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2013年1月 6日 (日)

ものや想えば 2012年の締めは 北京 <2012.12.15-16>

まあ、これは旅記録とするよりも迷想の延長上のようなものだから
どっちに残そうかと少しばかり考えたさ。
それでも、どっちだろうが自分の事には変わりないし所詮は
何がどうであれ、こういう暮らしの日記は突き詰めれば
自己満足のようなものだからどうでも良いわけだな。

<微妙な日中関係>
2012年、尖閣絡みの反日デモは中国の各都市部で盛り上がったらしい。
北京在で日系企業に勤める友人も職場前の通りを練り歩くデモ隊の
姿を見て随分と驚いたそうだ。
しかし60年代、日本での学生運動と違って立ち上がりが急峻でも
また一過性のブームのようにデモンストレーションが去っていったのは
活動する側の本当の声ではなく官製行事だった証左でもある気がする。
その友人と会話のやり取りで「こんな状態じゃあ、そっちは不用意に
日本語で話をするのだってヤバイかもね。だから当分、電話しない」
と御無沙汰の状態が二ヶ月余り経過した。
何事も無く秋が終わり、札幌忘年会が近くなった頃に電話が来て
久しぶりの話をすれば結局、向こうで会おうという事に。

001

<出発前泊は蒲田。小沢昭一氏を思い出す>
前回、札幌編に書いた氏は最早、この世の人ではない。
蒲田で写真館の倅だったらしい。
駅前から一本、裏に入ればアーケードの賑わいとは別の路地になる。
華美装飾とは無縁の繁華街傍らで更に物寂しく、場末感が暮らしている人間の
匂いと一緒に漂ってくる錯覚すらする雰囲気に故人を何となく思い出す。
そうして歩く自分もそこでは「場違い」ではない気が。

宿のTVではアラビア語講座なんぞを。全く理解不能。アラビア語は右から
読むらしい事は耳にした気がする。方向はともかく疑問文の?印まで
逆向きである。なぜだろう?世の中に不思議は多い。

002

<出発、そして到着>
羽田NH1255便で北京到着は昼過ぎ。初めてのB787だ。
トイレに窓があっても飛行中ならば覗きに来る奴もいないわけで
窓一つだけだって開放感がある。

003

ゲートを出れば友人とその母上が出迎えに来てくれている。
前回に会ったのは2012年の夏に二人が来日しての品川で晩飯を食った時だった。
母上との対面は三回目になるだろうか自分の旅は独り歩きが基本なのに
これは旅の範疇とは別のものだという気がしてくる。

004

とりあえずTAXIで宿に向かう。
北京のTAXIは難易度が高い。
漢字の国なのに簡体字はこっちが理解できないし地名自体を運転手が
知らない場合も多々あった。オマケに昨今の事情から邦人単独利用は
何かしら気まずい雰囲気になりそうでもある。
異国の地では一層に友人の存在がありがたい。

宿は北京で定番的になった東三環のHILTON。
交通至便=地下鉄駅は至近で空港鉄道の乗換駅も隣。
スタッフも非常に友好的だし。

005

時節柄、メリークリスマスで贈り物なんぞを渡す。
友人の母上には北京の冬は寒かろう、ってんでもう一つ上から履ける
毛糸の靴下。友人には何がイイだろうね?と訪問前に聞いたリクエストで
PHITENの膝当て。こんな時に装飾品の類と言わない友人を好ましく思う。
他に贈る相手なんていないがセンスの無い自分にとって選ぶ苦労を
しなくて済むのが楽だ。

006

三人で出かける先は中国名物「足ツボマッサージ屋」で安くてウマイ。
これは何処に行っても看板を見かけたら心ソワソワなる。

007

<食が身体を造る? ある程度は正解だろう>
出かけた先では土地の料理、となれば晩飯は中華モノだ。
先ずは再会の乾杯を。

008
 

つまりは酒の類なら甘酒以外は何でもOKの自分だから紹興酒で。
燗の入ったものだった。しかし工夫が面白い。
ただ温めているだけではなく、冷めないように周囲には更に湯の
容器とSETになっている。

