« バンコク編のPART-2 <2009.12.11-14> と オマケ的記録でマカオとソウル | トップページ | 民話の世界で青崩峠 静岡/長野の県境 <2010.10.23> »

2010年9月12日 (日)

海物語の九州福岡編 <2010.5.20-22>

Top

無事に(?)半期に一度の福岡訪問季節がやってきた。
慣れとは恐ろしいもので手術時には退院するまで「参ったなあ、
辛いなあ」から「うーん、退屈だ」とあれほど様々なことを
思ったのに今では不謹慎ながらたまにはの気分転換に悪くないや、
って感じで。何も変化が無ければそれでヨシだし怪しげな気配が
見つかっても単に経過を観察した結果のことだから
ジタバタしても仕方ない。そうなればそれはまたその時に考えましょ。
主治医も入院中に自分の性分を把握していたのか現在は
気にするほどの事も無いだろうし結果はしっかりと確認してくれる
ってんで「何かありましたなら後日に連絡をいただければありがたく
存じます」という話になり前回から初日検査だけにして、二日目の
寸評は抜きとなる。 そうなれば折角来たのだから滞在を楽しもうかと。

01

こんなスタイルを軽率なものとして不快に思う人もいるだろう。
現実に病に苦しむ人やその御家族には。
だがね、必ずいつか人生の中で自分が知っている人、
自分を知っていてくれている人。皆がいなくなる。
太古の昔からどれだけか見当もつかぬ人間が生まれて育ち育てて、
やがては灰土になり。
それぞれの人々に様々な暮らしがあったのだろうが知ることも
出来るわけがない。
所詮、この身も大勢の人が住み暮らす浮世の大河で
浮いたり沈んだりの一粒だねえ。

あても無く 流れに任す 木の実かな by 庵主 

銭儲けや浮世の財産集めにアタフタしたところで暮らし向きは
上等なものになるのだろうが別世界に持ち込めるはずも無く。
結局のところ逝った後にキレイサッパリと後腐れなく始末がついて、
それでいて最後まで自分の中に残すことができるのは
生きてきた自分の記憶と思い出のようなものだけだろう。
だから様々なのを差引勘定したら満足の方が随分と残った、
ってな気分で仕舞いにできるのなら一番の大儲けかもしれない。

02

今回は用事が済んだらその足で寄り道するつもりだった予定先が
政情不安とやらでエライ騒ぎになっていた。
業務でも個人の主義でも野次馬でも、、、現実の瞬間芸で撃たれて
人生これきりになった人がいたのだから一寸先は闇よ。
キャンセル料ナシで取り消しOKだってんで土壇場に変更して
さて行ってみるかね、福岡を重点的に。

本当は仕事の後に最終便で行くつもりがPM半休ズル休み。
余裕もあるし中部空港で足ツボマッサージなんぞを。
本来は帰路で十分に楽しむはずが没企画になったのだからこれもヨシ。
店先の娘さん、一年くらい前、国内店舗では例外的に印象に残る程に
非常に良い感じで何やら懐かしいなあと思っていたら先方も庵主を
御記憶いただいていたようで。毎日不特定多数の来客を相手にして
何にしろ印象に残していただけたのはありがたい。幸先良いな。

待合の新聞記事で見たのは荒川修作氏の訃報。
以前に何かで目にして行きたいなと思いつつ忘れていた記憶が
沸いてくる。養老天命反転地っての。もう忘れない。いつか行こう。
手帳のメモ、携帯の事。これは何だったか何を書き残そうとしたのか忘れた。

到着した福岡空港から宿へ直行する為に地下鉄で天神まで。
車内風景で中洲川端で乗り降りする妙齢の御婦人達に自然と目が行き
ふと気がついたが最近、どこに行っても店先だけでなく実際に本格の
ハンドバッグを手にしている御婦人を見かけない。
ワニ革のはワシントン条約のせいでそのものが絶滅してしまったのだろうか?

天神で乗り換えて隣駅の薬院まで。毎度の定番、パーソナルホテルおーみや。
目的地訪問前の前泊には一番だな。
CHECK IN後、最初にやる事は併設の居酒屋で晩酌。
相変わらず安くてウマイ。食いたかった南蛮漬けは今回、鯵でなくキスだとか。
いやはや、これもまた趣深い味だった。焼酎をロックで頼めばグラス一杯に
あふれるような水割りみたいな量で持ってきてくれる。いいなあ、福岡。
一人飲む 耳に酒肴の 博多弁 by 庵主

03

翌朝は8時半からの受付で目的地に。ただこれは今回の題目でもここで
特に書く事なし。既存の体験記の方は提供元の事情から追記更新が出来ないので
いずれこの暇つぶし空間の新ネタとして別コーナーを作ろうかとも思うようになった。
とりあえず任務完了で二泊目の宿、西新方面に移動する前に時間も少々あり
春先から喉元に違和感が有った事から耳鼻咽喉科のDr.KHの所に寄ってみる。
手土産なんぞを渡しつつ診察してもらった結果では特別の事は無いとか。
ただ胃の上側あたりの話は消化器内科に行ったほうが良いらしい。
一つの収穫としては右耳の聴力低下を指摘されその後、片側ずつ指で塞いで
聞き比べてみれば自分でも納得するくらいの違いがあった。
それまで全く気がつかなかったのが不思議だ。
晩飯はDr.KTも加えて3人で中洲あたりでやろう、という話に落ち着く。

