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2015年8月 7日 (金)

久しぶりの山歩きでオーストリア Part-2 目的編 <2015.7.24-28 の25,26日>

<概略>
Part-1に書いた様に今回の目的はアイスマン発見の碑を訪れる、という事でした。
(自分の表現とは別に現地呼称ではOtzi Fundstelleがより一般的な様子です)

Part-2ではその山歩き記録にFOCUSして書きます。
前説のとおりアイスマンを詳しく知ったのはTV番組でのこと。

そこからWEBで見聞する内に日本人訪問者のサイトを見つけました。
大抵の場合、他人様の旅記事に「なるほどなあ」と一応は参考にしても読むだけで
終了なのに「こいつは俺も行ってみたいものだ」と随分な気持ちになりました。

下画像はGOOGLE EARTHを引用して経路を重ねたものです。
ホントにアルプスのド真ん中。 そんな感じです。

Wholemap_2

とは言え随分な歳月の間に山歩きも御無沙汰。
出発までに鍛練と節制をするつもりが結局はいつもと同じ。

結果を先に書けばアイスマン発見の碑は至近まで行きながら到達できませんでした。
(持ち時間の他、天候急変と視界不良でどうにもならず)

それだって日程終了後の充実感は相当なもの。
国内とは趣違う風景を十分に楽しめたわけです。

<経路>
国内からは往復フランクフルト乗り継ぎで現地基点になるのはインスブルック。
ここから鉄道とバスによりエッツタールを経由したVENT宿泊から始まります。

VENTの標高は約1900m弱。 宿泊のヒュッテは3017m。 目的の発見碑は3200mチョイ。

途中のMURTIN-BUSCHヒュッテを経由しSIMILAUNヒュッテへ。
ここで荷を置き発見の碑Otzi Fundstelleに向かいます。そして折り返しは同経路にてSIMILAUNヒュッテ泊。

翌朝にVENTとエッツタール経由でインスブルックに戻り宿泊。

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20年以上のブランクと日常不摂生に無鍛錬。
果たして吉と出るか凶となるか。。。(どう考えても「吉」の目は無いか)

<ということで本編であります>

VENTの宿は内容だけではなく立地も十分。
パス停(終着VENT HOTEL SIMILAUN)至近で山路入り口にも近い。

荷を整理し7時からの朝食を済ませてCHECK-OUT。

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07:45 出発 空模様は降ってきそうな曇り。 だが終盤までの天候は好条件だった。
橋の上から目的地方向を見る。
当然に手前の山の向こうで見えないが期待感は高揚気配。

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すぐにMURTIN-BUSCHヒュッテへの物資運搬道路と登り道が分岐する。
道端に木切れ一枚の目印で左に行けば結構な登りSHORT CUTになる。
昨日の下見歩きではこれが再合流する所まで行ってみた。
最初から無理をする必要も無い。迷わず車道風砂利道へ。

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08:04 先の分岐との合流点。ケルンとは違う西洋風道祖神かパイナップルみたいな
道標(?)に到着。茶をひとくち。

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08:26 花は咲き水は山肌を落ち歩く道の次はどんな風景かと楽しみになる。茶をひとくち。

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08:45 道を曲がれば何かの小屋。遠くには氷河が見える。茶をひとくち。

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09:07 RAMOL HAUSと記された案内板。
いよいよ山が近くに感じられる。薄日の中、雨とも言えぬ雨がぱらつく。茶をひとくち。

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09:30 石積みの無人小屋に。SCHAFER HUTTE 2246mと記されている。

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う~ん、目的地は あと900m以上登るのか、と独り言が出る。茶をひとくち。

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10:00 ケルンに到着。ここから見える尾根の右の方へ。
 茶を320ml補給してひと口。 水筒代わりにここまでの道中で買ったPETボトルを
何本か持参していた。    (500ml×2、320ml×1)

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こいつに自宅からビニル小袋で持参した日本茶葉を入れて水出し緑茶とする。
宿の水については地域がよろしいのかそのままに飲んでも全く問題無かった。
ただね、こういう歩行中は立ち止まる都度に何かを少し飲む方が良いだろうな。
小休止で10:13発

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10:40 MARTIN-BUSCHヒュッテ着。2501mだと。 

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標高的にはようやく半分。案内本や看板の類ではVENTから2時間半という事だから
自分で3時間弱なら良いペースだ。傍らの山斜面では羊が戯れている。

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茶をひと口と小休止で10:48発。

10:57 HOCHJOCHHOSPIZ、 UBER SAYKOGEL とSIMILAUNの分岐。茶をひとくち

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11:18左にユルリと曲がるトレイルの向こう、山の上に随分と小さく
SIMILAUN HUTTEが見えてくる。