009
 

好きだって普段に食えないものを頼むのが旅先で自分の作法だから
当然に魚翅だ。

012
 

それから献立の中で目に付いたナマコと松茸のスープってのを。
これは正月なら刻んで酢の物にするが一匹丸ごとらしい。
で、卓に運ばれてきた現物を見たら何となく水洗トイレでの
「作業終了後」風景を連想してしまった。
ワタが抜けているために中空で食感としてはスープの味を吸い込んだ
スポンジチューブを食っているようでもある。

011

ところで箸。中華では皆一緒に自分の箸のみを使うのかと思っていたが
違うらしい。大皿から取り分けるのと自分で食うのは色が違うそうで
各々の前に白と黒の箸が置いてある。(どっちがどっちかは忘れた)

010

友人から腕を撫でられ「庵主の肌はアタシと同じみたいだね」と
今回の旅で言われた。以前にマカオのカジノで知り合いになった
L嬢からも同じセリフを聞いた事がある。
偶然、二人共に同じ歳で妙齢と言うには少しばかり違うだろうが
自分より随分と若いには間違いないのになあ。
アンチ・エイジングの効果が食材に左右されるかなんて興味ないし
知った話じゃない。が、もしかすると多少の関係があるかもしれない。

013

現実生活で会社の同じ歳近辺の連中と比べてみて、年齢相応に
シミの類は出てきたにせよ「明らかな違い」があると思う。
(勿論、自分よりも「若いなあ」と見える奴も多く居る)
独りで暮らすようになった随分と前から自炊主義で日常生活では滅多に
外食をしない。そこから10年余ばかりの食生活は。。。。
全部玄米。肉を買うのは年に数回程度。納豆と卵とシラス干しが定番。
あるいは梅干か魚と野菜モノ。
料理に砂糖を使った事は一度も無い(置いていない)。
会社では緑茶ばかり。これは土地の品だしタダの給茶機があるので。
そして晩酌は毎晩、だ。
あるいはそういう方面でなく仕事上、窓の無い職場であることが
大きいのかも知れない。日光の紫外線が皮膚の経年変化に作用するのは
既知の事実らしい。
俗説としてロシア女性は若い頃にどうであれ、一定年齢を経過すれば
体形変化が生じると言う。
中国ならばどうだろうか。あれほど油モノや肉類を食っていると
その有意差は後年に出てくるのだろうか?

それにしても、昔に飼っていたウサギは菜っ葉しか食ってないのに
あの毛並みのフサフサ、ツヤツヤときたら。
自分の好きな野菜として小松菜は結構、多く食っているものの
髪の毛はどうにもならぬ。不思議なものだ。

014

<さても異国の景色なり>
母上を送り届けた後に、もうしばらくは買い物や雑談しながら歩を進める。
何か普通の暮らしの中にいるような錯覚すらしてしまう。
が、所詮は旅先の幻想みたいなものだ。
宿に戻りラウンジでこの頃に思っている将来計画みたいなものを話す。
友人いわく「それはかなり難しいよ」と。相変わらず冷静だなあ。
結論はお互いにもう少し英語を勉強しないとダメだね、という事になった。
ラウンジはHAPPY HOURなら飲み食いがタダでも時刻を過ぎていて
部屋のツケに。まあ、いいか。
明朝は適当に起きて鉄道で帰路の空港に行くつもりだったのが
また迎えに来てくれるというのでサヨナラ、のオヤスミだ。

しばらくはフラフラと外に出て一服する。
部屋に戻るロビー隅に娘が座っていて目が合えば声を掛けて来る。
それにしても商売の技と言うか、自分なんかより上手い発音で
スラスラと英米語を喋る所に何だか口惜しいというより
自分の勉強不足を実感する。
後で目にしたところ欧米系らしき白人オヤジを顧客にしたようだ。
まったく、人間は様々な場面のために勉強なのだなあ。

