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2016年9月29日 (木)

今一度風景を見る、で福岡と霧島の温泉<2016.7.7-10>

001
 
前日の宮崎は。青島海岸でのテントを畳んだら出発。
長崎からスーパーカブでツーリング中という小松さんと松浦さん。
隣り合わせに同じテント持参の寝床スタイルだった二人に挨拶して
次の場所へ。地形的に登りが多い。到着したのは霧島温泉。
 
霧島神宮近所のドライブインでどんな交渉をしたのか
忘却の彼方だがデカイ甕のような五右衛門風呂と体験して
物置の寝床場所を提供してもらう。
 
店の親父は泊めてやったのだから商売を手伝えと厨房で皿洗いの
勤労奉仕。仕事の後にカレーライス喰わせてもらって軍資金だと
貰ったのは¥500札。(当時からすれば破格の報酬だったはず)
 
えびの高原から人吉に向かう。
途中にはループ状の舗装工事路を登って加久藤トンネル。
目に付いて入った日本旅館の女将さんは家出二人組と
最初は思ったらしい。庭先にでも泊めてくれって今から思うと
暴挙的交渉をしたら厚意で素泊まりながらフカフカの布団の
部屋に泊めてもらう。宿代はドライブインで稼いだ¥500。
 
そして熊本・水前寺のYHが最終泊地となって高島平の
変人旧友と中学二年が終わる春休みに自転車で完走した
7日間のツール・ド・九州は昼過ぎに無事帰宅。
 
前説が長くなった。 
 
002
 
過去に書いた話だが、それでもこれは自分にとって最初の「旅」。
忘れられるわけが無い。
 
中学時代から相棒だった高島平の変人旧友は。。。
昔、同じ時間を過ごした筈なのに何時の間にか遠い何処かへ
離れてしまう連中がいる中で今でもその気になれば連絡が取れる。
 
過去帳番外編に記録しているはず。
霧島のドライブインには高校卒業時のバイク旅で再訪した。
勤続15年の休暇は高森町で偶然の成り行きから泊めていただいた
農家に礼をするために訪問することを第一の目的とした。
 
今でも後悔するのは人吉の日本旅館が何処だったか全く
思い出せないこと。とにかく床の間の掛け軸と部屋から小ぶりの
庭を目にしたのは記憶している。もう一度訪れたいのだが。
 
何か何処か、と考えたらやっぱり自分には九州さ。必然的に福岡。
それはそれとしてもう一つと来れば今回は霧島に。
 
経路は鹿児島市内からが普通だけど色々調べたら高速道で
人吉、えびの高原を経由するバスが熊本からあるって。
 
何も迷うわけが無い。
高速道になってしまうが「かつての最初」を大筋で逆走コース。
 
国内旅行では珍しく仕事が終ってからの三泊予定。
そりゃ、行き先が九州なら気合が入る。
 
仕事後に最終の名古屋ANA449便2025発で福岡着は2145。
宿に向かう途中で天神にて寄り道。
場所が天神なら定番的寄り道で先輩の店に。 
 
003
 
今回は以前の入院騒ぎで世話になったDr.KTの息子が自分らの
後輩になったってので祝辞述べに訪問するのも目的だった。
そいつは弓道部に入部したげな。で、天神の先輩も弓道部で
時々にOBとして現場見物に行くらしいがDr.KTの息子と既に
面識があると。こいつは嬉しい。
 
この日の手帳を読み返せば「志水辰夫、本」とだけ記してある。
はてなんだったか?
「非寛容の時代」と一言。何の感想だったろう。
備忘録になっていない。
 
宿は馴染みのツインズ百道。まあ、悪くない。
くつろぐとかより福岡で泊まるという所に意味がある。
 
翌日は街中を楽しみ夕刻にはDr.KT&KHコンビと合流する。
一席設けてくれるというので大濠の串京なる店へ。
 
普段なら揚げ物は遠避けているけれどこれは十分に良かった。
福岡にはまだ知らぬ店が事実上、多くある。
訪れるのが楽しみになる。
それにしてもDr.KHにはすっかり御馳走になってしまった。
 
