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2011年10月13日 (木)

2011年 全部まとめてBANGKOK

  2011年ののバンコク タイ

全部一緒に
2011.1.15-17、4.23-25、5.20-23、6.4-6、7.9-11 、9.10-12の六回分。
 

0133

<前説>
一連の訪問中、初めて現地のH.I.S.でツアーを申し込んだ。
これは半年単位で予定済みの旅程から次回訪問時に参加してみようと。
今ままで旅先現地じゃ気の向くままに好き放題が当たり前でも
こういう面白さもあるかなと。

その時のガイドさんが言う都市の正式名称(?)どこかで以前のネタにもした
「クルンテープマハーナコーン アモーンラッタナコーシン
マヒンタラーユッタヤーマハーディロック ポップノッパラット
ラーチャターニーブリーロム ウドムラーチャニウェート
マハーサターン アモーンピマーン アワターンサティット
サッカタッティヤウィッサヌカムプラシット」
概略は「神に祝福された天使の都」みたいなものらしいが
やはり覚えきれないから ここは簡単に「バンコク」とした記録をまとめて。

それはともかく全部まとめてだから本文記事と
画像は順番的に一致して無いのね~。

0134

<2011.1.15-17>
前週のシンガポールと同じく地元05:25の朝一バスで中部国際空港まで。
AM04:00起床のつもりで寝たら1時間毎に目が開く。
毎回、出発前夜から普段の生活と話が違ってくる。
空港行きバスは早朝にもかかわらず空席は僅かだった。
係員に聞いたらコレと次のが最も乗車率が高くて夕刻のはガラガラだとか。
経験的実感として自分もそう思う。
とりあえず車中でカップ酒を出発祝いで一杯。この週は全く飲まなかったので
儀式としても丁度良い。時刻が時刻だけに他の客は賑やかさも無く静かな
ものだ。自分も少し目を閉じるがやはりどこか興奮しているのか寝られない。

空港で見た新聞によると落合(自分のイメージでは中日ドラゴンズの、やね)が
殿堂入りだとか。
自分の印象と全く逆にキャンプ、遠征では出歩く事が無かったらしい。
オレ流という言葉が本人から出たものとすると何か嫌味なところも
感じるもののプロ意識の一つだとすれば凄いもんだと思う。

0136

いつの頃からか機内ではシートTV番組を全く観なくなった。
毎回、航路情報だけを画面に出して漫然と目に映すだけ。
成田からバンコクに向かうNH953便は余程に冬の季節風が強いのか
高度32000ftで対地速度568kmで東行きの六割程度。
国内上空をユルユルという感じ。
隣の席では自分と同年代らしきオッサンがアニメソングchに聞き入っている。
ムーミンとか秘密のアッコちゃんとか。何故かその姿に好感。

考えてみればバンコクも丁度一年ぶり。
一年も再訪を待ったのだから到着までの数時間くらいどうって事ないかと
いうとそうでもなく滞在時間が限定的だけに色々考える。

0137

ともかく現地到着でTAXIにてスクンビット方面へ。
高速料金所が二ヶ所で運転手に渡すのが何となく面倒臭い。
(料金所でBT45が二回。ゲートの度にBT50かBT100渡すので
最初から小額紙幣か小銭が必要)

この時の宿、Imperial Queen's Park HOTELにCHECK IN。ナカナカヨロシ。
プロンポン近所で昨年に味わい深かったJaさんの店に行ってみれば
予想どおり店を辞めたらしい。実に惜しい。
前回、近所で一緒に飯を喰った店も21:30には閉店仕度で残念。
仕方ないから宿近くの日本食看板の店に入るがビール以外はダメ。
他の客は日本人風が数人なれど いずれにせよハズレ。
海外でウマイ日本食屋をやれば相当に当ると思う。
(食材の仕入れが難しいのかもしれない)

0138

フラフラと散歩しながら2時間ほど古式マッサージなんぞを。
時刻は0時近くで日本なら午前二時。眠くなるわけだ。
賑やかな場所でもあり少々うるさいが熟睡ゾーンに突入する。
この宿は日本人も多く宿泊してナカナカに繁盛している様子だった。
朝食付に加えてCHECK OUTは18時で価格対内容比は随分良い。
現地資金調達のためにフロントで中国RMBを出せば扱っていないと
断わられる。通貨信用の問題だろうか?
レートは悪いが円高傾向のお陰で一頃の普通という感じだった。

