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2009年6月18日 (木)

色々考えて、の北京 <2009.6.26-28>

01
意味も無くフラフラと歩き回るのは日常の仕事中だけじゃなく
休みの旅道楽でも同じことで。国内ならともかく異国に出掛けた先では
物事を楽しむために自分の足以外でその土地の交通機関をどれだけ利用できるか、
が一つの要素になっていると思っている。どうだろね?

昨年の五輪以来、北京では地下鉄の他、空港からの鉄道も整備されたとか。
何年か前に初めて訪問した時の地下鉄風景は切符購入すら「こりゃ、俺には無理だ」
という印象だった。
2009年の春頃から5月くらいはどうにも冴えが無い感じで何だかなァって
毎日の中、時折に話をする友人に地下鉄の話をしたら随分と簡単になったらしく
観光ついでに切符の買い方も教えてあげるから来たら、と言われて
これまた自分も「じゃあ行って見るか」と何も迷う事無く決めてしまう。
今にして(2009.秋)思うとこの頃はどうにも退屈と倦怠感が
自分に有った様子だった気がするけれどその理由は今もよくわからない。
とりあえず普段と違う場面に行けたらOKという感覚だったかもしれない。

現在ではANAから週末滞在に都合が良い正規割引のSUPERエコ割りが
発売されている。それでも尚、中国本土行きは他路線に比べて
理不尽に割高感があるので特典交換で。

02

<例によって?出発時のこと>
関空からの朝便では当日に出ると間に合わないから前泊は新大阪になる。
仕事帰りから支度をして新幹線のために地元私鉄で。
週末金曜の晩飯時となれば飲み会やらイベントの類だろう連中も
乗り合わせて来てそれなりの混雑になる。
隣の娘二人の会話。唐突に「来た?」「終わった。一週間。今危ない時期」
まあ大体何の方面の話か見当はつくが盗み見るようにどんな面(この場合は
ツラと読む)した連中かを横目で。
もう少し自分に文章をちゃんと作る能力が有ればたとえ自分の日記としてでも
読み返した時には旅の思い出という面白さを反芻できるのかもしれないが
書いてる方も、ネタにする見聞も結局はロクデモナイものばかりなのだから
どうにも仕方がない。
晩飯は地元駅でウナギとしたからかウナギパイを土産に買う。
新大阪で地下鉄に乗り換え宿へ。記録だと¥4300なら安くてヨシ、と書いてある。

この日の覚えによるとAM5:30起床とある。どうしてこんな時には爽やかな目覚め?
関空は閑散とした雰囲気で旅の最初とくればどこかしら高揚感があっても良いのに
なにか物寂しい。一服の場所を探せばSmoking lounge六甲なる場所がある。
これは実にうまいものだ。世間一般では嗜好品納税者を排除する方向に動いている
けれど専用の空間でユルリと座りながらソフトドリンクも無料提供してくれる。
成田なんかじゃ どうしようもない仕切り板の小部屋に押し込めてその上に
法外な空港利用料を徴収するのだから。利用者に対する極悪非道な詐取&搾取を
民主党はどうにかしていただきたいと切に思う。

03

<到着のこと>
着陸後の降機前にインフルエンザの機内検疫だと。一人一人に体温測定器の
ようなのをあてられる。万一にも違う理由で平熱以上となっていたなら
この国の事だから非常に面倒な事になるのだろう。
到着ゲートを出れば手を振る姿が一発で分かって旧友再会。先ずは最初に
ICカード様式の地下鉄券を買ってもらって空港鉄道へ。
市内地下鉄と空港路線は別物、別料金だけどこの乗車カードは共通使用可能になっている。
問題はいつかそのうち自分が使うために購入方法を知る事が目的だったのに
いつの間にか友人が買ってくれて結局、自分では購入方法が理解できなかった。
(ならばその場で質問すりゃいいものを「お、こりゃどうも、はいはいありがとさんね」
で簡単に目的を忘れてしまうのがどうしようもない)
033

<観光のこと>
北京は、と書く以前に中国そのものが自分にとって不慣れな土地であり どうにも
油断ならぬ国だと今でも(あるいは将来も)思っているから無防備に楽しむ事が
できない。幸いな事に偶然の知己となった友人のお陰で今までは不自由なく
動く事が出来て今度も観光プランを考えてくれたらしく気遣いに申し訳なし、だ。
事実、食事と足ツボマッサージ以外に中国の良いところ、というのが理解不可能で
これは国と言うより中国を北京の共産党政府としてみている面が影響していると思う。

それでいて一種、皮肉な事に日常を離れて会った時には気負うこともなく普通に
「おっと、久しぶり」から「じゃあマア、いずれまたそのうち」まで出来るだろう
知り合いが異国では中国のみで思いつく限り二人いる。それぞれの性格性分は全く違うし
自分自身も各々に対する接し方は別路線になる。ただ冷静に自分で自分を
わきまえていれば特別の間違いもなく旅先の拾い物は宝物、になるのだろう。

