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2013年9月10日 (火)

夏休み。期待は目的地以上の標高気分で山見物に出発。

2013.8.9
仕事をソソクサと切り上げて帰宅途中にS.KINGのを旅小道具として
一冊買う。(が、これは支度をアタアタしている内に持参を忘れた)

儀式としてシャワーで身を清めてから前泊地の実家へ移動だ。
地元の私鉄は夏休み時期の金曜とくれば随分と客が乗っている。
新幹線駅で目ぼしい弁当は売り切ればかりなり。

品川の「みやこ」で皿うどんでも食うかと売店で水割り二缶買って
出発だ。何処へ行くにも最初に買うのはコレばかり。それにしても暑い。

結局、品川ではJRから出ないでそのまま帰宅してしまう。
久しぶりに民放TVを観た。訳分からぬCMばかり。
いわゆる婚活、保険、住宅モノが多い気がする。
需要を反映しているのだろうか?
それにしてもCMで見た親孝婚って何だ?、、、絶句。

001

2013.8.10 
<とりあえず機内では上機嫌のNH205便>
朝七時過ぎに出発。
スカイライナーのつもりが客観的に時間は掛からなくても
池袋、巣鴨回りで日暮里に出るのは遠回り感があって好きになれぬ。
東日本橋乗換えで京成のアクセス特急にて成田空港へ。
これでも9時には到着して上出来だ。

これで当分は使える事も無いZカウンタは楽だったが出国審査は
結構な行列となっている。しばし待合室で軽食、軽飲を。

さあて搭乗。久しぶりの最前列。居心地はありがたいが今年度から、
来年度は更にマイレージ加算条件が既に一層厳しくなっている。
最安値割引専用の自分に、この先はもう当分、利用不可能だろう。

純生カラスミというのを始めて食った。魚の卵モノが好きな
自分は何回かお代わりしたが普通なら燻製風でオレンジ色でも
鮮やかな黄色をしている。珍妙な味なり。
C.A.の人は自分と同姓で印象深かった。以前に何処かの路線でも
見かけた様な気がする。いずれにせよ愛想は十分に良い。

パリCDGでは入国カード、税関申告の類は無いそうでこれも楽だ。
機内放送で到着地の気温は22℃だと。日本と10℃以上違う。
それなら山の方はどうなのだろう?

機内では横溝正史の「三つ首塔」を読み終える。金田一探偵モノ
なのに一部、かなりのホラー風味が面白く、大団円が心地良い。

そうこうする内に到着だ。着陸後には急ブレーキ加減がいつもより
キツイ感じがしたが実際に滑走路終点も近かったような。
CDGの滑走路とB777-300ERの着陸必要距離はどのくらいなのだろう?
(後から調べた所、CDGは2500mと4000m級らしい)

002_3

着陸直前に見る空港周囲風景は成田よりも尚一層の平坦な田園風景。
つまり余程に田舎の印象だ。
入国審査はいたって簡単。暇そうな係官が面倒くさそうにパラパラと
旅券をめくって押印する。既に使われたページなのに他国の
ハンコ上へ適当に押すなよ、って感じだった。(実際、入国印を
探してしまった)
一休みで到着口の外で一服すればオペラ座行きのバスが発車する。
鉄道でなくバスと言う移動方法だってあるだろうが自分の好みから
バスは選択肢の下位になる。

003

<少しずつズレ始めているパリの寄り道>
ターミナル間の豆電車でターミナル2へ。
ここからPER-Bでパリ北駅まで窓口にて乗車券はEUR9.50なり。
ところで前から疑問に思っていた一つには各種のWEB案内に
RER-B(NOT PER)と表記されている。
正式にはRER-B線なのだろうがホームの列車出発表示を見れば
やはりPER-Bなんだよなあ。まあどっちでもいいや。
もしかして駅表示はRの右下棒が何かの故障で抜けて
Pとなったのをガイド本の執筆者がタマタマ目にしたのだろうか?
行き先が同じでもPER-Bと表示された列車は快速運転。
そうでないのは各駅停車の様子。WEB情報では雰囲気が
悪いなどと書かれていたが昨年同様に日中利用では
全くそんな感じはしなかった。通過する沿線周囲にそんな地区は
あるのだろうが快速運転なら関係無いだろうし、と思ったね。