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振り返ればMARTIN-BUSCHヒュッテもまだ見える。茶をひと口。 
自撮棒は持ってないから岩の上に置いてタイマー撮影。

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11:30 ヒュッテはまだ遠いのに見えてきた油断からかチョロチョロと休憩する。
茶をひとくち。

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11:50 ん!岩にはSIMILAUNと OTZI FUNDSTELLEの分岐。

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さてどっちを選択するか。
Otzi Fundstelleに直接行くなら標高で更に200m行かねばならない。
遠景の足場を眺めHUTTEに荷を置いてからにしようと左ルートのSIMILAUN方向へ。

⇒これは個人的に正解だったと思う。 標高差での負担、アイスマン発見碑から
SIMILAUNヒュッテに行くならば荷物担ぎ状態では標高差での体力負担、雪渓や
ロープ、鎖場の移動性に苦労したはずだ。

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ガレ場のそこら辺に水が流れている。
だが見た感じ、氷河の消滅が随分進んでいるのを実感する。
比較すれば画像資料が新しいほど氷河が後退しているのが分かる。
つま先を地につけてグリグリとしばらくの運動。この先に足首を捻ったら悲惨だ。

12:12岩へのペイント目印とトレイルを確かめながら進む。
雪渓が常に融けているのか随分な流れで渡るには厄介な箇所も有る。
ふと気がつけば休んでもタオルは不要。茶をひと口

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12:38ガレ場は続く。
立ってる地形を察するに森林限界では無くかつての氷河跡ではなかろうかと思う。

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12:57雪渓の終点。なるほどこれなら川となるわけだ、と勝手に納得する。
山向こうのガス、雲が気になってくる。 ヒュッテ建物の色まで分かるがまだ遠い。
茶をひとくち。

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13:17川に壊れ橋。茶をひとくち。二本目の500mlを使う。小休止で13:33発。

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13:41どうやら雪渓と氷河が混じっている地形らしい。

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雪を横に見て足元は多くの砂利、小石が練り込まれた氷だった。
(おかげで滑らず安定して歩行可能)

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このあたりでトレイルを見失う。

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目的方向は目視で確認できるからそれほど深刻ではない。

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しかし下手に雪か氷を踏み抜いたらトンデモナイ事態になるはず。

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14:15目前で雨がぱらついてくる。防水のヤッケとズボンを追加装着。

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だが5分ほどで止む。 SIMILAUN山が近くに見える。
枯れてきているものの氷河はイタリア側で本格の雰囲気が残っている。

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<14:40 やっとSIMULAUNヒュッテ到着>

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建物内は入り口左で備え付けのサンダルに履き替える。
左が食堂、上が寝床部屋。右はトイレに洗い場のようなもの。
食堂で「こんちは~! 受け付けはどこですかァ?」と聞けば「ココだよ」との返事。
実際に厨房カウンタみたいな場所で先ずはCHECK-INだ。

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①予約MAILを見せて 部屋番号のカードを貰う。(これは帳簿記録みたいなもので
KEYではない)ここに部屋番号と氏名と共に飲食注文品のリスト、記入欄がある。

②夕食時に注文品が記入されていく。(メニュー有)自分はワインとジャガイモ料理
(量は十分)ちなみに夕食時間帯は6:00~7:30PMということらしい。

③夕食が終わると翌朝食の希望が来る。(自分は頼んだ)

④そして夕食を済ませたら厨房カウンタで寝床代金を含めての前払いになる。
自分の場合は宿代EUR27+食事代朝夕EUR21+ワイン×4杯EUR7.6で合計EUR55.6
それにしても食事は山小屋価格だがワインは国内の下手な居酒屋より割安だなあ。

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部屋は定員制6人部屋だった。到着したら先ずは寝場所の確保が課題だ。
先着順で空いている場所から。貴重品管理も重要。
トイレや食堂は清潔で山小屋と言う雰囲気が無い。水には不自由しない。
厨房にてPETボトルを渡して水を貰えますかと頼めば快諾してくれる。

しかし何処から調達しているのだろう? (一応、後の体調には何も問題無かったが)

<一休みしてアイスマンの地へ出発>

Otzimap

上は現地地図からの転載引用。 画像の数字が以下の撮影番号場所でのこと。

15:20出発。
ヒュッテ横にはOtzi Fundstelle 1h15と表示された道標案内。

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結果的に無理だったFINEIL SPITZさえ2時間と表示されている。
これは自分の様な物見由山オヤジでなく本格の健脚向き基準なのだろう。

実際、道標看板で赤印のみならお気楽ハイキングでもOKだが
赤白での表示は「真面目にやってチョーダイね」の意味がある。

半袖ヤッケを重ね着して背中には荷物無し。ポケットにはPET茶。
自分の足でも空荷になって1時間半あればOKだろうと油断していた。

①しっかしまあ、、、ヒュッテの裏にいきなり鎖場が目に入る。

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②ふりかえれば小屋の向こうにSIMILAUN山。ここまでの路もそうだったが
氷河の表情に地球温暖化を実感する。
(事実、参考にした以前の画像はコンナモノではなかった)