最初に目的だった鉄道切符の買い方を教えてもらうつもりだったのが
友人の手際が良かったのか自分がぼんやりしていたのか良く分からんままに
入手で日本でいうと首都圏のPASMOのようなやつね。(競合する?SUICAは
何だか嫌いなので良く分からないし持ってない)
これは一度限りの観光訪問でも買って良いと思う。
訪れる場所はそれぞれに特色があるのだろうが交通機関を制する者は
観光を制す、ってね。

乗車した空港鉄道の冷房はもう一つ悪し。しかしこれはこれが普通で温暖化対策と
言いつつどこでも冷房の日本の方がオカシイのかもと思える。難しい。
今回もまた見物趣向を考えてくれたようでどこかの寺院に案内してくれるとか。
これはチベット方面のやつに関係するらしい「雍和宮」なるもの。
案内書によると「Younghe Gong is the higgest Tibetan Buddhist Lama Temple
in Beijing. It was built in 1694 as the residence of the Qian Dynasty
Prince Yong. In 1725 it was made a palace called "Tonghe Gong",(meaning
harmony and peace palace in Chinese) by Emperor Yong Zheng. とある。

この英文解説は随分ともっと書いてあるのだけれど自分には正確に邦訳理解は
できないだろうから読み流すだけ。
が、しかし。解説冒頭の(meaning  harmony and peace palace in Chinese)
の一文には先頃チベットで生じた騒ぎを想起する。ウィグル自治区の話もね。
自分にとって中国の正体不明さは種々多くの民族という人々を無理矢理に一つの
国家=つまりそれは北京の共産党本部の事になるだろうが体裁を整えようと
させているところに受け入れ難い「ヤリクチ」というのを感じる。
拝観料のようなものを払って境内に。日本では絶対、目撃できない多くの
若い娘さんたちが膝をついて礼拝する姿。
なぜだろう。中国政府のチベットに対する姿勢と比べたら目にする自分の
思考がまとまらない。
「見物」の後に門前を歩けば並ぶ店で花火を売っているのかと思ったら
これは礼拝用らしき大仕掛の線香だった。

04

とりあえず今回もHILTON王府井にCHECK IN。観光目的ならやはり立地と
価格から悪くない。王府井というのは北京中央部の繁華街のようなもの
らしいが歩いて一番の感想は歩道が綺麗、ということだった。
タバコの吸殻どころかゴミも無い。偏見ながら自分の中国人への印象と
大違いでさ。この風景のみで比べたら日本の方が余程に汚いと素直に
思った。

06

毎度の案内役友人が言うに席の予約をしたから晩飯の後で「サーカス」を
観に行こうと言う。じゃあ、まあ少しばかりの早い夕食にするかと
旅先の事でもあるし地元の料理が食いたいと所望した結果に
連れてってもらったのはシャブシャブみたいなやつ。
帰国後に迷想の方に書いたとおり中華料理のイメージと結びつかないが
北京の火鍋とは日本のシャブシャブの原点みたいなものになるらしい。
ツマミのようなものなのかニンニクね。漬かり具合と味付けがうまくて
二人でバクバクに食う。料理の方は中国だと残すくらいに出るのが
普通らしいがとても喰いきれない。ごめん。で、満腹。

05

食後にコーヒーでも飲むか、で初めて旅先の手痛い失態をすることになる。
自分の場合は現地通貨を都合するのに大抵の場合、現地のATMでCASHING。
出発時に日本の空港で外貨両替するほどバカバカしいものはないからね。
で、BANK OF CHINAのATM。手順がいつのも国内生活と違ったためか
現金を受け取って自分のカードを置き忘れ。ありゃ!ってなもんよ。
数分後、喫茶支払いの時に気がついて戻ったけど手遅れ状態だった。
いつもはね、国内の日常生活だとカードを受け取ってから現金が出てくるの。
この現地ATMは逆で先に現金が出てくる。スキームとも言う慣れた手順に
従って現金受領の時点で自分の行動を完了にしてしまったんだな。
この時は案内役の友人が現地のカード会社に連絡して直ちに停止ができたし
中国銀行の王府井支店で保管していることまで帰国後に教えてくれた。
持つべきものは友、ってか。

(後日談)
再発行の手続きとは別に、この忘れたカードを回収できる方法が無いかを
東京のBANK OF CHINA支店に電話で問い合わせた。結果は不可能だったけど
何より感心?したのが流石に中国というか問い合わせに出たのは日本人か
日本語が分かる中国人か知らないが銀行もサービス業の一種、とは到底思えない
無愛想で不快感極まりない対応だった。自分も会社員なので他の会社へ
電話をする事がある。しかしこれは生涯最悪の電話対応を体験した。
最後はプラスチック製だか相手が受話器を叩きつけるような音を耳に残してね。
友人にこの話をしたら「だから中国はダメなんだよ」と。う~ん。。。
思ったことを無遠慮に言うのが中国人なのかもしれないが友人が勤める
日系企業の顧客に対する社内教育というか振る舞いは徹底していると思う。
聞いた話ではスターアライアンスの企業一員として友人の同僚がフランクフルトにて
居合わせたルフトハンザの客対応に「御客様にそんな言い方をしては
失礼でしょ!」と横から怒ったそうな。(英語か独語か中文で言ったのかは
聞くのを忘れた)TAXIに乗ってね、降りる時は友人から「謝々、って言いなさいよ!」
と毎回叱責の一言。。。そうだよなあ、意味は無くても挨拶は礼儀の基本か。