0139

夜も明けて観光でもしようか、という考えも無くMRTトンロー駅から
散歩になる。
途中で安々楼なる店でフカヒレ&チャーハン。これが旨かった。
知らない店でもギャンブル的に入ってみるのも面白い。
そしてしばらく歩くとマンダリンローストダックだったかいう名の
店に吸い込まれる。
昼を喰ったばかりなのにつくづく自分は焼鴨に弱いのだなァと思う。
で、ハイネケンのビールとローストダックを。
しかしこういうのは1人だともったいない気がする。
友人と一緒に来て語りながらビール飲んで酒肴にするのが
うってつけというか。

0165

満腹の散歩継続でそのまま空港鉄道に沿った道へ。
一際目立つ自動車屋に野次馬入店する。フェラーリ、ポルシェには
それ程の興味なし。元々マニアでもなくどうせ買わない&買えない。
しかしX-BOW/KTWというのは面白い車だった。正直、こういうのが
欲しいなと珍しく思ってしまった。

丁度、反時計回りに四角くバンコクの街を歩いた事になる。
宿へのゴール近く、アソーク駅とプロンポン駅の途中で
またも店頭を見て惹かれる。何しろ物については無頓着だし
ファッション無縁だからどういう感覚なのか自分でも分からないが
非常に気になるコートが置かれていた。
生憎と閉店状態だったので道路から見るだけ。
ウールかカシミアだろうか?
(この店は後日、何回か行く事になる)
宿の近くでもテーラーが多い。職場の土産にとネクタイの品定めで
値段を聞けばTB50(約¥150)だと。見た目の質感から驚愕的に安い!!!
しかもシルクと書いてある。ホントかね?と店員に聞けば
質が悪いのが入ってるから、とか。質が悪いって化繊の意味か?(謎)
でもそういうのはっきり言うのは正直だなあ。
何となく好感が持てる。中国とは何か違う気がする。
(北京のニセモノ買い物ビルは油断しているとトンデモナイ価格を言うし)

0166

夕刻になって宿部屋のシャワー後にCHECK OUTする。
それにしても退出時間が18時というのは楽だし都合が良い。

帰国前の儀式のような晩飯は毎度、一芯で天ザル蕎麦、フカヒレ茶碗蒸、
そして麦のロック。海外邦人商売で成功していると思う。
だた、後日に来る請求元会社名を見るとKIMなんとかで韓国系なのかも。
しかし そんな事に関係なく最初に偶然見つけてから毎回、足を
運んでいる。

最後はAIRPORT LINKでマッカサンからスワンナプーム空港へ。
BTSもそうだけどホームの黄色線から少しでも線路側に出ると
警備員から瞬間芸で警告を喰らう。

と、この時はこれで終了。
その後また繰り返し訪問になるこの場所では色々と面白い見聞に会う事になる。

0173

<4.23-25>
EURO400持ち出し(前月にワルシャワ宿泊時のカジノで)
両替はBTSプロンポン駅で良いか。(ナナ駅の方が少しだけレートが
有利みたいだったけどこのあたりの差はもう気にならない)

正月に店先で見たコート、まだ残っていた。
店もOPENしていて少し話しを聞く。この地区は同一民族らしき個人営業が
多いような印象を受けた。見かけからするとイスラム系だろうか?
何となくアラビアンナイト(千一夜物語)に出てくる仕立て屋を連想する。
(後日談としてこれは自分の誤りだった)

ついに随分と愛用したTEVAのサンダルは底が擦り切れてベロベロになる。
(三代目を個人輸入するにあたり関税で揉めたのは別項の迷想のとおり)

0180

ラマ九世駅、文化センター駅からもう少し足を伸ばして初めての地区に。
通りから見た看板で WORK FOR LIVING, PLAY FOR LIFEの文字。
このING有無での違いには なるほどなあ、だ。

最後はやはり儀式でプロンポンの蕎麦、一芯に。

次回はナナ駅近くに宿泊する。どうなるだろうか?