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③その後も急登は続く。最初のピーク。

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④二つ目のピークを越えた。

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⑤三つ目のピークの前で目印は横に逸れている。
比較的キツイ斜面でのロープ場と先には雪渓。そういう場所だからの
ロープだろうが見た時には内心「え“~、、、これ進むのかよ」だった。
遠くの空には青い部分が見える時も有ったがこのあたりから全般に視界悪し。

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⑥16:10 雪渓の途中で反対側からの二人組と会う。見た目に本格装備だった。
「Otziの場所から来ましたか?」と質問すれば「ここまで45分だったよ」と教えてくれる。
「自分はここまで50分でした」と情報交換してすれ違い。 ヒュッテから往復の間に
会ったのは二番目のピークで壮年女性二人組とこのカップルだけ。 

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この場所では流石に中国人観光客は皆無だった。
(というかVENT往復の間に日本人のみならず東アジア人種は全く目にしなかった)

⑦雪渓を渡りまた登り。ピークを二つ越えてまた雪渓の上に立つような平地に出る。
しばらく探してみても見当たらない。振り返った場所が自分のレコード地点3210mチョイ。

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⑧イタリア側はかなりの斜面で遠くに山が連なる。

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17:00 予め決めていた引き換えし時刻になる。
余裕時間と歩程、体力に夕食TIMEを考えて非常に残念の断念だが戻る決断をする。

⑨VENT側を見れば空の青色も見えるのにココでは随分視界が悪い。
(これが失敗。目的地にはイタリア側に行くべきだった)

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同時に雨が落ちてきた。かなり本格の降りでグズグズできない。
油断から小屋に雨天装備を置いてきたのが悔やまれる。
遠雷と共に二つ目のピーク手前ではアラレも混じっている。
呼吸が乱れて こりゃかなり良くない雰囲気だなあ、と茶を飲んで落ち着かせる。
とても画像記録する余裕なんて無い。
(雨風と寒さはしばらく耐えられても雷が嫌なんだよね)

18:10にヒュッテ帰着の暫く前には風雨は収まった。
往路1h40、復路1h10だった。後から調べれば目的地を外れて別方向に歩いたようだ。
現地でもう少し天候と視界が確保できれば良かったがこればかりは仕方ない。

21:00には寝る。しかし時折に目が覚める。どうにも相部屋は苦手だ。

7/26

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起きての向こうにSIMILAUN 3599m が目前に。
この夏は欧州でも地域によっては猛暑だったらしい。 
この記事を作成している昨日に北海道でも35℃を超えたとか。
削られる氷河という印象。事実、今回に参考としたWEB記事やGOOGLE画像とは
数年の差で全く違う風景だった。そりゃね、歩くのに厳しい足元だって有った。

しかしこういうのは一度溶けたらそれっきり。
繰り返しの話になるが、それは戻らない方向に進むものだろうという気がする。

地面の上だけじゃない。航空機から見る地表の空気。
しばらく後の都市圏の子供達はモノの書で星という言葉を知っていても
目に出来ぬままにオトナになる気がする。

6:30に朝食。前夜に支払い済みなので出立は皆、勝手にどうぞ状態だった。

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7:20 VENTの方向を見下ろす雲海の中身は雨だろうか。防水装備で最初から出発する。

7:32 眼下に昨日のトレイルを見失った場所を眺める。 
途中で昨日とは別の方向にペイントマークが見える。やはり間違えていたか。
ガスに囲まれても雨にはならないだろうと読んで雨具を収納する。休憩後7:42発

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何と下りでもまたトレイルを見失う。だめだこりゃ。
次の目標地点は見えているので自分勝手に見当をつけてガレ場を下る。

8:03 昨日の壊れ橋到着。おっと!表面が凍って滑るじゃないの。四つん這いで渡る。

9:08 一気にMARTIN-BUSCHヒュッテに。

9:45 石積みのSCHAFER HUTTE着。

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VENTが近くなった。 途中のベンチで荷袋を開けて暫くの時間をかけて再整理。

11:30 昨日のパイナップル・ケルンに着く。
ここから往路では避けたSHORT-CUTコースへ一気のFINISH。

11:40 VENTのバス停に到着。  
いやホント、無事で何よりだし久しぶりでも歩き通せた事が嬉しい。

038

バスでエッツタールに出てインスブルックへ。
あの地下階スーパーで祝杯用の白ワイン買って最後の宿に。
晩飯は近所でピザとケバブ。
昨年同様、宿のCASINOはどうでもいいや、だった。
そして前回と同じくTVでは悩ましげなCMが流れて旅の夜は更けていく。

