは
車線変更の合図よりもクラクションを鳴らすのが先でこれもまたこういう
ものなのだろうか。大阪あたりだと大変な事になると思うが。。。

モヤの向こうに山々が見え出す。直感的雰囲気は長野県を走って
いる気分でも空気は澄んでいるというわけでもない。
何しろ一部、日本でも季節になると空が黄色くなるというわけだが
その起点となる国に来ているのだからこれはこれで当然ともなるのだろう。

やがて山の中を進むと唐突に城壁らしきものが稜線の上に見える。
高速道路標識は万国共通らしく緑のボードに白い文字で読めない漢字(笑)
と共にGreat Wall of Badalingの英表記。(ただ辞書を調べてもBadaling
の文字が無い。車窓から不自由な目での書き間違いか地名のような中国の
固有名詞なのか?御存知の人がいたら教えていただきたい)
しかしタクシーは出口を通過。???と思ってたら納得。いくら行っても
山の城壁は続く。なにしろ万里の長城は総延長6000kmを超えるというから
その入り口で降りてしまう方がもったいないと言うもんだ。

第一印象は「凄げえ~!」と「とうとう俺も来ちまった」と不思議な感動(本当)
しばらく横目で見ながら走り高速を降りた先では土産物屋が賑わう。
宿屋もあってこんな場所に泊まって夜空を見上げたら落ちてくる星の光に
胸の中が凍てついてしまうのではないか、と昼間なのに勝手に迷想する。
健脚コースで徒歩にて上に向かう道もあるようだが「とてもじゃない」と
ロープウェイで到着すれば自然の地形に作っただけあって一部には滑り台の
ような城壁の上を歩くような場所も。寒風の中で汗が出れば息も切れる。
山の上では空気も澄んでいても遠く見えぬところまで城の壁。まったくGREAT!

Grtwl_5

しばし体力消耗しながらも散歩をすれば昼を過ぎる。辛いのはダイジョブ?と
尋ねられたら甘物ダメでもそれならOKの庵主。四川料理を御馳走して
くれるとかで大歓迎でもまた友人と待ち合わせと言う。が、今度は先輩の
女性とかで。。。とりあえず安心(爆)市街地に戻れば二時過ぎの遅い昼食。
辛口料理の代表格ではないかと思う四川料理、前菜から強烈。でもうまい。
運ばれてきた器一面にはトウガラシのミジン切り。これを目の前で全部
オタマですくい取って肉鍋みたいな中身だが辛いのなんのって。
向かいにはその先輩(でも自分より一回り以上若いわけで)と案内役が並んで
味覚で辛くても視覚では何とも甘美というか久しぶりに献立が何であれ
ウマイ食事だったような。

案内役が本日は庵主の誕生日だと話をすればその先輩姉さんが給仕に
何か注文。もってきたのは湯のみ程度の器にラーメンのようなもの。
年越し蕎麦と同趣向で節目に又、長寿を願うものだとかでありがたく頂戴する。
ところで流石に四川料理。翌日はチョイと腹痛でトイレに行けばもう大変の
ピリピリ。最後までHOT。(後日、案内役にこの話をして「俺ゃ、エライ目に
あったけどアンナに辛いの食べても尻は大丈夫なもんなのかね?」と
どうしても好奇心で質問したけど明確な回答は得られませんでした)

腹も一杯になれば散歩と言う事で天壇公園に。日本でいえば明治神宮より
広い杜に不可思議な建造物(よく分からんが寺院のようなものか?)
回廊のような所では何組もの老人が並んで座りトランプ博打が真っ盛り。
昔の中国絵図で例えると桃李の下で碁を打ち興じる仙人の現代版の雰囲気。
そしてソレを見物する人の輪。或いは恍惚と胡弓を奏でる爺さん。
不思議な光景だった。

Bj3

閉園時刻が近くなり急ぎ足で周れば足もくたびれたところで
「次は足ツボマッサージだからね」とのありがたい言葉。
待たせていた貸切タクシーで店に向かうが探しても見つからず。
どうやら潰れたらしい。タクシー運転手に色々と聞いて連れて行って
もらえば途中から案内役は中国語でなにやら喋りたてて立腹の様子。
自分には全くどういうことか分からなかったが店の近くに運転手自宅
があるのでそこで貸し切り契約を終了にしたいと言われたそうな。
まあ、仕方なかろうと自分は納得したけどあくまでも印象として
日本に較べると中国や韓国の人は自己主張に関して曖昧さが無く
自分が言いたい事はとりあえず何であれそのまま表現する傾向が
強いと思った。このあたりを心得ていないと無用の誤解を生じるかとも。
それにしても本場のは安い。二人並んで個室のTVなんぞ見ながら
1時間タップリやってもらっても日本円で合計¥3000程度。
これは良かった。最近は日本でもこの手の店を見かけるが価格対内容比で
勝てるもんじゃない。韓国あたりならアカスリ&エステというのが
類似路線で定番かと思うけど中国訪問では絶対、外せないと思う。