→ 仕立て屋と蕎麦屋と あの怪しげな店には足を運ぶだろう。

0184

<5.20-23>
実際は5.19からの前日移動。
半年振りの恒例行事で5/20福岡訪問の後に泊まる事無くNH272便20:50発で
福岡から羽田に移動してNH173便夜半過ぎの00:30発のバンコク行き。 
なんか時間的に自分も随分と無茶をするものだと思った。
が、気分は やはり悪くない。

福岡は半年毎の定例行事で。 
仕事をビシッと切り上げ(実際は定時にソソクサと退却する)名古屋から
最終便の福岡行き。 でもこれはまた別の日の話。

0191

羽田のラウンジ、ゴミが目立つ。 多頻度で航空機を使う人たちの場所で
あるはずなのにモラルってのはこんなモンかと思う。あるいは中国系の
団体さんでも来たのだろうか?などと。
連中にしてみれば手に持っている以外の場所は全てゴミ箱みたいな
ものなのかもしれないし。(自職場の状況から他人の批判は出来ないが)

夜行便で出発。隣席の夫婦らしきカップルはどうにも冷たい雰囲気。
女性の方がスゴイ不機嫌バトルを旦那の方に仕掛けている。
独りの旅はこういうのが関係無いから気が楽だ。
0196

到着。寝不足なれど気分ヨシ。BTSの一日券はTB120なり。
しかし気分とは別にAM07:00には蒸し暑さを感じて気候の爽やかさは無い。
早朝着でもあり市街地散歩はルンピニ公園へ。
いつぞやのデモ隊殺傷事件がウソの様に穏やかな雰囲気だった。
時刻はAM08:00。それまで公園内を思い思いに散策なりくつろいでいた
人々がどこからかの音楽と共に起立静止する。
何事かと思いきや鈍い自分も察しがついて直ちに同調する。
国家吹奏と共に掲揚台では国旗が昇り自分も起立して敬意を表す。
たとえ異国の観光者で知らなくてもこの場面だけは遭遇したら
現地で絶対にやるべき。郷に行っては郷に従え、だ。
国歌と国旗はこれで良いのだと思う。日教組の連中はどうだか知らんが。

0199

再度、ベンチでユルリとすればいつの間にかラジカセ持参の
ラジオ体操ならぬ太極拳演舞練習らしきオバサン連中に囲まれる。
こういうのも異国風景だろうか。
0203

一頃は狂犬病に関する渡航安全情報が出されたくらい
バンコクはいたるところに野良犬が多い。
それと袋小路も。この先からどこか別道に抜けるかと気分次第で
随分と歩いて行き止まりと言うのが何回か有った。
腹立たしくもガッカリで気分悪り~。

コンビニへ。バンコクではAM11:00まで酒類の販売が禁止されているらしい。
時間を見て行ったつもりがナゼか腕時計がサマータイム設定で
1時間早くなっていて、ダメだった。店頭ではウヲッカが安く買える。
これなら出発時の免税店で仕入れる必要は無いな。
(シンガポールもセブンイレブンで購入可能だった)
こいつを水のペットボトルに混ぜて街歩きしながらチビチビとね。

0216

正月以来、気になっていた仕立て屋に。
再度の話でよくよく聞いてみたらネパール国籍だと。
なるほど、そう言われるとそのように見える。
スクンビット界隈の仕立て屋は皆、同じ風貌だが同じ様に
ネパール人なのだろうか??
コートについて質問したらカシミア製とのことだった。
ネパールはカシミアの産地でもあったような記憶から納得する。
0219

自分の語学力不足が幸いしてか店主の商売話には全く嫌味を感じられない。
こんな暑い国に来て変な話だがそのコートを注文する。
体格寸法を測って生地見本ももらって来月に訪問するからそれまでに
仕上げておいてくれと半金だけ支払う。
観光客で注文だけして引き取りに来ないヤツも随分と居るらしい。
見本生地は帰宅後に少しだけ焼いてみたら確かにウールかカシミアの
ものだった。外国人価格なのだろうが それでも日本で同じのを買ったら
胴、袖の丈やポケットの注文をしてあつらえるのだから最低3倍、
下手すれば5倍の価格になると思う。

0220

メモによると「教育は財産のひとつ」とある。はて?何のことだったろう??

