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2011年5月 1日 (日)

半年毎の恒例行事。喰い放題で 福岡&その他 <2010.11.18-21>

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前説。
今更、ここで解説することでもない。 定期的気分転換で福岡。
何回か繰り返して5月は生化学検査、CT、骨シンチ、レントゲンと
内容盛り沢山だけど11月は検査内容もシンプルなので晩秋の観光気分だよ。
でも今回はチョイと思う事があってついでの寄り道無し。
11月下旬と来れば ボチボチ年末の色が濃くなってくる頃合だから
正月向けに親元近所の床屋でサッパリして、って思う程度ね。
実家近所に小学校時代の同窓生で家業が床屋の奴がいて。
だから福岡から東京経由の帰宅。これも随分な寄り道かも知れんが。

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回顧する本編、何しろ手帳の覚えから草稿を整理しているのは
2010年残ギリギリ。この一ヶ月以上が瞬間芸だった。
で、途中に中断して書き直し始めたのが2011年1月も終わる頃合い。
自分の記録として残すのは相当に先の話になるだろう。
そんなわけでメモを見ながら思い出しつつ。

PM半休。高揚感。如何とも、、し難し。
シャワーで身を清めてバスにて中部国際空港へ。
最近、羽田空港も国際線路線の拡充でターミナルが改装された。
それと「比べたら」思いの外、セントレア(中部国際空港)は
コンパクトであるが上手くまとまっているなあと気が付いた。

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時間的に合わせる機会が無いので残念ながら、羽田にはプラネタリウムが
あるげな。天文大好き庵主にはヨダレが出るけどセントレアには
銭湯とマッサージ屋が。これも捨て難い。
大体、空港に銭湯があるってのもレアな銭湯、セントレア。
(クソベタな語呂だよなあ、、、)
横のマッサージ屋の前を通るに前回、前々回と世話になった
施術師の娘さんは見当たらず少々残念の感じ。
遅い昼食は中部空港で銀鱈の定食。粕漬けにしたコイツが好きなんよね。

以前から食事の場所で一服する習慣は無かったが禁煙状態を少々意識する。
なにしろ何を見てもうまそうに見えて困ったものだが自制抜きに
好き放題で喰えば「とんでもない結果」になるに違いない。
(と、メモ当時から比較すれば現時点(2010年末)で5kgは体重増加している)
事実、思い浮かぶ事といったら 何処で何を食ってやろうかというのばかり。
土産にしても「あァ、こういうのを(自分が知ってる)あの人にも
贈りたいな」なんて。 

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行き先は福岡。  いつもとは違う楽しみ。

空港から博多駅で途中下車。 ココ何回か必ず立ち寄る店で先ずは晩酌。
しかも気に入っている一番入口近くのカウンタ席が自分のためだけの様に
一席だけ空いている。 こんな他愛も無い事だって幸先が良いと思えば
後の展開に運を持って来るってもんだ。
(だから今回は そんな風に思えば勝手に旅も面白くなる)
で、天神で乗り換えついでに先輩の店でビールで語って。

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今回も初日の宿は交通機関の利便性から西鉄薬院の パーソナルホテルおおみや。
宿に着いて〆の一杯。地味な店でも自分には好ましい感じ。
しっかし出発から いったい何杯やったか?
今度こそ評判らしい大浴場に行こうかと思いつつ いつしか酔眠。
明日は検診というのに。

半期に一度の本題は無事終了。 よい。じゃあまた 次の時に。
こうやって いつか来るかもしれない話の為に少しずつ自分の覚悟を固めていく。

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ついでに診察券を持参していたし博多からJRでDr.KHの職場訪問へ。
土産を渡して前回と同様に聴力検査をしてもらう。
まあ、これはこれで どうと言う事も無い。
思うことがあって精神安定というか寝るのに御助けになる薬の処方を頼む。
前回は耳鳴りが気になるからだったけど 来年は出来るだけ遠出をする
つもりなので寝るにも時差が問題になるかもしれんし少し多めにね。
来年の訪問予定を伝えれば(2011.5.20)学会があって休診げな。
自分の半年後なんてどうなってるか分かりもしないが医者もこれで
大変というか忙しい職業なのだなあ、などと思う。

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二泊目は地下鉄「唐人町」で下車して福岡ドーム球場隣の宿へ。
景気と言うのがどんなものだか知らないけれど この宿も創業から随分と
所有者が入れ替わった。現在はHILTONで何であれ、この地区=西新
である事が自分にとって意味がある。
朝食はカナリ上位のグループに入るかもしれない。(とにかく広い)
但し、オムレツは硬めに頼む方が良いだろうな。

