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2010年10月25日 (月)

民話の世界で青崩峠 静岡/長野の県境 <2010.10.23>

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いわゆる昔話や民話の類という物語は いったい何処の誰が
語り初めて現代にまで残っているのでしょうか?

何かに書き記された場合も有ったでしょうがメディアの無い
「人から聞いては人に語り」の時代から始まったはずなので
それは源流となる話が時代の経過と伝播する道筋により
途中、様々に脚色され今の世のアチコチに残っているのかと
思うのであります。

しっぺい太郎。
彼を初めて知ったのは藤田和日郎の「うしおととら」で読んだ
第三十八章「あの眸は空を映していた」でありました。

その話の舞台は勤務先場所がある磐田市。近所ですから面白半分で
職場の連中に聞いてみますと地元の昔話でもあるためか「うしとら」の
エピソードは知らなくても彼の話を耳にした人は多いのであります。

彼については(誠に情報を得るという点で非常に便利な世になったものですが)
後藤敏完氏が考察を
http://aikij.com/iku/mitsuketenjin/shiryo/shippeitaro-yurai.html#b
にて記述されております。 なるほど、これは一読に値するな、と。

各地に類似の話は有るようで主人公の墓もまた各所に点在しているのであります。
しっぺい太郎は今年(2010年)が生誕or没後700年(諸説あり)という節目だそうです。

ただ、この物語の内容は太平洋側遠州の一地域と南アルプス前衛の山に阻まれた
南信州信濃を結ぶ話でこれは古来からの「塩の道」を抜きにしては
語れないのでしょうな。物流と共に多様な物語、噂話も運ばれたわけですかね。

そしてまた、この道は秋葉街道とも呼ばれ火防の総本山、秋葉大権現が
(AKBでは御座いません。ア、キ、ハ、です。)1300年前から建立され
信仰対象として各地からの人を集めてきたわけですから娯楽乏しいであろう
古い日に参詣の人々には宿坊夜話として「しっぺい太郎」が話題になった時代が
あったかもしれませぬ。

しっぺい太郎の物語は猿系妖怪との対決譚であります。
犬というのは各種物語で人間の味方になる例が多いですな。
対して猿は悪役、若しくは間抜な役回りが受け持ちの様子です。

古代から人間生活圏で犬は人間と友人関係にあったのでしょうが
おそらく猿は農作物に害をなす敵だったのでしょう。
犬猿の仲というのは案外、こういう所に由縁があったりして。

あるいは人身御供や生贄を求める印しが何故、白羽の矢だったのか?ですが
猿が当然、弓矢の道具を使う事は出来ません。
これってもしかして時代が時代ですから どこかに統率された野盗の集団社会
みたいなのがあって、怪し伝説を隠れ蓑にした婦女子の調達方法だったのかなあ
などと迷想するのであります。

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タイマーセットの炊飯器から炊き上がりの合図の音がして目が覚めて。
さてと、梅干しと明太子の握り飯を作ったら出かけましょかね。
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出発して近所の交差点で赤信号。横切る車も無いままに暫し停車。
無駄だよなあ、こういう待ち時間。もう少し感知技術の類を有効に使って
賢い信号制御が出来ないだろうかと昼夜を問わず随所で思う。

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旧天竜市(現、浜松市天竜区)で直進は天竜川沿いに下って勤務先やしっぺい太郎の
話の舞台、見附天神方面に。左折すれば川を登って佐久間、水窪、長野県への道。
左折直前に対向からのダンプカーが先行。何十kmか先の佐久間への分岐まで
追尾状態でついてねえなあ。 と思ったけど灯火の無い山中路だから先導車として
逆に良かったのか。でもこのダンプ、80-90km/h以上でスッ飛ばして行く。
暗夜行路の暴走車みたいな雰囲気で追いていくのもケッコウしんどい。
おかげで家から1時間掛からず水窪の入口に。距離は60km弱。
一般道のペースでは驚異的だ。

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ここから峠道に。 草木トンネル直前で 兵越と青崩への分岐になる。

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とりあえず兵越に。 奇しくも前回、しらびそ高原に行った時と同じく
国盗り綱引き(イベント的に静岡VS.長野で勝った方が1m県境を動かせる)
の週末だった。 山が恋しい季節かのう。
しかし前照灯には霧と闇だけ。夜明け前の薄明も無い。
交通看板では長大車の通行「不可」という規制でなく「不能」という
物理的な事実が記されていたがそういう道である。

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アンジェラ アキさんのTHIS LOVEなんか声量MAXで熱唱したりして。

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そんでもって声を出す呼吸が枯れるまで無意味に絶叫したりして。
最近、腹の底から叫ぶってしてないね。溜まったストレスが声の出口を
小さくしてたようでさ。

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ゆるゆると来た道を下って今度は青崩峠方面に。
足神神社は帰りに寄るとして先に進めば塩の道の道標。
しかしここで舗装路は終了。ガレ場の道になる。

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しばらく登ると本当に終点の歩く以外に進めない唐突な国道分断点。
降りればエンジンの熱が匂いになって感じられるようだ。
まだ周囲は暗い。転回するにも一苦労。
道標まで戻ってもう1曲。

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秋の陽は釣瓶落し。ならば日が昇るも早いのか。
歌う間にも少しずつ空は黒から紫、すこし明け色。

足神神社の横にはしっぺい太郎の墓。
清流を横切る傍らには「サバ地蔵」とな。何でこんな山中にサバなのか?
それにしても青崩峠。 現在でも通行できるのは自分の足のみ。
と言う事は何百年か前の風景とそれほど違わないのかもしれない。

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草木トンネルとの分岐点に戻ればすっかり朝の風景だ。
一路の帰宅で到着はAM0730。丁度4時間ばかりのドライブは
走行距離145km。それほど走った感覚が無い。

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それにしても「しっぺい太郎」長野駒ヶ根あたりの寺から静岡磐田の神社まで。
遠路はるばるの猿退治。御苦労でございましたなあ。 んっちゃら ひったん とんぷい。

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