0224

次回訪問時に備えてアユタヤ遺跡のツアーをH.I.S.の現地支店で予約する。
(現在の後日談(2011.10.9草稿)で豪雨の氾濫により遺跡周囲は大変な
事になっているそうだ。今年の天候は何処の国でも異常だったようだ)

0229

昼飯はいらないかな、と思いつつサイアム駅近くの中華屋で
蟹チャーハン、フカヒレ、当然にビール。これが良い。
暑い街で汗かいて熱いの喰って ガガ-ッとまた汗かいてビール飲んで。
それにしてもタイの電力事情は知らないが外と屋内の温度差は尋常でない
くらいに差が有ると思う。

0230

サイアムではデパ地下試食会の様相で海産物三昧になる。

0235

帰路の寄り道で入った店では先に書いたJaさんのソックリさんに会う。
しばらく本人かと思っていたけど話が噛みあわずガッカリ。

0236

AIRPORT LINKのマッカサン駅は綺麗だけど客が少なくて寂れた感じ。
時刻編成に問題がある気がする。何でこんなところが終点なのだろう。
(後日、パヤタイ駅まで急行列車は延伸された。しかしパヤタイ行きと
マッカサン行きは別々で前者はマッカサン通過だから時間が合わないと
すごく不便な感じがする)
この列車、各駅停車のCITY LINEも同路線だけど車両の扉は閉まる時に
ユルユルでありながら最後の瞬間は足を挟まれたら トンデモナイ目に
会うのではないかと思うくらい 強烈な音で閉まる。
座席でウトウトしていたのに目が覚めるくらい。

0237

スワンナプーム空港の出国審査場は改修工事で混雑が予想されるから
二時間位は余裕を取れと何かの案内文で見た。行ってみたらパスポート
コントロールに並んでいるのは各々3、4人程度で拍子抜け。
こういう形でアテが外れるならまあ、いいか。

0244

帰国当時の迷想に書いたとおり乗り継ぎラウンジで松葉杖と車椅子の
女性二人を別々に目撃する。容貌や荷物から自分以上に旅慣れた人たち
だろうが何の油断や不運があったのだろう。

0261

旅が終わる頃合の最後に嫌な風景。
相当な御得意様らしき中年男二人組み。
連中の態度やその後の話し振りを見て何だかなあ、、、の感じ。
銭は持って使った人間が浮世の覇者というのは間違っていないだろうし
同時に現代は成金天国でも有ると思う。
その点では間接伝聞なので本当のところは知らないがソフトバンクの
孫氏は随分と謙虚な人物であるとか。
「オイラは御客で銭出してるから神様大将」ってのを見るのは嫌だな。

0263

<2011.6.4-6>
今回は珍しく目的行動を定めた訪問だった。
前月に予約したアユタヤ遺跡訪問の現地オプショナルツアー参加。
海外ツアーで出発から帰国までの団体行動にツマラナサを感じるなら
現地からの一点参加を絞ってやってみるのも面白いと思う。
H.I.S.以外の旅行業各社HPを見たら世界各地で様々な用意が
されているようだった。これは実際に利用価値が有ると思う。
いつか過去に失敗したサドルロード経由でスバル天文台と夜空観望を
現地ツアーで再挑戦したいと思う。自分が下手にレンタカー借りるより
余程にマシだろう。あとアラスカあたりでオーロラ見るのも良いだろうな。

0264

それから注文していたコートの引き取り。
この店は近隣他店と比較してスーツも実に良心的な価格だと思った。
日常で背広着用機会は まず無いけれど量販洋装店で買うなら
旅のついでにここで仕立てた方が自分には絶対に良いな、と思った。
0267

この時の手帳記録は1頁程度しか無い。
逆に言えば それだけに訪問印象が強烈でメモするのも忘れてしまった、
という事だろう。

0271

毎度AM04:15起床。夜明け前。
アユタヤ遺跡。プレジテントパレス泊。
→これは申し込み時に知ったH.I.S.の送迎場所がこの宿だったので。
しかしバンコクは気まぐれで選んでもハズレの宿が無いのではないかと
過去の経験から思う。