04

宿で泊まりの手続きをして外出。 、待ち合わせまでに時間もあるし
地下鉄の西新駅に向かう途中に目にした店へ吸い込まれる。
晩飯前の軽い晩酌として焼酎を軽く。それから五島の活サバを一本。
これはイケル。以前に食った関サバを思い出すがそれよりも幾分か
小振りなので一人で食うには丁度良い。(但し客観的には二人前以上の量)
パシッ!っと満足して天神に移動する。

05
同窓生の溜まり場みたいな先輩の店でビールと世間話なぞ。ついさっきまで
同じ組だった夫婦が来とったげな。残念。
程無くしてDr.KHが来店してDr.KTは天神で学会の最中だから
店に入ったら呼び出そうと中洲方面に。

06_2
この店の焼酎は数より量、つまり注文前後で瓶の重さの計り売りとな。
Dr.KTも合流して飲めや食えや、だ。もう一人の仲間内、山漢Y氏は
東京に異動して単身別居中につき全員集合の機会が簡単には無いのが惜しい。

062 

一種の専門家から聞く話で興味深かったのは大腸ガンが増加傾向にあるという事と
鳥インフルエンザが日本に来たら「ヒトタマリモナイ」という話だった。
日本は「アノ」中国にも劣るワクチン後進国だそうな。

07
随分と日常の粗食を補完して皆でTAXIにて宿に戻る。
ハイアットレジデンシャルスイーツは売れなかったマンションを改造したのか
由来が分らぬが一人で泊まるには十分すぎるくらい無駄に広くて安い。
車で宿をベースに九州各地をドライブするカップルか家族向けに適しているだろう。
宿の道路反対側正面がDr.KTの家だった。じゃあ明日朝にもチョイと会うかで解散。

09

翌朝に呼び出しの目覚まし電話を受けて少しばかり訪問する。
久しぶりで奥方様に挨拶し小僧と戯れる。
彼の長男の名は自分と同じ文字を持つからか「他家の子供」という気がしない。
「○っ君、あんたオジサンのこと覚えとるね?」「ったーー忘れとうと??」
(ちょっと悲しい) 実際、最後に会ったのは随分前に新幹線車両基地公開で
一緒に行った時だったからなあ。 。 。

10

しばしの歓談で福岡タワー近くのバス停までDr.KTの見送りを受けて博多駅まで移動する。特別の用事が無いまま早帰りして良いかと思いつつ祇園近辺で寄り道したら当時の迷想コーナーに書いたとおり予定外の結果となったので「こりゃあついでにもう一軒」
とばかり、博多駅筑紫口の店に。

11
ここは定期訪問となった当地で前に一泊した際、偶然に入った場所だけど内容が
気に入って機会があれば訪れる定番所になっている。夕刻17時の暖簾出しと同時入店。
店内の生簀に烏賊が遊泳中で「じゃあ、でかいの」を。
どうせ飲んで寝ながらの帰路だから時間まで好きなようにしてさ。

12

ただ、この近所は自分が知らないだけで探訪すればいくらで良い店が
見つかるような気がする。海の幸だけではない。最近はモツ鍋も流行りだとか。
(但しこれは昔から在ったものだかは記憶にない)
それと現在で言う南区の長住あたりに猪に鹿の鍋を食わせる店があったはず。
家族で転居してしばらくに親父が連れて行ってくれたのだが世話をする仲居さんが
見目麗しければ「猪鹿蝶」で縁起物だったかなあと思うがそこまではどうだったか
記憶が無い。
あとね、油山(福岡のシンボル的名峰ですな)近辺に古風な鶏鍋屋があったのも
憶えている。灰色に枯れた木彫りの古風な細工がある縁側があって古い建物だなあと
畳の部屋で食ったの記憶があるが場所は全く思い出せない。

13

とにかく九州はウマイモノばかり。海鮮産物は地元で食いたいと思わないものなあ。
訪問の題目に次の場面が有るならば、については 一応それなりに自分の計画を考える。
いずれ本当に来る事だってあるだろう。漠然とその確率は常人以上だろうとも感じるし。
しっかしそんな事はいつの話だか知らぬ。 別に構わんよ。覚悟とはとはそんなものだ。
ただ今になっても当時の7年間だけだって福岡で生活したそのものが良かったなあ。

15_2 
この頃(2010年の最初から春が過ぎるまで)どうにも気分がすぐれずに
帰路の交通手段は土壇場になって変更を重ねて決めるという按配だった。
結局、たまにはというか一度はN700系に乗らねばと新幹線にしたがこういう鉄道技術も日本の輸出産業として悪くないだろうがコストと保守維持費を考えたら
簡単ではないのだろうな。そんな費用は運賃にも反映されるのか計画的に購入する
空路に比べると倍近くになるがコレは有る時払いで後になっての払い戻しネタになる
医療費控除の事を考えればそれ程悪くないかもしれない。
義務としてそれなりに費用が掛かっても実際、忘れた頃の5月連休前には
晩酌ついでに一つ好きなモンでも食うかとするには十分な還付になるのだから。

|

« バンコク編のPART-2 <2009.12.11-14> と オマケ的記録でマカオとソウル | トップページ | 民話の世界で青崩峠 静岡/長野の県境 <2010.10.23> »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« バンコク編のPART-2 <2009.12.11-14> と オマケ的記録でマカオとソウル | トップページ | 民話の世界で青崩峠 静岡/長野の県境 <2010.10.23> »