015

部屋でTVを観れば何処かのチャンネルでは一見、観光広告かと
思ったものが一定間隔で流れている。しかし違う。
画面隅には南沙群島の文字がある。フィリピンと領有権で
揉めている地域であり、つまり「ココは美しい中国の領土なのよ」
とアピールしているわけだ。こんなものを刷り込みさせられれば
人民は何処であろうが中国領と誤解していくのも当然かも知れぬ。
(尖閣をテーマにした広告番組は見ていた限り無かったが)
どこか対照的に日本政府の「御人好し加減」を感じてしまう。

<BGM:見知らぬ街で by 松岡直也>
約束の時間より少々早く部屋の電話が鳴ってロビーで待つ友人とオハヨウ。
友人宅の近所で散歩でもしながら朝飯にしようと。この宿の朝食は
気に入っているが珍しくコーヒーと果物のみだったから丁度、良い。
TAXIで連れて行ってもらった店は面白かった。

01601
 

鉢植えではない地面からの街路樹が店の屋内にそのまま活きている。
ワッフルとサラダは普通に頼んでも大盛りだ。中国を実感する。

016

孤食なる言葉があるらしい。余計なお世話だ。
食事を作ると食うに不満や寂しさの類を感じたことは無い。
自分の暮らしそのもののことだし。

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ただ、笑顔と会話のある食卓は至上のものだとも思う。何をどう食おうとも
これは銭でどうにもならぬ贅沢(少し語彙は違うが)だろう。
ワッフルは自分にダメなのでサラダばかりでも良い朝食だった。

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散歩する隣の公園は雪景色。現地で積雪は珍しいらしい。
凍結した池の上には雪に混じって多くの足跡がある。

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これが一人で歩く中の風景なら相当に寒さを感じるものだったろう。
と、ぼちぼち帰国の時間が近くなって宿に荷物を取りに行く。

018
 
 

まァね、戯れの付き合いをしているつもりはないし、友人に対する振る舞い
ではないのは分かっていながら「んじゃあ、最後は少しマジメに」と暫くの
抱擁なんぞを。しかしそういう気持ちになるかね、この俺が。(自嘲)

<帰ってしまえば、いつもの暮らし>
空港まで見送りを受ける。あとは帰るだけ。
待合室はCHINA AIRのもので設備内容はそう悪くない。が、一服場所は
法による規制で閉鎖されていた。およそ中国らしくないと思う。
(コンコースではそういう場所が確保されていたのに。変な話だ。)
関空行きの機材は到着していない。一時間は遅れるらしい。

020
 

2012年後半は定時運行に恵まれなかった事ばかり記憶に残る。
ANAの広告では定時運行率で世界各社の上位になったというものを
見た記憶がある。余程にハズレ便を引いていたのだろうか。
ゲートすぐ近くにマッサージ屋を発見して自動的に吸い込まれる。
遅発までの暇つぶしに丁度良いし空港価格なのに割安感が大きい。

019

関空から乗り継いだ新幹線の「のぞみ」は名古屋まで満席だったのに
名古屋からの「こだま」は貸切状態で閑散としたもの。
日常風景に戻る様子みたいな感じ。それでよし。
友人と話の際にふと「庵主は、もう誰も自分の背中にのせないのでしょう?」
と言われた。確かに以前のいつだったか、そういう話をした事を覚えている。
自分の人生は自分のもの、と気取る以上に正直なところこれから先の
時間を考えたら、他の誰かのための場所なんか、そんな余裕は無いと思う。

021
 

前回と同じ、宿のロビーでの写真は二人共にその前回と全く同じ表情で笑っている。
そういう顔をしている自分がまた不思議にも思える。
日常を離れた出歩きもとりあえず区切り、だ。

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