0273

早朝には凄げえ雷で起きる。
天候はどうだろうかと案じれば朝には持ち直す。
アユタヤへの往路は寄り道しながら川登りクルーズ。
船着場の対岸に初めてバンコクに来た時の宿泊先HILTON。
しかしもうこの地区に泊まることは無いかもしれない。
船は結構、良い感じ。こりゃ優雅なり。

0276

ツアーは総勢6名。若いカップルばかりかと思いきや壮年夫婦と
現役引退のオヤジ連三人組のみ。(ワインを船中で御馳走になる。
面白い。こういうのも旅だ)時々の会話も楽しい。

朝から夕刻まで歩いて随分と痩せた気がする。

0278

当時のメモには書いていないがツアーの立ち寄り先、遺跡と象の体験騎乗
見たいな場所で印象的なのがあった。いわゆる両替詐欺みたいなもの。
歩いていると中学生にもならぬかという娘が日本の100玉を5枚見せて
自分に「これって本物?」と聞いてくる。しかも流暢な日本語で、だ。
庵主「だろうね」
小娘「1バーツは日本円で3円くらい?」
庵主「だろうね」
小娘「じゃあ 1500バーツに交換してくれる?」
瞬時に計算したよ。三倍と1/3が逆じゃねえか。
庵主「それなら166バーツだ」
小娘は何も言わず去っていきましたとさ。メデタシメデタシ。
否、こういう話しかけ方をするなら過去に騙された連中が
相当居るに違いない。それにしても本当に目を閉じて聞いたら
本物の日本人かと思う「標準語」を喋ったこの小娘は何処で
日本語を覚えたのだろうか。そいつを聞きたかった。惜しい。
加えてこの時に「OK!タイバーツに交換してやる」と
言いながら10バーツコインでも渡して「これはワシの
両替手数料込みじゃ!」とでも言ったらどういう反応をしたか。
くっそー。絶好のチャンスだったかもしれないし下手に冷やかせば
怪しげな保護者が出てきて面倒事になったかもしれない。
旅の面白さと難しさだな。
それにしても この小娘。それ程の語学才能があるなら別方面で
活用できれば良かったのになあ。

0295

そしてもう一つの目的は注文したカシミアコートの受け取り。
発注の時に店の二階にある作業場を見せてもらった。
縫法台と縫い子が作業している風景ね。
これも技術職だろうがその時の雰囲気には何か自分と同じく自分の
腕で勝負するのに通じるものを感じた。
カシミアコートは随分以前に新宿の伊勢丹でJ-PRESSのを買ったけど
一回で気に入らなくて従弟に譲ってしまった。
今回のは季節からまだ使っていない。この原稿を書いているのを
機会にもう一度袖を通してみれば胴長腕短の自分にピタリで
縫い具合も表も裏地も親父趣味の柄にしたって十分だ。
2011年内訪問予定は無いけれど次があるならコートの色合いに
あわせてスーツも造ってもらおうかという気持ちになる。
実際、中国や韓国の店と較べたら二、三十代に見えるネパール人
店主は自分の感覚からすれば随分と好感が持てた。
ちなみに生地(これもカシミアらしい)を選んでスーツ一着の仕立て
(オーダーメイド)の価格を聞けば日本円で¥15000くらい。
タイの物価事情からすれば外国人向けの設定だとしても相当に
買える内容だと思う。

0296_2

帰路の空港へ。
ANAカウンタでは機材遅れで予定便が到着しないから乗り継ぎ不可と。
代替策でTG便(タイ国際航空)名古屋直行便に振り替えてもらう。
サービスの一種か それまで存在を知らなかったがFAST LANEの券も。
乗務員専用ゲートから出国審査は瞬間芸で通過する。

これはこれで便利だし成田での乗り継ぎ待ちが無い分だけ
帰宅も早かったから結果はOK。
ただ、、WEB世界では色々な書き込みが賞賛や非難こもごもで
それらの場所の話で有るけれど総じてANAのサービスは経験的に
10何社程度の範囲から比較すれば良いモノだと思う。
(正直な所 少なくともユナイテッドやルフトハンザの
会員になるより結果的には旅の付帯恩恵として良かった)