004

パリ北駅だ。空港からはカード払いで切符を買ったものの
ユーロ現金が全く無い。駅前通りに両替屋があるのを見つけて
手持ちの¥10000を両替するが失敗。
良くも無いレートに加えてEUR11以上の手数料を取りやがる。
EUR60チョイにしかならない。もう少し冷静にならんとダメだなあ。
特に到着初日は。

さてと先ずは今宵の移動手段であるPARIS AUSTERLITZ駅に。
地下鉄切符はEUR1.50なり。
これも自分はオーストリッツかと思っていたがモノの本では
オステルリッツらしい。まあ、これもドッチだっていいや。
地下鉄5号線で一本、と思いきや。
パリ北駅からの行き先は全部バスティユ止まり。
仕方なくも乗って行けばそこで乗客はゾロゾロと降りる。
どうやら工事なのか区間運休状態だった。
駅ホームには事情を説明する掲示があって自分は読みながら
「ふ~ん、、、」と言いつつ何か納得できぬなあの気分。

005

適当に出口のアタリをつけて階段を登る。何故か改札は無かった。
どうやら出口専用の一方通行らしい。
異国ではこの出口専用というのが多くあるらしい。
事情が分からず逆走で入れば「???」となる場合が有るかも知れない。
地上に出ると路線バスらしきものと傍らに係員風の連中がいる。
「これはオウストリッツに行く代替バスですかね?」と聞けば
そうだと言うからそのまま乗車で。あるいは歩こうかと思ったが
やはりこっちの方が楽だ。
あとは列車の出発時刻まで周囲をノンビリ街歩き。
特別な観光名所が無くてもこれはこれで面白い。

006

<久しぶりのB寝台。40年前の気分>
異国の旅先で困る一つにはトイレ。
昨年にエッフェル塔近所で見かけた全自動公衆トイレを
オウストリッツ駅前でも見かけた。しかし案の定、故障中。
駅構内のはEUR0.50で有料である。まさか営業妨害だとばかりに
無料の方へ破壊工作をしているわけじゃないだろうが
普段からメンテナンスが余程の需要に追いつかないのだろう。

007

どうも食欲が無い。時差を考えれば日本の明け方なのだから下手に
食わぬ方が良い。しかし駅スタンドでフランスパンのサンドイッチを
見たら衝動買いしてしまった。でもパサパサ食感で旨くなかった。

008

21:40頃から急に眠くなる。やはり日本なら徹夜状態だから
旅の初日で時差は重要な要素になるなあ。
なればこそ、到着現地で宿泊と移動を兼ねた夜行移動は意味が
有るかも知れない。

009

暇つぶしで駅各所を廻るとスペインはマドリードだかバルセロナ行きの
夜行エリプソスが出発待機中だった。ホーム入り口には特設ゲートの
様な改札受付見たいなのがあって近くには行けなかった。
遠目から後姿だけを見れば寝台特急の雰囲気はあまりない。
しかし夜行列車そのものにそれぞれの風情があるだろう。

010

いよいよ自分が移動のNZ5595列車が入線してくる。
場所は下段席。狭い。とにかく狭い。寝床の面積は必要最低限。
荷物は足置きか枕にすれば良いがとにかく座高自慢の自分は
十分に起き上がる前に頭がつっかえる。
これは昭和40年代のブルートレイン、「あさかぜ」や「はやぶさ」の
B寝台風味だ。当時のソレと同じ広さか印象的にそれ以下。
そういうのを使ったのは親の転勤で福岡に住んだ最初の夏休みに
祖母が留守番している東京へ一人で戻る時だった。ソレよりも一層厳しい。
(当時の国鉄ブルトレは一応、寝床毎にカーテン、枕と毛布が
付いていたがそれもなし。フランスのは封筒風のシーツに身を包む)

まあ、とにかく今宵は寝るだけだ。と、出発間際にバタバタと
男女混合の若者衆が乗り込んでくる。しょうがねえなあ、と思いつつ
横になれば出発後に一刻遅れてもう一人の兄ちゃんも。
おいおい、ココは六人部屋なのに何で7人目が来るんだ?