Dr.KTから飲みながら耳にしたのは高校時代に美術の授業。
これは当時の自分にとって頭を使わないで済むから体育と
並んで好きな科目だった。美術を受け持っていた河原先生の
最期にDr.KTは関わっていたそうな。
 
その息子はフラフラ暮らしを経由して一風堂を立ち上げる。
現在での凄まじい繁盛ぶりは書くまでも無い。
 
前夜に到着してから天神で一風堂と一蘭を梯子した。
正直、昔の西新で「しばらく」とか「みち」に比べたら物足りない。
かつての一風堂創業者がそれ以前にどうしようもないロクデナシ
だったのは間違いない話だが地に落ちた種一粒がそのまま
泥の中で土となるか芽を出すのかの違いはなんだろう?
 
三日目は本筋の鹿児島へ移動で新幹線だけでも良いが熊本から
バスで人吉、えびの経由を選択。 
 
004
 
九州新幹線。
指定席車両は2+2座席で十分に広い。
G車は東海道新幹線と比べたら狭っ苦しい感じだった。
途中で無人駅みたいなのを通過。
こんな何も無い野っ原で停車場を設置する意味が分からん。
(おそらくそれが政治、というものかもしれない)
 
熊本の手前では屋根上に青いシートを被せた民家が幾つか見える。
地震の問題はまだ解決までに遠いのだな。 
 
005
 
この時、前日までの南部九州は記録的豪雨が続いた。
その報道がウソみたいな晴天。暑い!
路面電車でバス乗り場に向かう。福岡も熊本も道路は渋滞。
熊本は知らないが福岡ならば人口増に道路整備状況が追従していない。
天神の先輩は「東京は全国の田舎者が集まる所、福岡は九州のが
集まる所」と言っていた。ハズレではないと思う。 
 
006
 
バスで鹿児島空港へ。
高速の一部は地震の後遺症で片側通行。
工事中反対側の車線ではアスファルトが盛り上がった箇所もある。
 
そうして人吉を通過。高速道からの街並みを見て自分が走った経路が
どうだったかの見当もつかないままに高速道の加久藤トンネル。
一般道の昔と同じく過ぎればえびの高原だ。
 
007
 
こんな場所を中学時分に福岡に戻る道すがら自転車で
走った事自体が信じられん。
 
バスは空港に到着して並ぶカウンターの中から適当に
レンタカーを申し込む。本来は観光地だから事前に予約して
おけば良かったかもしれないのだろうが、特別の問題も無く
軽自動車にする。山間路は非力でも小さいから楽よ。
 
受付娘は何処かで見たかなあ?と一瞬で得た回答は輪郭と口元が
中森明菜ってことだった。懐かしい。まあ、どうでもいいか。
出掛け先で予告ナシに何かを思い出す場面と遭遇する事は多い。 
それは特に意味の無いものばかり。 
 
008
 
滅多に使わぬレンタカー。但し九州の場合はそれなりの距離を
移動するのにバス、鉄道の運行本数や路線背景から実用性、利便性が
非常に高いと思う。
他所だってそうだろうが何と言ったって九州の道路を走るのは
一種の安心感がある。(勿論、マナーとかモラルは別の話よ) 
 
009
 
コンビニで晩酌ネタを仕入れ、宿に向かう途中は山間路の雰囲気で
目に付いた駅看板に思いつきの寄り道となる。
文化財的に名物の駅舎だそうで惰眠猫が居着いている。
かつてどこかでは猫の駅長が名物となった。コッチの奴はベンチで
横になっているばかりで仕事をしているわけではないが
地域のクチコミ記事では怠けながらの駅守りで有名らしい。 
 
010
 
小雨の中をまた走る。昨日まで県内には大雨洪水警報と避難に
関する情報が発令されていた。
んな道で土砂崩れ喰らったらひとったまりも無いなァなどと
傍らの河川と並走しながら思いつつ今宵の宿に程なくして到着。
 