0299

アユタヤ地域は2011.10月現在で豪雨洪水により大変な事に
なっているらしい。やたらとODAで無駄銭をバラ撒くよりも
国内外の災害援助基金にして積み立てたほうが良い感じがする。
利権に絡む企業は反対するだろうが相変わらず普段の近所でも
意味不明の道路工事してるし。。。

0301

<2011.7.9-11>
定番的展開のNH338名古屋08:20→成田09:25着、NH953成田10:50発で
BKK15:25着。で、NH916にてBKK23:55発の成田は翌日08:10着から
最後はNH3201成田10:00発の名古屋11:20。自宅に戻るのは14時過ぎ。

この時も手帳記録は1頁程度。
マンネリ感からネタが無かった訳じゃないにしても。

0303

早寝のつもりが週末の油断からか夜更かし。
それでも早朝には瞬間芸的起床になる。
毎回、平日には考えられないコンディションは何だろうか。

地元からのバスは満席。名古屋から成田便も。
いよいよ景気も回復基調か。

0304

成田は乗り継ぎに一時間半足らず。名古屋搭乗手続きの以降に
知らぬ間の変更になっていてゲートには目的地と違う香港行き。
???で案内板を確認したらサテライトの正反対になっていた。
うげェ~、の気分。早足の移動途中にUAの赤絨毯倶楽部で
「一杯だけ飲ませてちょうだい」で一休み。水割り飲んでまた移動。
少しばかり待つ間に50番台ゲートのラウンジで休憩。
聞けば機材整備で時間が掛かるからユックリしてね、と
受付の話に脱力感。10:50出発が実際には12:15になった。
この夏に色々とANAでは機材トラブルがあってB767型機では
エンジンブレード破損が二件発生した。
B777-300ERは良いと思うけど自分は経験的&個人的に
B737、B767は好きではない。
0305

今回の宿はアソーク駅近くのTHE KEY HOTEL。
建物は小振りでも安くて良かった。部屋は二間続きで
自分にとっては無駄に広い。
このホテルはCHECK INの時に受付の娘さんに面白半分で聞いてみたら
予約した部屋の場合、バンコク名物のJOINER FEEが無いらしい。
(自分はそんなの払う状況自体が無いけど)
思いつきの冗談を英語で言ってみたら大笑いしてくれた。
こういうのは初めてかもしれない。なにかコッチも嬉しくなる。

0306

昼メシは毎度の一芯で蕎麦。でナナ駅近くの古式マッサージ.
前回が印象深かったので今回も。で、今回もアタリだった。

0308_2

マジメな店でも美人多し。(では不真面目ではどうなのだ?と
いう話は抜きにしておいて)どこかで会った事がある気がしたら
TVで観た藤原某嬢をもう少し整えた感じの人だったりして。
この時のメモには「自分に限らず英語学習システムを日本は
考え直すべきではないかと思う」と書いてある。
なぜだろう。どうだろう。

0309_2

<2011.9.10-12>
当時の迷想に書いたとおり空港行きバスは東名高速の事故渋滞で
遅れが見込まれるとか。自分の車で事故区間を一般道迂回で
中部国際空港へ。当日にならないと分からない交通事情も
旅のリスクだと思う。2011.3.11の時に旅計画をしていた人は
大変だっただろうな。

0310

移動時間には書棚から持参した萩尾モトの「百億の昼と千億の夜」。
著者には申し訳ない話だがこの頃はもう一生読まないかもしれない
と思った書籍は旅の伴にして現地で「忘れてくる」事にしている。
何となく来世の救いとは自分の生命を引き継ぐ子孫のことかも
しれない、何て思った。それはもう自分自身の話じゃないけど。

0311

到着して晩飯にどうしようかとインド系?の店に。
エビカレーとビールのツマミにはクリスピー風のナンが付いて来る。
緑のソースはバカ辛い。口の中だけでなく腹までが何か
チリチリする。(なるほどチリソースとはそういう事かと実感)
冷たい水を飲んだ時の感覚は何となく体験として分るが
辛物でこういうのは初めてだった。
カレーも辛さを抑えてね、と頼んだけどナカナカに強烈だった。
サフランライスも黄色いものかという先入観とは別に赤ッぽい。
ただし辛いのには間違いなくても日本で喰う辛さとどこか違った。
厳しくてもウマイ!という感覚は旅の効能だろうか?

