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2017年7月 9日 (日)

「喰う」は一つの旅テーマ。それだけじゃない福岡<2017.5.27-29>

今回は単なる自分の行動記録。毎回そうだけど。

001

再三、書いている様に自分の中学高校時代は福岡だから
普段の暮らしから逃れて昔に戻りたい時があるんだ。
学生時代に親の再転勤で家族は実家へ引き上げて何十年、
身内が住んでいるわけじゃない。

しっかし遠い日の想い出だけでなく、忘れられない友人連中が
現在も多くいるんよ。

丁度10年前の夏。少しばかり手術をする展開になったけどね。
入院生活するなら福岡以外は考えられなかったな。
その年の5月。

高校の出前授業講師を依頼されて現役生の前で教壇に立った。

002

その夜の打ち上げで集まった中にチョイと昔、惚れたのがいてさ。
付き合いの真似事みたいな感じで暫く続いたのが結局はフラレタ。

特別の事は無くていつの間にか普通の同級生に戻っただけよ。
少し時代が違えば別展開だったろうけど高校の一、二年は
男子クラスだったんで自分には異性との付き合い方ってのが
分からなかったのだろうな。

「福岡」の文字には色々と思い出すことがある。
高校の頃には他所の女子高生から手紙をもらったり。
中学時代の部活後輩が家に来たり。

もう自分はクタビレタ親父みたいなもんさ。

今になって思い出すと「もったいないなあ」(何が?)だ。
ただし対価(?)として野郎連中の友人には恵まれた。
それだってさ。久しぶりなら互いに会話を交わして晴れやかな
気持ちになれたことったら。

003

彼女は市中料亭の娘で薬学専攻だったのに経緯不明なれど
田舎の農家に嫁いだという話を風の便りで耳にしていた。

自分の退院後に、彼女の旦那が蕎麦屋を開業したげな
と友人から画像付きのMAILが来たのさ。

蕎麦とくれば心が動く自分だからね。

んなら行って見るかと思いつつ10年が過ぎてしまったんだ。
やっぱりね、今のWEB社会。感じるのは凄いなあってこと。

食事屋案内のサイトの店舗風景で友人が昔に送ってくれた
画像と一致する店を見つけた。場所が繁華街じゃなくて
なぜこんな場所に?ってもんだったから簡単だったけど。

さあて、じゃあ。やっぱり「行って見るか」ってなもんだ。
そういう事なのさ。

004

初めて地元からFDA便を使った。

小型の部類でも座席の具合は悪くない。そして機内誌が面白い。
実際のところ、掲載された旅案内記事に刺激されて次回予定は
「松江で隠岐産の岩牡蠣を試してみる」に決定してしまった。

志賀島への道が見えてくれば福岡市内。
北側進入路から毎度の左傾き急旋回で着陸する。

前回の訪問と同じくターミナルは工事中で工期は三年間らしい。
ふと来冬の五輪競技施設は間に合うのだろうかなどと連想する。

天神から西鉄電車で目的地に。しっかし何も無いトコだな。
目的の店は昼飯時でもあってか繁盛していてなにより。
惜しい事に亭主とバイト風の店員だけで「懐かしい人」は店と
関りが無い様子だった。
ここは素知らぬ旅人風に更科と田舎蕎麦を。

それから昼の一杯に肴は卵焼き。
満腹になったけど評価としては。。。

品書きに納得できない説明が有ったのに加えて蕎麦は
飛び付くほどでもなかったのが残念だったか。
昔の思い出は甘くても評価は辛いね。

005

とりあえず旅程的に初日の宿は久留米になる。
週末の昼下がり。賑わう前の時間帯だが通行人は少ない。
対してシャッターが下りたままの店が目立つ。

久留米には九州一の規模になるプラネタリウムが有るってんで
そっちも見に行きたかったが満腹感から動くのすら面倒になり
駅前のパチ屋で一休み。旅をするという自覚が全く無いまま
こんなのでイイのだろうか、と自分でさえ思う。(宿代と
滞在費用全額を出してもらう結果で悪くはないのだろう)

007

晩飯は宿で見つけた案内マップから地元の海鮮物に。
福岡市内の印象と評価が強烈だから比較してはイカンのだが
久留米ならラーメンにしておくべきだったかと少々後悔した。