トラベルにはトラブルも有り。アタフタした気晴らしになるかと予約してくれた
サーカスとやらへ。これはつまり中国雑技団のこと。開演時には殆ど満席。
周囲にはやたらとJTBとかHISって文字が目に入る日本人観光客多し。
しかしこれは一見に値する。北京に行って北京ダックを食う以上に。
とにかく演目は多数で全て目にする演技は驚きだった。
雑技、というのが文字から違和感があるくらい。立派な芸だよ。

07

あとは少しばかり市中散歩で王府井の宿近くまで。
屋台が並ぶけれど商売品目はサソリの唐揚げや芋虫の焼き物など。
これは食えない。案内役が言うには見るだけで食べたらダメ、らしい。
で、宿屋の前に到着。何を言ったか記録も記憶も無いが宿の入口で
一服しつつ友人になんとなく憶えているのは「いつもは北京と日本、
別々に生きてるのに時々は こうやって会えるってのはありがてえな」
みたいなもんだ。惜しむわけじゃないが話は弾む。最後に明日の庵主は
自分一人で好きにさせてもらう。おまえさんはこれからも自分の場所で
うまくやれりゃいいや、さあ行きな、とサヨナラ。
全く北京だと、、、欲が無いな。他の訪問場所とは大違いだ。
もう少し自分に執着心みたいなものがあれば多分違う結果に、それは
最後には哀しい方向だろうが。ふふふん。

08

<酒のこと>
時刻は零時過ぎ。宿のBARで寝る前の一杯。隣には白人のオッサンとオバサン。
なにやらメモをするのに自分からBALLPOINTPENを借りたくせにTHANK YOUも言わず
そのペンを持っていかれた。宿のやつだから損は無いけどバカヤローの気分。
もうひとつ近所のコンビニらしき場所で晩酌の一本、白酒を買っていたやつ。
10RMB=JP\140。こいつは危険な代物で職場の人が中国初出張の時に
歓迎道具だったらしい。聞いた話ではウォッカ並に50度以上で翌朝には
宿ではなく病院の寝床で日程を一日無駄にしたとか。。。
自分もこの時は小瓶ながら一本空けて気がついたときには宿の寝床にいるはずが
深夜に洋風便器を腕に抱いて悪夢状態だった。泥の中で酔うとはこういうもんだ。

09

<買い物のこと>
深酒の体調不良は旅の気分で強制的に回復させる。頭は痛くても目覚め良し。
宿朝飯は系列店各地の中では相当に上出来な部類だと思う。
皿の上に犬の糞みたいなのがあって「???」と思ったら蜂蜜製造機だった。
とりあえず移動手段も覚えた。あとは目的でもあった安物&ニセモノ買い物屋で
夏用のTシャツを仕入れに。日本語で「Vitonあるよ~」とか(いらねえや、
うるさいんだよ)Tシャツでもトンデモナイ値段を吹っ掛けてくる。
買い物より交渉を楽しむ場所なんだろう。何枚か買って帰路の空港へ。

10

<中国とタバコのこと>
自分も相当な重金属系喫煙者である。
今回、訪問して気がついたのは中心部でタバコの吸殻を路上では目にしなかった。
それでもまあ、道路わきの目立たぬ所は別としても実に綺麗なもので
歩きタバコをしている奴もいない。一度、すれ違ったけど相手が喋っていた
のはハッキリとした日本語だった。。。何かガッカリ。
空港の一服場所では目の前に灰皿があるのにカバンの文字から察すると
ロシア人の野郎連中は平気で路上に投げ捨てる。
で、横から自分にライターを借りに来た見た目にはショボイ中国のオッサンね。
返す時にさ、両手を添えて自分に渡しやがんの。この作法には参ったなあ。
振る舞いとか身のこなしってのは普段からのものなんだろうが少しばかり
反省の気分、だ。しかし今更どうにもならん。

帰路は西風に乗って随分と早着。上空から淡路島に多くの風車を見かける。
とりとめのない疑問だけどなんで淡路島は琵琶湖をひっくり返したような
大きさと形なんだろう。昔々、近江の国を鬼が掴んで投げたら淡路島に
なりましたとさ、って民話は無いと思うが。
関空からのJRは10分以上の遅着で接続予定の新幹線に乗り遅れ
次の「のぞみ」に便宜乗車を依頼する。旅の締めくくり座興のようなもの。

北京の空は以前の訪問とは全く違って青空からの日差しが眼に痛い程だった。
帰り着いたら地元は雨。

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