<そして迷想>
VENTと乗り換えのSOLDEN地区を結ぶバスは後方に荷車。
物資でも運ぶのかいな?と見れば自転車搭載用だった。この辺が欧州だ。

039 

日本だって公共交通機関でもう少しやらないかと思う。
ただ国内報道で自転車に関係する事故やモラルの話を見聞きすれば
元々、交通機関としての自転車は文化になってないし
今の日本人で全般に「一種のセンスから無理」かもしれない。

帰路のレイルジェットも満席。そしてバスの少々到着遅れでギリギリ。
エッツタール駅では駅員が休憩中なのか常駐していないのか
自販機のみで切符購入を少々焦る。やはり経路が決まっているなら
乗車券だけでも出発前にON-LINE購入の方が絶対的。

<今回の装備とまとめ>
正直言って「山歩きをナメテイタ」ということ。家に戻って反省会だ。
それでも目的地付近で悪天候を食らわなかったら総じて問題なかったと
考えている。体力が追従しなくての時間超過は仕方ないが。

上:破れTシャツ、会社の古作業着(着慣れているし丈夫)
防寒中着:穴あきパジャマ(これは小屋で寝る時しか使わなかった)
重ね着:厚手布の半袖ヤッケ。目的地付近にて雨で雑巾状態。
(上記は全てインスブルックまでに捨ててきた。元々処分の機会を
日常で逃していた。最初からその予定で帰路は随分荷場所が出来た)
下:以前にANA機内で貰った機内用パジャマの上に旅制服の膝下ズボン。
動きやすい。街中では出来ないが足運びに正解感が多大だった。

折りたたみ傘は使わなかった。

雨具:自転車通学の高校生が使うようなナイロン製のやつ。
GOREにしようかと思っていたが「まあ、いいか」で。

荷袋:かなり考えた。結局、型式不明のNORTH FACE製 45L
 これは今後の出歩きを考えると行き先が山じゃなくても非常に
良い買い物をしたと思う。

靴:これも随分考えて山歩き用のは買うのを止めた。
 手持ちのTEVA製FUSE-ION 黒/青モデル。
これは謳い文句のとおり軽くて長時間歩行の負担も少なく雪渓の踏み跡や
川中の石では何の問題も無かった。やはり正解だったと思う。
ただし雪渓上は表面状態次第で少しだけズルってのも有った。
それとて1回だけ(目的地からの戻りで天候から少々焦っていた)
もう一つは朝に凍結した帰路の木橋で。だから上出来だろう。

ただこういう履物は足を捻ったら致命的。
落ち着きと運が決めてだろうか?(そいつが難しいって)
余談だがTEVAサンダルは随分と気に入って何回か買った。
だがデザイナが入れ替わったのか今はダメになった。
現在の自分には全く価値が無い。

それから往路では こまめに休憩と「茶をひとくち」ね。
体調が慣れるまでは重要だろう。特に水よりそいつに日本茶を入れるのが
良い結果になったと思う。(甘物OKの人なら他にも試すことが出来るだろう)

Last1

そして最後に一つ。 同じ事を重複して書くのは印象深いものゆえに。
参考としたWEB記事と現実の場面は随分と違った。 特に氷河。
地球温暖化の話を得意になって語るほどの知識は無い。
だからその回答は次世代の話だ。しかしそれを実感する。

それから自分の興味からすると天空。
星空を探すような余裕は無かった。だが夜明けの小屋からイタリア側を見る。
地平線には空気中の堆積物が陽光に色をつけるような風景。
もしもこれを読んで何かを記憶する人が航空機で移動するなら。

国内線でもいい。次回その様な機会に地表を眺めれば我々が
生活している空気の色は高々度の飛行圏と どれだけ違うか?
その観察結果に何か想うならAN SHの迷想仲間みたいなものになるだろう。

旅への世界観は人それぞれのものだ。

だから自分が何を書いたところで他人に対してのものなら
それ程の意味は無いはず。

今回はこれで自分の山歩きを気切りにするつもりだった。
ところが何となく「次の事」を考えてしまいそうさ。
鍋の中に水を入れて火をつければ。
グルグルと廻っていた見えない中身がいずれ蓋の外までグツグツと
湯気を噴き出すようなものかね。

040

どこかで渚カヲル君が言っていた。「歌はいいねえ」
そりゃそうさ。そして旅の途中で歌が出てくるのも良いものだ。
(旅場面だけじゃないかもしれないぜ)

今回は景色見物と共に歩いて出てくる歌。
歌えない場面でも時折に頭の中で流れていた。(何故か荒井由実のとか)
余程に高揚気分だったのだろう。

良い体験だった。

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