川側からの宿外観はね、地方にありそうな校舎風。 
 
011
 
ところがどっこい。中身の部屋は広くて清潔。
しかも夕・朝食に加えて一杯の焼酎付き。
この値段でホントに良いのかなあ、って感じだよ。
女将さんと思しき人の応対も宿泊者に誠実って感じで
日本の宿に来たなァ、ッて感じだった。
思い返してみると中坊旅で世話になった人吉の旅館の女将さんも
「情」が有るもてなしの人だったと思う。
こういうのは日本独特の形かも知れない。
 
夕食には海老焼きの一品がサービスとして出された。
話を向けたら前夜の大雨で当日にキャンセルが発生したそうな。
事の次第はそういうところかもしれない。だがありがたい。
 
食事場所に並んだテーブルには宿泊客の名を記した短冊が幾つか。
察する所、中国、韓国さんが数組に邦人男性独り旅だった気がする。 
 
012
 
全ァ~たく「くだけた表現」をするならHOTELってな名称と違う
日本の宿屋で晩飯を食うなら。そいつは正しく中学生の修学旅行で
ザワザワと騒ぎながら腹に入れるような固形燃料を使った蓋物と
小皿の数品。路線は同じだったさ。
だけど料理の中身と出してくれる人の雰囲気が決定的に違う。
何よりも価格対内容比が上出来だ。
家の中で独り食う飯はそれだけのこと。
場面は似ていようと旅先では合間に想う事が面白い。
 
自分がこういう場所をやって10年以上になるけれど機会があれば
(そいつもまた運と縁って言葉に置き換わる)再訪したいのは
この路線なら秋田の仁賀保、壱岐の民宿。そしてココもって感じ。
周囲にはそれ程多くの観光場所は無い。だが気に入った本を寝床に
連れ込んで普段の暮らしを忘れる暇つぶしをするなら申し分ない。
 
惜しい事に。
今回、寝床書を持参しなかったのはNHK BSで円谷プロ作品50周年
特番が有るってんでそいつに期待して観るつもりでいた。
ところが宿部屋ではBS受信できず。。。
 
場所柄からの温泉は申し分なし。
経営側(?)には気の毒だが前日までの大雨でキャンセルが出たそうだが
おかげでユックリと貸切状態で楽しめた。よろしくないのは天気だけ。
浴槽横の床上は鍾乳石の雰囲気。温泉含有物の様なものだろうか。 
 
013
 
宿の雑物展示で置いてある一品は徳間カレッジ文庫の「温泉失格」って本。
(飯塚玲児・2015.11.15初刊)一つのアピールだがこの宿が紹介されていた。
宿部屋での歓迎口上で女将さんから源泉のやつを飲めるって聞いていた。
湯口にはくたびれたプラッチックのカップが有る。そこは野次馬魂。
試してみれば「なるほどなあ」だ。これはこれで面白い。
それでも何杯も飲むもんじゃない。飲む続きは部屋にて持ち込んだ晩酌だ。
 
寝るか、の頃合に外で一服。
外に出る途中で厨房の傍らからチラリとゴム長履いて清掃する
女将さんの姿が目に入る。客商売なら場所の手入れはアタリマエって
声もあるだろうが誰であれ「働く姿」ってのは良いなァと怠け者の
自分だってすら思う。
 
目覚めは爽快。しかし雨。
今年の九州南部は天候に関して(熊本を加えたら天だけでなく地も)
大変な年だった気がする。
だがこの先はそういう話が度々に出てくるのかもしれない。 
 
014
 
満足の朝飯を喰ったら帰路の航空便時刻の都合でアタフタと帰り支度よ。
昼前には名古屋に到着。
日没前に帰宅できるのは翌日からの日常を考えたら楽だ。
油断して少々の遠回りで浜名湖を眺めながらの経路で。 
 
015
 
それでも自然風景を見るならやはり九州。
鉄道、レンタカーでも文句無し。それが大昔に「自分の足」で
観てきた場所なら尚更の事。
 
いずれ仕事から解放されたなら身は自由でも体力と経済面
あるいは野次馬魂を維持する気力が厳しくなる予感。
 
その時はその時で。
しっかし思い出すことだけは出来ても昔には絶対戻れない。
その場所、第一が自分には九州なのさ。

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