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あとは特に何も無く東京に戻る寄り道でTAXIにて興味本位の茶山方面に。
別府二丁目からの道は昔の面影が消えうせて広くなっている。
でも以前の住まい近くはそのまま。ただ当時からボロイ借家は立て替えられて。
その隣家の玄関先に老齢の御婦人がいて。もしや、と思い声をかけたら、
かつての隣人の奥様だった。自分を「あの時の御坊ちゃん」と言う。
そりゃね、住んでたのは11~18歳までだった。で、その時には御隣の
奥様も現在の自分より若かったのだろうなと。何か不思議な気分だが 
しばらく話をするのも面白い。

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ユルユル地下鉄で中州に移動する。 
まったく これだから昼遊びは止められねえなあ、 なんて感じで。
とにかく ココでは書くのもハバカラレル予想外の展開で普通は
有り得ないだろう!ってなもんでも一つの運だ。
しっかし コンナのとは全く別に 知らない場所の(中州は まあ、
全く未知の場所ではないが)知らない誰かと確かに運と縁の戯れは
間違いなく在る!一過性か継続的かは それぞれだろうけれど。
問題は当人がそいつを感じて 手なり指を出して 流れの中に自分で
引っ掛けることが出来るか、掴むか、だ。 何にしろね。
バカバカしいと思う? いやいや、そうでもないよ。
夢中の欲で掴んでみたって二束三文、十把一絡げの安売りモノってのが大半で。
だけど稀に それこそ運の戯れで予想外の物語が勝手に始まっちゃうことも
あるのさ。半世紀以上、人間やってると偶然だってそんな場面に遭遇する。
まあ、ツイテた。

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年末の誓文払い、川端商店街をユルユル歩いて空港方面の地下鉄駅に。
途中で黒い肉マンを発見する。興味深いが自分の現在体重を考えて自粛する。
(なのに喰う時には喰うのだからバカみたいな我慢でもある)
鉄道大好き庵主は列車旅なら交通費を惜しまない。
航空機の場合は国内外を問わず何かと制約が多い最安値割引運賃が基本よ。
帰路の便で事前に調べていた席は空席待ち状態だった。
ダメ元で聞いてみたら「今丁度、空席が一つ出来ました」ってんで
オマケポイントを使ってアプグレードに飛びつく。これもツイテタ。
待ち時間に遅い昼食か早い晩飯のように喰いながら一杯ね。
長崎は南島原の青一髪っての。日本酒だか焼酎だか面白い味だった。
さすがに西の地は16:45でもまだ明るい。いつもならとっくに日没なのに。
自分がいつもと違う場所にいることを実感する。

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飛行途中に景色は夜となって機内から窓の上には満月らしき良い月。
今回も何にしろツイテイタな、と思う。

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あとは実家で老母の話し相手となり近所では友人の床屋に。
正月も来る事だしバッサリと頼む、って坊主直前くらいの短髪に。
切ってくれた友人も「これなら中国でも韓国でもどこでも行ってこい!
って感じだな」などと。(ソリャどんな髪形の事だろう???)

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帰路、新宿からロマンスカーで小田原まで。
時間重視なら新幹線、経費節減で御手軽ならJR湘南新宿LINEでも
良いのに現住地に引っ越した時から帰路は小田急が定番と成っている。
ロマンスカーという名前はともかく、乗客にどれだけのロマンが
あるのか知らぬ。が 見た目に微笑ましい若い恋人、夫婦同士とは全く
違う種類のロマンが「事の展開次第」では修羅場になるであろうと
空想できそうな種類のカップルもまた乗客の中で多く見かける。

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最後尾の展望席に着席し、目の前に日本酒置いて出発進行、さらば新宿。
通路挟んだ隣席はね、車窓風景とは全く別の好奇心がソッチに向くような
自分と同年代か少し若そうなオッサン&娘の組み合わせ。
それとナシに会話を聞いていれば女性の方はMADE IN CHINAらしい。
随分と昔に似たような状況を経験した所から考えれば日本に来る
若い中国女性は突飛な迷想をする自分の想像力を遥かに凌駕する
不可解な背景が多々あるに違いない。
それは日本国民の自分がどうやったところで見聞する事が出来ない
彼女らの謎と共に、その後ろにある一種の組織力も含めての話で。
(そういったものが少なからず存在する事を確信している)
幸運だったのは自分自身の力量と分をわきまえていたつもりだったから
俺ャあ泥沼に自分から溺れに行くようなのは嫌だなって感じで
納得できる範囲内で友人つきあいができたのを思い出す。
(結局、翌月には再会する事になるけれど)
それはまた次の話。

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ともかく九州福岡、忘れ難し。てか忘れるわけが無い。

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