そいつが自分に話し掛けてくる。
どうやら奴らは六人組らしい。彼一人があぶれてしまったから
自分と別部屋の寝床を交換してくれと。

そんなもん、知ったこっちゃネエヨ。と半分不機嫌になる自分。
しかし冷静になる。相手は若者5人対自分は一人。
ココから先、若者集団特有の盛り上がりでコンパートメント内が
宴会場と化したらとても安眠どころではないだろう。
昔に新宿から北アルプス方面に行く夜行のアルプス号という急行が
あった。合宿の時には随分と利用したが当時は傍若無人の学生連
だった自分達が周囲に散々と迷惑をかけたのだろうなあ、という事が
不意に思い出された。(当時は寝台でなく向かい座席で夜を明かした)

「しようがねえ、じゃあ荷仕度するから暫く待ってな」で移動準備。
突発的な事象で油断や忘れ物が一番怖い。これは問題なかった。
彼の寝床は二両分も離れている。案内されて入った客室は既に
就寝状態で何か申し訳ないなあ、の気持ちで。
しかも寝床は最上段側だ。照明にも不自由する室内のハシゴを登り
どうにか寝床へ。ただ枕元に荷物を置けるスペースが在って
頭上も僅かながら余裕がある。床に入ったら睡眠一直線であれば
六人クシェットの場合はこちら(最上段)の方が良いと思った。

深夜一時過ぎ。トイレに行きたくなる。
何かバタバタと梯子段を降りるのも他の客に申し訳ない気がするし
クシェット室内は真っ暗。しかしこればかりはどうしようもない。
意を決して(?)手探り状態から下に降りてトイレへ。
まあ、こんなのも旅場面の一つよ。あとは安眠、快眠だった(笑)

011

教訓:寝る前には飲み過ぎを控えてトイレに行こう。
終着までの六人寝台ならば最上段が一応は寝るのに便利だと思う。
で、キップ手配は在宅時にWEBからの購入の方が良いだろうな。

そして随分と難儀した感じもある六人部屋クシェット。
嫌になったかといえば正直なところはそうでもない。
一度でも体験してこれはこれでこういうものだ。と、初めから
納得していればどうって事もない。嫌味で無意味な感想という
気がしないでもないが、、、自分の時間と自分の腕で得た稼ぎは
自分のものという一種の驕りが、その自分自身に染み付いて
しまっていたかもしれない。

自分の旅行体験は何も無い所から始まった。高島平の変人旧友と
中学時代に自転車旅行をした時には砂浜で寝袋に包まり、
道を尋ねた農家の人の親切で一宿二飯の世話を受け。
ドライブインの物置を宿にさせてもらった礼に皿洗いを手伝い、
報酬の軍資金で貰った¥500円札は無礼にも古風な日本旅館に
押しかけて軒下を借りるつもりが掛け軸つきの部屋に泊めて
貰った宿代にした。(後年、世話になった人々へ返礼の旅は
昔の迷想記事にした。阿蘇高森の農家の人は覚えていた様で
ありがたくて泣けた。ただ、人吉近辺の竹林に囲まれた旅館
だけは場所が思い出せず今でも再訪できないことを悔やんでいる)
中坊時代に旅のプランはこの変人旧友と二人だけで決めたもの
だったが随分と後年になって親から聞いた話は不測の事態があっても
「教育側の責任ではない」という念書を中学に出したそうな。
これは現代にも通じる難しい話だ。奴は今、どうしているのだろう。

旅の枕に頭を置けば寝心地はともかく様々な事を思い浮かべる。

長い一日。出発から時差を考慮すれば確かに本日は長かった。
これから暫く夏休み旅は続く。果たしてどうなるのだろう。

夜が明ければシャモニ。目的はモンブランだ。

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