一首謹呈。 「中国は どこに行っても 中華街」 by 庵主
晩飯時で流しのタクシーを拾って食事に。国柄かタクシーは大部分が赤色。
で、アクリルの防護板と鉄格子に囲まれた運転席。檻の中に手を
入れるように料金を払う。治安の問題か?
案内役に任せるまま料理店が並ぶ界隈で下車。
ここでも北京ダック。ただ、他のメニューは文字を見ただけでは
全く内容が把握できない。
と、今回は油断してソレほど外貨両替したわけではなかったから自分の
持ち銭は中国¥50(日本¥600)程度しか残りがない事に気がつく。
「庵主はお金が無いし誕生日だから今夜は御馳走してくれるかね?」
どちらかというと気前良く振舞うのは嫌いではない性分だと自分でも
思うが旅先でこんなの(銭無し)も初めての体験だ。

散歩と晩飯の礼を兼ねて買い物に付き合えば初めて知ったのは
今まで通貨単位は「人民元」テのかと思ったけれど記号表記は日本と
同じく¥。一瞬、¥100shopにいるような勘違いをしても冷静に
計算すれば中国¥100=日本¥1300くらいだから特別、安いと
言うわけでもない。食い物は安いがいわゆる贅沢品になるようなものは
日本並に高いと思う。それでいて国土全体の所得格差は相当にある
様子でココに今の中国の問題(それはどの様な?と、問われても
良く分からないけれど)があるような。

今のところ、産業面でも中国はブームの様子。あえてこの場に書くが
一頃は自分の会社でも”見識の浅い無能な=上が一回発言すればその
何倍か「そのと~り!」と言うだけの連中”はコストで中国に負ける
と騒いでいたが 少なくとも中国が欧米日本と同じ土俵の産業立国に
上がってくるとは思えない。同じ路線を行くならその就業希望人口から
数年のうちに破綻すると思う。それはオマエが経済の事を知らんからだ、
と言われたらハイそのとおりです、としか答えられないけどね(だって
知らないもの)もしも中国が世界を握るとしたら土の世界、農業だろう
と思う。それでもその方面の相当な技術の確立と困難が要求されるだろうが。

ともかく夜更けも近くなり宿に戻って熟睡。

<最終日の散歩と帰国>
前述の四川料理後遺症で少し早めに目が覚めた庵主。落ち着いた所で
モーニングコールが来て相棒の部屋に。正午にツアーガイドが空港への
迎えに来るということで最後の散歩は紫禁城への御案内とか。

宿からホドナクの場所に天安門広場と紫禁城。規模から言えば東大の
安田講堂陥落とは比べ物にならん位のものでも庵主はアノ事件については
語る口を持っておりません。何しろ当時の事は遠~い世界の出来事なんで。
ともかく集会の類をやるには申し分ない広さであることは間違いなし。

隣には毛沢東記念館があってメンテナンスの時期で入場は出来なかったけど
薬品漬けにされた英雄が永久保存されているとか。
案内役が言うには毛沢東はやはり国民の英雄だそうで。庵主にはそういう
感覚が理解できない。理解できないから肯定も否定もまたできない。
しかしまあ、三国志で活躍した曹操孟徳や劉備玄徳でさえも出来なかった事を
やった訳で英雄と言う表現は間違いではないだろうが案内役曰く、
最後は(比喩的にどうも)「狂ってしまった」そうだ。真実の中国史は
知らんが勝手な推測ながら人間、老いて権力と富に執着すると欲ボケして
ロクナコトは無いというわけか?一部の経営者に聞かせたいものだ。

紫禁城もまた驚きだ。今の住まいと比べてみるとほんの一部の建物、従者が
控える玄関の入り口にも満たない僅かなスペースに今の自分は寝起きして
生活しているわけで。どんな富貴栄華が昔日にあったのか観光地となった
今からは想像不可能なれど俺ゃあ 気ままな庶民でよかったとも思う。
皇帝様じゃ勝手に出歩く事だってできやしまい。

散歩のうちに煙草も無くなって店を発見。店頭に並ぶ中に愛煙のSeven Star
を発見で購入する。しかし見えない目でよくよく見るとパッケージデザインは
同一なのにSilver Scarletと書いてある(深紅の銀?意味わかんねえヨ。
ホントにJT製かなあ(笑))
いつに無く動き回った旅もツアーの集合と言うか迎えの時刻が来て空港へ。
後は帰るだけだ。

成田の混雑もギリギリでクリアして帰りの特急に飛び乗り東京駅で案内役と
サヨナラ。地元駅に到着して改札を出れば「無事に着きましたか?」
と丁度、電話が来る。うん、良い旅だったよ。

後記というか今までに無かった放浪の雑感のようなものとして人間は
やはり何も無いと寂しいものなのだろうと思う。だから何かをするのか、と。
この友人は以前、海外で住む寂しさわかるかな?と言っていたが
時折「哲学」を語り合うにつけ自分自身で決めた規則を徹底して守る
芯の強さはどこから来るのかと不思議さを感じる。

それでもまあ、人生珍道中のなかで僅かな合間でもマダマダ世の中に
面白い相棒が出てくるもんだなあ、と実感。生きて出会う人皆、いずれは
別々に分岐する各々の進む道に去って行くのだろうがそれでもまた善し。

たかだか数十年のうちに分かる人間の世界観とはどんなものだか分からんが
少なくとも経験則として自分は良くも悪くもやはり「運と縁」に行き着くような。

Beijing

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