006

一夜明ければ福岡に。

駅では西鉄沿線名所のレンタサイクル広告を目にする。
大牟田は知らないが大宰府なら自転車より散歩気分で歩くのが
面白い気がするけどね。参道は無理だろうし。

008

昼飯には早い。地下鉄七隈線で昔に住んでた町内へ。
自分が七年もこの近所に住んでいたというのが信じられぬ様変わり。

009

食事の頃合になって中州。
福岡は九州帝国の首都でありながら市内の移動は煩わしさも無く楽だ。
呼子のイカと玄界灘のオコゼを造ってもらう。

昼間っから贅沢だなあ、でもココが福岡なら万事OK。
地元でこんな真似はできない。

010

福岡の宿にCHECK-IN。場所は毎度の百道浜。近所には博物館があって
古代ローマの特設展示だと。これは久留米の宿で手にしたパンフから。

011

随分と興味を惹かれたものの福岡にいるだけで満足してしまう。
これがいけない。
イタリアには最近興味を持つ。特にローマから南側ね。それなのに
いずれまたその内に行くかよ、って感じで。

012

と、近所に住むDr.KTから連絡で「何処におるん?」と「んなら室見に
行くかね」に話が落ち着いた。

室見とは市内の地名で、彼の母が現在は独りで住んでいる。
高校時代に外泊趣味の自分はそこのDr.KTの部屋に随分と世話になった。
人間の不思議として外観は歳月と共に変化する。だが声は同じ気がする。
とすれば声優さんの職業寿命は随分と長いものになるのかもしれない。

当時は散々に迷惑をかけたはずなのに昔と違わぬもてなしで。
福岡には何人かの母親がいるみたいだ。

013

懐かしい時間の後は「たら、宿まで送っちゃらんね」と当然にそうなる。
奴が運転する車で聞いた話は「80代は選ばれた世代なんよね」と。
これは今迄に何回か耳にした。あいつの持論なのだろう。

自分が到達できる保証もないし、だとしても相当先のことだけど人は
ただ生きて活きている。それだけで自分自身の誇りにして良いと思う。
そして最期まで楽しけりゃ完全生物。

俺は俺で生きて楽しんでこその人間ってのが毎度の言い草だものな。
両親は先の戦争で召集されることも無く疎開で生き延び、現代社会を
暮らしている。それだけでも あの時代を過ぎてきた人々の中で幸運さ。

キャンディーズの田中良子、夏目雅子、本田美奈子、歌舞伎役者の奥方を
例にするのはどうかと憚られるが芸能界報道のネタとして話題になる。
市井の一庶民だって平均寿命の半分以下で不測の結末を喰らう例は多いはず。

014

自分自身は奴の御蔭で相変わらずの好き勝手をやれる。(実際、地元医大の
言う様に丸ごと切り捨てていたら後々に不安が残る嫌な感じになったはず)
そういう方面の専門だから雑談として尋ねた話では「どうしようもないもの、は
どうしようもないし、どうにかなるものはどうにかなる」かもしれないと。
これから先は「どうにかなる」の可能性は多くなっていくのだろうが何にしろ
面倒事は早めの察知と対処なのだろう。

「半島を出よ」は朋友の山漢Y氏が10年前の入院中に差し入れてくれた書籍。
ふと今宵の宿とDr.KTの職場が舞台になっていたことを思い出す。
あいつはそれも読んだらしい。小説の世界じゃなくて現実に自分はこの近所に
多く関わった。福岡はやはり「特別」だ。

015

そこから先は飲んでも無いのに覚えていない。晩飯も何だったか。
旧友再会は何よりの御馳走。閉店時刻近くに空腹から宿内の食事屋へ。
そうそう。ココには河太郎の支店があった。

福岡(ってより博多)で活イカを食うならこの店になるはず。
しかし中洲の本店は周囲が本格のRED DISTRICTで旅行者はビビルかも。
(シンガポールのゲイラン地区以上の雰囲気だが実際には何の心配も無い)

016

イカが好きで福岡に行くなら河太郎は一度、試す価値があると思う。

017

何にしろ自分にとって旅は現実逃避。
それでも行き先が九州ならタダの旅行にならないのだなあ。
何回書いても当たり前。福岡は特別だ。

018

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