0315

コンビニでウヲッカの小瓶はTB219なり。これで充分だな。

0317

宿の寝床にて海外向けNHKなんぞを。
米国で日系移民初の官僚となった峯田議員の話。
一種、自身の体験と信念から差別と戦うというその姿勢が
国内で観た記憶がある再放送でも面白い。
長幼の何とか、なんぞと威張りながらも大臣になって即座に
クビになったような同和団体だかが支援母体らしい議員とは
器そのものが比較にならないなあ、と思った。

0901

人の経験は様々なものでもゴロリと横になりつつ一杯やるついでに
そんな番組を観て自分は今、なんでココにいるのだろうかとフト思う。

0902

CHECKOUTはAM11:30。残念ながら旅の口コミ場所で紹介していただいた
今回のレンブラントホテル内にあるRED PEPARなる店は体験できず。
これが目的で宿選択をしたようなものだったが昨夜のカレーで
あれ以上の喰ったらエライコトになっていたと思う。
甘物ダメでも自分の処理能力以上に辛いのはもっと大変だ。
過去には喰った12時間以内に尻周りがピリピリと言うのも
随分な回数を体験しているし。

0903

昼には以前から気になっていたプロンポン駅前の新大上海酒家なる店に。
看板の北京ダックは何人分かの「大」しかない。
無念ながらも諦めてビール、フカヒレスープ(これは満足)
補填的に焼鴨飯を頼もうかと思ったらメニューには無し。
店員さんにローストダックとチャーハンの組み合わせで作れるか?
と特注扱いでお願いする。
でも出来上がってきたのは「馴染みのやつ」ではなくてチャーハンの
上にチンジャオロースのような鴨肉が乗っかってきた。
それでも文句なし(記録は無いが予想外に安かった)
で、チャーハンには冗談で出したのかと思うような丼器のスープが
付いて来る。量としてとても飲みきれない。
もうどうにでもなれで喰って満腹感。

0904

次は24番通りで毎回訪問する日式アンマの店に。
90分でTB350(丁度、¥1000くらい)なり。安い。
が、もしも自分も行って見ようなどと思う奇特な人がいるならば
結果が気に入った場合、施術師の人に帰る時にはTB200くらいは
チップとして渡してあげて欲しい、と思う。
(価格からすれば安いがそこから受け取る連中の報酬を考えれば
いかに通貨価値が日本と違っても そのくらいの謝意を表現して
良いのではないかと思う。)

0905

帰る前には晩飯で一芯の蕎麦。こればかりだが本当に儀式の様に
なってしまった。また天ザル、フカヒレ茶碗蒸に麦焼酎のロック。
店の姉さん「また同じですねえ」と。へ?という感じ。
確かに見覚えの有る店員さんだけど向こうもコッチを記憶していた
みたいだった。

0906

帰路はマッカサンからスワンナプーム空港へ。
出発時刻がズレルとどうしようもなく退屈だよ。
でもこれは首都圏の私鉄感覚でいる方が間違いなのだろうな。
2011.9月の時点で夜の空港行き急行は20:18、20:58、21:38の
マッカサン駅発。展開次第ではパヤタイ駅からのほうが
良いかも知れない。(出発時刻は知らないが)

0908

バンコクでは一日で二日分以上のカロリー摂取をしているような
気がする。日常が粗食だからまあ、たまには良いかの気分。
この頃は飯を炊くのも面倒になって最初から鍋に野菜と米入れて
煮詰めた雑炊みたいなのが晩飯定番だし。

0909 

外を出歩く時の暑ささえなければ申し分ない。
何か読みたい本を何冊か仕入れたなら飲みながら何日かゆっくり
楽しんで飽きれば按摩と好きなもん喰って、そんなのができれば
極楽だろうが当分は現地一泊の短期現実逃避のみ、だろう。

0910

これで本年の訪問は終了。でも気が向いたらまたフラリと
一休みで訪問したいような気持ちがどこかにある。

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